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公爵令嬢ベルーナは約6年ぶりに王都にやってきた。

9歳の頃が最後で、それ以来ずっと領地で静養していたからである。

学園の入学式3日前に王都に着き、王太子殿下からは毎日会いに来るようにという手紙が届いたが、長旅の疲労を理由に断っていた。もちろん、公爵家訪問も、である。

しかし、入学式当日は会うことを避けることができない。 
式より前に会いたいというお願いを断ることもできず、ベルーナは王太子殿下と会うことになった。


「ベルーナ嬢、会いたかったよ。5年ぶりだ。あの頃以上に綺麗になったね。
 体調は大丈夫かい?
 いつでも王宮侍医を向かわせるよ。
 なんなら、すぐにでも王宮に住んでくれて構わないんだ。
 あぁ、なんて幸せなんだ。これから毎日君に会えるんだから。」

「………王太子殿下、初めまして。サーキュラ公爵家ベルーナと申します。
 病弱ゆえ、毎日学園には通えません。
 何度も父からお願いしていると思いますが、申し訳ございませんが婚約者にはなれません。
 一日も早く辞退をお認めいただきたく存じます。」


そう。ベルーナにとっては初めましてなのだ。

この王太子殿下は、とある港町を訪れた際にベルーナを見かけて一目惚れした。
お互いが10歳の頃の話である。
ベルーナのそばに母であるサーキュラ公爵夫人がおり、王太子殿下の侍従や護衛の目から見ても2人が親子であることは間違いないだろうと言っていた。

声をかけることもできずに放心したままベルーナを見つめ続けて、そのうち馬車に乗って去って行ってしまった。
だけど、令嬢が『ベルーナ』と呼ばれていたことはしっかりと聞いていたのだ。

万が一、勘違いがあってはならない。
サーキュラ公爵の娘がベルーナであることを確認した王太子ラミレスは、父である国王陛下にベルーナを妃にしたいと言い出したのだ。

それからずっと、ずっと、ベルーナ側は断り続けているのに王太子殿下が認めないのだ。

婚約者候補は5人いる。
そのうち辞退したいのはベルーナだけ。

双方が望んだ上でないと正式な婚約者にはなれない。
王太子殿下の一方的な思いだけでは、ベルーナを婚約者にはできないのだ。

『是非、交流を深めてお互いのことを知ってから結論を出してほしい』

これが、王太子側の言い分だった。

ベルーナ側は、例え知ったところで婚約者になるつもりは全くないというのに。

 
「ベルーナ嬢、私は君との交流をこの5年間、待ち続けていたんだ。だからそんなこと言わないで。
 頼むから私のことを知ってほしい。君のことも知りたいんだ。
 そうだ!他の令嬢に比べて交流が少ないから、君との交流を多くすることにしよう。」

「お言葉ですが、一人の候補を優先することは禁じられておりますのでお断り致します。」

「そんなつれないことを言わないで…く…れ……どうしたんだ?」


ベルーナがポロポロと泣き出したことにラミレスは狼狽えた。 


「……失礼いたします。ベルーナ様は体調が良くないご様子ですので医務室へお連れ致します。」


ベルーナの従者がサッとベルーナを横抱きにして去って行こうとした。


「ま、待ってくれ。どうして急に……大丈夫なのか?」


「ベルーナ様は、殿下にお言葉が通じないことに心を痛めておられます。
 殿下はベルーナ様を優先することで、他の候補のご令嬢がどう思われるかお考えになられましたか?」

「……いや、そうだな。優先するのは間違いだ。」

「お分かりいただけたようで安心いたしました。
 今後はこういった個人的な呼び出しもお断りいたします。
 ただでさえ病弱なベルーナ様の御心に負担になるような行動は慎むようにお願いいたします。では。」


ベルーナを抱いたまま従者は軽やかにその場を去った。 
 
それを目の当たりにして、自分には無理だと細腕を眺めてため息を吐いたラミレスを置き去りにして。

 


 
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