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しおりを挟む学園卒業間近のある日、伯爵家の前で馬車を降りたところ、名前を呼ばれた。
振り返るとディランがいた。ディランは手に何か持っていた。
門の入口にいる護衛に目配せをして、ディランに話しかける。
「ディラン、どうしたの?」
「なぁ、クラリス。ルークは王太子の側近だろ?仕事あるじゃないか。
伯爵家は俺が継いでやるぞ?伯爵に跡継ぎを俺にするように言えよ。養子になるから。」
「それはできないわ。」
「そっかぁ。じゃあ、これをお前にやるよっ!」
ディランが手に持っていたものを私に投げようと腕を振りかぶった。
その瞬間、護衛とたまたま近くにいた騎士がディランの腕と肩を掴んだ。
持っていた中身がディランの髪と顔にかかり、首から胸の中に流れていく。
「うわーーーーっ!」
ディランが悲鳴を上げて地面に転がった。
手袋と上着に液体がかかった護衛と騎士は慌てて脱いだ。浸み込んでなかったので肌は無事だった。
液体が何かはわからないが、明らかに害のあるものだろう。
ディランの肌が赤くなっていた。
悲鳴が聞こえた騎士たちが集まってきたが、誰も押さえつけることができない。
「水だ!水をかけて薄めろ!」
誰かが叫び、バケツや桶に水を入れて、ディランと地面にバシャバシャとかける。
しばらくして、
「もう大丈夫じゃないか?お前、この液体は何だったんだ?」
ディランは答えようとするが、口の中にも液体が入ったのか何を言ってるかわからない。
「毒か?違う?薬か?そうだ?何のだ?あっ農薬か?そうか。」
どうやら農薬だったらしい。
「こんな騒ぎを起こして…詳しい話は連れて行って聞くぞ。ほら立て。こらっ目を開けろ!」
ディランが目を閉じたまま泣いている。痛いのかボロボロだ。
「…え?見えないのか?目に入ったのか?…はぁー。先に医者だな。」
両腕それぞれに騎士が腕を取り、引きずるように連れて行った。
残った騎士が護衛と通りかかった騎士、そしてクラリスに向き合った。
「詳しい事情をお伺いしたいのですが…今、大丈夫ですか?
ご気分が悪ければご令嬢は後日でも構いませんが。」
「いえ、大丈夫です。中で良いですか?」
「ありがとうございます。」
話を聞く騎士二人と一緒に五人で中に入った。
「お嬢様、大丈夫でございますか?」
「ええ。門に護衛を回してくれる?ガイは一緒に事情を説明するから一人不在になるわ。」
「かしこまりました。」
応接室に案内し、起きた出来事をそのまま説明した。
「……なるほど。次期伯爵になることを断られた上での犯行であると。
痴情のもつれというわけではないのですね。
それにしても短絡的というか後先考えていないというか…馬鹿か?」
そう、馬鹿である。クラリスを害したディランが跡継ぎになれるわけがない。
傷害罪になるか…殺人未遂になるかは、農薬の成分次第ではあるが、確実に罪になる。
護衛のガイと一緒にディランを抑えてくれた騎士も、駆けつけてくれた騎士たちの仲間であった。
改めてお礼をと言ったが、職務だと言われ、聴取した騎士たちと戻っていった。
「ガイ、助かったわ。ありがとう。」
「いえいえ。お嬢様に怪我がなくて良かったです。」
「ガイもね。」
バタバタと音が聞こえ、扉が開いた。父とルークが一緒に叫んだ。
「「クラリス、大丈夫か?」」
「大丈夫よ。ガイと騎士様が守ってくれたわ。」
二人にも説明した。
「はぁー。やっぱりディランは愚かだ。殴ってやりたいよ。…もう会うこともないだろうがな。」
ルークは父の前だと言うのに私を抱きしめて言った。
「無事でよかった。自分の目で確かめるまで不安だった。
でもこれでもう、この先もアイツに振り回されることはなくなったな。安心するよ。」
体を離し、ニヤっと笑った。
そうだ。もうディランが伯爵家に関わるのは無理だ。
侯爵夫人とディラン。伯爵家を困らせる二人が目の前からいなくなったのだ。
伯爵とクラリスはようやく安寧を得られることを喜んだ。
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