381 / 407
愛しのホウセンカ
5
しおりを挟む
「はは、すげぇ涙出た。びっくりした」
「あはは、私もびっくりしたぁ。桔平くんが泣いたの、初めて見たもん」
お互い酷い顔だと言って笑い合う。
険悪になりそうな時も、感傷的な気分になった時でも、気がついたらいつも2人で笑っていた。だからオレは、愛茉がいれば大丈夫。それだけは父さんの前で言える。
「ここに、桔平くんのお父さんがいるんだね」
「そうだな」
「じゃあ、また会いに来ようね」
またオレの左手を強く握って、愛茉が言った。
オレがどれだけ情けない姿を晒そうが弱さを露呈しようが、愛茉は幻滅することなく懸命に支えようとしてくれた。
そしてどんな時でも同じ温度感でいられるから、愛茉の隣はオレにとって一番居心地がいい場所だ。
こうしてオレと愛茉が一緒にいるのは、遺伝子に刻み込まれたこと。理屈なんかじゃない。このホウセンカが、実を弾けさせて子孫を残そうとするのと同じ。何もかも産まれる前から決まっていたことなのだろう。
オレと愛茉が出会ったことだけではなく、父さんと母さんとの出会いも、すべてが運命として命に刻み込まれていた。
そういえば愛茉が、ベターハーフだと言っていたな。不完全な人間は、常に片割れを求め続けているというわけだ。だからこそ、こんなにも強く儚く美しい。
「不完全な美か……」
「え?」
「思い出したよ、父さんの言葉。……いや、覚えてはいたんだけどな。大切にしすぎて、手の届かないところにしまい込んでたんだ」
一緒にいた僅かな時間で、父さんはたくさんのことを教えてくれた。
それなのにいつの間にか、オレは完全な美に固執するようになっていたんだな。不完全な人間に、完全なものなど描けるわけはないのに。
完璧なものには魔が差す。日本で古来から言い伝えられていることだ。日光東照宮は敢えて柱の柄を逆さに作り不完全な物にしているし、本来は魔除けの意味を持つ着物の帯も、ほとんどの柄が非対称的。完璧を避けるため、中心に柄が描かれていることは少ない。
つまり、不完全こそが日本の美を象徴している。父さんが描きたかったのは、そんな美しさだ。だからこそ一点の曇りもない清らかさが生まれて、多くの人を惹きつけている。
誰よりも浅尾瑛士の絵を見てきたはずなのに、今になってようやく気がついたのか。
いや、今でなければ気づけなかったのかもしれない。多くの人と正面から関わるようになった、今でなければ。
「愛茉。ここに連れてきてくれて、ありがとう」
すべての出会いがここへ導いてくれた。そして隣に愛茉がいたから、道が拓けた。本当に、オレにとって幸運の女神だよ。
「一緒に来られて嬉しいよ。ありがと、桔平くん」
そう言って、愛茉はオレの左手をしっかり握りながらホウセンカの花を見つめた。
「あはは、私もびっくりしたぁ。桔平くんが泣いたの、初めて見たもん」
お互い酷い顔だと言って笑い合う。
険悪になりそうな時も、感傷的な気分になった時でも、気がついたらいつも2人で笑っていた。だからオレは、愛茉がいれば大丈夫。それだけは父さんの前で言える。
「ここに、桔平くんのお父さんがいるんだね」
「そうだな」
「じゃあ、また会いに来ようね」
またオレの左手を強く握って、愛茉が言った。
オレがどれだけ情けない姿を晒そうが弱さを露呈しようが、愛茉は幻滅することなく懸命に支えようとしてくれた。
そしてどんな時でも同じ温度感でいられるから、愛茉の隣はオレにとって一番居心地がいい場所だ。
こうしてオレと愛茉が一緒にいるのは、遺伝子に刻み込まれたこと。理屈なんかじゃない。このホウセンカが、実を弾けさせて子孫を残そうとするのと同じ。何もかも産まれる前から決まっていたことなのだろう。
オレと愛茉が出会ったことだけではなく、父さんと母さんとの出会いも、すべてが運命として命に刻み込まれていた。
そういえば愛茉が、ベターハーフだと言っていたな。不完全な人間は、常に片割れを求め続けているというわけだ。だからこそ、こんなにも強く儚く美しい。
「不完全な美か……」
「え?」
「思い出したよ、父さんの言葉。……いや、覚えてはいたんだけどな。大切にしすぎて、手の届かないところにしまい込んでたんだ」
一緒にいた僅かな時間で、父さんはたくさんのことを教えてくれた。
それなのにいつの間にか、オレは完全な美に固執するようになっていたんだな。不完全な人間に、完全なものなど描けるわけはないのに。
完璧なものには魔が差す。日本で古来から言い伝えられていることだ。日光東照宮は敢えて柱の柄を逆さに作り不完全な物にしているし、本来は魔除けの意味を持つ着物の帯も、ほとんどの柄が非対称的。完璧を避けるため、中心に柄が描かれていることは少ない。
つまり、不完全こそが日本の美を象徴している。父さんが描きたかったのは、そんな美しさだ。だからこそ一点の曇りもない清らかさが生まれて、多くの人を惹きつけている。
誰よりも浅尾瑛士の絵を見てきたはずなのに、今になってようやく気がついたのか。
いや、今でなければ気づけなかったのかもしれない。多くの人と正面から関わるようになった、今でなければ。
「愛茉。ここに連れてきてくれて、ありがとう」
すべての出会いがここへ導いてくれた。そして隣に愛茉がいたから、道が拓けた。本当に、オレにとって幸運の女神だよ。
「一緒に来られて嬉しいよ。ありがと、桔平くん」
そう言って、愛茉はオレの左手をしっかり握りながらホウセンカの花を見つめた。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
【R18】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※完結済み、手直ししながら随時upしていきます
※サムネにAI生成画像を使用しています
お兄ちゃんはお医者さん!?
すず。
恋愛
持病持ちの高校1年生の女の子。
如月 陽菜(きさらぎ ひな)
病院が苦手。
如月 陽菜の主治医。25歳。
高橋 翔平(たかはし しょうへい)
内科医の医師。
※このお話に出てくるものは
現実とは何の関係もございません。
※治療法、病名など
ほぼ知識なしで書かせて頂きました。
お楽しみください♪♪
イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?
すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。
病院で診てくれた医師は幼馴染みだった!
「こんなにかわいくなって・・・。」
10年ぶりに再会した私たち。
お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。
かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」
幼馴染『千秋』。
通称『ちーちゃん』。
きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。
千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」
自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。
ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」
かざねは悩む。
かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?)
※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。
想像の中だけでお楽しみください。
※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。
すずなり。
夫の幼馴染が毎晩のように遊びにくる
ヘロディア
恋愛
数年前、主人公は結婚した。夫とは大学時代から知り合いで、五年ほど付き合った後に結婚を決めた。
正直結構ラブラブな方だと思っている。喧嘩の一つや二つはあるけれど、仲直りも早いし、お互いの嫌なところも受け入れられるくらいには愛しているつもりだ。
そう、あの女が私の前に立ちはだかるまでは…
私の心の薬箱~痛む胸を治してくれたのは、鬼畜上司のわかりづらい溺愛でした~
景華
恋愛
顔いっぱいの眼鏡をかけ、地味で自身のない水無瀬海月(みなせみつき)は、部署内でも浮いた存在だった。
そんな中初めてできた彼氏──村上優悟(むらかみゆうご)に、海月は束の間の幸せを感じるも、それは罰ゲームで告白したという残酷なもの。
真実を知り絶望する海月を叱咤激励し支えたのは、部署の鬼主任、和泉雪兎(いずみゆきと)だった。
彼に支えられながら、海月は自分の人生を大切に、自分を変えていこうと決意する。
自己肯定感が低いけれど芯の強い海月と、わかりづらい溺愛で彼女をずっと支えてきた雪兎。
じれながらも二人の恋が動き出す──。
【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜
湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」
30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。
一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。
「ねぇ。酔っちゃったの………
………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」
一夜のアバンチュールの筈だった。
運命とは時に残酷で甘い………
羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。
覗いて行きませんか?
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
・R18の話には※をつけます。
・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。
・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
【R18】鬼上司は今日も私に甘くない
白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。
逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー
法人営業部メンバー
鈴木梨沙:28歳
高濱暁人:35歳、法人営業部部長
相良くん:25歳、唯一の年下くん
久野さん:29歳、一個上の優しい先輩
藍沢さん:31歳、チーフ
武田さん:36歳、課長
加藤さん:30歳、法人営業部事務
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる