【完結】愛らしい二人

文字の大きさ
上 下
9 / 41

9

しおりを挟む
 

 ノアと共にシュナが群れへと戻れば、もう既に全員が集まっており、ノア! とウォルの隣に居るテアが腕を振って名前を呼ぶ。それにノアがぱっと手を離し、テアの側へと寄った。
 その離れた手の感覚が妙に虚しく、まじまじと己の手を見てはわきわきと動かしたあと小首を傾げたシュナはしかし、ようやく帰ってこれた。と群れの仲間の顔を、ゆっくりと見た。

 サァァ、と流れゆく、春の香りが混じった風。
 若葉を芽吹かせる木々の葉音に、慣れ親しんだ群れの匂い。
 大きな広場を中心に各々の小屋が連なり、飼っている牛の鳴き声が、遠くの方で聞こえる。
 その懐かしい風景は何一つ変わっておらず、シュナは胸に迫る想いにうっすらと目に涙の膜を張りながらも、姿勢を正した。


「……シュナ」

 シュナを見ては、涙を流し近付いてくる母親。
 その少しだけ細くなったような気がした背をシュナもしっかりと抱き締め、口を開いた。

「……只今戻りました。母上」
「……シュナ、ずっと待っていました。無事に、帰ってきましたね」
「……はい」

 涙で濡れた声で、しかし凛とした優しさで母親が背伸びをしてシュナの髪の毛を梳き、シュナも未だ目尻に涙を浮かべながら、ゆっくりと頷いた。

 出ていった時と同じよう、兄のロアン、親友であり従兄弟であるリカードとアストルが並んでいて、しかしその顔は一年前とは打って変わり誇らしげに、そして安堵に溢れている。
 その他の群れの仲間達もシュナに祝福の言葉を投げ掛け、シュナは照れ臭そうに笑ったあと、そっと肩を叩いてきた父親へと顔を向けた。

 すっと母親が身を離し、父親と真っ直ぐに向かい合うシュナ。
 シュナと同じ、深く暗い、意志と力強さに溢れた眼差しがシュナを射抜く。
 そして徐に頷いたあと、群れ全体に響くよう大きな声で、シュナの父が宣言した。

「洗礼式を乗り越え今こうして群れへと戻ってきたシュナを、今日この場で一人前のアルファとして認める事を誓う。若きアルファ、シュナに最大の敬意を」

 パックアルファが発した厳かな声が群れに響き、シュナが数秒黙ったあとゆっくりと頭を下げれば、割れんばかりの歓声があがる。
 それは温かく、激しく、だがその歓声に紛れ小さく「……良く帰ってきた、息子よ」というパックアルファではなく一人の父親として囁いた穏やかな声がシュナの身を幸福に浸し、シュナもまた、小さく「……はい、父上」と呟いた。



 それからシュナが連れてきたノアとテアにパックアルファであるシュナの父親は目を向け、そして穏やかに微笑んだ。

「良く来た。少年達」

 そう言いながらノアとテアの肩を叩き、しかしシュナに真っ直ぐな眼差しを向け、何があった。と問いただしてくる。
 その眼差しにシュナもしっかりと見つめ返し、だがここでその話をするべきではないと、普段大掛かりな狩りの作戦を立てたり群れでの決まりごとを決定する際に使う会議小屋へと、視線を向けた。

「ロアン」

 シュナの意図が分かったのか、父親がゆっくりとロアンの名を呼ぶ。
 それにロアンは身を正し、それからウォルのようにまだ第二性も分からない小さな子やベータのアストルなどを呼んでは、シュナが帰ってきた事、そして新たな仲間を迎え入れる為の準備をしようと、笑顔で声を掛けた。

 そして、それとは別にパックアルファであるシュナの父親と、それから母親、大人である叔父や叔母達、そして去年アルファとして第二性が芽生え今年洗礼式を行う予定のリカードも参加して良いと見なされたのか、それぞれが会議小屋へと向かっていく。
 もちろんシュナもすぐに向かわなければならなかったが、しかしシュナはノアとテアへ顔を向けた。

