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第1章2 無名の怪物
23. 醜い争い
しおりを挟む杏が笑っている。
つかさの想像以上の頼もしさに笑うしかなくなっているようだ。その気持ちは遥にもよく理解できた。
東陽のシュートが外れた。
つかさがリバウンドを確保し、遥に預けた。
ここまで連続してつかさ中心で攻めてきた。ボールを欲しそうにしていたからだ。午前の一件もあったのでここは気の済むまで暴れてもらおうというのが遥の考えでありチームの総意であった。
遥にはそんなつかさがとりあえずは満足しているように映った。先ほどまでのように目で訴えかけてこない。
ここからはもっとみんなにボールを回し、動きを観察する必要があった。試合の中でどんなプレーをするのか、それを身体で覚えるのだ。
もなかがタフショットを打たされた。
シュートはリングに弾かれるがオフェンスリバウンドを杏が掴んだ。位置はゴール下。絶好の得点チャンス。
すこん、と着地と同時にシュートに転じようとした杏の手からボールがはたき落とされた。
着地した瞬間ボールを下げてしまった杏はそこを狙われた。
〇
ゴール下でボールを下げてしまうのは杏の癖だった。
ファウルを誘うなど、意図的にやっているのなら問題ないのだが、無意識のため簡単に下でボールを叩かれてしまう。昔に比べればいくらか改善されたが今でも度々その悪癖が出てしまう。
「もっと私にちょうだい、一対一いけるから」
杏からボールを奪った利佐がパスを求めた。
オフェンス・ディフェンスどちらも相手のいいようにやられている状況を考えればそう思われるのも無理はなかった。だとしても利佐の言い方と聞こえよがしに叫ぶ神経は気に障った。
ローポストから仕掛けられ、杏は得点を許した。御崎のリードは二点になった。
またやられた。
へっ、と利佐が勝ち誇った顔を向けてきた。
試合開始前、対面した瞬間から、なんかこいつには負けたくないなと感じていたことも相まって悔しさが滲み出る。
負けじとローポストから勝負を挑む。
「ムキになっちゃって」
挑発までしてきた。
そんな利佐であったが、少し前までは真面目にプレーしていた。それがなぜか急に突っかかってくるようになった。杏はぐっとこらえる。
くそう。ちょっと調子が出ないだけであたしはまだまだこんなもんじゃないっていうのに。たった数プレーで格下と決めつけて見下してくれちゃって。
杏にボールが入った。すぐにでも仕掛けたいが慌てない。認めるのは癪だがあちらのペースに乗せられたまま勝てるほど簡単な相手ではない。
背中で利佐を感じつつ周りの状況を見てからドリブル開始。パワープレーに持ち込む。
押し込みながらチャンスを窺っていると、押し出そうと対抗していた利佐の力がそこでふっと緩み、エンドライン側へ体がずれた。杏はその隙を見逃さず空いた反対側――フリースローライン側へ左足を入れる。
シュートを打とうとして、やってしまった。
まるでそれが狙いだったかのように利佐はほくそ笑んだ。待っていましたとばかりにボールを下げた瞬間を狙われた。ボールはコートに叩きつけられ杏は空中でばんざいをする格好になった。そこから速攻に繋げられ同点とされる。
11-11
「ごめん」
近くにいたもなかに謝った。
「いいよ。でも気をつけないと下げたら全部狙われるよ」
「ボール下げないよう意識しろー」
岩平からも声が飛ぶ。
つかさの連続得点で浮足立っていた東陽は杏を攻め立てることで自分たちのリズムを作ることに成功、落ち着きを取り戻す。御崎側にあったゲームの流れは今や東陽にあった。
それでもつかさが時間をかけず入れ返し、すぐさま二点のリードを取り返す。
「なんであんなやばいのが今まで無名だったんだよ」
利佐から震えるような声が漏れた。
「むーめーいー?」
耳ざとく聞き落とさなかった杏はことさら嫌みたらしく煽る。
「なに、違うの」
好戦的な反応。もう一つの戦いの火蓋が切られた。
「いや違わないけど」
「はあ?」
「でもそういうのは調べてから言ったほうがいいんじゃないかなーって」
「なんて名前なんだよ」
「それは、ええと。お! 攻めてきた、守らねば! でぃふぇんすでぃふぇんすぅ」
やっちゃたー。
杏は後悔した。プレーでやり返すことができずつい口が出てしまった自分が情けない。なかったことにしたかった。
「へい! ミスマッチ!」
馬鹿にされたと受け取った利佐が敵意剥き出しで体を当ててきた。ポストアップし、仲間にボールを要求する。
見くびられ、杏は全身に力が漲る。
ボールなんか持たせない、という強い意志のもと激しくディフェンスをするもやがてパスを通された。
ボールこそ持たせてしまったが引き続きタイトなディフェンスで中に入り込ませない。横にも外にもスペースを空けさせず、シュートに繋げようとする動きをことごとく封じる。
「ちっ」
「あれ、ミスマッチなんじゃなかったっけ。違ったっけ」
「っく……すぐに決めてもおもしろくないからな」
突破口を開こうとあがいていた利佐が外側へよろめいた。杏はとどめのプレッシャーをかける。敵にとって不利な状況。パスすることも可能だったが利佐は勝負を選んだ。強引に打ってくる。
理想を言えばはたき落としてやりたかったが確率の低いシュートに追いやれた。十分だった。これは入らない。
よし! そう何回も楽にやらせないっての。
杏は振り向き、ボールの行方を目で追う。
スパッ。
苦しい体勢から放たれたボールはリングを通過した。
利佐が鼻で笑った。
「余裕」
表面上は挑発を無視し、自陣へと戻る利佐の背中を見送る。
くそっ。まぐれのくせに。
絶対やり返す。
利佐とポジション争いをしながら杏は叫ぶ。
「ミスマッチミスマッチ!」
「はあ!? どこがだよ」
「人間関係」
杏はボールを要求する。
「はい、ここ! 人間関係のミスマッチ! チャンスチャンス!」
「ふざけてんのか」
杏は鼻で笑う。
利佐の額に青筋が立った。
「はい、パスパース!」
ボールを保持していたのは遥だった。
「無視していいよー」
逆サイドにいるもなかが声を上げた。
「え、でも」
「いいからいいから。こっちにちょうだい」
遥は杏に一瞥をくれてから、もなかにボールを振った。
こうなることはある程度予想できていた。
「はっ! お仲間も付き合ってられないってさ」
「ふーん」
「なッ」
利佐はますます苛立ちを募らせる。
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