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その後
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しおりを挟む──ザァザァ、と壁を叩く雨の音。
それが不意に耳に入り、その柔らかな音がまるで優しいノイズのようで心地好かったが、しかし雅はうっそりとしながらも唸り声をあげ、目をしぱしぱとさせた。
「……ぅ、」
「あ、起きちゃった……」
夢の淵をさ迷っていた最中、飛び込んできた声。
その甘く柔らかな声に脳は一気に覚醒し、簡単に心拍数を跳ねあげさせては、雅はバッと目を開けた。
目を開けた視界の先には、雅の顔のすぐ横で寝転び見つめている春の顔があって。
そのぽやぽやとした表情は赤子のようで愛らしく、しかし視界いっぱいに広がる春の顔に、雅はボンッと顔を反射的に赤く染めた。
「……ふふ」
「っ、あ、春、体大丈夫?」
雅の様子に可愛らしくはにかんだ春はしかし、明け方まで行われた情事の名残が色濃く残り艶かしくて。
その愛らしさと妖艶さに雅が息を飲んだが、それから慌ててがばりと上体を起こして春を見下ろした。
「……ちょっと関節と腰が痛いですけど、大丈夫ですよ」
「えっ」
「幸せの痛みですね」
クスクスと笑う春の瞳は、さんざん快楽の涙を流したせいで少しだけ腫れぼったく。
それがとびきり可愛くて、雅はングッと喉を鳴らしたあと、堪らず身を下げては春のまろい頬に口づけた。
「……好きだ、春」
寝起きのぐしゃぐしゃな髪のまま、ふにゃりと微笑みながら呟く雅。
その白い頬がほんのりと赤く染まっていて、……ああなんて可愛い人なんだろうか。と春も微笑みながら、手を雅に向かって伸ばした。
「ぎゅってしてください」
だなんて蕩けた声で甘えた仕草をする春の、愛らしさ。
それはもう本当に天使のように愛らしく、雅は一度目を瞬かせ、心不全になりそう……。だなんて起きてからずっとうるさく鳴り響く己の心臓を少しだけ心配しながらも、細くも筋肉質な腕を掴み身を乗り出してキスをしたあと、春の体をきつく抱き締めた。
雅の、狭いワンルームのアパート。
冷蔵庫や洗濯機など生活に必要な物は勿論あるのだが、それ以外だと音楽を作るための機材と小さな机だけしかない、がらんどうな部屋は質素で味気なく。
そんな野暮ったい部屋のなか、昨夜からそのまま風呂も入らず眠りについた二人の体はべたべたとしていてほんの少し汗臭く、髪の毛は湿気の匂いがしたままで。
それでも二人は未だ離れる事なく、狭いベッドの上で幸せそうに身を寄せ合っては、笑いあった。
「好きです、雅さん」
「俺も好きだよ」
雅の肩のくぼみに頭を乗せ、ぎゅっと抱き付きながら好きだと言う春に、すぐに返される言葉。
その声はやはりとても甘く、……この人を好きにならない人生なんてきっといつどこで出会ったとしても無かっただろう。と春が思いながらも、ふわりと微笑む。
それから不意に雅が春の頬をそっと撫で、上向いて。と促してくるままに顔をあげれば、唇を優しく舐められ、春はピクンッと身を震わせてしまった。
見つめてくる雅の瞳は甘く、そして官能的な愛撫で。
そんな突然の刺激に震える春に雅は小さく笑いながらも両手を繋ぎ合わせ、くるりと体を引っくり返した。
「わっ!」
急に押し倒され、だがのそりと上に乗ってくる雅がペロリと舌を出しては自身の唇を舐めているのを見た春が、明け方までの情事を思い出したかのよう、ヒュッと息を飲む。
そんな春にはにかみながら雅が顔を傾けつつ近付けば、春もドキドキと心臓を高鳴らせながらも目を伏せた。
そして、降ってくる優しいキスを受け入れようと春が薄く唇を開いた、その瞬間。
プルルルル──。
だなんて突如電話の鳴る音が、静かな部屋の空気を裂いた。
「っ、」
「……」
その音に、ピタッと動きを止めた二人。
だが無視をしようと決めたのか、雅は春にキスをしてくるだけで。
