【完結】愛らしい二人

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 シュナがノアを救い、そしてテアを助けたあと、幸いテアの傷はそこまで大きなダメージもなかったため一日の休養を取ったあとすぐに三人はシュナの群れへ戻る事に決めた。

 至る所に匂いを撒き散らしながら逃げたのが功を奏したのか、ノア達が捕らえられていた群れからの追っ手の気配は未だ無く。その事にシュナは安堵と共に、されどやはり不甲斐なさも感じていた。

 あの群れから、ベータとオメガを救い出せなかった事。

 それがシュナの胸に点々と灰色の染みを落とし、シュナは小さな溜め息を吐いた。
 しかしそれから、自身の後ろでしっかりと手を繋ぎながら着いてくるノアとテアの二人だけでも救えたのだから。とシュナはなんとか自身を納得させ、群れに戻ればいの一番に父と話さなければならない。と確固たる決意を胸にしながら、ひたすら群れへと戻るために歩き続けた。



 比較的歩きやすい所を選んで進み、途中の小川で大量に水を汲んだ為三人とも喉の渇きに喘ぐ事はなく、そして干し肉を二人に与え(シュナはほんの僅か齧る程度だった)、なんとか二人を空腹に飢えさせる事なく幾ばくかの日を過ぎた頃。
 ようやくシュナは慣れ親しんだ自身の群れの匂いが鼻を擽った事に、逸る気持ちを抑えられなかった。


「もうすぐだ。ノア、テア」

 シュナが嬉しそうに可愛らしく歯を見せて笑い、そんな無垢な笑顔は初めて見たとテアはからかい、ノアはなぜか眩しげに目を細め、なんとも言えぬ、可愛らしい笑顔を返した。


「でも、本当に大丈夫? 俺達が一緒に行ったら怒られたりしないですか?」
「怒る? そんな事はまずあり得ないから気にするな。テア」

 すっかりシュナへの警戒などなくなったテアにシュナももう普段通りに話し、助けを求めていた者達を連れて帰ってきて何故怒られるのだ。とシュナは肩を竦め、むしろ怒られるのは群れからベータとオメガを救えなかった事かもしれない。と表情を曇らせたが、しかしすぐに二人に安心を与えるよう、小さな笑顔を向けた。

「俺の群れは騒がしい奴らばかりだけど、お前らならすぐに仲良くなれるよ」

 そう言いながら、にやり。と口の端を歪めて笑うシュナは年相応の悪戯っ子さがあり、テアがそれに顔をキラキラとさせ、早く行きましょう! と声を張り上げる。
 その横でノアはされど未だ少しだけ不安そうで、日中も眠る時もいつの間にか常にずっと側に居続けるノアのその背を、もう慣れたようシュナは撫でた。

「大丈夫。何も怖いことはない。そして何があっても俺がお前を守る。約束する」

 シュナがそっと耳元で囁けば、ノアはようやく安心したのか、ふわりと甘く優しい桃の匂いを漂わせ、シュナを見て笑う。
 その細くなると三日月になるような愛らしい目に見つめられ、ノアにとってシュナがもう完全に自身を傷付けない安全なアルファとして認識してもらえていると自負しているシュナもまた、目を細めて笑い返した。




***



そうしてシュナが二人を先導し、少しばかり行った先。

「シュナ兄さん! シュナ兄さんが帰ってきた!!」

 突然目の前の藪がガサガサと動く音がし、そしてそこから勢い良く出てきた人物が、パァッと表情を明るくさせた。

 それはシュナが待ち望んでいた顔であり、きっとシュナの匂いを感じて慌てて迎えに来てくれたのだろう弟ウォルの、大きく溢れそうなキラキラと光る瞳。
 それにシュナも笑い返し、ウォルが近付いてきている事を分かっていたのか、驚く事なく腕を広げて見せた。


「ウォル、ただいま」

 シュナが親愛の淵に沈むような穏やかで柔らかい声を出し、おいで。と微笑む。
 それにウォルは一気にその美しい瞳に涙を溜め、しかし飛び付くよう、シュナの胸へと飛び込んだ。

「シュナ兄さん!!」

 未だあどけない幼い声を震わせ、シュナの腰にしっかりと腕を巻き付けているウォルがポロポロと涙を落とし、一年ぶりに会えた大好きな兄の匂いを嗅ぐよう、すんすんと鼻を鳴らしながら頬を腹に擦り付けている。
 そんな変わらぬウォルの、しかし一年前より随分と高くなった頭にシュナは手を置き、無遠慮に撫で、それからその旋毛にキスをした。

「ウォル、大きくなったな」
「もう十三歳だもん」
「そうだな。まぁでも相変わらず泣き虫なのは変わってないみたいで安心した」

 パッと嬉しそうに顔を上げたウォルの頬に走る涙を武骨な指で拭いながら、シュナが皮肉を込めて笑う。
 それにウォルは途端に鼻をくしゃりとさせ、もう子どもじゃないよと不快感を示すような顔をしたあと、しかしシュナの少し後ろに立っているノアとテアの存在にようやく気付いたのか、シュナの服をぎゅっと強く握り締めながら眉を潜めた。


