上 下
2 / 8

第二章 流産

しおりを挟む
妊娠して10週経った頃だったろうか。
その日百合子は腹痛と共に目が覚めた。
前日に軽い出血があり、安静にしていた。
百合子は一人で病院に向かった。
診察結果を聞くために部屋に入ると、医者から流産であることが伝えられた。
初期に起こった流産のほとんどの原因が赤ちゃんの遺伝性疾患、先天性異常が原因だと聞かされた。
妊娠初期の流産は少なくないようだ。
妊娠の約15%が流産になるらしい。
「お母さんのせいではありませんよ。赤ちゃんの方の問題なのです」と気遣いながら医者は説明した。
気を使っているのだろうか。
気をつかわなくていいのに。
相手が自分の元に生まれたくなかっただけですから。
当然。
自分が子供だったら自分、選ばないもの。
悲しみなど無かった。
むしろホッとした。
夫にメールをしたが返信は無かった。

それから3ヶ月ほど経って大学時代の友達の陽子がやってきた。
「久しぶり、百合子」
相変わらず派手な服を着ている。
変わってないなぁと百合子は思った。
陽子は百合子と違い、派手好きな性格だったが何故か百合子と気が合った。
「何年ぶりかな、結婚式以来だから7年?8年?」
嬉しそうに話す。
「あ、ごめんね。そんな雰囲気じゃないよね。
聞いたわよ、赤ちゃん。
残念だったわね。
気を落としたらダメよ。
まだ若いんだからまた赤ちゃん出来るわよ」
と言いお見舞いを渡された。
百合子が好きなブランドのクッキー缶。
覚えてくれてたんだ陽子。
「ありがとう」と力なく言うとお見舞いを受け取った。
陽子を居間に案内すると、部屋の内装を見ながら「素敵なお家ね」と言った。
何て事は無い、普通の建売住宅。
ローンで去年建てた家だった。
「いいわねー。一戸建てでしょ?うちなんか賃貸よ」
陽子はまだ独身であるようだ。
百合子は陽子が羨ましかった。
友達も多く異性に好かれていつも話題の中心にいた。
「百合子。負けちゃダメよ。」
陽子がぽつりと言う。
「百合子の辛さは、経験した事がない私には分かってあげられないかも知れないけど、同じ女だから分かる事もあるだろうから何でも相談して。」
百合子はうなずく。
「旦那さんはなんて言ってるの?」
百合子は旦那の話をした。
「え!?そうなの?
旦那さんも酷いよね。『お前が無事ならそれでいい』くらい言えないのかな。」
陽子は優しい。
「あのさ‥」
陽子が突然話を切り出す。
「百合子に提案があるんだけど、聞いてくれる?」
意味ありげに笑う陽子。
「何?‥陽子。」
なんだろうか‥。
「犬飼ったらどうかしら?」
「犬?」
陽子の唐突な申し出に百合子はキョトンとした。
「そう。」
「なんで?」
「ペットを飼えば赤ちゃんを失った喪失感が埋まると思うの」
陽子はさも名案とでもいう感じで言った。
陽子は勘違いをしている。
喪失感などない。
何も喪失してないのだから。
けれど不思議な事に流産と共に消えたはずの嫌悪感がまだ体に残っている。
「このままじゃ百合子、ダメになっちゃう。犬を飼えば気分転換にもなるし、赤ちゃんの代わりにはならないかも知れないけど、元気になるきっかにはなるんじゃないかなと思って」
何を言っているの。
逆よ。逆。
私、ホッとしてるの。
妊娠の重みから解放されてホッとしてるの。
だから要らない。
それに動物、嫌いだもの。
無理。
私に世話なんて出来っこない。
第一、夫がなんて言うか‥。
そう考える百合子をよそに話を続ける陽子。
「私、保護犬を飼ってる人を知ってるの。譲ってもらえそうだから百合子、飼ってみない?
私が全費用を出すし、旦那さには私からお願いするから、ね?」
さすが友達、百合子の扱いに慣れている。
外堀が埋められて行く。
何度も断ろうとしたが、
陽子の押しの強さに負けて、と言うか百合子が押しに弱いだけなのか、結局その保護犬を飼う事になった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

木蓮荘

立夏 よう
ライト文芸
明治後期、貧しい家の娘の「いと」は資産家の野崎家へ奉公に行き、同じ年頃の娘「綾」を知るようになる… 「いと」と「綾」。 育ちも環境も違う2人の織りなす物語。

沫雪の言葉。

雪月海桜
ライト文芸
冬の捨て子が家族と幸せを見付ける話。

ベアりんぐ文章精製群

ベアりんぐ
ライト文芸
 生きる間に何が残せる?来るべき未来に何が見える?過ぎ去った時間の狭間にどう一瞥する? そう考えていると、ある書庫のような、脳のようなものと出会う。 ーベアりんぐ文章群ー 手に取り、少なく表現し難い文章を読む。解釈も情景も思惑も、全て違っていい。  ただ、今を生きる人への思考誘導剤となれば、それでいい。  : 開かれた、純粋を求めし青年の手記        @ 短編やショートショートよりも、恐らくさらに短い文章を集めた物です。以前上げた作品や、これからの作品も上がります。 少しでも純粋に、楽しめるよう書いた作品群を、是非純粋さを求めて読んで下さい!

秘密部 〜人々のひみつ〜

ベアりんぐ
ライト文芸
ただひたすらに過ぎてゆく日常の中で、ある出会いが、ある言葉が、いままで見てきた世界を、変えることがある。ある日一つのミスから生まれた出会いから、変な部活動に入ることになり?………ただ漠然と生きていた高校生、相葉真也の「普通」の日常が変わっていく!!非日常系日常物語、開幕です。 01

猫が作る魚料理

楓洋輔
ライト文芸
猫人間のモモ子は魚料理が大得意。ほっこりした日常を描くレシピ小説です。 香織(32歳)はモモ子と一軒家で同居している。モモ子は、二足歩行で言葉を喋る、人間と同じくらいの大きさの猫だ。猫だけに、いつもぐうたらと怠けているモモ子だが、魚が好きで、魚料理が大得意。魚料理は下ごしらえなどが面倒なので、怠け者のモモ子は手間のかからない、お手軽だけど絶品な魚料理のレシピを次々と披露する。そのレシピは、普段料理をしない人でも簡単にできてしまうようなものばかり。同じく同居人の誠也(22歳)と共に、仕事や恋に悩みながらも、香織はモモ子の魚料理を堪能していく。

『ハートレイト』

segakiyui
ライト文芸
急変した患者を救った北野由紀子は、その岩見に通帳泥棒扱いをされる。急変した時に私物に手をつけなかったかと疑われたので。憤慨する由紀子はそれでも職務を忠実に守ろうとするが……。

独り日和 ―春夏秋冬―

八雲翔
ライト文芸
主人公は櫻野冬という老女。 彼を取り巻く人と犬と猫の日常を書いたストーリーです。 仕事を探す四十代女性。 子供を一人で育てている未亡人。 元ヤクザ。 冬とひょんなことでの出会いから、 繋がる物語です。 春夏秋冬。 数ヶ月の出会いが一生の家族になる。 そんな冬と彼女を取り巻く人たちを見守ってください。 *この物語はフィクションです。 実在の人物や団体、地名などとは一切関係ありません。 八雲翔

処理中です...