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王妃様が四阿を出て行った後、湖の周りを歩きながら考えていた。

王太子殿下は、別に死にたくないから私が逃げないように見張っていたわけではないとわかっている。

彼は、私と触れ合ってしまった時から3年間我慢してきた。
その間の3年間は、必ず迎えに行くんだという思いで乗り切ってきたのだろう。
その反動で、私が王宮に来てからは去っていく不安を感じている。

監禁したいという思いは確かにあるのだろうけれど、私がここを去りたいと確固たる意志表示をすれば、彼は去ることを許してくれるだろうと思う。


たとえ、自分に生きる気力が無くなるとわかっていたとしても。


王族の血筋がそうだと言われても、それが事実なのか思い込みなのかはわからない。
正妃一人を愛さない浮気者ばかりだとも言える。

正妃も気の毒ではある。
しかし、貴族令嬢というものは嫁ぎ先で子供を産むことが重要とされ、跡継ぎを産んだ時点で役目を果たせたことになるのだ。それを弁えた令嬢が正妃に選ばれるということ。
夫からの愛は望めないことも知った上なので、正妃も愛人も認められている。

実態を知ってしまうと驚くことばかりだけれど、それでもこの国が問題なく見えるのは、王族がそれぞれの役割を仕事として演じ、国民にそれを感じさせないからだろう。


つまり、国のことを考えて育つ自由の少ない王族にとって、愛する人というのは切り離せない存在になのかもしれない。
それこそ、失うと国のことすらどうでもよくなるほどに。


そういうことなのね。


わかった。


自分のすべきことが。
 

殿下の望みが。

 

 
その夜、部屋に来た王太子殿下はいつも通りに私を抱きしめる。
侍女が部屋を出たら、ソファに座って口づける。
そして、一日どう過ごしたかを話すのだが……


「殿下、お願いがあって……」

「……お願い?珍しいね。……いいよ。必ず叶えるとは言えないけど。」

「そんな複雑なものではないと思います。
 ……名前で呼んでもいいですか?レイノルド様と。この部屋の中でだけ。」


殿下は泣きそうな顔になりながら言った。


「レイ。レイがいいな。」

「レイ様?」

「レイ。」

「レイ?呼び捨てでいいのですか?」

「呼び捨てがいい。それと、言葉遣いも気軽にしてほしい。」

「わかったわ。レイ。」

「嬉しいな。」


私を強く抱きしめて、今にも泣きそうな顔を隠した。
名前で呼ばれることと対等に話してほしいということは、おそらく彼がずっと望んでいたこと。


「レイ、あなたが好きよ。愛してるわ。」


レイノルドは大きくビクッとした後、震えながら言った。


「……わかって言ってる?本当に逃げれなくなるよ?」

「もちろんわかってるわ。逃げない覚悟ができたもの。」


この人は、私にまだ逃げ道を用意してくれていた。


結局私も同じなの。
気持ちを全部渡してしまえば、捨てられた時にどう生きて行けばいいのかわからないと思ったこと自体、レイノルドと同じ。
体だけでなく心までを通わせた後だと絆が深まるから、その覚悟が出来るか出来ないかを待っていてくれたのだ。

自分が辛い思いをしても……

この優しい人と生きると、離れないと決めた。





……そう思わせること自体が、この人が仕掛けた罠だとわかっていても。 


私が自ら望んで囚われることが私のすべきことで、この人の一番の望みだから。



 
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