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君と恋を~誠也とカイの話~
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しおりを挟む世界はいつだって明確な線が引かれている。
強者と弱者。
名声と汚名。
栄光と奈落。
富裕と貧困。
そして、男と女。
引かれた線引きはそう易々と越えられるものではなく、常にその線は引かれ続けたまま。
そして、その白線は決して覆らぬ境界線なのだと知った日。
その日から、俺は俺で在る事を辞めた。
『君と恋を~誠也とカイの話~』
携帯のアラーム音がけたたましく鳴る音に、はっと目を開ける。
カーテンも窓も閉めきり、そして夕方という時間も相まって部屋のなかは薄暗く、そのしんとした部屋のなかハァハァと上がる息を吐きながらカイは一度深呼吸をし、チッと舌打ちをした。
肌はじっとりと汗を掻き、天井をしばし見つめたあとまたしても忌々しい記憶の夢を見てしまった事に深い溜め息を吐いたカイは、されどもう起きて支度をせねばならぬ時刻だと、ぐしゃりと頭を掻きゆるりと立ち上がった。
ホストクラブ【ROSE】で揉め事を起こし、本来ならば干されるべきであるのに恩恵をかけてくれた有人から紹介された新しいホストクラブ【HEAVEN】でカイが働きはじめて、一年と半年。
新人からスタートし、下っ端としてこきつかわれ、そしてだんだんと指名が入るようになったカイ。やはり以前自分達が誠也達にしてきたようにランクの上の奴らから洗礼を受けたりと屈辱的な事をされたが、それでもなんとか踏ん張り、ようやくカイはこの店でナンバーワンになる事が出来た。
長かったようで短かった、一年半。
その月日を想いながら身支度を整えお店へとたどり着いたカイは、一度目を閉じ深く息を吸っては、その扉を開けた。
【ROSE】よりもこじんまりとした、小さな店。
まだ開店時間よりもだいぶ前だというのにスタッフルームの扉を開けば一緒に移動してきた三人がいつものように居て、カイに気付き、「カイさん! おはようございます!」と挨拶をしてくる。
けれどもその顔はどことなく泣きそうで、「なに野郎がべそ掻いてんだよばぁか」とカイは笑い飛ばした。
蓮にボコボコにされた三人をカイが病院へと連れていき治療を受けさせたが、一人はそこまで外傷はなく済んだものの、一人は前歯がなく、あとの一人の鼻も元に戻らなかったため、ひどく歪んでいる。
以前までホストとして働いていた奴も居たが今は三人とも内勤として、しかしそれでも腐ることなく自分達が間違っていたと素直に反省し、こうして一からやり直そうとカイを含めた四人で【HEAVEN】に来た時から、誰よりも早く出勤し店内の清掃を買って出ている三人に、やっぱりもう俺が居なくても大丈夫だろ。とカイは胸を張りながら笑った。
それから自身のロッカーを開け、数本の香水やワックスしか置かれていない寂しいロッカーの中からそれらを取り出し、持ってきていた紙袋にガサッと雑に放り込んだあとカイは笑った。
「じゃあもう行くわ」
──昨日、このホストクラブ【HEAVEN】を辞めたカイ。
半年前にようやくナンバーワンになり、それだというのにいきなり辞めるとカイが言い出したのは、一ヶ月前で。
そんなカイにオーナーやこの三人は勿論、店の奴らも全員驚いていたがカイの意思は固く、どんなに引き留めてもカイは首を縦には振らなかった。
そして昨日最後の出勤を終え、今日残っていた荷物を取りに来たカイにやはり三人は泣きそうな顔をしたが、
「メソメソすんなよ。情けねぇ」
なんてカイは、三人の肩をバシッと叩いた。
その見つめる姿はいつもの、自分達がカリスマ性を感じこの人に付いていこうと決めた時そのものの、自信満々なオーラ溢れる笑顔で。三人は泣くなと言われたばっかりだというのにズビッと鼻を啜り、「カイさんがホスト辞めても俺たちのナンバーワンは永遠にカイさんっすから!」と鼻息荒く泣きじゃくってしまった。
大の男が騒ぎ泣いているのをカイは珍しく刺のない優しい顔で見つめ、しかし今一度三人の肩に拳をぶつけては、
「馬鹿言ってんな。次のナンバーワンをしっかり支えてやれ。じゃあ今度こそもう行くわ」
なんて言いながらひらり手を振り、店をあとにする。
外に出てみればもうそろそろ夜になりそうな藍色の空が広がっており、呆気なく幕を閉じた自分のホストとしての人生に、空を仰ぎ見たカイ。
それでもその呆気なさが自分らしく、そしてだがどこか荷が降りたような気がしたカイは一度伸びをしてから、来た道を戻っていった。
──そうして、別れを惜しむ間も与えず店をあとにしたあとカイは自身の家へと戻り、ベランダで煙草を吹かしては、ベランダから見えるマンション下のゴミ捨て場を、ぼんやりと眺めていた。
なんてことのない、ただのゴミ捨て場。
だが、忘れもしない五年前、なんの偶然か運命か、そのゴミ捨て場でカイと誠也は出会ったのだ。
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