【完結】愛らしい二人

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後編

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 シュナがノアと手を繋ぎ小屋から出れば、中央の広場にはもう群れの全員が揃っていた。

 その真ん中で立っているリカードの、一年前よりもずっと精悍さが増した姿を見たシュナが誇らしげに笑い、そしてリカードもまたシュナに気付いたのか微笑んだあと、シュナの手をしっかりと繋いだまま自分を見ているノアに向かっても微笑んだ。


「洗礼式を乗り越え今こうして群れへと戻ってきたリカードを、今日この場で一人前のアルファとして認める事を誓う。若きアルファ、リカードに最大の敬意を」

 シュナの時と同様に、パックアルファが高らかとリカードが成人の義を滞りなく終え一人前になった事を宣言し、リカードが深くお辞儀をする。
 それに合わせ、シュナとノアも恭しくお辞儀をしたあと、リカードに盛大に拍手を送った。

 溢れんばかりの歓声が響き渡る、爽やかで晴れた春の朝。

 その中でリカードは照れ臭そうに笑窪を見せながらはにかんでいたが、それからロアンの元へ向かったかと思うと、突然跪いた。


「……受け取ってくれますか、ロアン兄さん」

 昔からの愛称のまま、しかしリカードの発した深く聡明な声が辺りをしんとさせ、皆が一様に息を飲んだのが分かる。

 そしてそれが何を意味しているかなど、明白で。

 リカードはずっと待っていてくれていたロアンのため帰ってきた今この瞬間にすぐさま求愛の最初の贈り物を渡そうとしており、ロアンも息を飲んだのが分かった。

それからほんの僅か無言の時間が過ぎ、真剣な表情で跪き小さな布を手の中で広げているリカードをじっと見たあと、それから布の上にあるモノを見ては、ゆっくりと口を開いたロアン。

「……おい、リカード……、お前、これ長すぎるだろ……」

 そうボソリと呟いたロアンが、見続けているモノ。

 それは淡い桜色のミサンガで、だがしかしロアンが言うようにそれはミサンガと呼ぶにはあまりにも長く、もはやネックレスとしても使えてしまいそうだった。

「っ、ちが、違うんです!! 短すぎたら入らないかと思って!! あっ、いや、ロアン兄さんの腕が太いとか言いたいんじゃなくて、ただ、ロアン兄さんの事を考えながら編んでたら長くなって、だから、それでっ、」

 ロアンの言葉に弾かれたよう慌てて立ち上がり、リカードが必死な声を出しながら眉を下げている。
 群れ一番の屈強で大きな巨体を丸めるその姿はまるで大型犬が叱られているように見え、見ていた者全員が、まさか贈り物を失敗したせいでこの二人はあんなに一緒だったのに番いにならないのか? と不安げな表情をし始めたが、しかしそれはロアンが綺麗な顔に似つかわしくない笑い声をあげたかと思うとリカードに向かって腕を広げた事で、安堵へと変わった。


「あっはは!!  リカード!! ほんとお前は最高だよ!!」

 だなんて朗らかな笑い声と共に、リカードの手から長すぎるミサンガを手に取ったロアンが、リカードに勢い良く抱きつく。
 その突然の抱擁に驚いた表情をしたあと、それから最初の求愛が何とか上手くいったと理解したリカードは、わなわなと唇を震わせぎゅっと目を閉じた。


「ありがとう、リカード。大事にするよ」
「っ、……うっ、うぅ、ロアン兄さぁん……」
「おい、泣くなよ。アルファだろ」
「だっで、俺、ほんとにこんな贈り物しか用意出来なくて……、だからロアン兄さんに愛想尽かされるかと思っ……、」
「そんな事くらいで俺が愛想尽かす訳ないだろ。何年お前の事待ってたと思ってるんだ。それに俺がミサンガが好きだって分かってたから作ってくれたんだろ? 俺にぴったりの贈り物じゃないか。嬉しいよ」

 リカードの背中をとんとんと撫であやし、男らしく、だが聖母のような表情で宥めるロアン。
 そんなロアンにリカードはへにゃりとだらしない笑みを浮かべたあとずびっと鼻を啜り、笑窪を浮かせながら、ロアンを強く強く抱き締め返した。

 そのどこか格好付かない二人の、それでもぴったりとハマるような相性の良さに群れの皆もほっと安堵の表情を浮かべ、それから笑い、拍手し、今日はお祝いだと全員が盛り上がっている。
 そんな中、シュナもまた隣でリカードとロアンに盛大な拍手を送り瞳をキラキラと輝かせ笑っているノアをちらりと見たあと、同じよう笑った。




