上 下
5 / 36

5.

しおりを挟む
 
 
暗くなる少し前にようやくトレッドは帰宅した。

両想いとなったナリアとの楽しい時間を思い出しながら幸せな気持ちで家に入ったトレッドを待っていたのは父親からの平手打ちと罵声だった。


「この愚か者がっ!勝手に婚約破棄をするなどお前はこの伯爵家を潰す気かっ!」

「どうしてそのことを……潰すだなんてそんな。」

「侯爵からの手紙は何時間も前に届いた。
 そしてその後にはお前の街での行動が筒抜けだったぞ。
 ちゃんとした手続きを終えたわけでもないのに、街中で告白なんぞ何を考えておる!」

「セラヴィよりも好きな女性ができてしまったのです。
 彼女と付き合う前にちゃんとセラヴィには婚約解消すると伝えたのです。
 順序的にはそれほど非難されることではないと思いますが。」

「お前は、婚約を何だと思っているんだ!
 その女がどこの誰だかは知らんが、侯爵家よりも上の貴族か?
 侯爵家と縁を切ってでも有利になる家柄なのか?」

「……いえ、隣国の子爵令嬢です。」

「隣国の子爵令嬢?子爵家なのか?何か、こう有名な特産物や大きな商会を持っているとか。」

「さあ?」

「つまり、お前はその特に利のあるとも思えない令嬢を選んでどうするんだ?」

「どうするって、婚約して結婚できたらいいと思っています。」


トレッドの、先を何も考えていない発言に伯爵は眩暈がした。
どうして今までこの息子がこんな愚か者だと気づかなかったのか。 
そう言えば、侯爵はもっと厳しく教育しろと言っていたが考えが甘いことを見抜いていたのか。


伯爵は息子に説明した。
侯爵家との繋がりがあるということは、信用が大きいということ。
その侯爵家を裏切った我が伯爵家は、他の貴族家からの信用も失うということだ。
いつ裏切られるかわからない相手と手を組もうとは誰も思わない。

領地でもそうだ。
本来は迂回すべき道を通らせて貰ったり、格安で融通してもらったりしている物もある。

恩恵を受けているのは伯爵家で、縁が切れて侯爵家に困ることは何もない。

すると息子は呆れたことを言う。


「父上は侯爵様と友人なんだから、怒りが治まったら大丈夫ですよ。
 それに、セラヴィに言えばそんな嫌がらせのようなことはやめてもらえますよ。」

「娘の婚約を一方的に破棄された父親が、友人付き合いを続けるはずがないだろう。
 それと、嫌がらせではない。
 厚意で優遇してくれていたのを適正値に戻すのだ。文句を言えることではない。」

「えぇ?そうなのですか?
 そう言えば、僕ももう話しかけないでほしいってセラヴィに言われたけど。
 ひょっとしてあれって今後ずっとってこと?そんなはずはないか。
 婚約者でなくなっても幼馴染ということに変わりはないしね。
 セラヴィは優しいから、長期休暇が終わった学園後期には友人になれているよね。」
 

どうしてこの息子には危機感がないのか。
だからこそ、10年も婚約していた相手を切り捨てることができるのか。

まさか本当に、婚約者ではなくなっただけで昔馴染みの付き合いがこれからもできると思っているのだろうか。

息子の知らなかった一面を知り、呆れと共に恐れと希望も感じた。 

セラヴィ嬢次第でそんなに悪いことにはならないかもしれない、と。


 



 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

欲情しないと仰いましたので白い結婚でお願いします

ユユ
恋愛
他国の王太子の第三妃として望まれたはずが、 王太子からは拒絶されてしまった。 欲情しない? ならば白い結婚で。 同伴公務も拒否します。 だけど王太子が何故か付き纏い出す。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ

今世ではあなたと結婚なんてお断りです!

水川サキ
恋愛
私は夫に殺された。 正確には、夫とその愛人である私の親友に。 夫である王太子殿下に剣で身体を貫かれ、死んだと思ったら1年前に戻っていた。 もう二度とあんな目に遭いたくない。 今度はあなたと結婚なんて、絶対にしませんから。 あなたの人生なんて知ったことではないけれど、 破滅するまで見守ってさしあげますわ!

同僚のよしみで麗しの薔薇騎士様の恋人役を拝命しました~奔放な国王に振り回されている隠密バディの両片思いが実るまで~

柳葉うら
恋愛
完璧主義で生真面目な侍女と、美形で軟派者を演じているけれど実はヘタレで残念なイケメンの騎士が織りなすドタバタラブコメディ。 国王に仕える<鉄仮面>の侍女こと隠密侍女のロミルダは仕事人間で、どんな任務も完璧に遂行するのがモットー。同じ主君に仕える相棒の<薔薇騎士様>こと隠密騎士のラファエルは、仕事以外では接点のないただの同僚。しかしある日、二人は国王の命令で恋人を演じなければならなくなった。 ※小説家になろう様にも掲載しております

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

時を止めるって聖女の能力にしてもチートすぎるんじゃないんでしょうか?

南 玲子
恋愛
聖女として召喚されたけれども、まさかの魔力ゼロ判定で神殿から放り出された少女。サクラがささやかな夢。田舎でゆったり子沢山・・・を叶えるために騎士団訓練場で男として働き始めた。そこにいらっしゃった騎士団隊長のユーリス様と、王国の第一王子アルフリード殿下から溺愛されることになり、いや・・・わたし今男なんだけれども・・・あれ?男の振りした女で、今は女装中で・・・?!訳のわからない事になってる!?しかも王位争いに巻き込まれて、田舎でゆっくり子沢山の夢は、どうなるの?! 突然異世界に召喚された剣道少女が、ポジティブに異世界を生き抜いていく。恋愛とアクション半々の物語です。 第一部完結しています。第二部はアルファとベータに分けて公開します。アルファはもう完成済みで、4つに分けて4月28日0時に公開します。毎週金曜日0時公開です。アルファもよろしくお願いします。

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

妹に全てを奪われた伯爵令嬢は遠い国で愛を知る

星名柚花
恋愛
魔法が使えない伯爵令嬢セレスティアには美しい双子の妹・イノーラがいる。 国一番の魔力を持つイノーラは我儘な暴君で、セレスティアから婚約者まで奪った。 「もう無理、もう耐えられない!!」 イノーラの結婚式に無理やり参列させられたセレスティアは逃亡を決意。 「セラ」という偽名を使い、遠く離れたロドリー王国で侍女として働き始めた。 そこでセラには唯一無二のとんでもない魔法が使えることが判明する。 猫になる魔法をかけられた女性不信のユリウス。 表情筋が死んでいるユリウスの弟ノエル。 溺愛してくる魔法使いのリュオン。 彼らと共に暮らしながら、幸せに満ちたセラの新しい日々が始まる―― ※他サイトにも投稿しています。

処理中です...