31 / 51
第1章2 無名の怪物
31. 決着
しおりを挟む土壇場で一点差とするシュートをねじ込み、同点のチャンスとなるエンドワンまでもぎ取った。
気持ちよすぎ。
杏はにやけそうになった。
チームメイトたちと喜びを爆発させたいところを必死にすまし顔でやり過ごし、大事なフリースローに向けて集中力を高めようと努める。
大ぽかをやらかしたディフェンスは茫然自失。
試合終了を告げたタイマーが残り〇・ニ秒に再セットされた。
逆転するにはフリースローをわざと外し、リバウンドからそのままシュートを押し込むほかない。
残り時間が〇・三秒未満のこの場合。得点が認められるのはリバウンドから直接ダンクまたはタップシュートのみ。一度掴んでからのシュートが認められるのは〇・三秒以上の場合となる。
同点でよしとするか、逆転を狙って賭けに出るか。
杏はゆっくりとフリースローサークルへ向かう。
一歩一歩近づくごとに雑念が振り落とされるようだ。
フリースローラインの前に立つ。審判からボールを受ける。
「ワンショット」
慌てず気持ちを落ち着かせる。
このまま入れるも外すも自在の境地に至れそうだった。
岩平がひときわ大きい声を発していた。
うるさいなと思ったのもつかの間、周囲の音と共に薄れ、消えてゆく。
岩平の声も今はかすかにしか聞こえない。
もうすぐフリースローを邪魔する要素はすべて取り除ける。
ところがそんな集中もホイッスルの闖入には保ち続けることができなかった。
審判を務めていた女子マネージャーが不安げに何事かを告げた。
堰を切ったように周囲の喧騒が耳になだれ込む。
「なにごと」
杏は状況が飲み込めない。
不必要なファウルを犯し、思いつめていた利佐が元気になっている。
いやな予感が走る。
岩平が頭を抱えていた。
「早く打てって言ってんのに」
「どういうこと?」
リバウンドに入っていた舞に説明を求めた。
「あんたがいつまでたっても打たないから相手ボールになったんだよ」
杏は頭を抱えた。
「オーマイガー」
その後東陽のスローインで再開された試合は、五秒バイオレーションを狙ったディフェンスも虚しく、あっさりボールを入れられ試合終了。
40-41
怒涛の追い上げを見せるもあと一歩及ばず。御崎高校は敗れた。
午後から参加した高校含む計四校で引き続き練習試合が行われた。
予定の試合数をこなした後、
「シャワーあるのでよかったら使ってください」
との厚意に甘え、クールダウン後に早速シャワー室へ向かった。
シャワーを浴び終わった杏は、「くたくただぁ~」言いながら昼休憩に見つけた自動販売機へもなかと二人直行した。
「くぅ~っ! やっぱ風呂あがりはきんきんに冷えた牛乳だよな。シャワーあがりだけど」
紙パック牛乳を一気に飲み干した杏は二本目を購入した。今度は紙パックジュースだ。
「があー、早くジュース飲みたーい」
がやがやと曲がり角の向こうから集団が近づいて来た。
東陽のスターティングメンバー三人と出くわした。声をかけてきたのは杏とマッチアップしていた古賀利佐。
「お。誰かと思えばうちとの最初の試合でわざと負けてくれた人じゃん」
皮肉たっぷりな言葉に杏はあっけらかんと返す。
「あれねー、ちょっと集中しすぎちゃったんだよね。あ、それよりシャワーありがと」
「な、なんだよ。調子狂うな」
あはは、とつかさに振り回されていた藍が笑った。
「試合であったこといつまでも引きずってたら利佐だけが悪者になっちゃうよ。てか、そもそもなんでこんなことになったの」
「こいつが藍のこと笑ったんだよ」
「あたしが!?」
杏は身に覚えがなかった。もなかが横から肩を叩く。
「もしかしてあれじゃない。つかさちゃんの」
「ああ。誤解だよ誤解。あれはつかさ。うちの一年生が頼もしすぎて笑っちゃったんだよ」
「つまり利佐の勘違いだったわけだ。は、てか待って、一年?」
「そうだよ。すごいでしょうちの一年生」
「あれで一年って。いや一年じゃなくても相当おかしいけど」
「へー」
利佐がしれっとその場を立ち去ろうとする。
「待ちなよ利佐ちゃん。何うやむやにして帰ろうとしてるの。ちゃんと謝りなよ」
利佐は振り返り、きまり悪そうに杏を見る。
「……悪かったよ」
「いいよいいよ。次からは気をつけな」
「なんで非がない人ぶってんの。杏も謝るの」
「あたしのほうこそごめん」
「いいよ、私の早とちりが原因なんだからさ。それよりあんた名前は?」
「寺田杏」
「寺田杏ね。私は古賀利佐」
「ふるがりさ……」
「なんだよ」
「なんでも。ちなみにこっちは近衛もなか。他のみんなは?」
「そっちの一年生にぼっこぼこにされたこいつが原田藍」
「おい、もうちょっと紹介の仕方ってもんがあるでしょ。事実だけどさ」
「……はらだあい」
「だからなんなんだよその変な間は」
「原田藍ちゃんね。ごめんごめん。気にしないで。もう一人は?」
「どうも。隅蘭佳です」
「すみらんか……」
「絶対なんかあるだろ。言いたいことあるなら言えよ」
「多国籍軍団みたいでかっこいいね」
「はあ?」
「おーい帰るぞー」
そのとき他の部員を引き連れて岩平が通りかかった。
「わかったー」
もなかが手を挙げた。
杏は利佐を見据える。
「次は負けないから」
「ちゃんと練習しろよ」
「そっちこそ。本気で練習しないと次会ったときのあたしには勝てないよ」
「ふーん、言うね。口先だけじゃないこと期待してるよ」
「うん。ばいばーい」
「急に軽っ」
「じゃあねブルガリア」
「……っあ! そういうことか、おい待て」
帰りのバスは練習試合の話で持ちきりだった。
「あのパスはびびったなー」
杏の言うパスとは、結果的にはミスになった遥のパスのことだ。
「中学のチームじゃみんな平気であんなの取ってたの」
「そんなことないです」
「でもあれ取れたらおもしろいよね。今日だってもし取れてたら東陽との最初の試合勝ってたかもしれないし」
「取って、入れてたらね」
「もなか。もうちょっとあたしを信用しろよ。もしかしたらあの試合の最後みたいにバスカン決めてたかもよ」
「最後のフリースロー。打ってさえくれればどうなるかわからなかったのにね」
「舞はんまでそんな……。でもおっしゃる通りでございます」
「冗談だって。そんな小さくならないでよ。そもそも杏が最後リバウンド取ってなかったらあんな展開にならなかったんだからさ」
「まあね」
杏は鼻を高くした。
「勝ち誇るな。負けてるのよ」
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる