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しおりを挟むマッシュ領に来てから5日目。
まだ本は読み終わっていないけれど、いつもより遅くまで起きていたため、侍女のシャナに起こされた。
でも顔を洗うと目はすっきりと覚めて、今日も一日が楽しみだと思いながら食堂に向かった。
「おはよう、ミンディーナ。」
「おはよう、セラヴィ。あの本、もう挫折した?」
「挫折はしかけているけれど、せめて1巻だけは読むわ。
今は兄弟2人がどちらが跡継ぎに相応しいか揉めているところ。」
そこにライガーも朝食を食べにやってきた。
「おはよう。やっぱり女性には不人気みたいだね。」
「おはようございます。言葉が固いので読みづらいですね。
女性が受け入れやすい言葉に変えれば、読者も増えると思いますが。」
「その前に出版禁止になるだろうね。」
そんなに内容が問題視されてるんだ。……でも歴史を正しく知らないと作り話でも信じるかもね。
だって、読んでいる1巻も作り話のはずなのに『そんなことがあったんだ』と思っていた自分を思い出したから。
確かに問題かもしれない。
歴史に詳しい人が読めば、冒涜していると感じるのかもしれないわね。
今日はライガーがワイナリーを訪れるというので、ミンディーナとセラヴィもついて行くことにした。
この国では16歳から公に飲酒することが認められている。
なので、15歳になれば各家で自分の好みのお酒が何なのかを味見したり、どの程度飲めば前後不覚になるかを把握するために少しずつ飲み始めるのだ。
でないと、夜会等で初めて酒を口にしたことで泣いたり笑ったり倒れたりと醜態を晒すことになってしまうからである。
セラヴィはワインは飲める。
だけど、赤よりは白が好き。赤だと炭酸で割って飲むのが好きだった。
外では2杯だけと決めている。
それ以上は眠くなるからだった。
いろんな味を少しずつ……ワイングラスとは違う試飲用グラスでは正確な量が把握しづらかったこともあり、セラヴィは帰りの馬車の中で熟睡中だった。
「こうやって酔い潰れるセラヴィは可愛いけれど、見張りがいないと危険ね。」
「そうだな。介抱と偽って部屋に連れ込まれてしまうかもしれない。」
「外ではお酒を飲まないように言うわ。
特に今後は侯爵令嬢であるセラヴィを狙う令息がいると思うし。」
「その方がいいな。例のナリアという令嬢の企みがないとも限らないから。」
ミンディーナとライガーが馬車の中でそんな話をしているとも知らず、セラヴィは眠っていた。
「セラヴィ嬢は素直だな。ここに来てまだ5日目だけど顔が明るい。
もう今日なんか、前の婚約者のことで悲しむ気持ちも残ってないんじゃないか?」
「確かに。想像していた以上に立ち直りが早かったわ。
休暇明けにあの2人のことで無理して笑うんじゃないかと思って荒療治しようと連れて来たけど。
婚約者でなくなったら好意の感情も友人知人レベルだっただなんてね。嬉しい誤算だわ。
ずっとセラヴィはトレッドのことが好きなんだと思っていたのに、思い込みよね。
お兄様の聞き出し方が上手かったわ。私一人じゃ引き出せなかったもの。」
「まぁ、失恋の経験者だからね。セラヴィ嬢の気持ちは少しはわかる。
結婚する相手なんだから好意を持ちたいのは当然のことだ。
恋愛と違って政略で結ばれた婚約なら尚更な。
だけどセラヴィ嬢は幼馴染という立場を恋愛を伴った婚約だと認識させられていた。
素直な彼女は、ずっと彼が好きだと思い込んでいただけだ。
その気持ちがまやかしとわかって、そのことに落ち込むかと思ったけど……元気だな。」
「……ええ。元気だわ。空元気でもなく、本当に元気よ。
セラヴィは思っていた以上に前向き、というか、割り切りがいいのかも。」
ぐっすりと眠るセラヴィを見て、2人がなんとも言えない表情をしていたことはもちろん知らない。
そして、ライガーがそんなセラヴィの姿を可愛いと思い、好意を抱き始めたということも。
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