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第二章
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しおりを挟むそうこうし始まった、内勤初日。
しかし裕が緊張だなんだと言っていられたのは、もって三十分だった。
どんどんと入る知らない名前のお酒のコールに、アイスペールの補充。
こんもりとこもった吸殻まみれの灰皿に、トイレ掃除。
それからフルーツのカットや買い出しなど、慣れぬ間にどんどんと頼まれるその仕事量に目を回すしかなく。その度に石やんがさりげなくフォローに入ってくれるのだが、けれどもホストでもないのにひっきりなしに石やんは席に付かされていて、その間は周りのホストも内勤も誰一人裕になんて構っていられる訳もなく、一人ぼっちの裕は情けなくも泣きそうになってしまった。
そんな泣きべそな裕に石やんは申し訳なさそうにしていたし、有人もなんとか忙しい合間を見ては助けてくれたお陰でやっとこさなんとか初日が過ぎ、上がっていいよ。お疲れ様。と有人に労われながら背中を叩かれた裕は、へろへろなまま、バックヤードから出てスタッフルームへと向かった。
……信じらんねぇ。忙しすぎんだろ。後半記憶がないんだけど。
なんて心のなかで呟いてはスタッフルームの、もう馴染みとなってしまった深紅のソファにくったりと沈んだ裕。
深く息を吐き、俺ほんとにこの調子でやっていけんのか……。と心配になっていれば開いた扉から有人が顔を覗かせては、
「お疲れさま」
と笑い、缶コーヒーを手渡してくれた。
微糖。と書かれたその冷たい缶をありがたく(裕は実はブラックが飲めないが)受け取りながら、お疲れ様です。と頭を下げた裕の疲労感が滲むその姿に、気まずげに有人は眉を下げた。
「初日から大変だったよね。今日はあの三人が揃ってるから忙しくなるとは思ってたんだけど、それを言うと余計不安になるかなと思って」
ぽつりと言った有人に、さきほどのあの微妙な間に隠された言葉はそれだったのか。なんて思いながら、そういえば。と裕は問いかけた。
「あの、石やんさんって内勤なのに席に付かされたりしてたんですけど、あれって、」
「ああ、大体どこのホストクラブでもお客様から言われれば内勤でも席に付いたりするんだよ。一応ガンガンに飲まないようにセーブしながらなんだけどね。でもまぁ石やんはそのなかでも結構特別な方だとは思うよ。いい意味でぶっ飛んでるから」
そうにこりと笑いながら説明してくれた有人に、ぶっ飛んでるって。と吹き出しながらも、確かに行く先行く先で笑いの渦が起きていたな。と若干ながら思い出した裕がまたひとつ勉強になった。と感服していれば、
「少しだけまだ時間ある?」
と聞かれ、特になんの予定もないし明日は二限からなので、裕はこくんと頷いた。
「大丈夫です」
「良かった。じゃあちょっと一緒に来てくれるかな?」
良かった。と笑った有人が手招きをする。
それに裕はへろへろで早くも筋肉痛になりかけている足を動かしながら、有人のあとを付いていった。
薄暗い廊下を歩き、スタッフ専用入り口とフロアの仕切りの扉の前まで来ては、
「うちがどういうお店か、ゆっくり見れてないと思って」
なんて店内から漏れくる煌めいた照明を浴びながら有人が扉を開け、じっくり見てみてよ。と笑う。
その言葉に、確かにそういえば全然このお店がどういう雰囲気なのかとか知らねぇや。と言われるがまま、裕は店内をこっそり見回した。
きらきらと輝く灯りが席を照らし、初めて体入した時よりも遥かに盛り上がりを見せている店内。
けれどもそれは一席だけではなく、お店全体が踊るような笑いと活気の渦で溢れていて、その肌を突き刺し身を震わすほどの熱気や圧に裕がヒュッと喉を鳴らせば、有人が口を開いた。
「誠也は本当に才能の塊でね、あいつが居るだけで雰囲気も、人もがらりと変わるんだ。まぁ見ての通りすごい馬鹿で売り上げとか自分の立場とかそういうのは気にしない奴なんだけど、今この瞬間を絶対に楽しもうとするんだよね。誰よりも楽しむ事に、楽しませる事に長けてる。それが誠也がナンバー1の理由。誠也と居ると無意識に誠也のリズムに呑まれて、楽しくなって笑っちゃうんだよ。こういう所に来るのが初めてで最初戸惑ってた女の子でも、誠也ならすぐに笑顔にさせる。俺はそれはもう神様から与えられた才能だと思ってる」
この場の波のような喧騒をBGMに、有人がそう溢すのを、裕はどこか放心状態で聞いていた。
祭りの時のようなあのおびただしい人から発せられる膨大なエネルギーがぎゅっと詰まったこの場は、なんだか夢の中のような、それでいてひどく胸が騒ぐような気配が全身を焦がし、ビリビリと背から伝わる得も言えぬ気持ちに、確かにこの間とはまるで違う雰囲気と一体感だ。と裕が思っていれば、
「それに、石やんはほんとに全ての能力を面白さに全振りしちゃってるからさ、あの二人が揃うともう笑いの無法地帯になるんだよね。瑛はまだナンバーこそ下の方だけど、酒は強いし話はちゃんと聞いてくれるし、あの雰囲気に癒されるっていう女の子が多くて人気なんだよ。そのうちあっという間にナンバー入りすると思う。だから、裕君には今日のこの雰囲気を覚えていてほしかったんだ。これがこのクラブROSEの良さだって知ってほしくて。ここに蓮が加わるともうどの店にも負けないと俺は本当に思ってる。もちろんそのメンバーがきちんと輝けるのも他のホストやスタッフのお陰だからこそだし、だから今のROSEはすごく良い雰囲気になってきてると思うんだ」
そう優しく笑う有人の顔は自信と誇りに満ちていて、裕は小さく会釈をしながら、凄い。と内心で呟いた。
この日、裕は自分が抱いていたホストという職業への考え方がまた変わり、尊敬を感じる貴重な体験したのだった。
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