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しおりを挟む「……んぅ……、」
掠れた、寝起き特有の声が静かな小屋に響く。
その愛らしい声に、シュナは弓とナイフの手入れをしていたため机の前に立ちベッドに背を向けていたが、後ろを振り返りながら小さな笑みを浮かべた。
それから未だ目を開けぬまま眉間に皺を寄せているノアの元へゆっくりと近付いたシュナが、ギシリと軋む音を響かせ、ベッドに腰かける。
「シュナ、さん……?」
「起こしたか。悪い」
「……いえ、」
「まだ暗い。寝てろ」
小屋に差し込む光は無く、ベッド横の小棚の上に置かれたランタンだけが柔らかく橙色に小屋の中を照らしているだけで、外はシュナの言うように未だ暗いままのようだった。
まだ寝ていろと端的に言葉を紡ぎながらも、遠慮無く伸ばした武骨な指でウォルにしてやっていたようノアの乱れた髪の毛を優しく梳き、微笑むシュナ。
その繊細な気持ち良さにノアは安堵を含んだ表情を見せ、だがこんな朝方にどこに行くのだ。と言うようシュナを見た。
「どこか、いくんですか……?」
「ああ。ちょっと出ていく」
「……すぐもどってきますか?」
「ん? ……あぁ、いや、二週間くらいは戻ってこれないかもしれない」
ノアとテアを連れて群れへ戻った時に大体一週間ほどかかった事を踏まえ、あの群れのアルファと争う事自体はそれほど難しいとは思わないが、移動の往復の為にそれぐらいは群れに戻れないだろうとシュナが考えながら、尚もノアの髪の毛を梳く。
自身の真っ黒で硬い髪の毛とは違う、ノアのふわふわとして指通りが良い艶やかな金色の髪の毛。
それがランタンに照らされキラキラと輝く姿も美しく、無心で撫で続けていたシュナだったが、二週間は戻らないという言葉に目を見開き起き上がったノアによってシュナのちょっとした楽しさは奪われてしまった。
「二週間!?」
「……長くなれば、だけどな」
「なら俺も一緒に付いて行きます」
「は?」
ノアの言葉に今度はシュナが目を丸くし、それから数秒思案したあと、……聞かないといけない事もあるしな。とシュナはようやくノアに今からの行動を話すべきだと判断し、ノアの小さな手を握った。
「ノア」
「はい」
「……俺達は今から、お前らを捕らえていたあの群れを、攻撃しに行く」
「……え?」
「置き去りにしてきたベータとオメガを救うために」
ノアの動揺が、声から、握った手から、そして甘く爽やかな桃の匂いに途端に混ざる不安の香りから伝わり、だからあまり言いたくなかったのだ。とシュナはノアの自身よりもずっと小さな手をすりすりと撫でながら、ゆっくりと口を開いた。
「……あの群れのオメガとベータを救い出したあと、本人達が望むなら都会の保護シェルターに行ってそこで新しい暮らしが出来るように手配するつもりだ。……だが、群れで暮らす事を望むのならこの群れで共に暮らす事も出来るとパックアルファは提案すると思う。……だから聞いとく、ノア。あの群れのベータやオメガにまた会うのは、嫌か?」
群れから追い出された者、或いは逃れてきた者などを保護するシェルターが街には勿論存在している。
初めシュナはノアとテアをシェルターに保護してもらった方が良いのではないかと思ったが、しかしその時は未だシュナも洗礼式の最中で成人と認められている訳ではなかったし、そして何よりもまだ若いノアとテアをその保護施設に何週間も掛けて連れていくよりも一旦群れに連れて帰った方が良いと判断したからこそ、シュナはノアとテアを群れへと連れて帰ってきたのだ。
そしてそれはどうやら二人にとって良かったらしく、すぐに馴染みこの群れでの暮らしを望んでいるように感じているシュナは、しかしあの群れのベータやオメガには会いたくないのかもしれないと不安な様子で、隠さないで言ってくれ。とノアの小さな指をすりすりと撫でた。
