【完結】君と恋を

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第一章

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 ガンガン鳴り響くBGMと、薄暗い店内。

 そこかしこで楽しげな声が上がり、男女の笑い声が弾けるその中で裕は早くも後悔しつつ、先ほど有人から教えてもらった通りヘルプ椅子と呼ばれる丸椅子に座りながら引きつった笑みを浮かべていた。

 じゃあ宜しくね。と店へ出されたはいいものの、案の定お客として来た女の子と何一つ上手い会話は出来ず、ただただ神経を磨り減らすばかりなことに、……泣きてぇ。と心のなかで呟いた裕は、ヘルプとして付かされたその席の見知らぬホストのどうでもいい、糞ほども面白くない話にぴくぴくとこめかみに青筋を立て、それでもなんとか顔に笑顔を張り付けた。

 これもお金のため。これもお金のため。

 そう念仏のように唱えつつちらりと店内を見回せば、先程スタッフルームで会った蓮という男が見え、女性にこれでもかと体を密着させられていても笑顔を浮かべ、何やら耳元で囁いては笑っていて。そんな姿に、ほぇー、さすがホスト。なんて裕はどうでもいい感想を抱いた。
 馬鹿みたいに楽しそうに騒いでいる席や、どんどん酒が運ばれる席、そして先ほどの蓮という男のように何やら濃密な空気を醸し出している席などがあり、現実世界とはかけ離れた世界が目の前に広がっていて、なんだか夢の中みたいだなぁ。なんて裕が呆けていれば、ばしっと肩を叩かれた。

「おい、ボーッとしてんなよ」

 不機嫌そうな顔で言ってくる男は、裕がイメージしていたホスト像そのもので。
 一緒にヘルプとして付いているいわば先輩みたいなものなのだろうが、頭の軽そうなチャラチャラした見た目のそいつが名乗った名前は早口だったし態度も悪く小声だった為、もう覚えていない。
 それでもまぁとりあえずと、すみませんと謝り頭を下げれば客に聞こえないように舌打ちをされ、裕は眉間に皺を寄せた。
 相変わらず指名されたホストは女の子とくだらない会話をしているし、横の奴は糞みたいに態度が悪いし、最悪だ。と気付かれぬよう裕が溜め息を吐き足元を見た、その瞬間。

「ねぇ、あんたもお酒飲んでよ~。つまんな~い」

 なんて客に言われ、裕はまたしてもこめかみをピクッと動かしつつも、「はい。飲ませてもらいますね」と机の上にセットされているアイスペールから氷をグラスに移そうとしたが、

「これで飲めばいーじゃん」

 なんてそのアイスペールの中にドボドボと酒を注ぎ込まれ、裕は一瞬、は? という表情をし客を見た。
 だが、有人から言われた笑顔という言葉をなんとか思い出し、ひくっと口の端を震えさせつつ、裕はそのアイスペールを持った。

 仕事じゃなかったらぶっ飛ばしてるな。なんて物騒な事を考えつつ、タプン、と揺れるアイスペールを腹を括って呷る裕。
 途端焼けるような熱さが喉を焼き、それでも、金のため。金のため。とまたしても呪いのような言葉を頭のなかで浮かべながら、裕はそれを一気に飲み干した。


 おおぉーー!! と近場のホストから上がる歓声や、やればできるじゃーん! なんて上から目線の女性客の声がガンガンと頭に響き、突然大量に摂取した酒のせいで目の前がくらくらと揺れるのを感じた裕は、やばい。吐く。と口元を押さえたが、周りからは、アンコール! アンコール! なんて囃し立てる声があがるだけ。
 それに、ふざけんな。とぶちギレそうになりながら、もうホストなんて絶対死んでもやらん。今日の給料だけ貰ったらさっさと記憶から消してやる。と吐き気と不愉快さの中そう決意した裕だったが、不意に肩を後ろから支えられ、ビクッと体を跳ねさせてしまった。


「待って待って、この子入ったばっかだからさ、さすがに優しくしてあげてくださいよ」

 なんて頭上から、柔らかな声が落ちてくる。
 それに、裕はゆらゆらと揺れる視界のなかで顔をあげた。

 視界に映るのは、ぼやける瞳でも分かる白く美しい歯。
 それは先程見たばかりの蓮で、その爽やかな笑顔をぼうっと見ていれば、

「頑張りすぎ。体壊しちゃうよ」

 なんて耳元で囁かれた。

 ひどく落ち着いた穏やかな声と共に、ポンポン、と背中を撫でられる。
 その優しい対応や慣れた手付きに、……これがナンバー5の実力か。すげぇな。と裕が感嘆としていれば、突如場を乱された女性客が、「えー、シラける事言わないでよ~」なんて不満を漏らした。

「まぁまぁ、ここは俺が代わりにヘルプ付きますんで」

 だなんて蓮が言った途端、不満そうな態度はどこへやら急に色めき立った声を出し、すっかり機嫌を戻した女性客。
 爽やかでイケメンで人気の蓮に付いてもらえると、むしろ先ほどよりも嬉しそうな女の姿に、本指名の筈のホストが苦虫を噛み潰したような顔をしているのが見え、お気の毒様。と裕は心のなかで呟いた。


「ここはもういいから、後ろで休んできなよ」

 またしても蓮が背中を擦りながらそう声を掛けてくるので、裕は、すみません。と一言呟いてからふらふらと覚束ない足取りのまま、その場をあとにした。




 
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