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最終章
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しおりを挟む「はぁ~~……。太一も俺を好きだなんて、ほんとに夢みたい……」
暫く抱き締めあい、涙は落ち着いたものの未だぎゅむぎゅむと太一を抱き締め息を吐く亮。
その言葉に太一が亮の胸に顔を埋めたままクスクスと笑っていれば、
「あ、」
なんて突然亮がすっとんきょうな声をあげ、それからどこか気まずそうなオーラを出しつつ、口を開いた。
「……ちょっと、太一に謝らないといけないかも……。ごめん……」
「は? 何だよ」
「……さっき、俺に全部捨てさせる覚悟で俺を選んでって、言ったんだけど……」
「……っ、うん……」
「実はあれ、嘘、ていうか、別にそんな覚悟してもらわなくても良いっていうか……。許嫁だった人とはもうとっくに婚約解消してもらってるし、両親も、むしろ太一と俺が番いになるのを望んでるって、いうか、……」
なんて物凄く言い辛そうに、呟いた亮。
その言葉に一度瞬きをしたあと、
「……は、はぁぁぁぁ!? どういうことなんだよ!!」
と太一は絶叫し、亮の胸ぐらを掴んだ。
「わーー!! うんやっぱ怒るよねごめん!!」
「おま、なっ、お、おれが、どれだけの思いで、お前の両親からお前を奪うって決めたと、お前の未来奪うって決めたと、おまっ、まじで、」
衝撃的すぎる発言に驚きと亮の嘘だと言う言葉に、言いたいことがまとまらないのか言葉を詰まらせ、ギリギリと掌に力を込める太一。
親という存在が、未来を紡げる人と生きる選択がどれほど大切で、どれほど亮の当たり前の幸せを自分が願っていたと思っているのだ。それでもそんな大切な人達から奪うと、正しく断腸の思いで決めたというのに。それなのに、こいつは今何て言いくさりやがった? と太一がビキビキこめかみに青筋を立てながら下から睨み付ける。
そんな太一の血管浮き出る掌をそっと優しく包み込みながら、
「うん……ほんと、ごめん」
なんて眉をさげ、それでも、と言葉を続けた亮。
「でも、あの時それを言えば太一はもっと俺を拒絶してた気がしたから」
そう少し悲しげに笑ったあと、またしても呆けた表情をし手の力を弛めた太一の手を口元に持っていったかと思うと、ちゅ、と亮は指先に口づけた。
「嘘ついた事は、謝るよ。本当にごめん。でも覚悟ってやっぱり大事だから。俺は太一の周りの人から太一を奪ってでも、一緒に生きる未来を選ぶ。でも、太一がずっと迷いながら俺といたら、絶対またどっかしらで綻びが出ると思ったんだ。 それがいつか取り返しのつかない破滅になる気がして……、だから、太一にも俺と同じくらいの覚悟で、太一自身が俺と生きる未来を決めて欲しかった」
またしても真剣な瞳で、それでもどこか優しい顔でそう言った亮が、またしても太一をぎゅっと強く抱き締めてくる。
「だから、太一が俺と生きるって言ってくれて、本当に嬉しい」
耳元でふわりと溶ける、亮の柔らかい声。
それに呆けていた太一は亮の腕のなかでハッとしながらも、……くそっ、こいつどこまで、とやはりどことなくずっと亮に振り回されている気がする事に心のなかで悪態を吐き、それでも、確かにそうかもしれない。と胸元に顔をぐりぐりと押し付けた。
あのまま、大丈夫だよと、何も心配いらないんだよ。と諭されても、自分は頷いてはいなかっただろう。仮にもし手を伸ばしたとしても、罪悪感で後々また亮から逃げようとするだろう。
そんな自分の行動を予測されていたのは癪だったが、そのお陰で今自分は正真正銘きちんと腹を括り、亮と向き合う事が出来ている。と太一が亮の行動に納得しつつも、悔し紛れにまたしても頭をぐりぐりと強く押し付ければ、
「いた、いたたた、いたっ、ご、ごめんって、」
と亮が痛がり、それに太一は、嘘ついた罰だ。と歯を見せて笑った。
それから暫くした、あと。
「ところで、太一はどこに行こうとしてたの?」
だなんて未だ抱き締めたまま聞いてくる亮に、太一も大人しく腕のなかに収まったまま、しかし気まずげに目を伏せた。
「……ほんとはどこにも行く場所なんてなかったよ。……でも、母さんと父さんの墓がある場所の近くに、引っ越そうと思ってた」
「……そっか。じゃあ、二人でその近くに部屋を借りよう? それで今は無理だけど俺が大学卒業して、ちゃんと社会人になって稼げるようになったら、太一のご両親の近くに家建てようね」
太一の言葉に数秒黙り、それから二人で生きていく未来をすぐに考える亮が、ふわりと微笑む。
「家建てて、太一と俺と、……こればっかりは授かり物だし太一がずっと心の奥に閉じ込めてた苦悩だから、軽々しくは言えないけど、俺達の子どもと、暮らそう」
そう本当に柔らかく笑う亮に太一はまたしても呆け、それからぐっと唇を噛み締めたが、
「……ずっと一人で抱えて辛かったよね。でも大丈夫。これからは俺が側にいる。それに可能性がゼロじゃないなら、二人で頑張ろうよ。なんてったって俺達、魂の番いなんだから。それに、こうやってなんでも二人で相談して、考えて、一緒に未来を決めていこう」
なんて言う亮。
その言葉に太一は、……やっと止まったっていうのに。とまたしても潤み歪みだす視界と鼻の奥がツン、と痛む感覚に、ぐすっと鼻を啜った。