「ロアン兄さんやウォルが安全な部屋に案内してくれるだろうから、そこでゆっくり休め」

 疲れただろう。と労うような瞳で見つめながらシュナが、また後で。とリカードに続くよう歩き出したが、しかし二人はその横にぴたりと寄り添って、一緒に歩いてきた。

「な、なんだ?」
「俺達の事を話すんですよね? なら俺達も行きたいです。シュナさん」

 シュナの手をするりと取り、ぎゅっと握りながら言いきるノアにシュナが何かを言い掛けたが、しかしそれは反対の手をぎゅっと握ってきたテアによって、阻止されてしまった。

「それにもう子どもじゃないですよ、俺達。何があったのか、ちゃんと自分達の口から説明出来ます」

 にしし、と明るい顔で笑うテアがシュナの腕をぶんぶんと振りながら言ったが、その笑顔も態度もまさしく子どものようで。
 そんな二人の態度に、随分と人懐こい奴らだったんだな。とシュナは初めて会った時の警戒が嘘のように両手を握ってくる双子に目を細めたあと、分かった分かった。という風に笑った。




***



「──そして、僕たちはシュナさんに助けられました」

 しん、と静まり返る会議小屋のなか、凛としたノアの声が響く。

 この小屋には本来、アルファや成人を過ぎた者しか入れない。だが、シュナに着いてきたノアとテアが必死に、どうか自分達の口で説明させてください。と懇願した結果、特別に良いだろう。と許可が下りたのだ。

 小屋はそれほど広くはなく、部屋の四隅と中央に置かれたロウソクだけが灯る小屋は、薄暗い。

 その中でシュナの父親が一番奥の真ん中に座り、その横に母親、そしてそこから血が強い順に叔父や叔母達が左右に別れ座っている。
 それはやはり厳粛さがあり、シュナは本来父親に一番近い右の列の先頭に座るのだが、今回は小屋の中央に座らされたノアとテアを守るよう、その二人と同じよう中央に座っていた。
 そんな緊張感が漂う部屋の中、しかしノアが今まで自分達がどうやって生きてきたか、そしてあの醜悪な群れに捕えられていた事を、きちんと包み隠さず話した。
 だがシュナに守られるよう後ろに座っているノアの声はやはり緊張し少しだけ震えていて、後ろを振り返り大丈夫だと背を擦ってやりたい衝動を抑えながらシュナは息を飲み、ずっと真剣にノアの話に耳を傾け黙っていたパックアルファが何を言うかと、身構えた。


「……そうか」

 ぽつりと、だが慈しむような声でパックアルファであるシュナの父親が呟く。
 そして先ほどと同じよう、シュナの後ろに居るノアとテアに向けて、穏やかに微笑んだ。

「ノア、そしてテア、辛い事を話してくれてありがとう。……二人とも、良く生き抜いた。そなたらは今日からこの群れの仲間であり、家族だ。もう何者にもそなたらを脅かさせないと、誓おう」

 威厳に満ち充ちた声で紡がれたパックアルファの言葉はノアとテアの骨身を震わせ、しかし何の嫌悪も訝しげさもなく受け入れ歓迎すると言ったパックアルファに、二人が粛然とした様子でゆっくりと頭を下げる。
 その光景に皆一様に微笑みながら頷き、シュナは誇らしさに満ち足りた息を吐いた。

 そうして和やかな雰囲気になったが、それからパックアルファはアルファだけ残るように言い、それに従ってアルファ以外の者は全員会議小屋を出るため動き始めた。

 それは狩り、或いはアルファでしか出来ぬ事をする為の話し合いだと皆が理解していて、シュナは困惑しているノアを振り返り、そっと微笑んだ。

「良く頑張ったな。もう休んでこい」

 そうシュナが柔い声でノアに囁き、それから無意識に腕を伸ばす。
 その長く武骨な指がノアの頬を擦り、されどノアも抵抗する事なく自らもシュナの指に頬を寄せ、うっとりと目を閉じていて、そんな二人をテアは嬉しそうに目を輝かせながら見ていた。

 それからノアは名残惜しそうな表情でシュナを見たが、シュナが何も心配する事はない。というよう小さく頷けば、渋々といった様子でテアと一緒に外に出ていき、残ったシュナは一度深呼吸をしてから、前を見据えた。




 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

風紀“副”委員長はギリギリモブです

柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。 俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。 そう、“副”だ。あくまでも“副”。 だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに! BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。

