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番外編
その後 2
しおりを挟むぎゅっと後ろからノアを腕に抱けば、シュナがすぐにここに来てそうすると知っていたのだろうノアは驚く様子もなく、そっと肩に頭を乗せ体重をかけるだけで。
その愛しい重みにシュナは安堵の息を吐き、口を開いた。
「……そんな薄着じゃ、風邪引くだろ」
そうぽつりと呟いたシュナの声に、しかし小さく鼻を鳴らしたノア。
それはまるで毛布を持ってきてくれる事など知っていると言わんばかりに小生意気で、だがしかしその信頼が嬉しく、シュナは自身が付けた痕が散らばるノアのうなじに唇を寄せた。
チチチ。と遠くで鳴く、鳥の声。
それきりまたしても静かになった辺りは、薄暗く。
それでも何も言わずシュナがひたすらにノアを抱き締めていれば、ぽつりとノアが口を開いた。
「……春にはここでお花を見て、夏になったら草むらに寝転がって、秋になったら落ち葉を拾って、冬にはあの洞穴で夜空を見ようって、約束しましたよね」
「……ああ」
「それから、もう五年経っちゃいましたね」
「っ、」
まるで感情の乗らない声で話すノアがより痛々しく、シュナが息を詰まらせる。
その小さな息を飲む音と同時に、ノアが鼻を啜る音がした。
「……ノア、」
「……五年、もう俺達が番いになってから、五年、です」
「ノア……」
「そ、それなのにっ、……なんで俺達のところにはっ……、」
「ノア」
「……ぅっ、うっ、」
「ノア、」
声を詰まらせ泣き始めたノアを必死に抱き締め、だがしかしただひたすらに名前を呼ぶ事しか出来ないシュナ。
そんなシュナもまた、泣きそうな顔をしていた。
──シュナとノアが番いになってから、早五年。
番いになって初めてのヒートを共にしたその時からノアはずっとシュナとの子どもを望んでいるが、二人は未だに子どもを授かれてはいなかった。
そして、三年目ほどまではヒートが終わる度に、今度こそ妊娠するかもしれない。と輝いていたノアの瞳は今や、常に諦観にも似た悲しみに暮れていて。
洗礼式から戻ってきてすぐに番いになったウォルとテアの間に産まれた一歳になる女の子“アン“や、リカードとロアンの四歳になる長男の“ロイド“と二歳になる次男の“カイン“を人一倍可愛がり、我が子のように愛情を注いでいる所から見て分かるように、ノアは子どもが大好きである。
だからこそより辛いのか、ノアは時折ひっそりと群れから離れてはここでさめざめと泣きくれていて、その度にシュナはやるせない想いに駆られるのだった。
「ノア」
「ふ、うぅ……」
「ノア、泣くな……」
「……ぅ、ヒ、ヒートが始まるのもおそかったし、きっと俺が、オ、オメガになんかなりたくないって、ずっとおもってたから、だから……、」
「ノア、ノア、こっち向いてくれ」
「ひっぅ、ごめんなさいっ、……シュナさんの赤ちゃん、産んであげれなくて、ごめんなさ、」
「ノア」
こうなってしまった時、いつも決まって自分が悪いと口にするノア。
そう言わせてしまう事が情けなく、ごめんなさいと何度も謝るノアにシュナは無理やり腰を掴んで体を捻らせ、膝の上に乗せた。
「ノア、ノア、お前は何も悪くない。お前のせいじゃない。誰も悪くない。謝らせてごめん。泣かないでくれ……」
うぅ、と喉をひきつらせ嗚咽を溢すノアの顔を両手で掬い、止めどなく流れる涙を指で何度も何度も拭っては、シュナが顔中に口付ける。
そうすれば大人しく膝の上に乗ったまま、それでもしゃくりあげるノアの体は震え弱々しくて。
泣かせてしまう事しか出来ない自分に腹立たしさを感じながらも、誰のせいでもない。とシュナは何時ものように囁き続けては顔を擦り、背中を撫で、ノアの気持ちを少しでも和らげようと努力した。
「ノア、大丈夫だ。大丈夫」
「っ、ひっく、ううぅ……」
「大丈夫だ。大丈夫だよ、ノア、愛してる。泣くな」
「……ふ、うっ、うぅ、」
「ノア、愛してる」
そう囁くシュナの言葉に、ノアも同じく涙で濡れた声で愛してると小さく返事をし、されどまたしてもひどく泣きじゃくり出したが、それでも必死にシュナはただひたすらノアの背を撫で続けた。
