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辺境伯の屋敷から出たのは、人目につきにくい場所から人目につきにくい時間に密かに用意されていた馬車に乗ってのことだった。
 
エイダン様の客人として滞在していたリリィは骨折の治療を終えたため、屋敷を後にした。
行先や住まいについては言わなかったので誰も知らない。

ということになっている。


もちろん、お世話になった辺境伯夫妻やエイダン様の兄夫婦、カーラさんや接触のあった侍女たちとは事前に別れを済ませた後に屋敷を出た。

滞在していた5か月のうちに、辺境伯夫人やエイダン様の兄嫁レイシア様が部屋に来て話をすることもあったのだ。
リリィの身元はバレているはずなのに、その点には全く触れずに客人扱いとして楽しい時間を一緒に過ごさせてもらった。

 

街にあるエイダン様の屋敷に着く前に、エイダン様が申し訳なさそうに言った。


「リリィ、すまないがしばらくは屋敷から出ないでほしい。辺境伯屋敷を出たリリィが街のどこに住んでいるかを探し回る男たちがいるかもしれない。」

「エイダン様のところで住み込みで働いていると言ってはいけないのですか?」

「それを言うと、恋人はどこだと言う話になる。恋人と別れたのであれば自分と付き合えと言われるぞ?」


それは困る。


「カーラさんからは、断れば次の女性に目がいくと聞いていたのですが、そうではないのですか?」

「いや、大体の男はそうだが、リリィは何というか……庇護欲そそる外見なのに目力があるというか。
なんか、こう、手に入れたいけれど届かないもどかしさ、というか。どこまでなら受け入れてくれるのか試してみたくなる、というか。なんとも言い難い魅力を男共は感じるんだ。」 


……さっぱりわからない。

でも、そのなんとも言い難い魅力というものをジョーダンも感じ取ったということだろうか。
貴族令嬢の中で特段、美人というわけでもないリアンヌを手に入れるために自身の婚約を解消し、リアンヌの婚約者に見えない圧をかけて婚約は解消、そしてジョーダンと結婚することになった。

ジョーダンに靡かないリアンヌを振り向かせようと意地になっていたという感じでもない。
結婚後も、ジョーダンはリアンヌに何かを頼むことも望むこともなかった。

ただ、なぜか執着していただけ。

でももし、リアンヌがどこまで受け入れるのかを試していたとするなら……

義母や教育係、使用人たちの嫌がらせを気づいていて止めなかった?
遊び相手の女性のことを隠さなかったことも反応が見たかった?
嫌がらせの手紙も知っていた?
我が子に会わせてもらえなかったこともどうするか試した?

私を攫ったのは誰?
私を凌辱したのは誰?
私の足の骨を折ったのは?
獣に襲われて死んでもかまわないと思った?

リアンヌの葬儀をしたことも? 


前公爵夫人である義母か、ジョーダンの元婚約者ロレッタ様がリアンヌを襲わせる手配をした可能性が高いと思っていたけれど、ジョーダンだった可能性もある?

リリィはゾクッとした。

たまたま、エイダン様たちに助けられたけど、違う誰かが助けに来る計画があったかもしれない。

そうであれば、自分が辺境にいることもジョーダンに伝わっている?


5か月間、辺境伯の屋敷にいた。そして今からはエイダンの屋敷に移る。  

もし、リリィを見張る者がいたとしても、密かに馬車に乗ったのだ。見つかるはずがない。

エイダンが屋敷から出るなというのは好都合と言える。 


出なければ、ジョーダンの追っ手がこの街にいたとしても見つかることはないのだから。
 


 
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