ホウセンカ

えむら若奈

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野山を彩るハクサンチドリ

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 SNSのアカウントには、確かに可愛い女の子の写真が上がっていた。しかしその隣には、ミクちゃんがいる。小林が自分と相思相愛だと思い込んでいた女の子は、ミクちゃんの彼女だったというわけだ。大体、この写真を見てカップルと思わないのがおかしいだろ。

 ちなみにミクちゃんの生年月日と血液型が小林と同じなのは間違いないが、靴のサイズは27.5と打ったつもりだったらしい。まぁ、あれだ。ドンマイ小林。

「みなさんの作品、とても素晴らしかったです!心が震えました!」

 鑑賞を終えたミクちゃんは、非常に興奮した様子だった。日本画の画材や技法にも詳しくていろいろと質問してきたが、オレたちの説明を真剣に聞いてメモまで取っていたし、普通に良いヤツだと思う。

「一佐君、こんな素敵なグループ展に誘ってくれて、本当にありがとう」
「お、おう。ミクちゃんが喜んでくれて、おれも嬉しいわぁ」
「ぜひまた、みなさんの作品を観させてください」
 
 ガッチリと握手を交わす両者。うん、良い関係じゃないか。ミクちゃんは心から満足した様子で、にこやかに去っていった。

 言葉を発する人間は誰一人としていない。オレは固まる3人を無視して、一服するためにギャラリーの奥にある喫煙所へと向かう。

 小林の咆哮がこだましたのは、それから数分経った後だった。

「あ、愛茉?今日は飯いらねぇわ。ヨネたちと新宿で飲んで帰る」

 ギャラリーが閉まる夜8時前に、愛茉へ電話をした。とっとと帰って上手い飯を食いたかったのに、何故小林を励ます会をやらなきゃならないんだ。

「うん、分かったー」
「ごめんな、連絡遅くなって。用意してた?」
「ううん、まだだから大丈夫。ちょっとバイト長引いちゃって、さっき帰ってきたところだったし」
「ちっきしょー!リア充どもがぁ!爆発してしまえー!地球よ滅びよぉぉ!!」

 オレに向かって、小林が吠える。

「な、なんか叫び声が聞こえるけど……?」
「発情期の猿は気が立ってるからな」
「え?猿?」
「帰ってから話すわ」
「う、うん。とりあえず私のことは気にしないで、ゆっくりしておいで」
「あんまり、ゆっくりはしたくねぇんだけどな……」

 こうして、思い込みが招いた悲恋の物語は幕を閉じた。

「ミクちゃんの一人称がな……“ボク”やってんな……元気なボクっ娘って思っとったんや……」

 何杯目かのビールを飲みながら、小林がくだを巻く。すべて自分の都合の良いように脳内変換した結果だろ。

「どーんまーい!誰にでも勘違いはあるよぅ」
「俺もフラれたばっかりだから……気持ちは分かる……」

 ヨネと長岡の言葉は、慰めになってるのかよく分からない。
 爆発しろと言われそうなので、オレは黙って日本酒をちびちびと飲んでいた。

 そして結局、終電で帰宅する羽目になる。小林を振り切って帰れなかったのは、少しは同情する気持ちがあったからなのかもしれない。

 ちなみに翌日、小林はギャラリーを訪れた一般客に一目惚れしていた。もう勝手にやってろ。
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