「ねぇ太一、これからはもう幸せになる方法を考えること、諦めないでね。思ってた事、したかった事、これからしたい事、全部全部、我慢なんかしないで、もっと欲張ってよ」
そう囁いては太一の背中をとんとんとあやすよう、優しく擦る亮。
その言葉が、その掌の温度があんまりにも優しいから、太一はすがるよう抱き締め返しハッと息を乱しながら、こんなにも今幸せなのに、これ以上願っても、欲しがってもいいのだろうか。と恐れながらも、口をゆっくりと開いた。
「……りょ、う、」
「うん」
「……おれ、俺、お前と、ここから、朝陽が見たい」
「……うん。見ようよ。俺も太一とまた、ここから朝陽が見たい」
「……っ、……俺も、修学旅行、行きたかった」
「俺も、太一と修学旅行行きたかった。だからさ、修学旅行は無理でも、皆で旅行にでも行こうよ。ちょうど高校卒業して大学が始まるまで期間あるし、あいつらも絶対喜ぶよ」
「……ほんとは、大学にも行ってみたい」
「ん。太一ずっと勉強頑張ってたもんね。行きたい大学があるなら、来年受験しよう? 太一なら絶対受かるよ」
「……本屋のバイトも、辞めたくなかった。店長と、もっと一緒に、働きたかった……」
「……う、それはちょっと妬けるけど、ならまた雇って貰えるようお願いしに行けば良いんだよ。きっと店長さんすごく喜ぶよ」
「……っ、や、やっぱり、どうしても、お前との子ども、ほしい」
「……うん、俺も。さっきも言ったけど、絶対に無理じゃないなら、可能性はいくらだってあるよ。二人で頑張ろ」
「……ぐすっ、りょ、りょう、」
「うん」
「……もう、独りにしないで……」
そうさめざめと泣きながら震える声で哀願するよう弱々しく呟いた太一の言葉に、亮は少しだけ息を飲んだあと、腕の力を弛め腰を屈めては、太一の額にコツンと自身の額を重ねて、笑った。
「……うん。ずっと一生、そばにいる」
そう言い切った亮の言葉にまたしても、うぅ、と呻き声をあげながら泣く太一に目を細め、すりっ、と鼻先を触れ合せては、……冷たいね。と囁く亮。
その声がとても優しくて、満たされていく幸せに太一は嗚咽を溢しながらも、「……ふっ、だな」なんて小さく、笑った。
──それから二人は、「あと数時間だしもうそのままここで待ってようよ」と言う亮の言葉に座り込んでは、朝陽が昇るのを待った。
冷えたアスファルトも、吹き荒れる風もとても冷たかったが、並んで肩を触れあわせながら座り、手を握りながら、二人は会えなかった間の話をずっとし続けた。
「あ、そうだ。お守り、ありがとね。あのお守りがあったから、俺頑張れたんだ」
「へ、」
「え、くれたよね? 合格祈願のやつ」
「あ、あぁ、うん、……でもなんで俺からって、」
「だって太一の匂いしたもん」
「あー……、なるほど。って、は!? においって、俺そんな臭う!?」
「うん」
「ま、まじか……、でもちゃんと毎日風呂入ってんだけど、」
「ははっ、違う違う、臭いって意味じゃなくて。甘くてくらくらして、食べちゃいたいくらい良い匂いするって意味だから」
そうどことなく艶っぽい表情で亮が見つめ、それにングッと喉を詰まらせた太一を見ては、ははっと亮が笑い声をあげる。
それにからかわれたと思ったのか顔を赤くしながらゴスッと肩を殴ってくる太一に、またしても亮は笑い声をあげた。
「……ね、朝陽見終わったらさ、卒業式、出ようよ。一緒に」
「へ、……あぁ、……卒業式、今日か」
「うん。太一はばっくれようとしてたみたいだけど、行こう」
「ばっくれるって、嫌な言い方すんなよ」
「はは、ごめん」
何がそんなに楽しいのか分からないほど、先ほどから上機嫌に笑う亮が、顔を前に向ける。
その美しい横顔を見つめながら、こいつと出会ってもう三年になるのか。なんて太一は感慨深いような、面映ゆいような気持ちのまま、こてん。と亮の肩に頭を預けた。
朝になりかける気配が辺りを包み、うっすらと明け始める空。
気温はぐっと冷え込み、寒さが肌を刺してくるが、繋いだ手は温かく、頭を乗せる肩は愛しく。
「好きだよ、太一」
なんて会話の脈絡もなく好きだと言ってくる亮に太一はふっと微笑みながら、……俺もだよ。と返した。
「あ、太一、もうそろそろ朝陽が見えそうだよ」
そう言いながら亮が立ち上がり、ほら、太一も立って。と繋いでいる手を揺らし、促してくる。
その声と手に引かれるよう立ち上がった太一の瞳に、ちょうど顔を覗かせた朝陽が映った。
ぐるり。と景色を見渡せば美しい山々と、静かな街並み。それを照らすよう、真横から真っ赤な朝陽が顔を出す。
きらりきらりと朝露に濡れ輝き出す街の、息を吹き返した花のごとく美しい景色を太一は眺めた。
一日で唯一好きだった、この時間。
こんな自分でも生まれ変われるような、身体中の細胞が作り替えられリセットされるような、そんな生命力と、清々しさ。
春の穏やかさも、夏の暑さも、秋の寂しさも、冬の冷たさも、この場所のこの時間帯だけは太一を優しく包み込んでくれている気がして、好きだった。
それを亮と並んで見ている今が、そしてこれからは一人ではなく亮と生きていくことが太一にはとても眩しくて、……こいつのせいで、本当に俺の涙腺は馬鹿になってしまった。とまたも涙を流しては、滲み揺らめく、それでも今までで一番美しい朝陽を見つめ続けた。
それは本当にとても、とても美しい景色だった。
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