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番外編
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並んで立つ純と興は、なんとも言えない表情をしていた。
といっても、そんな表情を二人がしているのではなく、見た側が表情を読み取れないということでだ。
「で、やらなかったんだ」
椅子に座っている和也は冷静だった。
「んー、まあ……」
純は反応薄く返した。
食堂である。がやがやと騒がしいくらい生徒たちが集まっている時間帯だ。が、周りに大勢いるから純の反応が薄いわけではない。
部屋を交換までしたというのに、結局なにもなかったからだ。それを結果報告したからだ。
「なんで?」
「なんでって言われても……」
聞かれても困ることだ。
やらなかったのは、興の抵抗が抜けなかったからである。
なので、スタンバイOKだった純も、無駄に高ぶることなく冷静でいられた。後はいつも通り抱きしめ合い、キスをし、同じベッドで就寝を迎えた。
和也は鼻から息を吐き出した。
呆れている。しかも、ただの呆れではなく、想像していた通りになって呆れている。そんな感じだ。
「仕方ねえだろ」
それを受け、興が不服そうにした。
「まあ、仕方ないって言えば仕方ないんだけど」
和也も知っていることだ。出来なかったからといって非難できることでもないことも。
「ならいいだろ」
「まあ……」
和也はいまいち納得しにくそうだった。自分たちの仲を誰よりも肯定的に見てくれているからかもしれない。
「焦ったって意味なし。ゆっくり慣れていけばいいさ」
純は考えを述べた。無理にやって悪化させるようなことは絶対にしたくない。
「でも、気持ちはあるんだよな。気持ちだけは」
「だからって、無理にやって悪くされても困るし。今言ったように、ゆっくりでいいから」
感情にはあることを主張する興だが、思っていることを純も言った。
体が拒絶を示している以上、気持ちばかりを押し通すわけにはいかない。最悪、出来なくなってしまうということもあるかもしれないのだ。それなら、ゆっくりと進んでいった方がいい。
「ん」
興は素直に純の言葉を聞き入れた。
「……橋川がいいならいいけど。俺としては、もっと進展してほしいんだよな」
後半、和也は声量を落とした。けど、その気持ちを訴えたい気持ちもあるのだろう。それほど落とされていない言葉はしっかりと聞き取ることができた。そしてその発言が、そう思いながら日頃見ていたのだと知ることもできる。
仲を公認してくれていると、行為に関してもそこまで思うものなのか。まあ、もっとも、呆れから早く進めと思っているのだろうが。
でも、早く繋がりたいと純も思っている。けど、興の反応も無視できることではない。そのため、やはり興が慣れていくのを待つしかないのだ。
純は、困り気味の笑みを小さく浮かべた。
「逆に、やらないってのもあるかもな」
そんなことを興が呟いたのは、登校中でのことだ。
「なにが?」
言ってることが分からず純は聞いた。
「慣れるのに」
「ああ」
その言葉だけで全てを理解した。というか、ずっと考えていたのか。
「キスもしないでやりたい気持ちを大きくさせれば、進むんじゃないかって思ってな」
「っていうか、そんなにやりたいのか?」
もう少しで校舎に着くというのにそんなことを考えているなんて。食堂で言っていたとおり、気持ちだけはあるらしい。
「やりたいっていうか、お前の期待裏切ってばっかりだし。少しは応えてやりたいって思ってな」
どうやら、純のことを考えてのことだったらしい。
「俺のこと考えてのことはいいけど、キスもお預けになるのは辛いかな」
なかなかというか、ほとんど進展していないのだ。そのため、キスする時も、最近慣れてくれた深いキスをしている。欲求不満の表れだななどと興に言われたが、そうである。やりたい気持ちがディープなキスにきてることは理解している。そのせいで下部が高ぶってしまい、一人で発散させることになることもあるが、欲心を満たしきれないながらも唯一できる行為ができなくなるのは、口で言う以上に困ることだ。
「少しは我慢しろよ」
「キス以上は常に我慢してるけど」
我慢してのキスだ。やりたい気持ちを持っている純にしてみたら、ずっとお預けをくらっているようなものだ。
「…………」
言えば、興は黙した。
「やってみる価値はあるよな」