──そうして、ようやくノアの声が段々と弱まり、鼻水を啜る音だけになった頃。
朝陽が徐々に顔を覗かせ露が滴る葉を美しく照らし始めた時間に、シュナはそっと腕の中にいるノアの首筋に口付けながら、慎重に口を開いた。
「……また検査を受けよう」
ぽつりとそう呟いたシュナの言葉に小さく身を震わせながら、それでもコクンと頷いたノア。
その健気な姿にシュナはやはり行き場のないやるせなさを抱えながらも、ノアの体を包みきつく抱き締めた。
シュナ達が暮らす森の麓にある、小さな小さな村。
そこは車で三時間ほどもすれば着け、何時も物資を調達する大きな都会とは違い、ぎらついておらず質素な、だがシュナ達の群れよりかは少しだけ発展しているような村である。
そこで群れでは対処できないような大きな怪我や病の時に行く病院があり、そしてシュナ達の群れで妊娠したオメガはここで経過を診てもらい、出産をするのである。
望めば医者が出張という形で群れにも来てくれ、病院ではなく群れで出産する事も可能な為ロアンもテアもそこで診てもらい、だが出産の時は先生に群れまで来てもらって、出産をした。
そんな風に良い関係を築いているその病院で、長い間子宝に恵まれないシュナとノアの悲しむ姿を見かねたパックアルファであるシュナの父の助言の元、二人は不妊検査を定期的に受けている。
だがいつも決まってお互い何の心配もないと言われており、しかしそれでももう一度受けようと何度も検査をするのは、子どもを授かれない原因が分かり適切な治療を始められるかもしれないという、藁にも縋るような想いがあるからで。
それをお互い理解しており、ノアはシュナの首筋に濡れそぼった睫毛を押し付け、ぐすっと鼻を啜った。
「シュナさん……、愛してます」
「俺も愛してる」
「……シュナさんが好きだから、シュナさんとの子どもが産みたいから、まだ諦めません」
折れかけていた心を立て直すよう、そう宣言したノアの声は幾分か調子を取り戻し、明るくて。
その言葉にシュナはいつも泣きたくなるのを耐えては、ありがとうと言うにはきっとお門違いで、けれども俺もお前との間に子どもを授かりたいのだ。と言うよう、こめかみに口付けた。
「……愛してる」
「俺も、愛してます」
「……子どもが出来たらきっとお前に似た子どもなんだろうな」
「……ふふ、シュナさんはいつもそう言いますね。俺は絶対シュナさんに似た子が産まれると思います」
「絶対?」
「絶対」
「……そうか。ならそうかもな」
「はい」
「……産まれてくれたら、ここを見せてやりたいな」
「……はい……」
「……愛してる」
「……あい、してます」
「うん」
またしても堪えきれずポロリと落ちたノアの涙が、シュナの肩口に染みる。
熱いその液体が一瞬にして冷たくなるのを感じながら、もう一度愛してると囁いたシュナは、目の前に広がる美しい草原を見つめた。
さわさわと、四月のさらりとした風に靡く草。
いつの間にか昇りきった太陽が艶々と緑を輝かせ、その美しい光景を見つめながらシュナは、ノアの甘い、だが悲しさを纏った桃の匂いを嗅いでは慰めるよう、うなじに何度も何度も鼻と唇を押し付けた。
***
ノアとシュナが二人だけの秘密の花畑で慰めあった日から、早三週間後。
あの日大泣きして大分スッキリしたのか、いつもの元気さを見せているノアにシュナもほっと胸を撫で下ろし、何時ものよう平和に過ごしていた。
だがしかし、シュナが狩りを終え小屋へと戻った時に不意にノアから香った香りに、くんくん。と鼻を鳴らしてシュナは眉間に皺を寄せた。
「……?」
「ん? どうかしましたか? シュナさん」
「……いや、なんだかお前からミルクの匂いがするから」
「え? ミルク? ……あぁ、さっきまでロイドと一緒に乳搾りしてたんです。でもロイドが怖がっちゃって手を離したから、ビシャーって全部俺にかかっちゃって。川で軽く腕とか洗って着替えたんですけど、でもまだどこかに跳ねたまま残ってたんですかね」
シュナの疑問に、リカードとロアンの長男であるロイドと一緒に牛乳を絞っていたと楽しそうに、とても嬉しそうに話すノア。
