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第二章
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しおりを挟むそれからぽつりぽつりと何気ない会話をし、そこでお互いの家がなんと約二駅分しか離れていない事を知ったりとしながら、二人は程なくしてやってきた電車に乗り込んだ。
電車の中は夜の九時を過ぎているからかさほど混んではおらず、適当な場所を見つけ二人はシートへと腰掛けた。
カタン、カタン。と心地よい振動が体に走り、反対側の窓から通りすぎてゆく街並み。
流れていく景色はぼんやりとした灯りに彩られキラキラと輝いており、その中で翠はチラリと横に座る隆之へと視線を投げた。
眼鏡のレンズが光を反射し目元が見えず、だがすっと通った鼻筋に薄い唇、それから骨っぽさが浮き出た喉仏が格好良くて、翠が何度もチラチラと横目で盗み見ていれば、不意に隆之が顔を向けた。
「っ!」
「何ですか?」
「な、なんでもない! ……それより、ほんと色々ありがとね」
「いえ」
「今度何かお礼させて」
「俺がしたくてしてるだけなんで大丈夫ですよ」
「またそう言う……」
「……じゃあ、また今度あの自販機で何か奢ってください」
「ふはっ! うん! 何本でも奢る!」
「いえ、一本で十分です」
「謙虚なのは良いけど、こういう時は遠慮なく先輩に奢られるもんだよ音無君」
「ははっ」
「えへへ」
「……隆之、で良いですからね」
「へっ?」
「名字で呼ばれる事あんまないですし、冬月さん先輩ですし。だから、気軽に隆之って呼んでください」
「っ! あ、そ、そうなんだ! へ、へぇ~、友達みんなそう呼んでるんだ!?」
「そうですね。……あとはまぁ、家族には小さい頃たかって呼ばれてました。今でも兄達にはそう呼ばれてますけど」
「……」
フランクに名前を呼んでくれて良いと言う隆之にテンションが爆上がりしつつ、……“たか“って何それ可愛い~~ッッ!! と小さい頃の隆之も知っているせいでよりそう呼ばれていたのが鮮明に浮かんでしまった翠はキュン死にしそうになりながら、意を決しておずおずと口を開いた。
「あ、じゃ、じゃあ、もし嫌じゃなかったら、俺も、たかって、呼んで良い……?」
「はい」
「ほんとに?」
「はい。別に嫌でも何でもないですし」
「っ、あり、がと……」
うわ、うわ、うわぁぁ!! 何これ奇跡!? あだ名で呼べるの!? 親密度えぐいって!! だなんてもう空も飛べそうなほど翠が高陽感にバクバクと鼓動を鳴らし、どもりながら謎のお礼を告げる。
そんな翠の様子に何故か隆之は小さく笑うだけで、その微かな笑みにでさえギュンッと心臓を握り潰されながら、嬉しすぎる……!! と翠はキラキラ輝く笑顔で隆之を見た。
「えへへ! あ! 俺の事も呼び捨てで良いし敬語使わなくて良いからね! 翠って呼んで!」
「……ふ、さすがにタメ語は無理ですけど、じゃあはい、翠さんって呼ばせてもらいます」
翠の勢いが面白かったのか、口元に拳を当てながらふっと笑った隆之。
だがその深く柔らかな凛とした声に名前を呼ばれた翠は、今日一日で人生の運全部を使ってしまったのではないかと思うほど幸せすぎる体験にプルプルと体を震わせては、ノックアウト寸前だと言わんばかりに顔を真っ赤にした。
「……うぅ、」
「翠さん? どうしました?」
「っ、な、なんでもない……」
隆之の口から紡がれる、自身の名前。
その度に動悸と息切れと眩暈が起こりそうで、これは幸せすぎて死んでしまうやつ……! と翠が息を飲むも、隆之は急に黙り込み顔を真っ赤にしている翠を心配するよう、何度か『翠さん?』と名前を呼んでは、無自覚に翠の寿命を縮めてくるばかりだった。
***
電車の中で何度も『翠さん』と呼ばれ、死にかけながらも何とかギリギリ耐性を付けた翠がようやく普通の表情を保てるようになった、頃。
タイミング良く電車が最寄りの駅へと到着し、二人は電車を降り改札を抜けた。
「あ、あのさ、駅から俺の家そんなに遠くないし、ここまで送ってくれただけでありがたいのにほんとに家まで送ってくれるの? 用事大丈夫?」
離れたくはないが、迷惑をかけたい訳じゃない。と翠が家への道を歩く前に再度確認するよう、申し訳なさそうに問いかける。
だがそんな翠に、隆之は薄く笑うだけだった。
「大丈夫です。むしろここら辺の方がこんな夜遅くに一人で歩くの危険そうですし、家まで送らせてください」
「っ、で、でも、この辺りは小さい頃から知ってるご近所さんばっかりで地域全体仲良いしさ。それにもし万が一不審者とか変な奴とたまたま遭遇しても、俺ほんとに喧嘩強いから、ほんとに無理しなくて大丈夫だよ?」
「でも二人で居れば変質者に襲われる可能性がぐっと低くなりますよね。だったらその方が安全じゃないですか。翠さんだって何も好き好んで喧嘩してる訳でもしたい訳でもないでしょう?」
「う……、ま、まぁ、そう、だね……。じゃあお願いします。ありがとう」
一人よりも二人の方がトラブルに巻き込まれる可能性は低くなるだろうという隆之の正論。
それに、じゃあお願いします。と呟くしか出来なかった翠が、どっちですか。なんて道を尋ねてくる隆之を見ては、本当にどこまで心配性で男前なんだ。とキュンキュンとしながら、あっち。と家の方角を指差す。
それから二人は、街の喧騒とは正反対のひっそりと寝静まった住宅街を、歩きだした。
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