それから数秒後、興は顔を前に戻しながら自分の考えを自分自身で肯定した。
だが、純もその考えに否定的というわけではない。感情に任せてなら、勢いのままやれるかもしれない考えはできるからだ。しかし、この時点で互いに温度差があっては、実際の影響力にも差にも出るのではないだろうか。
「価値だけはな」
そのことから、純はそこの部分だけを賛同した。
生徒玄関に入ると、玄関前の廊下にある掲示板に五、六人くらいの生徒が集まっていた。
「そういえば、今日、テスト結果が出る日だったな」
「そういえばそうだ」
今回のテストは、期末テストとは別のテストだ。
「あれ? でも、各学年の掲示板に結果が張られるんじゃなかったか?」
それぞれの学年の階にある掲示板に、よりにもよって、一位から最下位までの結果が張り出される。今回は定期テストとは違うので表示方法も違うのだろうか。
「貼られる。それと、玄関のとこには、全学年の十位までが発表されるんだよ」
「そうなんだ」
どうやら、自分が玄関のところの発表に気付いていなかっただけらしかった。
聞きながら靴を履き替えると、純と興は掲示板へは寄らず、二学年がある階へ行こうとした。
けど、生徒たちの後ろを横切ろうとした時、そこに兼田がいることに気付いたことで立ち止まることになった。
「あ。兼田」
「あ! 橋川!」
声に出すと、振り向いた兼田はこちらを認めるなり、こちら以上に声を上げた。
「なんだよこれ!」
「え?」
訴えられるが、なんのことか全く分からない。
「なんだよ! お前のこの結果!」
掲示板に貼られている紙を指さし、兼田はもう一度言葉を強くした。
純は掲示板を見た。結果とも口に出していることからテスト順位なのだとは分かる。が、それがどうしたのかがよく分からないことに、純は近くへと歩み寄った。その際、他にいた生徒たちがよけてくれる。
三枚並べて貼ってあるうちの真ん中の紙。二年の結果を見る。
まず、その一番上には兼田の名前が載っていた。その点数は満点だ。さすが、頭がいいだけある。だが、凄いのはそれだけではなく、一位が他にも二人ほどいることだ。
普通校だと思っていたこの学校は、実は、この辺りでは一番レベルが高い高校であった。なので、平均点というのも高く、この上位者の発表も、ほぼ一点差の違いで順位が付けられており、最低でも二人は同得点がいるほどだ。加え、上流、中流階級の出の者が多く、一般家庭出身というのはあまりいないというところでもあった。故に、金にいわせて入学なった者もいたりするという。そんな学校だった。あの頃はそんなこと知りもしなかったが、知った時は凄いところに転校したものだと驚いたものだ。
自分の名前を見つけたのは、それからすぐだ。何人かいる二位の中に己の名前を見つける。
「あ、すごい。俺、二位だ」
点数は一点差。つまり、全教科合わせて一点だけ間違えたということだ。実に惜しいが、百人以上いる中での二位は嬉しいことだ。
この学校では、テスト結果が出るまでは解答用紙は絶対返ってこない。返しては、その時点で、特に上位者は順位が分かるし予想できるからだ。そんなことしなくてもいいだろうにと思うのだが、前々からそういうやり方をしているらしく、中には楽しんでいる者もいるらしい。兼田がその一人で、上位と分かっていても一位を取ることが、正確にはまた取ったことが分かることを楽しんでいるという。
「なんだよこれ! おかしいだろ!」
そんな兼田が、純の嬉しさを消し去るようにまたしても非難してきた。
「どこがおかしいんだよ」
それには、純はむっとしてしまった。カンニングをしたわけでなく、ちゃんと学習し、自身で解いたものだ。立派な自分の実力だ。それをおかしいなどと。それこそおかしいだろう。
「だって二位だぜ!? 俺の次だぞ!? ありえないだろ!」
「ありえるだろ。実際そう出てるんだし」
たかが一点差を教師が間違えるはずがない。だいたい、二位で、兼田の次であることをどうしてそこまで驚かれなければならないのか。そりゃあ、一学期の期末テストはあまりよい結果ではなかった。だからといって悪かったというわけでもない。単純に、前の学校より難しかったからだ。そこでここの学校のレベルを知ったわけでもある。だから勉強したのだ。純としては、その結果がこのテスト結果でもある。
「お前だぞ!?」
「どういう意味だよ、それは」
さらに付け足された理由に、純は不快を乗せて反問した。彼は人を低く見過ぎていないか。と、いうかだ。
