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しおりを挟む……やらかしたか。
だなんて心の中で呟き、溜め息を落とした雅は、ベッドに寝転びながら手に握っている携帯を見つめていた。
そのどことなく情けなくて滑稽な光景は、カフェからすぐさま自宅に戻ったあと、もう今日は作業どころではない。とベッドにダイブした時から変わっておらず。
雅はもう一度重々しい溜め息を吐いてから、ポイッと手にしていた携帯を適当に投げ捨てた。
時刻は夜の十時半過ぎ。
もうバイトは終わっているだろう時間帯で、それでも春からの連絡はない。
それはつまり、お前とは連絡を取り合いたくない。という意思表示でしかなく。
……淡い期待をして、見事に玉砕し全てを無駄にした。
そう後悔したところで後の祭りであり、連絡先なんて渡さなければ良かった。と髪の毛をグシャグシャと搔き乱した雅が、何度目か知らぬ息を吐き出す。
それから、ライブもきっと来てくれないだろう。とせっかくラップに興味を持ってくれていたのになんて雅がかなり本気で落ち込んでいた、その瞬間。
──プルルルル、と部屋のどこかで携帯が鳴り響く音がした。
その音に弾かれるようベッドから飛び降りた雅が慌てて音の発信源である携帯を探し、床の隅に放られていた携帯を見つけては、画面もろくに見ずに通話ボタンを押した。
「も、もしもし!!」
『……あ、雅さん……? 春、です……』
「っ!」
電話口から聞こえるのは、何時もとは少しだけ違って機械を通した春の、それでも柔らかな声。
それが直接脳を震わせ、雅は一気に体の血液が湧くのを感じて堪らず咳き込んでしまった。
「ゴホッ、ゴホッ!!」
『え、雅さん!? 大丈夫ですか!?』
「ゴホッ、んんっ、ごめん、大丈夫……、」
『ほんとですか?』
「あぁ……」
『夜遅くにごめんなさい、今バイトが終わって何も考えずに電話しちゃったんですけど、もしかしてもう寝てましたか?』
「いや、待ってた」
『え?』
「あっ、いや、今のは、」
『……』
春が黙ってしまった事に、……ああクソッ。と心の中で呟きながら、雅がボリボリと首の後ろを掻く。
だがそれから雅は、下手に色々誤魔化す方がダサいだろ。と息を吸った。
「……電話、待ってたから、かけてきてくれて嬉しい」
『っ、』
「……今バイト終わったのか?」
『ぁ、は、はい……』
「お疲れ様」
『あ、りがとうございます……』
「……うん」
『あの、』
「うん?」
『チケット、ありがとうございました。それでやっぱりお金、』
そう春が話し出したが、しかし電話口から聞こえる風の音で良く聞こえず、雅は眉間に皺を寄せた。
「悪い、風で良く聞こえない」
『えっ、あ、すみません、今バイト先から外に出た所で……、』
「歩きなのか? 駅まで?」
『あ、いえ。俺の家ここから大体二十分くらいで着くのでいつも歩きなんです。あっ、風の音煩いですよね、切りますね。すみません』
「え、あ、いや、」
『だから! ……だ、だから、家に着いたら、また、掛け直しても、良いですか?』
だなんて春が上擦った声で問いかけてくる言葉は、あまりにも可愛くて。
それに息を飲んだ雅だったが、気付けば脊髄反射のように返事をしていた。
「あ、うん」
『っ! やった、ありがとうございます! えへへ。……あ、それじゃあ、』
「ちょっと待て」
『え?』
「……今バイト先出たとこなんだよな?」
『え、はい』
さっきそう言ったのに。と言うよう、不思議そうに、はい。と返事をする春にごくりと雅が唾を飲む。
それから、いや言うくらいはいいだろう。と意を決して、口を開いた。
「……ちょうど今から俺、夜の散歩しようと思ってたんだけど、」
『っ、』
夜の散歩なんていう、あまりにも明白な嘘。
それを春も嘘だと気付いていない訳がなく。
まじで馬鹿か。なんて自分で自分に引きながらも、だがもう後戻り出来ない。と雅はゴホッと咳をした。
「だから、その、春さえ良かったら、その、」
そうモゴモゴと吃りながらも、送りたい。と雅が言葉を紡ごうとした、その瞬間。
『……送って、くれますか』
だなんて、まさかのまさか、春がそう呟いた。
「っ!」
『……お散歩するつもりだったなら、ついでに、家まで、送ってくれます、か……』
お互い相手の言わんとしている事を汲み、それでも散歩という名目を立てる二人が、息を飲む。
は、嘘だろ。可愛すぎか。
だなんて馬鹿になった脳ミソでそんな事を思った雅は、先ほどまで春から電話が来ないだけで全てが終わったと悲観していたくせに、今この世界で誰よりも幸運な男は自分だ。と一気に気持ちを百八十度変えては、逸る気持ちのまま床に胡座を掻いていた体勢から慌てて立ち上がった。
「五分、五分で着くから、店の前で待ってて」
『っ、はい……、待って、ます……』
そう緊張した様子で呟く春の声は、電話越しでも分かるほど震えていて。
そんな春の姿を頭の中で描きながら雅は一旦電話を切り、それからドタバタと狭いワンルームのなかをそれでも走り回りながら、近くにあったダウンジャケットを素早く羽織っては家の鍵と財布だけを雑にポケットに突っ込んで、部屋の電気も消さずに家を飛び出した。
外に出てみれば、深まる夜は気温を更にぐっと下げ、凍えそうなほど寒く。
それにぶるっと一度身震いしてしまった雅は、春をこんな寒空の下でただぼうっと待たせてしまっている事に申し訳なくなりながらも心を弾ませ、普段運動らしい運動なんてしないせいで少しだけ不格好な体勢ながらも、ドクドクと高鳴る鼓動と逸る気持ちのまま全力で夜の道を駆けたのだった。
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