15 / 41
後編
15
しおりを挟む「シュナさん! 早く!」
弾けるような声がシュナを急かし、一回り小さな手がシュナの武骨な指に絡む。
その柔い手をシュナもしっかりと握り返し、ノアの隣に並び立っては共に駆けた。
──ノアとテアを連れてシュナが群れに戻ってから、早いものでもう季節は夏を過ぎ、秋となっている。
その間にすっかりノアとテアは群れに馴染み、もちろん双子という切っても切れない絆で結ばれているノアとテアはお互いを魂の片割れだと自負しているが、しかし、テアにはウォル、そしてノアにはシュナ。と言われるほど、二組はそれぞれペアのように、仲良く寄り添っていた。
そしてそんな仲睦まじいシュナとノアが昼食を終え、すぐさまシュナの腕を引いたノアが、急かした場所。それはここ最近の二人のお気に入りの場所で、他の誰にも教えていない、秘密の場所でもあった。
秋の紅葉が深まる森に、燦々と降り注ぐ太陽。
空気は穏やかに澄み渡り、枯れ葉が足元でカシャカシャと小気味良い音を響かせては大地へと溶けてゆく。
その肌寒くも心地好い空気の中、パッとシュナの手を離し、悪戯っ子のような笑みを浮かべては先に駆けていくノアを、シュナも同じくにやりと笑って追いかけた。
ノアのふわふわとした金色の髪の毛が揺れ、時折シュナが着いてきているか確認するよう振り返るノアは、口元に笑みを湛えたまま。
それがやはり天使のように愛らしく、二人の秘密の場所である小さな花畑に辿り着いたその瞬間、シュナはノアをそこに押し倒した。
「わっ、あはは!」
「逃げられると捕まえたくなるって言っただろ」
ノアが倒れる寸前、頭の後ろに手を回したシュナがそっとノアを衝撃から守り、アルファとしての本能から小さくグルルと喉を鳴らしては、非難の声をあげる。
だがそれをやはりノアは笑うだけで、覆い被さっているシュナの首にしなやかな腕を回しながら、本物の狼みたい。だなんてからかうだけだった。
辺りは未だ枯れていない小さな白い花、シロツメクサで一面覆われており、クローバーの葉のなかで微笑んでいるノアはとても美しく、シュナはノアの鼻先にちょんと自身の鼻を擦り合わせた。
「シュナさんってほんと狼みたいですよね」
「お前は小鳥」
「……それずっと言ってきますけど、俺のどこが小鳥なんですか」
その呼び方が不服だと言いたげに、ノアが唇を突き出している。
そのふっくらとした艶やかな唇を見つめ顔を離したシュナは、その仕草をしていてよくもまぁ。とは思ったが、あえて言わず肩を竦め笑った。
少しだけ冷たいが、穏やかな風が二人の間を通り抜けていく。
それから二人は寝転び、四つ葉のクローバーを探し、他愛もない飽きぬ会話をしながら、そこで手を繋ぎ昼寝をした。
それはもう当たり前の日常になるほど穏やかに、そして優しく、出会った日から常に二人は共に日々を過ごしていた。
そうしてゆっくりとした午後を過ごした二人は夕暮れ時に群れに戻り、ノアは夕食の準備を手伝おうと食料を保管したり料理をする小屋へと向かい、シュナは洗礼式の最中であるリカードの為に作っている(ロアンの要望をふんだんに取り入れた)小屋の制作グループの所へと、向かった。
ノアが料理小屋に入れば中にはアストルとロアンもおり、その他にもアストルの叔母やシュナの母親が楽しげに会話に花を咲かせながら料理をしている。
その中にノアはすっと溶けるように入り込み、料理の才能があまりないため普段から大体は皮を剥いたり切ったりという下準備を主に手伝っているノアは、ジャガイモを剥いているアストルの隣へと座った。
「遅くなってごめんなさい」
「気にしな……、おほ~、今日はまた一段と可愛く帰ってきたね、ノア」
「え?」
アストルが気にしないでと笑いながらノアを見たが、しかしそれから含んだ言い方をしては、にんまりと笑みを浮かべる。
それにノアがきょとんとすれば、ちょんちょんと自身の頭を指し、確かめてごらん。とアストルは尚もおかしそうに笑った。
「え、なんですか」
なんてすっとんきょうな声を上げ、アストルが見つめている場所へと手を持っていく、ノア。
そこには、髪の毛の間に差し込まれているシロツメクサがあって。
それはきっと、先に昼寝から覚めたシュナが悪戯をしたのだろうと気付いたノアは、途端に顔を赤くした。
「シュナはいつもノアを綺麗に着飾ることに熱心だね~」
「っ、……なん、ですかそれ……」
「そのまんまの意味」
うふふ、と口元に手を当てながらからかうよう笑うアストルの明るい声が小屋を満たし、そして二人のやり取りを見ていたのか皆が、そうだそうだ。というように優しい瞳でノアを見ている。
それに照れたようノアは身を捩らせながらも嬉しそうに微笑み、後でこのシロツメクサはシュナさんにしおりにしてもらおう。なんてご機嫌なまま、ジャガイモの皮を分厚く剥いていったのだった。
***
「テア~、牛乳絞ってきてくれる?」
暫くして、ウォルとの遊びを終え小屋に来たのだろうテアの匂いを感じたノアが、扉が開くと同時に声を掛ける。
しかし一向に返事がなく、ノアは不思議に思い顔を上げ、それからテアの様子を見ては、慌てて駆け寄った。
「テア? どうしたの、顔が赤いよ。ウォルと川遊びでもしたの?」
その言葉通り、テアの頬はぽわりと紅を浮かべていて。
いつも元気いっぱいで、ほとんど風邪を引かないテアのあまり見ない姿に心配げな表情でノアがテアのおでこに手を添えたが、ノアがシュナと常に一緒なようにテアはウォルといつも一緒で、よく山の奥や川へと行く二人だからこそ、もう秋になりかけてるのに川遊びしたんでしょ。と少しだけ小言をぶつけながら、しかし熱はないようでノアはとりあえずテアを近くの椅子に座らせた。