「俺のこと気に入ってるんじゃなかったのかよ」
笑顔で気に入っていることを言っておきながら、それから遠ざかることを言うのか。
「ああ、気に入ってるぜ」
しかし、不納得な声音のまま、兼田は純の発言を肯定した。
「でも、橋川だぞ? 橋川のくせに!」
それから、またしても見下した発言をする。
「その、俺だからってのはどういう意味なんだよ。ってゆうか、くせにってなんだよ。兼田のくせに」
とうとう不快の感情が高まり、純も言葉を強くした。
「そういう返し方すんのかよ!」
すると、それにも兼田は非難してきた。
「お前、俺のことどういう風に見てんだよ!」
それはこっちが言いたいことだ。
「兼田」
が、それはひとまず口にはせず、純は問いに答えた。
「答えになってねえよ!」
「兼田だって答えてないだろ!」
一方的にこちらが悪いように言うが、非難されることを初めに言ったのは兼田だ。こちらが非難される筋合いはない。
「…………」
さらに言い合いを始めた純と兼田に、腕を組んで見ていた興は呆れた面持ちになると溜め息をついた。
「朝からうるせえな」
そこへ、鬱陶しそうにする声音が届いた。
声がした方に興が視線を向ければ、島山と佐々木が歩んできたところだった。
「なに騒いでるんだ?」
「後で兼田にでも聞け」
佐々木の尋ねに、興はそう言って返した。純に対する兼田の評価は興にとっても不快だが、なんだか答える気力が湧かない。
純と兼田の言い合いは続いており、どっちも引かずにいる。
「ほんと、橋川も言うようになったよな」
「そりゃ、慣れればそうなるだろうな」
佐々木の感想に島山が言うが、興も同感である。なんだかんだと純にとっても一番接しやすいのは兼田だ。言い返しやすいのだって兼田となるだろう。
「そう言う前に自分を見て言え!」
「俺!? 俺もなのか!?」
そんな二人の言い争いは、優勢が傾きだしていた。純の発言に兼田が動揺を見せる。そこから一転、兼田は自分のことを聞き始めた。何を言い合っていたかは知らないが、今のはなかなかに痛烈な言い返しとなったらしい。
「純らしい勝ち方だな」
そのことに、興は勝敗が出たと見てとった。
「ときどき思うけどよ。お前の中の〝橋川像〟ってのを聞いてみたいぜ」
興の発言を聞いて何が巡ったのか。島山がそんなことを言ってきた。
「…………」
興は考えてみた。
興が純に抱いている印象は、惚れた弱みもあって格好良く優しいと、好感は高い。
けど反面、それが性格であり欠点なのだろう。抜けていたり、失言してしまうことが未だにある。
そんな純だが、今、兼田を相手にしているように、言ってのけてしまうこともある。この前も、まだ不良であり続けている者らに絡まれた時も言い切ってしまった。本人は不愉快だったからと言っていたが、不愉快でも、不良相手に言えるだけの度胸があるということだ。元だろうが、島山たちで不良慣れしたということもあるかもしれない。
とも思うが、元々、物怖じしない性格でもあるのかもしれないとも興は思っている。最近での一番の例は、島山たちと横田たちの接触の監視だろう。こちらがまだ近づくのかというくらい近づいていった。さらに、そのことでは純の行動力というのも示されているのではないだろうか。好きなことには進んで行うのは誰でもそうだろうが、意外なところでも純はそれを出したりする。本人に意気込んでいる様子は何もないので素で動いているのだろう。それ故に、何を考えているのかいまいち分からないところがある。恋人となってからも、そこのところは変わらない。
なので、そんな純を一言では言えないが、橋川純とは、格好良くて優しくて呆れさせられて、そして読み切れない。何より、純という名前でありながら、〝純〟ではない奴である。
そんな彼だからこそ、知れば彼らしいのだ。
「うん。純は純だな」
「だから、そう判断する理由を言えっての」
改めて〝橋川純〟という人物を導き出した興に、島山も再び求めた。
興は、丸くなったというより崩れたと言う方がいい。
元々の声質なのか、淡泊な口調はそのままであるものの、ずいぶんと薄まった。まともな部類にも入る者なのだが、ズレたことをしたり言ったりする面も出てきており、彼を知っている者からすれば、絶対、変わったと見て取れるはずだ。けど、それが良かったらしく、接しやすくなったという生徒もいる。だが、島山から見れば、橋川純の影響を変な風に受け染まってしまった。
そう思える。
