【完結】君と恋を

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第五章

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 ──それから、一週間後。

 そこまで酷くもないのに一週間も休みを貰った裕は、まぁこの機会だし。とその間レポートを仕上げたり卒論を進めたりと、中々に忙しい日々を過ごしていた。
 そしてようやく一週間が経ち、出勤できる。とはりきって出勤してきた裕は、スタッフルームの扉に手をかけ部屋に入るなり蓮の姿を見つけてしまい、むず痒さで何故だか逃げ出したくなってしまった。

 だが、目敏く裕に気付いた蓮がそうさせてくれる訳もなく。

「おはよう裕。一週間ぶりだね。体、大丈夫?」

 なんてすぐさま近寄ってきてはにこやかに笑ってくるので、裕は小さく目を逸らしてしまった。

 実はあれ以来、体安静にしなきゃだし、レポートや卒論の邪魔しちゃったら悪いから。だなんて言ってきた蓮とは、一度も会っておらず。
 しかし、【体、大丈夫?】やら、【無理しちゃだめだよ】やらと心配のメールを送ってきたり、【でも早く会いたいな】だなんて甘い台詞を絶えず送ってきた蓮のそのマメさに会えなかった寂しさなんて感じず、けれども恥ずかしさでいっぱいになっていた裕は、逸らしていた瞳をあげて蓮を見つめた。

 ……ほんとこの男は天性のたらしだな。

 なんて、内心なんだか癪だと思いながらも、会いたいと思っていたのは裕だとて同じで。……バカップルかよ……。と自身の思考に気持ち悪いと心の中で舌を出しつつ、裕がぼそりと呟いた。

「……おはよ」

 おずおず、と言った様子で蓮を見上げ、そうぽつりと呟いた裕。
 そのなんだかドキッとするような表情に、見ていた周りのホストや内勤が、……あれ、裕ってあんな色っぽかったっけ……てか男に色っぽいってのはどうなんだ……。と少しだけソワソワとし出していて。
 そんな気配を裕はもちろん気付いていなかったが、しかしやはり目敏く察知している蓮が、見世物じゃないんだけど。と冷たい笑顔で周囲を見回せば、皆ぶるりと身震いをし慌ててスタッフルームから出ていった。


 先程までガヤガヤとしていたスタッフルームが、途端にしんと静まり返っている。

 その静寂さになんだか気まずくなった裕が自身のロッカーを開け着替えようとしたが、ふいに後ろから蓮に優しく抱き締められてしまい、突然の抱擁に裕は肩を跳ねさせた。

「っ、」
「ちょっとだけ充電させて」

 固まってしまった裕に薄く笑いながら、旋毛にちゅっと唇を落としてくる、蓮。
 その艶っぽい声と香る蓮の匂いに一気に心拍数が上昇し、

「なっ、こ、こんなとこで、誰か来たら、」

 と口ごもる裕だったが、抜けようと思えば簡単に抜け出せる蓮の長い腕に捕らえられたまま身動ぎひとつ出来ず、離そうとしない蓮に、小さく息を飲んだ。

 じんわりと温かい、腕の感触。

 その心地よさが全身に満ちてゆき、目を伏せ恥ずかしそうな顔をした裕が、それでもそっと蓮の腕に手を添えた、その時。

「おはよー」

 なんて呑気な声と共にバンッと扉が開き、誠也、瑛、石やんの三人がぞろぞろとスタッフルームへ入ってきては、裕と蓮を見て目をぱちくりとさせた。

 そんな突然の事に対応しきれなかった二人は、いまだバックハグの体勢で。しかし一瞬にして顔を真っ赤にした裕が慌てて離れようとしたが、蓮は先程の柔さが嘘だったかのように一度ぐっと自分の方へ引き寄せ、裕が離れるのを阻止した。

「おはよう」

 裕を腕に抱いたまま、いつものように挨拶を返す蓮。
 しかし意外にも瑛だけが何とも言い難い表情をしただけで、誠也と石やんは二人の体勢に何も疑問を持たないのか、スルーしながら自身のロッカーを開け始めていて。
 それに目をぱちくりと瞬かせ、そういえばこいつら普段からスキンシップ激しいもんな。と、この距離は二人にとっては普通みたいなものなのかと裕がホッと胸を撫で下ろしたのも、束の間。

「あ、俺と裕、付き合う事になったから」

 だなんて、きっといつもの満面の笑顔で言っているであろう蓮の声が耳元でた。

「っ、」

 蓮の暴露発言に、裕が慌てて顔を捻り蓮を見る。
 しかし蓮はやはりいつもの爽やかな笑顔で、ん? なんて微笑むだけ。

「ば、おま、何いって、」

 なんて焦り、蓮の笑顔にひくっと表情を強張らせながら、とりあえず離せよ。と身動いだ裕だったが、蓮はその抵抗をまぁまぁといなすばかりで。
 抜けられない蓮の腕のなかで恥ずかしさに顔を染めながらどういう反応をされるのだろうと不安がった裕がちらりと三人をうかがえば、石やんは理解出来なかったのかぽかんとした表情をし、しかし瑛は目を見開いたかと思うと、

「え!? ていうかまだ付き合ってなかったの!?」

 と違う意味での驚きを見せていた。

 その横で誠也は、「やっとかぁ~! よかったな蓮!」と笑っている。その誠也の言葉に石やんが詰めより、えっ!? という顔をした。

「えっ、誠也知ってたの!? なんで言ってくんなかったんだよ!? ていうかドッキリとかじゃないよね!? まじでびっくりなんだけど!」

 ぐりんっと裕へと顔を向け、ドッキリとかじゃないよねと確認した石やん。
 それに気まずげにポリポリと頬を搔きながら視線を逸らす裕を見て、本当なんだと確信した石やんが満面の笑顔を浮かべた。

「え~、言えよ~!! おめでと~!」

  そう言いながら腕を広げ、石やんが抱きついてこようとする。

 そんな三人の寛容すぎる態度に面食らった裕は、後ろから蓮が石やんのハグを阻止しているのすら気付かず、呆けたままで。

 五人しか居ないというのにスタッフルームはガヤガヤと煩く、その音に有人が顔を覗かせ、

「あ、裕、体もう大丈夫?」

 なんて裕に気付き、中へと入ってくる。

 それに裕がハッとし、「あ、はい、もう大丈夫です。心配かけてすみません」と呟けば、その裕と裕を後ろから抱き締めたまま石やんの顔を肘でグイグイと押している蓮を見て、有人がふーん。と笑った。

「そっか。おめでとう」

 ニヤニヤと笑いながらおめでとうと言ってくる有人に、この場合は良かったね等ではないのかと頭を捻った裕だったが、それがなんのおめでとうなのかを理解した途端、またしてもボッと顔を赤くし俯いてしまった。


「でも、くれぐれもお客さんにバレるような事は駄目だからね」

 未だ石やんのハグを阻止している蓮に向かってやはり締めるところはきちんと締めてくれる有人に裕が必死にコクコクと頷いては、勿論です。と蓮の腕から抜け出す。
そんな裕に、逃げられた。と蓮が不満げに口を尖らせたが、しかしパンパンと手を叩いた有人によってこの話は終わりだと強制的に終了させられてしまった。

「はい。分かってればいい。それよりもうこんな時間だぞ! 雑談終わり! 準備して準備!」

 壁に掛けてある時計を見てそう声を張り上げた有人のその声に、皆一様に蜘蛛の子を散らすよう各々のロッカーへと向かい、準備を始める。
 その時ふとなんだか違和感を覚えた裕がちらりと誠也を見れば、誠也は隣のカイのロッカーだった場所を開けて、何やらごそごそと中を漁っていて。
 それからバタンと閉められたそのロッカーには急遽こしらえたのだろうガムテープに、【誠也の予備ロッカー】だなんていう汚い字がマジックペンで書かれているのに気付いた裕は、胸の奥が少しばかり申し訳なさでツンと痛くなるのを抱えながら、だがそれが誠也の中でとても大事な事のように思えて、何も言わず自身のロッカーを開けたのだった。




 
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