【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

悪役令嬢の兄です、ヒロインはそちらです!こっちに来ないで下さい

たなぱ
BL
生前、社畜だったおれの部屋に入り浸り、男のおれに乙女ゲームの素晴らしさを延々と語り、仮眠をしたいおれに見せ続けてきた妹がいた 人間、毎日毎日見せられたら嫌でも内容もキャラクターも覚えるんだよ そう、例えば…今、おれの目の前にいる赤い髪の美少女…この子がこのゲームの悪役令嬢となる存在…その幼少期の姿だ そしておれは…文字としてチラッと出た悪役令嬢の行いの果に一家諸共断罪された兄 ナレーションに 『悪役令嬢の兄もまた死に絶えました』 その一言で説明を片付けられ、それしか登場しない存在…そんな悪役令嬢の兄に転生してしまったのだ 社畜に優しくない転生先でおれはどう生きていくのだろう 腹黒?攻略対象×悪役令嬢の兄 暫くはほのぼのします 最終的には固定カプになります

モブに転生したはずが、推しに熱烈に愛されています

奈織
BL
腐男子だった僕は、大好きだったBLゲームの世界に転生した。 生まれ変わったのは『王子ルートの悪役令嬢の取り巻き、の婚約者』 ゲームでは名前すら登場しない、明らかなモブである。 顔も地味な僕が主人公たちに関わることはないだろうと思ってたのに、なぜか推しだった公爵子息から熱烈に愛されてしまって…? 自分は地味モブだと思い込んでる上品お色気お兄さん(攻)×クーデレで隠れМな武闘派後輩(受)のお話。 ※エロは後半です ※ムーンライトノベルにも掲載しています

目が覚めたら黒髪黒目至上主義の世界に転生していたみたいです

抹茶もち
BL
突然異世界に転生してしまったぽわぽわ主人公が各方面からドロドロに愛されお嫁さんになって幸せにされるお話。 目が覚めるとミスラルド王国、公爵家次男のノア・フローレスに突然転生した主人公は、なんとなくある日本の記憶に引っ張られつつも前向きに気ままでマイペースに過ごしていた。 ───ミスラルド王国があるこの世界、実は女性が滅んだ世界であった。 しかし人口が減退の一途を辿っていたある日、神託が下る。今後生まれてくる黒髪黒目の男児は手順を踏めば子を孕む事ができる、と。 その神託以降、黒髪黒目の男児は大事に大事にされるようになった。 そして主人公が転生したノアは黒髪黒目。 「え?僕、お嫁さんになるの?」 なんだかんだ気付くと色んな人にドロドロに愛されているお話になる予定です。 ✱転生時は10歳のショタです。しばらくはほのぼのの予定。 ✱展開はおそめ。 ✱息抜きに勢いで書き始めたので世界観はふんわりとしています。 ✱このお話は総受けです。苦手な方は回避をお願い致します。 ✱男性妊娠、出産が出来る世界観です。こちらも苦手な方は回避をお願い致します。

告白してきたヤツを寝取られたらイケメンαが本気で囲ってきて逃げられない

ネコフク
BL
【本編完結・番外編更新中】ある昼過ぎの大学の食堂で「瀬名すまない、別れてくれ」って言われ浮気相手らしき奴にプギャーされたけど、俺達付き合ってないよな? それなのに接触してくるし、ある事で中学から寝取ってくる奴が虎視眈々と俺の周りのαを狙ってくるし・・・俺まだ誰とも付き合う気ないんですけど⁉ だからちょっと待って!付き合ってないから!「そんな噂も立たないくらい囲ってやる」って物理的に囲わないで! 父親の研究の被験者の為に誰とも付き合わないΩが7年待ち続けているαに囲われちゃう話。脇カプ有。 オメガバース。α×Ω ※この話の主人公は短編「番に囲われ逃げられない」と同じ高校出身で短編から2年後の話になりますが交わる事が無い話なのでこちらだけでお楽しみいただけます。 ※大体2日に一度更新しています。たまに毎日。閑話は文字数が少ないのでその時は本編と一緒に投稿します。 ※本編が完結したので11/6から番外編を2日に一度更新します。

【完結】伝説の勇者のお嫁さん!気だるげ勇者が選んだのはまさかの俺

福の島
BL
10年に1度勇者召喚を行う事で栄えてきた大国テルパー。 そんなテルパーの魔道騎士、リヴィアは今過去最大級の受難にあっていた。 異世界から来た勇者である速水瞬が夜会のパートナーにリヴィアを指名したのだ。 偉大な勇者である速水の言葉を無下にもできないと、了承したリヴィアだったが… 溺愛無気力系イケメン転移者✖️懐に入ったものに甘い騎士団長

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

処理中です...