元は真面目で、不良になってからもその部分が抜けきらなかった島山にしてみれば、今の興の方が接しにくい。冷めた態度で、感情表現があまり面に表れないものの、見ていれば表情や態度に表れていることもあり、島山としてはそっちの方が接しやすい。それで慣れたということもあるかもしれないが、変わった中で受け入れきれていない部分もあるということも関係しているかもしれない。しかも、あまり感情が表れないことも変わらずあることに加えてのズレた言動だ。よけい読めないし接しにくい。
昼食は二人で取るようになった興と純を見る。
恋人同士となりながら、話していても興の表情はそれまで通りのものだ。だが、ときおり浮かぶ笑みは、純粋に楽しんでいるものである。
「…………」
「どうしたんだ? 島山」
「別に」
向かいの席にいた佐々木から尋ねられ、頬杖を突いていた島山は素っ気なく答えた。
ここは、それまで通りの三人でテーブルを囲うことが続いていた。
「ただ」
なんでもないことを言った島山だったが、彼らを見ていて疑問に思ってしまうことを口にすることにした。
「クラスの奴らにデキてること知られてんの、あいつら知ってんのかと思ってな」
彼らのクラスでは公認されているという。それも、それだけでなく、密やかにその系統の者たちにも伝わっており、その者たちにも認められているという。その訳には、校長と養護教諭の親戚が同性とデキていることで、自分たちのことがバレてもお咎めはないだろうという、島山にしてみれば、何気なく同性で付き合っていることをバラしていると思えることにあるらしい。
「三浦は気付いてんじゃないか?」
「逆に気付いてなくて、橋川が気付いてたりして」
兼田の予想に佐々木が逆の推測を立てる。
島山としては兼田の考えに賛同だが、その恋人も察する能力はあるようであるし可能性はある。
まあ、何にしろ。島山にとっては複雑なカップルであることに違いはない。
並んで立つ純と興は、なんとも言えない表情をしていた。
といっても、そんな表情を二人がしているのではなく、見た側が表情を読み取れないということでだ。
「で、やらなかったんだ」
椅子に座っている和也は冷静だった。
「んー、まあ……」
純は反応薄く返した。
食堂である。がやがやと騒がしいくらい生徒たちが集まっている時間帯だ。が、周りに大勢いるから純の反応が薄いわけではない。
部屋を交換までしたというのに、結局なにもなかったからだ。それを結果報告したからだ。
「なんで?」
「なんでって言われても……」
聞かれても困ることだ。
やらなかったのは、興の抵抗が抜けなかったからである。
なので、スタンバイOKだった純も、無駄に高ぶることなく冷静でいられた。後はいつも通り抱きしめ合い、キスをし、同じベッドで就寝を迎えた。
和也は鼻から息を吐き出した。
呆れている。しかも、ただの呆れではなく、想像していた通りになって呆れている。そんな感じだ。
「仕方ねえだろ」
それを受け、興が不服そうにした。
「まあ、仕方ないって言えば仕方ないんだけど」
和也も知っていることだ。出来なかったからといって非難できることでもないことも。
「ならいいだろ」
「まあ……」
和也はいまいち納得しにくそうだった。自分たちの仲を誰よりも肯定的に見てくれているからかもしれない。
「焦ったって意味なし。ゆっくり慣れていけばいいさ」
純は考えを述べた。無理にやって悪化させるようなことは絶対にしたくない。
「でも、気持ちはあるんだよな。気持ちだけは」
「だからって、無理にやって悪くされても困るし。今言ったように、ゆっくりでいいから」
感情にはあることを主張する興だが、思っていることを純も言った。
体が拒絶を示している以上、気持ちばかりを押し通すわけにはいかない。最悪、出来なくなってしまうということもあるかもしれないのだ。それなら、ゆっくりと進んでいった方がいい。
「ん」
興は素直に純の言葉を聞き入れた。
「……橋川がいいならいいけど。俺としては、もっと進展してほしいんだよな」
後半、和也は声量を落とした。けど、その気持ちを訴えたい気持ちもあるのだろう。それほど落とされていない言葉はしっかりと聞き取ることができた。そしてその発言が、そう思いながら日頃見ていたのだと知ることもできる。
仲を公認してくれていると、行為に関してもそこまで思うものなのか。まあ、もっとも、呆れから早く進めと思っているのだろうが。
でも、早く繋がりたいと純も思っている。けど、興の反応も無視できることではない。そのため、やはり興が慣れていくのを待つしかないのだ。
