上 下
5 / 24

5.

しおりを挟む
 
 
ランクス伯爵を見送った後、マデリーンの少ない荷物はひとまず客室に運び入れるように伝え、再び応接室へと戻った。 


『おそらく驚くと思いますが、何卒広い心でお許しください』

そう告げて逃げるように馬車に乗ったランクス伯爵が何を言いたかったのか、それはこの後すぐにわかった。


ソファに座ってすぐ、口を開いたのは母だった。


「マデリーン、あなた、淑女教育を受けていないのではないかしら?」 


そうか。違和感はそれだ。
彼女は常に笑顔だった。しかし、なんというか、口角が上がりすぎだったのだ。
口数が少なかったことも、あまり飲み物に手を出さなかったことも、失敗を避けていたのだろう。


「……クイン伯爵夫人のおっしゃる通りです。受けたことになっていますがほとんど何も。」

「マデリーン、呼び方が間違っているわ。あなたは私の息子の嫁になったの。」


マデリーンは目を伏せていた顔を勢いよく上げて、母に向かって聞いた。


「お義母様とお呼びしてもよろしいのでしょうか。」

「ええ。当然でしょう?」

「ありがとうございます。お義母様。」


マデリーンはとても嬉しそうに笑顔で答えた。母と呼べる存在が出来たことが嬉しいのだろう。


「マデリーン、君の領地での暮らしをランクス伯爵は全て把握できていなかったのではないか?」


父の質問はアークライトも同じように疑問に思っていたことだ。
この度、マデリーンを王都に連れて来ることになってようやくランクス伯爵は知ったことがあったのではないか、と。
結婚するかもしれないのに淑女教育を終えていないこと、そして、もう領地に戻ることはないというのに極端に少なかった荷物を見ると貴族令嬢として暮らしていなかったのではないかと思われること。


ランクス伯爵は、もしアークライトとの結婚がダメだった場合でも、もうマデリーンを領地に戻さないと言っていた。
妻に黙って領地からマデリーンを連れ出したことが妻の耳に入れば伯爵が逃がしたと思われるからだ。
また領地に戻せば、今度こそ後妻の望む不幸な結婚をさせられることになる。

ならば、王都に隠してその間に結婚相手を探すと言っていた。


まぁ、アークライトと即結婚することになったため伯爵は喜んでいたが、貴族令嬢として失格な状態で嫁がせることになってしまったことを詫びていたのだろう。
 

「そうですね。私も追い出されては衣食住に困るので黙っていましたが、今回もう戻ることがないと言われたので父には話しました。」


マデリーンは5歳で領地で暮らすようになり、一緒に向かった侍女が8歳までいろいろと教えてくれていたらしい。
だが、その侍女が退職することになると変わりがいなくなった。
それどころか、服が小さくなるとメイド服を渡されたそうだ。

『奥様のご指示です』

そう言って、領地のメイドたちはマデリーンを使用人として扱い始めたという。

部屋の場所は変わらなかったが、置かれていた物はほとんど無くなった。
毎年、父である伯爵が領地に来る前に服を3枚渡されて、父が領地にいる間だけはそれを着てメイドの仕事もお休みだった。

父の話から、家庭教師をつけてくれていたり月々の小遣いもあるはずだということがわかったが、マデリーンは何も知らない。だが、話を合わせていたという。


「今回、父は事前連絡なしに領地に来て、私に荷物をまとめるように言いました。もう戻らないと思って特に大事な物だけを詰めろって。残った物は可能ならば新しい住処に送るから、と。
でも私の荷物は昨年の服3枚だけです。」
 

だからあんなに荷物が少なかったのか。 

 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

【完結】シャーロットを侮ってはいけない

七瀬菜々
恋愛
『侯爵家のルーカスが、今度は劇団の歌姫フレデリカに手を出したらしい』 社交界にこんな噂が流れ出した。 ルーカスが女性と噂になるのは、今回に限っての事ではない。 しかし、『軽薄な男』を何よりも嫌うシャーロットは、そんな男に成り下がってしまった愛しい人をどうにかしようと動き出す。 ※他のサイトにて掲載したものを、少し修正してを投稿しました

『白い結婚』が好条件だったから即断即決するしかないよね!

三谷朱花
恋愛
私、エヴァはずっともう親がいないものだと思っていた。亡くなった母方の祖父母に育てられていたからだ。だけど、年頃になった私を迎えに来たのは、ピョルリング伯爵だった。どうやら私はピョルリング伯爵の庶子らしい。そしてどうやら、政治の道具になるために、王都に連れていかれるらしい。そして、連れていかれた先には、年若いタッペル公爵がいた。どうやら、タッペル公爵は結婚したい理由があるらしい。タッペル公爵の出した条件に、私はすぐに飛びついた。だって、とてもいい条件だったから!

没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。

亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。 しかし皆は知らないのだ ティファが、ロードサファルの王女だとは。 そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……

皆さん、覚悟してくださいね?

柚木ゆず
恋愛
 わたしをイジメて、泣く姿を愉しんでいた皆さんへ。  さきほど偶然前世の記憶が蘇り、何もできずに怯えているわたしは居なくなったんですよ。  ……覚悟してね? これから『あたし』がたっぷり、お礼をさせてもらうから。  ※体調不良の影響でお返事ができないため、日曜日ごろ(24日ごろ)まで感想欄を閉じております。

結婚5年目の仮面夫婦ですが、そろそろ限界のようです!?

宮永レン
恋愛
 没落したアルブレヒト伯爵家を援助すると声をかけてきたのは、成り上がり貴族と呼ばれるヴィルジール・シリングス子爵。援助の条件とは一人娘のミネットを妻にすること。  ミネットは形だけの結婚を申し出るが、ヴィルジールからは仕事に支障が出ると困るので外では仲の良い夫婦を演じてほしいと告げられる。  仮面夫婦としての生活を続けるうちに二人の心には変化が生まれるが……

夜這いから始まる初恋

恋愛
薬を盛られて結婚を迫られたロイドは、その場から逃げた。 お酒に酔ったマチルダがそこにやってきて、お互いに素面ではない状態で寝てしまった翌日、恋に落ちたことに気付いたのだった。 だけど、ロイドは女性の顔を覚えていないし、名前も知らない。 マチルダはロイドの華やかな浮名を知っているせいで、とても本気で相手にはされないと思う。 必死で探すロイドと、どう出たらいいか悩むマチルダ。 お互いの親友が、仲を取り持とうと頑張りますが... 粋な男達と、可愛い女達の、なぜかスマートに運ばない恋の物語です。 毒気の無い気持ちよく読める短編連載です。

【完結】公爵子息は私のことをずっと好いていたようです

果実果音
恋愛
私はしがない伯爵令嬢だけれど、両親同士が仲が良いということもあって、公爵子息であるラディネリアン・コールズ様と婚約関係にある。 幸い、小さい頃から話があったので、意地悪な元婚約者がいるわけでもなく、普通に婚約関係を続けている。それに、ラディネリアン様の両親はどちらも私を可愛がってくださっているし、幸せな方であると思う。 ただ、どうも好かれているということは無さそうだ。 月に数回ある顔合わせの時でさえ、仏頂面だ。 パーティではなんの関係もない令嬢にだって笑顔を作るのに.....。 これでは、結婚した後は別居かしら。 お父様とお母様はとても仲が良くて、憧れていた。もちろん、ラディネリアン様の両親も。 だから、ちょっと、別居になるのは悲しいかな。なんて、私のわがままかしらね。

処理中です...