そんなシュナにノアは慌てて首を振り、しっかりと手を握り返しては、シュナを見つめた。
「嫌だなんて思わない! ……ずっとアルファに監視されてたので会話らしい会話も、彼らの名前すら知らないけど、でもみんな俺達に何の危害も加えなかった。食べ物や飲み水をくれて、俺達がなんとか生きていけるようにしてくれました。……この群れで一緒に暮らせるなら、その方が絶対良いです。あの群れの人達にとっても、絶対に」
そう言い切ったノアの瞳は真っ直ぐで、嘘偽りないその心に安堵の息を吐いたと同時に、シュナはやはりそんな辛い目に合っていたのか。とやるせない憤りを感じながら、ノアの腕を引いて抱き寄せた。
「ちゃんとその人達も救ってみせる」
嫌なんかじゃないと言ったものの、未だノアから不安の匂いが漂うことにとんとんと優しくノアの背を撫でては、あの人達にこれ以上の危害が加わらない事を約束する。というよう、囁くシュナ。
そうすればノアはすりすりとシュナの首筋に顔を押し付け、瞳をはためかせているのか睫毛の先でシュナのうなじを擽りながら、深呼吸をした。
「そうじゃないです……」
「え?」
「……シュナさんがそこにまた行くのが、嫌なんです」
「……」
「怪我をしたり、それよりもっと、恐ろしい事が起こったら……おれ、」
途端に首筋がじわりと温かくなり、それから冷たく濡れた感触がする。
そしてグスッと鼻を啜り始めたノアにシュナは驚きに目を見開いたあと、小さく微笑みその温かな体を優しく抱き締めては、大丈夫だ。と囁いた。
「大丈夫だ。何も起こらない」
「……」
「ちゃんと帰ってくる」
「……約束、してくれますか?」
「ああ。俺は絶対にお前が待ってるこの群れへと帰ってくる。だから泣くな、ノア」
「……はい」
「ん」
ノアがはいと呟き、不安の匂いが柔らかくなった事にシュナが良いねと言うよう、背を撫であやしたまま、呟く。
しかしそれから、今度はシュナが少しだけ不安そうに、ふわふわで柔らかいノアの髪の毛へと、鼻を埋めた。
「……昨日も言ったが、この群れに馴染めなかったら、すぐに言ってくれ。何も遠慮する事はないからな。他の群れが嫌ならシェルターに連れていって街で暮らす事も出来るようにするから、」
「っ、そんなの俺は望んでません!」
シュナの言葉に弾かれたよう顔を上げたノアは怒っている様子で、しかしその瞳が涙でキラキラと揺れている。
その硝子細工のような美しさにシュナは小さく息を飲みながら、それでも安心したよう、……そうか。と小さく歯を見せるような可愛らしい笑みを見せた。
「本当に、シュナさんに救ってもらえて心の底から感謝してるんです、俺」
「……ん」
「ここも凄く素敵です。……優しい匂いがして、穏やかに時間が流れていくみたいで、凄く安心します」
「……そうだな」
「俺は、ここでずっとシュナさん達と一緒に暮らしたいです」
シュナの背をぎゅっと抱き締め返しながら、真っ直ぐ見つめてくるノアの言葉。
その甘い響きにシュナがやはり小さく可愛らしい笑顔を向けたあと、そっと顔を寄せた。
それにノアも微笑みながら顔を寄せ、二人は親愛の表現として、すりすりと鼻を擦り合わせた。
つるりとした鼻先の感触が心地好く、額に掛かる髪の毛が絡まり合い、互いの間で揺れている。
それが驚くほど心地好くて、未だ寝静まりしんとした群れの片隅で、二人は暫く寄り添ったまま、幸せを胸に溜め込むよう慈しみあい、微笑み合った。
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※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
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