純は、困り気味の笑みを小さく浮かべた。
「逆に、やらないってのもあるかもな」
そんなことを興が呟いたのは、登校中でのことだ。
「なにが?」
言ってることが分からず純は聞いた。
「慣れるのに」
「ああ」
その言葉だけで全てを理解した。というか、ずっと考えていたのか。
「キスもしないでやりたい気持ちを大きくさせれば、進むんじゃないかって思ってな」
「っていうか、そんなにやりたいのか?」
もう少しで校舎に着くというのにそんなことを考えているなんて。食堂で言っていたとおり、気持ちだけはあるらしい。
「やりたいっていうか、お前の期待裏切ってばっかりだし。少しは応えてやりたいって思ってな」
どうやら、純のことを考えてのことだったらしい。
「俺のこと考えてのことはいいけど、キスもお預けになるのは辛いかな」
なかなかというか、ほとんど進展していないのだ。そのため、キスする時も、最近慣れてくれた深いキスをしている。欲求不満の表れだななどと興に言われたが、そうである。やりたい気持ちがディープなキスにきてることは理解している。そのせいで下部が高ぶってしまい、一人で発散させることになることもあるが、欲心を満たしきれないながらも唯一できる行為ができなくなるのは、口で言う以上に困ることだ。
「少しは我慢しろよ」
「キス以上は常に我慢してるけど」
我慢してのキスだ。やりたい気持ちを持っている純にしてみたら、ずっとお預けをくらっているようなものだ。
「…………」
言えば、興は黙した。
「やってみる価値はあるよな」
それから数秒後、興は顔を前に戻しながら自分の考えを自分自身で肯定した。
だが、純もその考えに否定的というわけではない。感情に任せてなら、勢いのままやれるかもしれない考えはできるからだ。しかし、この時点で互いに温度差があっては、実際の影響力にも差にも出るのではないだろうか。
「価値だけはな」
そのことから、純はそこの部分だけを賛同した。
生徒玄関に入ると、玄関前の廊下にある掲示板に五、六人くらいの生徒が集まっていた。
「そういえば、今日、テスト結果が出る日だったな」
「そういえばそうだ」
今回のテストは、期末テストとは別のテストだ。
「あれ? でも、各学年の掲示板に結果が張られるんじゃなかったか?」
それぞれの学年の階にある掲示板に、よりにもよって、一位から最下位までの結果が張り出される。今回は定期テストとは違うので表示方法も違うのだろうか。
「貼られる。それと、玄関のとこには、全学年の十位までが発表されるんだよ」
「そうなんだ」
どうやら、自分が玄関のところの発表に気付いていなかっただけらしかった。
聞きながら靴を履き替えると、純と興は掲示板へは寄らず、二学年がある階へ行こうとした。
けど、生徒たちの後ろを横切ろうとした時、そこに兼田がいることに気付いたことで立ち止まることになった。
「あ。兼田」
「あ! 橋川!」
声に出すと、振り向いた兼田はこちらを認めるなり、こちら以上に声を上げた。
「なんだよこれ!」
「え?」
訴えられるが、なんのことか全く分からない。
「なんだよ! お前のこの結果!」
掲示板に貼られている紙を指さし、兼田はもう一度言葉を強くした。
純は掲示板を見た。結果とも口に出していることからテスト順位なのだとは分かる。が、それがどうしたのかがよく分からないことに、純は近くへと歩み寄った。その際、他にいた生徒たちがよけてくれる。
三枚並べて貼ってあるうちの真ん中の紙。二年の結果を見る。
まず、その一番上には兼田の名前が載っていた。その点数は満点だ。さすが、頭がいいだけある。だが、凄いのはそれだけではなく、一位が他にも二人ほどいることだ。
普通校だと思っていたこの学校は、実は、この辺りでは一番レベルが高い高校であった。なので、平均点というのも高く、この上位者の発表も、ほぼ一点差の違いで順位が付けられており、最低でも二人は同得点がいるほどだ。加え、上流、中流階級の出の者が多く、一般家庭出身というのはあまりいないというところでもあった。故に、金にいわせて入学なった者もいたりするという。そんな学校だった。あの頃はそんなこと知りもしなかったが、知った時は凄いところに転校したものだと驚いたものだ。
自分の名前を見つけたのは、それからすぐだ。何人かいる二位の中に己の名前を見つける。
「あ、すごい。俺、二位だ」
点数は一点差。つまり、全教科合わせて一点だけ間違えたということだ。実に惜しいが、百人以上いる中での二位は嬉しいことだ。
この学校では、テスト結果が出るまでは解答用紙は絶対返ってこない。返しては、その時点で、特に上位者は順位が分かるし予想できるからだ。そんなことしなくてもいいだろうにと思うのだが、前々からそういうやり方をしているらしく、中には楽しんでいる者もいるらしい。兼田がその一人で、上位と分かっていても一位を取ることが、正確にはまた取ったことが分かることを楽しんでいるという。
「なんだよこれ! おかしいだろ!」
そんな兼田が、純の嬉しさを消し去るようにまたしても非難してきた。
「どこがおかしいんだよ」
それには、純はむっとしてしまった。カンニングをしたわけでなく、ちゃんと学習し、自身で解いたものだ。立派な自分の実力だ。それをおかしいなどと。それこそおかしいだろう。
「だって二位だぜ!? 俺の次だぞ!? ありえないだろ!」
「ありえるだろ。実際そう出てるんだし」
たかが一点差を教師が間違えるはずがない。だいたい、二位で、兼田の次であることをどうしてそこまで驚かれなければならないのか。そりゃあ、一学期の期末テストはあまりよい結果ではなかった。だからといって悪かったというわけでもない。単純に、前の学校より難しかったからだ。そこでここの学校のレベルを知ったわけでもある。だから勉強したのだ。純としては、その結果がこのテスト結果でもある。
「お前だぞ!?」
「どういう意味だよ、それは」
さらに付け足された理由に、純は不快を乗せて反問した。彼は人を低く見過ぎていないか。と、いうかだ。
「俺のこと気に入ってるんじゃなかったのかよ」
笑顔で気に入っていることを言っておきながら、それから遠ざかることを言うのか。
「ああ、気に入ってるぜ」
しかし、不納得な声音のまま、兼田は純の発言を肯定した。
「でも、橋川だぞ? 橋川のくせに!」
それから、またしても見下した発言をする。
「その、俺だからってのはどういう意味なんだよ。ってゆうか、くせにってなんだよ。兼田のくせに」
とうとう不快の感情が高まり、純も言葉を強くした。
「そういう返し方すんのかよ!」
すると、それにも兼田は非難してきた。
「お前、俺のことどういう風に見てんだよ!」
それはこっちが言いたいことだ。
「兼田」
が、それはひとまず口にはせず、純は問いに答えた。
「答えになってねえよ!」
「兼田だって答えてないだろ!」
一方的にこちらが悪いように言うが、非難されることを初めに言ったのは兼田だ。こちらが非難される筋合いはない。
「…………」
さらに言い合いを始めた純と兼田に、腕を組んで見ていた興は呆れた面持ちになると溜め息をついた。
「朝からうるせえな」
そこへ、鬱陶しそうにする声音が届いた。
声がした方に興が視線を向ければ、島山と佐々木が歩んできたところだった。
「なに騒いでるんだ?」
「後で兼田にでも聞け」
佐々木の尋ねに、興はそう言って返した。純に対する兼田の評価は興にとっても不快だが、なんだか答える気力が湧かない。
純と兼田の言い合いは続いており、どっちも引かずにいる。
「ほんと、橋川も言うようになったよな」
「そりゃ、慣れればそうなるだろうな」
佐々木の感想に島山が言うが、興も同感である。なんだかんだと純にとっても一番接しやすいのは兼田だ。言い返しやすいのだって兼田となるだろう。
「そう言う前に自分を見て言え!」
「俺!? 俺もなのか!?」
そんな二人の言い争いは、優勢が傾きだしていた。純の発言に兼田が動揺を見せる。そこから一転、兼田は自分のことを聞き始めた。何を言い合っていたかは知らないが、今のはなかなかに痛烈な言い返しとなったらしい。
「純らしい勝ち方だな」
そのことに、興は勝敗が出たと見てとった。
「ときどき思うけどよ。お前の中の〝橋川像〟ってのを聞いてみたいぜ」
興の発言を聞いて何が巡ったのか。島山がそんなことを言ってきた。
「…………」
興は考えてみた。
興が純に抱いている印象は、惚れた弱みもあって格好良く優しいと、好感は高い。
けど反面、それが性格であり欠点なのだろう。抜けていたり、失言してしまうことが未だにある。
そんな純だが、今、兼田を相手にしているように、言ってのけてしまうこともある。この前も、まだ不良であり続けている者らに絡まれた時も言い切ってしまった。本人は不愉快だったからと言っていたが、不愉快でも、不良相手に言えるだけの度胸があるということだ。元だろうが、島山たちで不良慣れしたということもあるかもしれない。
