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しおりを挟むモリス男爵領に向かう馬車の中は3人。
モリス男爵、アリーズ、男爵の秘書。
男爵の秘書兼侍従はウォルターという、モリス男爵よりも少し年上くらいの人だった。
「ダッチス様、いつまで無言で過ごす気ですか?」
「…………」
「すみませんね。王都に来るまでは乗り気だったのですがね。」
つまり、王都に来るまでアリーズの噂を知らなかったのだろう。
話題の悪女が自分の嫁になると知り、断りたかったのにデッカード侯爵からの圧に負けたのだ。
「うるさいっ!あんな男を頼ったのが間違いだった。まさか愛人を押しつけるなんてな!」
モリス男爵はアリーズのことを侯爵に捨てられた愛人だという考えを捨てられないらしい。
「私がデッカード侯爵様の愛人だったことはありません。」
アリーズからも否定しておかないと、頑なな男爵はアリーズを悪女だと思い込んでしまいそう。
「はっ!どうだかな。お前に覚えがなくても傍から見れば愛人そのものだったから噂になったんだろ?
火のない所に煙は立たぬってな。」
確かにデッカード侯爵に抱き着かれてアリーズは逃げなかった。
しかも、2人きりだった。扉は開けていたけれど。
その事実だけ見れば怪しいと思われるのも仕方ない。
だけど、そうなるまでの過程を誰も知らないのに無責任に噂されている。
侯爵が夫人に怒鳴られて、怒られて、いじけて、ヤケ酒して、絡み酒で、泣き上戸で、抱き着かれた。
この過程は、侍女として侯爵家の内情を漏らさない秘匿にあたる。ような。多分?
つまり、モリス男爵に釈明することができない。
「意図せず、2人きりになってしまったというだけです。私はデッカード侯爵家の使用人だったのですよ?モリス男爵様も侍女と部屋で2人きりになることはあり得ますよね?」
夫人の場合は、男性と2人きりになる場面などほぼあり得ない。
しかし、男の場合はあり得るのだ。
この秘書兼侍従ウォルターが男爵のそばを離れている時に侍女がお茶を運んで来たら2人きり。
部屋の掃除中に男爵が部屋に戻って来たら2人きり。
就寝前に酒の追加を女性が運んで来たら2人きり。
侍女もメイドも屋敷の主人に言われたことに従って働いているだけなのに、ちょっと2人きりになってしまった場面を見られただけで愛人だの不貞だのと言われれば、どの屋敷の主人も愛人がいることになる。
「…………」
「お茶を運んできたり、お酒を運んできたり、夜食を運んできたり。その全部をウォルターさんが?」
「…………」
「使用人と言えども決して男爵様は女性と2人きりになることはない、と。覚えておきますね。」
今にも殴りたそうな顔をしていたので、これ以上は止めておいた。
ついつい腹が立って口答えをしてしまい、アリーズの印象は最悪になったことだろう。
まぁ、どうせ悪女だと思っているのならそれでも構わない。
大人しく言われたことに従うような女だと男爵も思っていなかっただろうから、舐められなければそれでいいと思うことにしよう。
デッカード侯爵の手前、男爵は簡単には離婚できない。
そしてアリーズも、実家にはもう帰れない。つまり、行き場がないのだから。
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