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第六章
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しおりを挟む「ゆう!!」
そう声を張り上げ、ガラッと白い扉を開けた蓮の目に映ったのは、ピッピッ。と電子音が響く病室のなか、頭に包帯を巻き病衣を着てベッドに寝ている裕の姿で。
一瞬にして目の前がさぁっと青く染まった蓮が慌てて駆け寄ろうとしたその瞬間、
「おー、蓮」
だなんて軽い口調で言いながら裕がひょいっと軽く身を起こし、ふらりと手を振った。
「わざわざ来てくれたん? ごめんな」
あっけらかんと笑う裕は、見た目に反して随分と元気そうで。裕から『駅の階段から落ちた。また当分出勤できねぇかも』というメールを貰った途端コートすら着ずスーツ姿のまま病院までやってきた蓮は、元気そうな姿に一気に力が抜け、その場にへなへなと座り込んでしまった。
じわりと脂汗やら良く分からない汗が吹き出していたのか、シャツが肌に張り付き気持ち悪く、それでも安堵の溜め息を吐いた蓮。
いや、メールを打てるくらいなのだからそこまで深刻ではないとは思っていたけれど。と向かっている間色々と考えていたらしい蓮は何とかよろよろと立ち上がり、裕の方へと向かった。
「れん、」
「……心配した。死ぬほどびっくりした。ほんとに、今も泣きそう」
何か言葉を紡ごうとした裕を、しかし今は無事だと確かめさせてと言わんばかりに、蓮が思いきり抱き締め、ぽつりと呟く。
その蓮の言葉に、微かに震える腕に、裕は口をつぐんだあと点滴の管が付いたままの腕を、背に回した。
「……ごめん、足が滑ってさ。でも全然大丈夫だから。まじで、ただの軽い脳震盪ってだけだから。念のため検査して、異常なかったらすぐ退院出来るから」
そう穏やかな声を出す裕に、蓮が堪らずグスッと鼻を鳴らす。
その珍しい姿に一瞬だけ目を見開き、しかし裕は、心配かけてごめん。と大丈夫だから。を繰り返しては、蓮の背をぽんぽんと撫であやし、ひたすら蓮が落ち着くのを待った。
「寿命縮んだ。絶対。裕のせいだから」
それから、数分後。
小さく息を吐いた蓮が顔をあげ、憎まれ口を叩きながらも、笑う。
そんないつも通りの蓮の笑顔に裕もホッと胸を撫で下ろし、ごめんって。と気まずそうに微笑み返した。
「もうほんと、気を付けてよ」
「ん。ごめん」
「大した怪我もなさそうなのがせめてもの救いだけど、ほんとに心配したんだからね」
「ごめんなさい」
ベッド横の椅子に腰掛け、ひたすら心配だったと繰り返す蓮にまたしても何度もごめんと返しながらも、愛されてんなぁ。なんて呑気に笑いながら、裕がぎゅっと蓮の指を握る。
そうすれば直ぐ様手を繋がれ、そのままぐいっと手を口元に持っていった蓮が、裕の指先にちゅっちゅっとキスをしながら、
「笑い事じゃないからね」
なんて釘を刺してきたが、そんな怒っているような台詞を言われても愛しか感じず、裕は更にくすくすと笑ってしまったのだった。
***
翌る日。
蓮から詳しく聞いたらしく、慌てて駆け付けてくれた誠也達。
ドタドタと病室に入ってくる面々に、「昨日は無断欠勤してごめん」と裕が謝れば、一瞬だけ呆けたあと、全員が目を吊り上げた。
「何言ってんの! そんなんどうでもいいよ! 心配したんだよ!」
「そうだよ!」
「……ごめん」
「……でも、大事にならなくて良かった」
裕が気まずげにごめんと呟けば、どうやら大丈夫そうだと安心したのか、誠也達が笑う。
それからいつものようにワーワーと誠也達が騒ぎだし、空きがなく個室にされてしまったのだがそれでも看護婦さんが「病院内ではお静かに!」と注意しにくるほどの、騒々しさが溢れていて。
途端にすみませんすみませんと看護婦さんにペコペコ頭を下げている皆を見て、一ヶ月強といえどひどく懐かしく感じ、裕はなぜか情けなくもうるっとしてしまった。
「へ、なんで泣きそうになってんの?」
だなんて目敏く気付いた誠也が不思議そうな顔をし、その横ではなぜか瑛が裕と一緒になって、瞳を潤ませている。
「……裕は時々凄い事やらかすよなぁ」
そう有人が言ったが、「まぁでも大丈夫そうで良かったね」と石やんが珍しくまともな事を言う。その横で、一緒に来ていた蓮はそれをにこにこと見守っていて。
その穏やかな空気に裕もまた満面の笑みを浮かべ、それからまた看護婦さんが注意しにくるまで、くだらない事で皆バカみたいに笑っていた。
──そんな、入院生五日目。
頭を打ったからと念のため念入りに検査をされていたが、特にどこにも異常がないと診断され、明日にでも退院できるとお医者さんから言われた裕は、毎日顔を出してくれる蓮に早く告げたくて、うずうずと蓮が来るのを待っていた。
それからいつものように出勤前に来てくれた蓮を、裕はキラキラとした顔で見上げた。
「明日退院出来るって!」
挨拶もなく、開口一番そう嬉々として話したが、病室に入ってきた蓮はどこかいつもと違って、暗い顔をしていた。
無言のまま近寄ってくる蓮に不思議そうな顔をした裕を見下ろし、
「……そっか。それは、良かったね」
と絞り出すように言う蓮。
想像していたリアクションとは全く違い、目すら合わせてこない蓮に、裕は首を傾げた。
「蓮? なんかあったん?」
そう言いながら、ベッド脇に立った蓮の手を握ろうとする。
だがするりとかわされてしまい、それに呆けた裕は今まで一度もそんな態度をされた事もなければ普段は蓮からベタベタと触ってくるので、突然の事に目を白黒とさせ、蓮を見た。
けれどもやはり蓮は目を合わせようとはせず、顔すら逸らしていて。
ざわざわと揺れる胸のまま裕がもう一度蓮の名を呼べば、きゅっと唇を噛んだあと、ゆっくりと蓮が口を開いた。
「俺と、別れてほしい」
そう空気を切り裂き、落とされた言葉。
それに驚いたまま蓮を見る裕を、なんの感情も籠っていない無表情なまま見下ろしてくる蓮の、その見たこともない顔や今しがた言われた言葉が理解出来なかったのか固まった裕が、
「……え?」
と小さく言葉を溢したが、それは病室の窓の外で暮れかかる夕景の中を優雅に飛び回る鳥の声に掻き消されてしまうほど、小さかった。
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