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第1章2 無名の怪物
29. 発動、ビギナーズラック
しおりを挟む速攻から早琴のレイアップが決まり七点差。
チームの得点だからもちろん嬉しい。しかしそれ以上に、遥は早琴の初得点が自分のことのように嬉しかった。
ベンチから、コート内の味方から、歓声が湧き上がる。そこには経験の浅い選手や実力は劣るが練習に真摯な選手らが得点したとき特有の悪意のない笑いが含まれていた。
独特の盛り上がりに東陽側はどういう選手に決められたのかを再認識する。そして目を背けるのだ。大丈夫、今のはたまたま。点差もまだ余裕がある。
だが一種のお祭りムードが一気に流れを呼び込む。
東陽の攻撃。
ドリブルを始めた相手に対し、つかさは一度ディフェンスの手を緩めるとみせかけてから再度プレッシャーをかけた。
すると相手は慌てた。笛が鳴る。
「ダブルドリブル!」
「え、マジ」
流れは目に見えない。だがそれは間違いなく存在する。
目まぐるしく攻守が入れ替わるバスケットボールは流れのスポーツと言われる。いかに流れを呼び込めるかで勝敗が決まると言っても過言ではない。
流れを奪われたチームが普段ならありえないミスを連発することは往々にしてある。流れを味方につけたチームはその逆だ。一度流れを掴めば点差が十点であろうと二十点であろうと、時間さえあればあっという間にひっくり返してしまう。
流れというのはそれほどまでに強力で恐ろしい。
〇
ダブルドリブルにより移った攻撃権。
そのチャンスに攻め込んだ舞がファウルを受けた。シュートこそ外れてしまったがフリースロー二本を獲得。
時計が残り四十秒で止まる。
舞は落ち着いて二本とも沈め、点差を五点に縮めた。
「っしゃあ! ディフェンス!」
杏が手を叩きディフェンスに戻る。
追いつけるんじゃないかと早琴は意識し始めた。
ついさっきまでは満身創痍に近い状態だったにも関わらず、記念すべき初得点を決めたことで不思議とスタミナが回復し、そんな期待を抱く余裕まで生まれていた。
「あと少しだから頑張ろうさっこちゃん」
遥が盛り立てる。
「ディフェンスここ絶対止めて」
ベンチからの声が届く。
「止めるよみんな」と舞が鼓舞した。
早琴は向かって右サイドの高い位置にいる選手についていた。
トップからこちらへボールが振られる。
あれ。届くんじゃない?
自然と体が動き、早琴は飛び出した。
ボールが手に当たり前方――敵陣へ跳ねていく。
え、うそ、やったやった!
「いけ!」
ベンチからの声援を力に早琴はボールを追う。敵も必死に追いすがる。
ボールに追いついた。普通にドリブルすれば簡単に追いつかれたあげくボールまで奪われかねない危険を感じた。
早琴は一度捕球すると大きく前に突き出した。再度ボールを追いかける形になる。不慣れなせいで思うようにスピードは出ない。それでも敵との距離がわずかに開く。
転がり跳ねるボールに追いつきもう一度前に突き出す。みたび追いついたところで踏み切った。一、二とステップを踏み左足でジャンプ。
そしてレイアップシュートが決まる。
三点差。残り三十一秒。
ブザーが鳴り響いた。
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