逃げられない檻のなかで

舞尾

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七月下旬

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 正人との同居して早数週間。
 早々に役割分担を決めたおかげか、お互い喧嘩する事なく平穏に暮らしている。ちなみに俺が料理担当、正人が洗濯担当だ。掃除は休みの時交互にしている。

 俺の部屋は二階の和室になった。正人の部屋の向かい側になる。
 トントンと正人が家の中を歩く音は俺の心を穏やかにした。誰かと一緒に住むこと、それはとても心地良い。一人じゃないと思えるから。じいちゃんばあちゃんが死んで、久しぶりに感じた気持ちだった。


 1日の仕事を終え、家に帰って来た俺は晩飯作りに取りかかる。今日は昨日から味を染み込ませていたからあげだ。下ごしらえは済ませているから、あとは揚げるのみ。早速油を用意して揚げ始める。そこへ仕事を終えた正人が台所へやってきた。

「今日の飯はなんだ?」
「今日はからあげだ。皿を出してくれないか?」

 二人で今日あった事を話しながら晩飯の準備をする。正人と話をしていたら、あっという間にからあげがキツネ色に変化した。急いでからあげを掬いあげる。からっと揚げられたからあげはとても美味しそうだ。皿に盛り付け食卓に用意して、二人で食べ始める。
 うん、揚げたてのからあげは最高に美味しい!今日も上手く作れたな!
 自画自賛しながら、ほくほくとからあげを食べていると正人に話しかけられた。

「遥、飯作るの上手いな。元々家事やっていたのか?」
「まあな。じいちゃんばあちゃんも歳だったからさあ、あんまり無理させたくなくて。だから家事は一通りできるようになったんだ」
「えらいな」
「……どうも」

 正人は微笑みながら俺を誉めてくれた。こうも真っ直ぐに誉められると照れてしまう。正人はたまに、このような優しい目で俺を見る。その目を見るとなんだか照れ臭くて、どうしようもない気持ちになるんだ。だから俺はそれを誤魔化すように別の話題を出した。

「そうそう!今日新規の案件取れるかと思ったんだけど断られてさあ!めっちゃ悔しくて!せっかく成績上げるチャンスだったのに!」

 机に拳を叩きつけて悔しがる。今日は神社の神主である赤水さんの保険の見直しに行っていた。そのついでに子供さんの保険を提案したのだけれど、子供さん本人が現れ断られてしまった。いろいろ説得したが、うちも家計が苦しいからと言われればこちらはもう何も言えない。まだ中学生だろうに、しっかりした子供さんだった。
 俺が悔しがっていると、正人から意外な事を言われた。

「俺が入ろうか?」
「えっ!?マジで!?」

 俺は勢いよく顔を上げる。正人からその言葉を聞くなんて思ってもみないことだった。

「前から保険に入ろうかと迷ってはいたんだ。その、迷惑じゃなければ詳しく教えてほしい」
「教える教える!やった新規契約だ!」

 これで成績を上げることができる!
 正人の両手を掴み、お礼を言う。成績を上げれば本部へ帰れる可能性も出てくるからだ。俺はまだ本部へ戻ることを諦めてはいない。
 でも、正人はずっと保険に興味がなかったはずだ。一体どんな心変わりがあったのだろう?

「正人、保険入る気なかっただろ?なんで入ろうと思ったんだ?」
「将来を大切にしたいと思ったんだ」

 俺を褒めたときと同じ優しげな目でそう答えた。その視線に、なぜだかいたたまれなくなって俺は目を反らした。


 ご飯を食べ終わった後、ちゃぶ台に持ってきた資料を広げ保険の仕組みなどを説明する。正人の飲み込みは早くすぐに理解してくれた。

「保険金の受け取りは親族しかできないのか」
「まーホラ、保険金殺人とかあるからじゃないの?」
「そうか、残念だ」

 正人は非常に残念な顔をした。
 別に受取人は自分だけにすることもできるし、親族とか関係なく入ることができるけれど…
 俺が不思議そうな顔をしていると、正人が笑いながら話してくれた。

「保険金、受取人は遥になってもらいたかったから」
「なんで俺だよ」
「ここまで仲良くなった人はいなかったからな。両親よりも……」

 そう言って正人は微笑む。
 俺もここまで仲良くなった人物はいない。正人も同じように思っていたことを嬉しく思う。もっと早く知り合いになっていたら、もっと楽しい生活が送れていただろう。

「名字も同じだし、血が繋がっていたりするかもれないだろう?」
「あっ!俺の名字、父方のなんだけどさ、父方の詳細全く分からないんだよね。意外とそうかもな!」

 正人の冗談に、俺も冗談っぽく言って返す。父方の詳細がよく分からないということは事実だけれど。
 その一言を聞いた正人は蕩けそうな甘い目で呟いた。

「遥と繋がっていたら――」

 そう呟いた後の言葉を俺は聞くことができなかった。

 結局、正人は保険に入ってくれた。
 この村に来て初めてとれた新規契約。本部に戻るためにはもっと契約を取らないと。
 ここにずっといては駄目かもしれない。俺は少しずつそう思い始めていた。
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