とも思うが、元々、物怖じしない性格でもあるのかもしれないとも興は思っている。最近での一番の例は、島山たちと横田たちの接触の監視だろう。こちらがまだ近づくのかというくらい近づいていった。さらに、そのことでは純の行動力というのも示されているのではないだろうか。好きなことには進んで行うのは誰でもそうだろうが、意外なところでも純はそれを出したりする。本人に意気込んでいる様子は何もないので素で動いているのだろう。それ故に、何を考えているのかいまいち分からないところがある。恋人となってからも、そこのところは変わらない。
なので、そんな純を一言では言えないが、橋川純とは、格好良くて優しくて呆れさせられて、そして読み切れない。何より、純という名前でありながら、〝純〟ではない奴である。
そんな彼だからこそ、知れば彼らしいのだ。
「うん。純は純だな」
「だから、そう判断する理由を言えっての」
改めて〝橋川純〟という人物を導き出した興に、島山も再び求めた。
興は、丸くなったというより崩れたと言う方がいい。
元々の声質なのか、淡泊な口調はそのままであるものの、ずいぶんと薄まった。まともな部類にも入る者なのだが、ズレたことをしたり言ったりする面も出てきており、彼を知っている者からすれば、絶対、変わったと見て取れるはずだ。けど、それが良かったらしく、接しやすくなったという生徒もいる。だが、島山から見れば、橋川純の影響を変な風に受け染まってしまった。
そう思える。
元は真面目で、不良になってからもその部分が抜けきらなかった島山にしてみれば、今の興の方が接しにくい。冷めた態度で、感情表現があまり面に表れないものの、見ていれば表情や態度に表れていることもあり、島山としてはそっちの方が接しやすい。それで慣れたということもあるかもしれないが、変わった中で受け入れきれていない部分もあるということも関係しているかもしれない。しかも、あまり感情が表れないことも変わらずあることに加えてのズレた言動だ。よけい読めないし接しにくい。
昼食は二人で取るようになった興と純を見る。
恋人同士となりながら、話していても興の表情はそれまで通りのものだ。だが、ときおり浮かぶ笑みは、純粋に楽しんでいるものである。
「…………」
「どうしたんだ? 島山」
「別に」
向かいの席にいた佐々木から尋ねられ、頬杖を突いていた島山は素っ気なく答えた。
ここは、それまで通りの三人でテーブルを囲うことが続いていた。
「ただ」
なんでもないことを言った島山だったが、彼らを見ていて疑問に思ってしまうことを口にすることにした。
「クラスの奴らにデキてること知られてんの、あいつら知ってんのかと思ってな」
彼らのクラスでは公認されているという。それも、それだけでなく、密やかにその系統の者たちにも伝わっており、その者たちにも認められているという。その訳には、校長と養護教諭の親戚が同性とデキていることで、自分たちのことがバレてもお咎めはないだろうという、島山にしてみれば、何気なく同性で付き合っていることをバラしていると思えることにあるらしい。
「三浦は気付いてんじゃないか?」
「逆に気付いてなくて、橋川が気付いてたりして」
兼田の予想に佐々木が逆の推測を立てる。
島山としては兼田の考えに賛同だが、その恋人も察する能力はあるようであるし可能性はある。
まあ、何にしろ。島山にとっては複雑なカップルであることに違いはない。
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旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
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完結しました。ありがとうございました。
乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について
はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。
すべてはあなたを守るため
高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
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