その笑顔は美しく輝いており、シュナはその度にやはり毎分毎秒恋に落ちていると眩しげに目を細めては、微笑み返した。
「そうか」
そう小さく囁きながら、しかし何時もの桃の香りに混じった、牛乳よりももっと甘く、先程も言ったがミルクと称するに相応しいような匂いにシュナは慣れないと未だに小さく頻繁に鼻を鳴らしながらも、今は灯っていない暖炉の側の椅子に座り読書をしていたノアへと近付き、ふわふわと揺れる金色の髪の毛を撫でた。
「ノア」
「はい?」
「病院から手紙が返ってきてた。再来週の日曜日、予約が取れたそうだ」
電話もない群れでは、外界と連絡を取る手段は手紙しかなく。
そしてかなり古風だが伝書鳩を使って送るしかないのでいつもやり取りに遅れが生じるのだが、しかし今回はいつもより早く予定を調整出来た。とシュナがノアの髪の毛を撫でながら告げれば、ノアは一瞬だけ目を見開き息を飲んだが、それからふわりと微笑んだ。
「そう、ですか……。分かりました」
「……ノア、愛してる」
ノアの体を軽く引き寄せ、少しだけ体を曲げてはこつんと額同士をぶつけたシュナが、もっと他に気の利いたような言葉を言えればどれだけ良いだろうか。と自身の口下手を悔しく思いながらも、だが結局いつもこの言葉しか伝えたい事は無いのだ。と鼻と鼻を擦り合わせる。
「……愛してる」
「ふふ、俺も愛してます」
すりすりと愛情を示すよう鼻を擦ってくるシュナに、花が綻ぶよう微笑むノア。
それはとても美しく、シュナもつられて微笑みながらノアの体を抱き寄せ立たせたあと、そのまま後ろへと倒れた。
「っうわっ!? シュナさん!?」
ノアを抱えたままシュナがボスンッとすぐ後ろのベッドへと沈めば、驚きに目を見開きながら声をあげたノアに、シュナは悪戯が成功した子どものような顔でニヤリと笑った。
「もう! 急にしないでください! びっくりするじゃないですか!」
「ははっ」
笑っていたものの、上に乗ったまま胸元をバシッと叩いてくるノアの中々に重い打撃をくらい、シュナがゴホッと咳き込む。
それに鼻を鳴らしては自業自得だと片眉を上げたあと、それでもノアはにへらと微笑んだ。
それからシュナの首筋に顔を埋め、ちろちろと舌先で舐めたかと思うとカプッと歯を立ててくるノア。
その痛さにピクリとシュナが身を跳ねさせたが、しかしやはり何時ものよう好きにさせてやりながらも、ノアの背中に回していた手を服の中へと忍ばせた。
「ぁ、んっ、こら、シュナさん」
「ん?」
「今は俺の時間でしょ」
「だから好きなようにさせてる」
今は俺がシュナさんの首を噛む時間だから邪魔しないで。と顔を上げ主張するようむくれるノアにニヤニヤ笑いながらも、背骨を撫でる手を止めないシュナ。
それにか細い声をあげては背中を反らしたノアは途端に艶やかで色っぽく、ふっくらとした唇から吐き出される甘い吐息にシュナも背筋を震わせては、誘われるよう、その美しい唇に口付けた。
「んっ……、んむ、はぁ、」
ノアの肉厚な唇の感触をふにふにと楽しみ優しくキスをしていたが、しかし髪の毛をくしゃりと掻き混ぜてきたノアが誘うように口を開けたのが分かって、シュナは髪の毛を梳かれる気持ち良さに目を閉じつつ、ノアの咥内へと迷いなく舌を差し込んだ。
「ぁ、……ふ、んっ、」
途端にぴちゃりと舌先が絡まる水音が小屋の中を埋め尽くし、充満していく淫靡な空気。
それに浸るようシュナの上に乗ったままだったノアが腰を転がし始め、互いにもう既に勃起していた陰茎が布越しに擦れ合う。
その痺れるような刺激にハァッと熱い吐息を溢して気持ち良さそうに目を閉じるノアは、美しく淫らで。
普段はセックスなど知らないと言うよう純真無垢な笑顔を見せるノアだが、その実、セックスをするのが大好きで積極的である。
その姿はやはりあまりにも魅力的で扇情的であり、だがそうさせたのは自分だと自負しているシュナは自尊心を擽られながら、心地好い独占欲に満ちたままノアの背中を抱き締め、今から始まる甘い時間に微笑んだのだった。
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