ホウセンカ

えむら若奈

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野山を彩るハクサンチドリ

おまけのおはなし「わやだわぁ」

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「はぁー、尊いー!」

 ベッドで漫画を読んでいた愛茉が、寝そべって脚をジタバタさせている。

「あーん!少女漫画って、どうしてこんなにキュンキュンするのー!尊いよー!わやだわぁ!」

 大きな独り言らしいので、無視して画材の整理を続けた。そろそろにかわを買いに行くか。あ、学校のアトリエにストック置いてたっけな。長岡がまとめ買いしてくれていたんだった。

「ねぇねぇねぇ、桔平くん」

 タブレットを抱きしめながら、愛茉がにじり寄ってきた。
 
「どうした?」
「ちょっと、お願いがあるんだけどぉ……」

 目が輝いている。とてつもなく可愛いが、嫌な予感しかしないな。

「あのね……このセリフ、私に言ってみてくれない?」

 そう言って、タブレットの画面を見せてきた。読んでいた少女漫画のワンシーンらしい。

 このセリフってのは……ヒロインらしき女が黒髪でつり目気味の男に言われている、これか。この男、当て馬キャラじゃなかったか?

「……なんでオレが」
「一度は言われてみたいの!お願いー!」

 愛茉は知っている。オレがこの“お願い”に弱いことを。知っていて、潤んだ瞳で見つめてくるあざとさがあるんだよな。こんな可愛い顔で言われたら、断れるわけがないだろう。

「……分かったよ。一度だけな」
「やった!したっけ、ちょっと待ってね」

 愛茉は立ち上がり、クローゼットからマフラーを持ってきた。そしてそれを自分の首に巻いている。ていうか、最近オレの前で方言が出すぎだぞ。可愛いけど。
 
「それでは、漫画と同じシチュエーションでお願いします。棒読みしないで、心を込めて言ってね。ちゃんとイメージしてね。いい?私が他の人を好きで、桔平くんはそれを承知で私にアプローチしてるの。しっかり目を見て言ってね」

 ……まぁ、いいけど。それで愛茉が喜ぶなら、ピエロにでも何でもなってやるよ。

 言われた通り、漫画と同じように愛茉が首に巻いたマフラーを手に取って、少し顔を引き寄せた。
 
「……なんでもいーから、オレにしとけよ。そしたら後悔させない」

 愛茉の大きな目が見開かれる。そして一瞬の間の後、両手で顔を覆ってオレの胸に倒れ込んできた。

「あー……キュン死……わやだわぁ……桔平くんの声で聞くの、なまらわやだわぁ……」

 何かブツブツ言っている。……これは襲ってもいいってことか?

 愛茉の体を少し引き離して顔を近づけようとすると、右手で口を押さえられた。

「ダメ!少女漫画では、そういうことしない!」
「は?」
「エッチなことはダメなのです」
「エッチって……キスぐらいガンガンするだろ、少女漫画でも」
「ダメなの。このシーンではキスしないんだから」

 そう言い残して、愛茉は満足げな表情でベッドの上へと戻り、漫画の続きを読み始めた。

 何なんだよ、この生殺し状態は。まったく酷い仕打ちだ。

 それでもまた「このセリフ言って」に付き合ってしまうんだよな。こればかりは、惚れた弱みなのかもしれない。

 ただ、たまには褒美が欲しいもんだ……。


***おわり***
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