それに春もするりと雅の首に腕を回したのだが、それでも電話が鳴り止む事なくずっと鳴り続けるので、春は少しだけ不満げに一度眉を寄せつつも、雅の肩をそっと叩いた。
「んっ、雅さ、ん、でんわ……、」
「……」
「んむ、ぁ、だめですって……。ずっと鳴ってるし、出た方がいいですよ」
春がなんとかキスを中断させ、出た方が良いと雅を見つめる。
そうすればようやく観念するよう唇を離しては電話ごときに邪魔されたと舌打ちをしながらも、雅はガリガリと髪の毛を掻き毟ったあと、のそりとベッドから這い出ては昨夜適当に玄関先の棚の上に放り投げていたらしい携帯電話を、掴んだ。
「もしも、っ、……うるっせぇな、朝っぱらから……。え? 着信? 見てない。今起きてお前からの電話出たばっかだから」
物凄く不機嫌そうに電話に出ながら、眉間に皺を寄せている雅。
そのぞんざいな態度に、きっと拓真か慎一のどちらかだろうと気付いた春は、もう少し優しく話してあげれば良いのに。だなんて困ったように眉を下げ、それでもそれが雅の気の置けない友達への接し方なのだと思うと、どこか愛らしく見えて笑ってしまった。
「は? そんなに電話してたの? なんで? 打ち上げばっくれたから?」
そう話す雅の言葉に、そういえば後で連絡しようと思ってたのにそれすら忘れてた。と色事に耽っていた自分たちに春がボッと顔を真っ赤に染め、恥ずかしさから逃れようと、毛布を鼻先まであげる。
そんな春に気付いた雅がへにゃりと瞳を弛ませてはベッドへと戻り、端に腰掛けながら春へと手を伸ばしては、そっと髪の毛を梳いてきた。
優しく髪の毛を梳いてくる、雅の少し硬い指先が気持ち良くて。
うっとりと蕩けた顔をしたあと、まだほんの数時間しか寝ていないせいですぐに眠気に襲われた春がうとうととしかけた、その時。
「……は!? え、は、お前、まじで言ってる!? ならなんでもっと早く言わな、……あーー悪かったって! 昨日は電話の音気にするどころじゃなかったんだって!」
突如そう叫んだ雅の声に、ビクッと身を跳ねさせて春はパチリと目を開けた。
それから何やら焦った様子の雅が、
「え、で、今日? 何時から? 十一時、ってあと一時間ちょっとしかねぇじゃん! おまっ、もっと早く電話してこいよ!」
だなんて言い放っている。
その理不尽な言い草に、どうやら昨夜から何度も電話してきていたらしい拓真の非難の声が電話越しから春にも聞こえ、だがそのただ事ではない雰囲気に、何かあったのだろうか。とのそりと身を起こした。
「わ、分かった。とりあえず、今からマッハで準備するわ。ん、じゃあ後で。はいはい、すみませんでした」
そうして雅が電話を切った、あと。
春は心配げに表情を曇らせ、口を開いた。
「雅さん……? 今の電話、拓真さんですよね? どうかしたんですか? 何かあったんですか?」
もしかしたら誰かが事故にあったとか、そういう電話だったんですか……? と顔に恐怖と不安を貼り付けた春だったが、しかし、突然がばりと雅に抱き締められ、目を白黒とさせた。
「っ、わっ!雅さん、なに、」
「……って!」
「え?」
「昨夜のライブ見てた大手事務所から、契約しないかって言われたって!」
「……えっっ!?」
耳元で叫ばれた声に、数秒遅れたあと、理解した春が驚きに声をあげる。
そんな春に、されど雅は至極嬉しそうな表情で今度は春の頬を両手で挟んでは、笑った。
「俺たち三人、それぞれ契約しないかって! しかもそれがあの“silent”が立ち上げた事務所なんだよ! 春!!」
こんなに屈託なく嬉しそうな顔をしている雅はあまり見た事がなく、そしていくらそういう界隈に疎いと言っても、ラッパー・サイレントの名くらいは春も知っていて。
国内外で活躍している超有名人が立ち上げた事務所にまさかスカウトされたという事の重大さと、展開の速さに付いていけない春があわあわとしながらも、それでも頬に添えられている雅の手を掴んだ。
「す、凄いです!! 三人とも!! おめでとうございます!!」
「ん!」
「ひぇぇ、ほ、本当に凄い……、って、え、さっき雅さん時間がどうのとか話してませんでした!?」
「うん、俺が昨夜いくら電話しても出なかったから、結局詳しい話は今日これからになったって」
「えっ、そ、それは、なんだか申し訳ない気が……」
「なんで。気付かなかったんだから仕方ないし、それはそれ、これはこれでしょ」
「そう、ですけど……、って、じゃあ今こうして喋ってる暇なくないですか!?」
先程雅があと一時間と少しだと言っていた言葉を思い出し、春が慌てて立ち上がる。
その突然さに、へ、と雅が間抜けな顔をしたが、春は目を吊り上げ、雅へと手を差し出すばかりだった。
「何してるんですか!? 早く立って! シャワー浴びてください!!」
「……え、あ、うん、じゃあ春も、」
「狭いのにそんな事言ってる場合ですか! 俺は後で入りますから!」
「あ、うん……」
春の圧に押された雅が、尚も間抜けな返事をする。
だがやはり春はそんな雅の様子など気にも止める事なく、雅の腕を引いてはドスドスと歩き、雅をお風呂場へと素早く連行しポイっと放り込んだ。
──それから、数分後。
雅が風呂に入っている間に勝手に服を拝借していた春に、カラスの行水よろしく出てきた雅が彼シャツだと悶えていたが、今はそんな事気にしてる場合じゃないだろうとやはり一喝し準備を慌ただしく手伝った春は、はい行ってらっしゃい! と雅を玄関まで送り出していた。
「行ってらっしゃい、雅さん。良い話が出来ると良いですね!」
「うん、じゃあ、行ってくる」
「はい、行ってらっしゃい」
「あっ、春、……あ、あの、部屋、居てて良いから、ていうか居といて欲しいっていうか、だからあの……、春が大丈夫なら、居ててね」
全身黒ずくめで、目に優しくないプラチナブロンドを未だ少しだけ湿らせたままの雅が、そう呟く。
そのギラつき冷たく見える見た目とは裏腹な、そして物凄く大手の事務所から契約しようと言われているラッパーらしからぬ辿々しさで言葉を紡いだ雅の可愛すぎる発言に、春は目を瞬かせたあと、……あーもう本当に何でこんなに可愛いのこの人。と破顔しては、雅の唇へと勢い良くキスをした。
「っ!」
「待ってますから、早く帰って来てくださいね!」
「う、うん! すぐ帰ってくる!」
春の言葉にパァッと表情を明るくさせ、すぐに帰ってくると言い放ち、意気揚々と雅が玄関の扉へと手を伸ばす。
その姿がやはり可愛くて、ふふっと思わず笑っていたのだが、パッと振り向いた雅がそっと頬を撫でてきては一度触れるだけのキスをし、
「春、愛してる。それじゃあ行ってきます」
だなんて男らしい笑顔でさらりと愛の言葉を告げては出ていったので、春はヒュッと喉を鳴らして固まってしまった。
それから、数秒呆けていた春はガチャリと玄関の扉が閉じる音にようやくハッとし、堪らずへなへなとその場に座り込んでは、雅の格好良さと愛しさで四散しかけながらも、堪らずあははっと声を上げては笑った。
いつの間にか昨夜から降り続いていた雨は止んだのか、外からはもう雨の音はせず。
代わりに小鳥の清らかな鳴き声だけが春の鼓膜を柔らかく満たし、その中で春は、ただただ幸せそうに微笑むばかりだった。
【 紡ぐ愛しい朝を、これからもどうか 】
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はじめまして天才すぎて崩れ落ちました私はカフェの壁になりたい....................ありがとうございますありがとうございます............次はちゃんと繋がれるといいね............エヘエヘ( ◜𖥦◝ )ニチャア
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しゅ様、拙作を読んでくださり、感想までありがとうございます……!とってもとっても嬉しいですし、励みになります……!カフェの壁……!(笑)ありがとうございます!お言葉に甘えてその後のラブラブな二人をモソモソ書いていきますので、まだもう少しこの二人の恋にお付き合いくださると嬉しいです!感想ありがとうございました!!