「……だれ?」
「ああ、怖がらなくて良い。俺が連れてきたんだ」

 しっかりとシュナに引っ付いたままのウォルの背をぽんぽんと撫で、挨拶しろとシュナが促せば、おずおずとぎこちなくシュナの腰と腕の隙間から顔を覗かせたウォル。

「ウォルです……」

 ぽつりと呟かれた、まだあどけなさが残る声。
 もう既に身長はノアよりも大きく、テアとそう変わらないほどだったが、しかし不安そうに上目遣いで見つめてくるウォルは純粋な子どもそのもので。
 そんなウォルを安心させるよう、ノアとテアは穏やかに微笑んだ。

「ノアです」
「テアだよ」
「……シュナ兄さんのお友達ですか?」

「ああ、そうだ。二人もこれから俺達と一緒に暮らすんだぞ。ウォル」

 お友達ですか? とウォルに聞かれた二人がなんと答えていいものかと一瞬思案したその瞬間、間髪入れずにシュナが答え、笑う。
 それにウォルは目をぱちくりと瞬かせたあと、群れに新しい仲間が増えると気付いて瞳を輝かせた。

「本当に!? それは凄い事だ!!」
「そうだな」

 驚くほど優しい口調でシュナが返事をし、ウォルの頭を撫でている。
 それから外見よりもずっと子どもで好奇心旺盛なテアがうずうずとした様子でウォルに近付き、ウォルの前に手を差し出しては、笑った。

「俺達はあなたの仲間になれますか? ウォル」

 黙っていればどことなくその美貌のせいで冷たく見えるテアの、それでもにっこりと屈託無く笑う人好きする笑顔。
 それにウォルも表情を明るくさせ、頬をぽわりと染めてはすぐさまテアの手を握った。

「っ! はい! はい! 勿論です!案内します!!」

 その様子に、普段人見知りをするウォルがこんなにもすぐ人に懐くのは珍しいとシュナは小さく驚いたが、どうやら二人の波長は随分と合うようで。
 それからまるで昔からの知り合いだったかのように手を繋ぎながら走るウォルに引かれてテアも森の奥へ駆けてゆき、あっという間にぽつんとその場に残されたシュナとノアは一度顔を見合せ、それから微笑み合った。


「……忙しない弟ですまん」
「そんな事ない! それにウォルはとっても可愛いです!」

 ウォルはすごく可愛いですと瞳をたゆませたノアが優しい顔で笑えば、それは知っている。というよう満足げに頷くシュナ。
 その溺愛ぶりにノアは更に笑みを深め、それから真っ直ぐにシュナを見つめた。

「……本当に本当に、俺達が一緒に暮らしても良いんですか?」
「もちろん。ここには誰もお前達を乱暴に扱ったりする人は居ないし、新たな仲間として歓迎するだろう。だから安心しろ。……そして今すぐには無理だろうが、いずれお前達にもこの群れを自分の群れだと心から思ってもらえたら嬉しい」
「っ、」

 そう言ったシュナに、ノアが息を飲む。
 その見開かれた瞳がうるうると潤み始めたのが分かり、何かまずい事を言ったのだろうかと慌てたシュナは、本当に今すぐという訳じゃなくて、とノアに弁明するよう、言葉を紡いだ。

「も、もちろんここが今日からお前達の群れだと無理強いするつもりはないぞ。それにここが気に入らなかったら近くの群れで保護してもらうように頼む事も出来るだろうし、」
「っ、それは嫌です!」

 シュナの言葉に、しかしそこだけはハッキリと拒絶を示すノア。
 それに面食らったあと、シュナは気恥ずかしそうにポリポリと首の後ろを掻いては、呟いた。

「……あー、その、口下手で上手く伝えられなくて悪いが、とにかく俺が言いたいのは、お前達は自分の意思で好きに生きる権利があるって事だ」
「っ、……あなたは本当に優しいアルファです、シュナさん」
「……何だよ、いきなり」
「……シュナさんに出会えて、俺は幸せ者です。あなたは俺のヒーローだ、シュナさん」
「……お前は俺にとって小鳥だよ、ノア」

 やはり何故か泣きそうになっているノアの一回り小さな手をそっと握りながら、何も怖がる事なんてないし緊張する事でもないしヒーローだなんだと大げさだ。と言うよう、シュナが冗談を交えて肩を竦め笑う。
 その言葉に目を瞬かせ、しかしそれからノアはシュナにそっと寄り添い、「ほんとなんで俺を小鳥って呼ぶんですか」と笑った。

 そのノアの柔らかな笑い声は、まるで本物の小鳥の囀ずりのように、愛らしくて。
 そして遠くから聞こえる、ウォルが知らせたシュナの帰省と突如現れたテアによって生まれた群れからの歓喜や驚きの声にノアの柔らかな声が混ざり溶け、燦々と陽が輝く森のなかに木霊しては、溶けていく。
 その全ての音にシュナはこんなにも満ち足りた気持ちは感じた事がないと感嘆の息を吐き、自分よりもうんと小さなノアの手を優しくぎゅっと握り締めた。


 握り返された手は柔く愛らしく、ノアの太陽の光を浴びたふわふわの金色の髪の毛が、キラキラと輝いている。
 綺麗で愛らしい瞳は可愛らしく三日月に揺れ、笑みを浮かべるそのふっくらと艶やかで魅力的な唇は、ドキリとするほど優雅さを保っていて。
 その美しさは筆舌に尽くし難く、そしてまるでこの世の全ての幸せを詰めたようなノアの愛らしい笑顔にシュナは息を飲み、それから、甘く瑞々しいノア本来の柔い桃のような香りを肺一杯に吸い込んだ。




 
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