 ***



「シュナ兄さんは、僕がアルファになると思う?」

 リカードが群れに戻り、ロアンへ順調に求愛を始めている、春が穏やかに群れを浸す最中。

 ウォルに話があると言われたシュナが共に川辺に座り、だが何も言い出さないウォルにそのまま黙って待っていれば、ようやく言いづらそうに、ウォルがぼそりと呟いた。

 その言葉に、シュナがちらりと隣に座る弟を見る。
 その横顔は幼さはあるものの随分と男らしくなっていて、可愛い弟の苦悩に歪む顔を見たあと、シュナは天を天を仰いだ。

 空は晴れやかで、吹く風は柔らかく、鳥は自由気ままに回旋している。

 そんな穏やかで平和な景色に眩しげに目を細めたあと、シュナはゆっくりと口を開いた。


「どうだろうな」

 ぼそりと呟き、不確かな事について自分は何も言及出来ない。としっかり示すシュナのその冷たくも聞こえる言葉にウォルは表情を曇らせたが、だが柔らかさの含んだその声に慰められるよう、こてんとシュナの肩に頭を乗せた。

 いつの間にかもうシュナに追い付きそうなほど大きくなっているウォルは、重く。
 しかし相変わらず兄に甘えるのが好きな子どもさが抜けないウォルの頭を撫でたシュナは、お前らも大変だな。と小さく苦笑した。


 ──ウォルが、弱っている理由。

 それは勿論テアとの事であり、オメガとなったテアの元に他の群れからやって来ては求愛の贈り物をしようとするアルファたちが、後を絶たないからだった。


 一口に求愛といっても様々であり、この間のリカード達のよう昔からお互いを知っていて、この二人は番いになるだろうと最早周知の事実であるパターンが最も多いが、別のパターンも存在する訳で。
 それは見知らぬ者同士だが、近くの群れであれば(近くと言ってもずっとずっと遠くだが)、どこどこの誰がオメガになった、アルファになった。という話題が少なからず回り、まだ番いを持っていないアルファが他の群れのオメガに求愛をしに来る事があるのだ。
 そもそも求愛は三回行われ、初めの贈り物をオメガが受け取れば求愛行動を続けても良いという事になるのだが、途中で気が変われば、二度目、三度目であっても贈り物を受け取らない選択が出来る。
 そうなれば当然番いにはなれず、子も成せない。だからこそほとんどのアルファは必死にアピールを欠かさず、丁寧な求愛をするのだった。

 その習わしに基づき、番いが居らぬテアの元へ時折他の群れのアルファがやって来るのだが、テアがウォルと結ばれたいと思っている事は、明らかで。
 なのでテアはいつも申し訳なさそうにその贈り物を断っている。
 しかし誰かが求愛をしている時はいかなる場合でも邪魔をしてはいけないという決まりに沿ってウォルは見守る事しか出来ず、テアとウォルはお互い、何とも言えないモヤモヤを抱えているようだった。

 それに加え、ウォルは未だ第二性が何なのか判明していない為、勿論アルファにならない可能性だって残っている。
 それなのでウォルは早く第二性が来てアルファになることを望んでいるものの、違ったらどうしようという怖さもあるようで、だからこそシュナにこうして話を聞いてもらおうと思ったのだろう。


 そんなウォルの不安な気持ちは痛いほど分かっているが、やはり曖昧な励ましなど何の意味もないと思っているシュナは、ただじっとウォルの気が済むまで肩を貸してやるしか出来ず、時折背中を撫でたり頭を撫でてやるだけだった。


「……いいなぁシュナ兄さんは」
「ん? 何がだ?」
「だってもし僕がアルファになったとしても、またそこから洗礼式を終えないとテアに求愛出来ないもん。その点シュナ兄さんはノア兄さんがオメガになったらすぐ求愛出来るでしょう?」
「っ、なっ、お前、何言って、」

 ウォルのため息混じりの言葉に、シュナがギョッと目を見開き、どもる。
 そのシュナの慌てようにウォルはやっとシュナの肩から頭を離し、くりくりとした大きい綺麗な瞳でシュナを見つめた。

「えっ、ノア兄さんがオメガになっても二人は番いにならないの?」

 そうあけすけに聞いてくるウォルは純粋無垢な表情をしていて、……言っている台詞と顔が合ってないんだよ。とシュナは溜め息を吐きながら、足元の小石を無意味に掴んだ。

「……ノアがオメガになるかどうかも分からないし、それにノアはオメガになる事を望んでないかもしれない」
「……」
「それに、オメガになったとしてもあいつが俺をそういう目で見ないかもしれないだろ」

 シュナがそう小さく自嘲気味に呟き、歯を見せて笑う。
 それにウォルは目を見開き何かを言いかけたが、しかしそれはシュナによって阻止されてしまった。

「俺の事は良いんだよ。ただお前らはこれからも一緒に居て、お前が何になろうと幸せで居れば良い」

 そう間髪入れず話し、すくっと立ち上がっては、尻に付いた汚れをパンパンと叩きながら笑ったシュナ。
 それから、

「そろそろ戻るか。お前を独占してたら多分テアが不機嫌になる」

 だなんて悪戯っ子のように言うシュナの、その目の前に差し出された大きな掌を見たウォルは、シュナの言葉に不満げな、或いは不安げな表情をしたが、けれども結局、二人の事だからと何も言わず握り返した。


 そんな何とも言えぬ不穏な曖昧さを匂わせるシュナを他所に、吹く風はどこまでも優しく、春は変わらず、穏やかだった。




 
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