「気分悪い?」
「……ううん」
どこか気だるげなテアが、ノアの質問に首を振る。
だがその声は風邪の時のように熱で籠っていて、ノアはとりあえず寝かせた方が良いかもしれないと、テアを近くのベータが使う小屋へと歩かせる為、腕を取った。
「テア、とりあえずちょっと横になろう。アストル兄さん、一緒にテアを運んでくれませんか?」
いつの間にかアストルを『兄さん』と呼ぶほど、群れに溶け込んでいるノア。
それはどの人に対してもそうで、だがしかしシュナの事は未だにシュナさん、と呼んでいて。それに一度シュナが拗ねた様子で、『なぜ俺はいつまで経ってもさんなんだ』と言ったが、ノアは小首を傾げながら、『なんかシュナさんはもうシュナさんって感じだから?』なんて笑ったものだった。
「もちろん。テア、大丈夫?」
心配するノアと同じよう、アストルもテアの様子を覗くよう腰を折りながら顔色を窺っている。
そして二人がテアの体を両側から支え、立ち上がろうとした、その時。
「待って、ノア」
だなんて後ろからロアンの声がし、ノアとアストルは振り返った。
「ロアン兄さん? どうしてですか?」
「ちょっとテアを良く見せて」
そっとノアを引き離し、テアの前に座ったロアンがいつもの穏やかで明るい笑顔ではなく、珍しく真剣な様子でテアを観察し、すんすんと鼻を鳴らしている。
それを訝しげに見つめながら、一刻も早く横にさせたいのに。とノアは心配から不満げに唇を尖らせたが、ロアンがぽつりと言った言葉に、ぱちくりと目を瞬かせてしまった。
「……たぶん、そろそろヒートが来る」
涼やかで、けれどもどことなく甘いロアンの声。
しかしその声はいつもより少しだけ緊張しているように聞こえ、ノアはロアンとテアを交互に見たあと、なぜか知らぬが一歩後ずさってしまった。
0
お気に入りに追加
237
あなたにおすすめの小説
夢見がちオメガ姫の理想のアルファ王子
葉薊【ハアザミ】
BL
四方木 聖(よもぎ ひじり)はちょっぴり夢見がちな乙女男子。
幼少の頃は父母のような理想の家庭を築くのが夢だったが、自分が理想のオメガから程遠いと知って断念する。
一方で、かつてはオメガだと信じて疑わなかった幼馴染の嘉瀬 冬治(かせ とうじ)は聖理想のアルファへと成長を遂げていた。
やがて冬治への恋心を自覚する聖だが、理想のオメガからは程遠い自分ではふさわしくないという思い込みに苛まれる。
※ちょっぴりサブカプあり。全てアルファ×オメガです。
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした
なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。
「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」
高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。
そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに…
その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。
ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。
かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで…
ハッピーエンドです。
R18の場面には※をつけます。
これがおれの運命なら
やなぎ怜
BL
才能と美貌を兼ね備えたあからさまなαであるクラスメイトの高宮祐一(たかみや・ゆういち)は、実は立花透(たちばな・とおる)の遠い親戚に当たる。ただし、透の父親は本家とは絶縁されている。巻き返しを図る透の父親はわざわざ息子を祐一と同じ高校へと進学させた。その真意はΩの息子に本家の後継ぎたる祐一の子を孕ませるため。透は父親の希望通りに進学しながらも、「急いては怪しまれる」と誤魔化しながら、その実、祐一には最低限の接触しかせず高校生活を送っていた。けれども祐一に興味を持たれてしまい……。
※オメガバース。Ωに厳しめの世界。
※性的表現あり。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
伸ばしたこの手を掴むのは〜愛されない俺は番の道具〜
にゃーつ
BL
大きなお屋敷の蔵の中。
そこが俺の全て。
聞こえてくる子供の声、楽しそうな家族の音。
そんな音を聞きながら、今日も一日中をこのベッドの上で過ごすんだろう。
11年前、進路の決まっていなかった俺はこの柊家本家の長男である柊結弦さんから縁談の話が来た。由緒正しい家からの縁談に驚いたが、俺が18年を過ごした児童養護施設ひまわり園への寄付の話もあったので高校卒業してすぐに柊さんの家へと足を踏み入れた。
だが実際は縁談なんて話は嘘で、不妊の奥さんの代わりに子どもを産むためにΩである俺が連れてこられたのだった。
逃げないように番契約をされ、3人の子供を産んだ俺は番欠乏で1人で起き上がることもできなくなっていた。そんなある日、見たこともない人が蔵を訪ねてきた。
彼は、柊さんの弟だという。俺をここから救い出したいとそう言ってくれたが俺は・・・・・・
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる