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とある廃墟ビルディングにて 〜天国と地獄編〜
第十話
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「正直レイカくんには少しがっかりした。彼女はこらえ性が無いというか残念ながら君と比べるば能力が低い」老人は冷めた口調で言った。
「そんなことないよ!レイカは私よりも優しいだけ。でもそれでも、レイカはちゃんと元の世界に帰れたんだよね?」ヨウコは怪訝な表情で老人に尋ねた。
「ああ、地上の・・・つまり東京の街といういみだよね?ちゃんと帰ったさ、確認したいのかな?」老人は穏やかに応える。
「出来るの?」ヨウコは期待を込めて訪ねる。
「ああ出来るさ」老人は自信満々に答えた。
「どうやって?」ヨウコは好奇心いっぱいの眼差しで老人を見つめる。
「フフフ…君は友達思いだからどうしても気になるようだね・・・・それでは証拠を見せてあげよう」 といって老人は杖を軽く振り上げると壁に向かってブンッと振り下げた。すると壁一面に大きな楕円形の24Kはある恐るべき鮮明な画像を浮かび上がらせた。
「なるほど。何だってその杖で出来るってわけね」ヨウコは感心しつつ、老人の能力に驚きの表情を浮かべる。
「ああそうだ。万物の創造および再構成すらも可能な杖だからね。千里眼のようにどんな映像もいかなる角度からも切り取ることなど造作もないことだ」 老人は自慢げに説明する。
映像は暗がりの屋内を写していた。一人の人影が歩いているのがレイカの姿だった。廃墟ビルの中は砂埃が舞っており、光が入りにくい状況のようだ。階段を下りてきたレイカは咳き込みながら、玄関口へ向かって歩いていく。
外に出たレイカの辺りは廃墟のビル群に囲まれていた。彼女は夢でも見ているかのように立ちすくんでいる。人影も気配もない、まるで人跡離れた荒廃した世界のようだった。
自分が抜け出てきた怪老人の廃墟ビルが、周囲の夥しいほどに破壊され尽くされた一帯の中で、ほとんど唯一残っているかのように立ち並ぶ。その他のビル群は半壊もしくは完全に倒壊し、黒く煤けた残骸のコンクリートブロックの塊となって、ススと砂煙によっていぶされたかのような不気味な佇まいを帯びている。まるで何代も前に打ち捨てられた墓地に立ち並ぶ傾く墓石のようにも見えた。
レイカはもう一度振り返って自分が出てきた廃墟ビルディングを仰ぎみると、元あった単に劣化した外壁の姿ではなく、なにかとてつもない強烈な熱線で焼かれた後に汚い砂をぶちまけられたような黒く煤けた壁面がされられていた。
レイカは言葉もなくその場にへたり込んだ。彼女を取り巻く空には風に吹かれながらまとわりつくように砂埃のような微粒子がそこはかなく舞っていた。彼女は口を手で押さえながら咳き込んでいたが、それが治まると天を仰いだ。
真上には冷たく無情な白銀の雲が覆い、遠くの空には押し寄せ、せめぎ合うように行き場をなくした黒い雲が、周囲一帯を取り囲むように果てしなく広がっていた。遠くから低く唸るような雷鳴の轟きが聞こえ、その遠くの黒い雲から、まるでベールのように地上へと降り注ぐ、ドス黒い雨が見える。
その雨は通常のやわらかな雨とは違い、まるで不遇の死を遂げた者たちの無念の想いが固まったかのような、禍々しい様相を呈している。局所的に各地に降り注ぐその雨は、まるで滝のように激しく降り続けている。
荒廃した街並みを見渡すレイカの視線の先には、半壊し黒煙を上げる建造物が無数に点在する。かつての賑わいを完全に失った、死の匂いが立ち込める地獄の光景が広がっている。
絶望的な状況に呑まれそうになるレイカだが、必死に前を見据え、次なる行動を考えようと、天を仰いでいる。この荒廃の世界から、何か希望の光を見出すことはできるのだろうか。
「これって村山台?なんで?・・・まるでウクライナとかで起きてる戦争でやられたみたいな」ヨウコは驚いたままに大きな声を挙げた。
「ああ、まったく君のいうとおりだ。これは戦火に焼かれた東京の姿だよ」老人は冷静に説明する。
「なに言ってるの?」ヨウコは混乱した表情を浮かべる。
「しかも起きてはいけないはずの戦略核攻撃された後の灰とかした日本の姿だよフフフフッ」老人は嘲笑うように言う。
「なんで?ここに居た短時間でなんで戦争が!?・・・日本が攻撃されたってこと?」ヨウコは不安げに尋ねる。
「いや違うよ。君たちがやって来た日本ではない。レイカくんがいるのはまた別に分岐した東京の姿だ。ヨーロッパでの戦火が飛び火して結果甚大な核戦争に発展したのんだ。最初に核ミサイルを発射したのが結局どちらか誰かはわからない。敵対していた核保有国の各陣営は、互いの国がお互いに責任のなすり合い罵り合いを続けていて相手が先に核攻撃したと言い続けている。順番はともかくロシアはアメリカに、アメリカからもロシアに対して核ミサイルが数えきれないほど打ち交った。そして西側とされた日本にもロシアから核攻撃をされた。もれなく中国からも北朝鮮からも発射されたが、あまりに甚大な被害のせいでどれが実際に着弾したのかもはやよくわかっていないようだ。極東に限らず、核を保有していたほとんどの国家がすべからく懲罰的に敵対していた国にももれなく核攻撃した。世界の陸地の7割が核で焼かれた。愚かなように見えるが、これも自然界でよくあるチェーン・リアクションだ。限られた世界のリーダーたちは核シェルターに隠れて無事に逃げおおせたが、日本においては99%の一般の民間人は避難する余裕も場所もなかった。核の炎で焼かれずに生き延びた者も、おびただしい量の核の灰を吸ってしまっている。この二週間で誰もが臨界的な被曝をしているだろう。かれらの
「なんでレイカがこんなところにいるの!?元いた世界に帰るって言ったじゃない!」ヨウコは憤りを隠せない表情で老人に詰め寄る。
「ああ言ったさ。日本にちゃんと帰っただろ。ただし別の次元のつまり異世界の日本だよ。つまり彼女は異世界転生したわけだ。フハハハハッ」老人は嘲笑うように笑う。
「ふざけないで!!」ヨウコは怒りを爆発させる。
「ふざけてなんていないさ。私は確かにさっき言ったはずだよ。『レイカくんは地獄の待つ世界に返ってもらう』と。私は約束を守る男だ」老人は冷酷な表情で言い放つ。
「騙したのね!」ヨウコは老人の裏切りに気づき、激しい怒りを露わにする。
老人は満足げに笑みを浮かべ、ゆっくりと自慢の杖を掲げて見せた。
「騙してなんていないさ。彼女自身がどうしてもここには居たくないと駄々をこねて、君を残して帰っていった。地獄のような世界のほうがマシだと言った帰っていったんだ。言動一致という訳さ。彼女の行った世界は、核攻撃されてから二週間後の東京だ。放射能汚染されてはいるが彼女の若さならこれから多少被曝したとしてもそう簡単には死なないよ。それに口でいうよりも、レイカくんには実際の地獄と言うものがどういうものかを体験してもらうほうが良いと思ってね」老人は冷静に説明する。
「あんたって、本当に頭がイカれてんだね」ヨウコは老人の非道さに憤りを露わにする。
「ヨウコくん、そんな汚い言葉を年上の人間に対して言ってはいけないねぇ。それにそもそも君がレイカくんの為に怒る必要もなかろう。レイカくんは君のことを犠牲にして独りで逃げていったに等しい。私は正直者が損をするようなことを許せないタチでねぇ。彼女はそれ相応の応報を受けとってもらおうと思ったのだよ。それに言葉で説明するよりも、一目瞭然に君が私の力を知ることが出来る。多世界を股にかけ支配するこの杖の力に。それを見れしまえば君がもっと興味を持つはずだと思ったのだよ。君は知的好奇心のかたまりだからねぇ」老人は自信満々に語る。
「好奇心とかの問題じゃないし、これってひどすぎるよ・・・レイカが核戦争後の世界にいるなんて」ヨウコは憂慮の表情を浮かべる。
「核戦争後の世界というのは少し刺激が強すぎたかもね。しかしわかっただろう?この杖の力を使えば、あらゆる潜在的な可能性のある経過を経た後のいわゆる並行世界に行くことが出来るのだよ。あくまで確率として担保される世界に限られるのだがね」老人は説明を続ける。
「どういう意味?」ヨウコは疑問を隠せない。
「君は量子力学の二重スリット実験を知っているかな?」老人は問いかける。
「量子力学?高校物理はニュートン力学ぐらいまでで知らないけど、シュレディンガーの猫の話だったら知ってる」ヨウコは物理の知識の範囲を明かす。
「シュレディンガーの猫は有名だね。確かにスリット実験にも少し関係している話だ。量子力学のパラドックスについて問題提起した思考実験だからね」老人は説明を続ける。
「難しい話よりレイカを戻しやって!」ヨウコは焦りを隠せない。
「そう慌てなさんな。今からする話を聞けば人間の生活圏の常識が通じない世界が存在していることが分かるだろう。そしてなりよりも君たちの大好きな、オカルトに関係のある話だ。そしてまして聡明なヨウコくんならば、多世界解釈の概念も理解してくれるだろう」老人は自信を持って語る。
「多世界解釈?」
「多世界解釈とは、量子力学の概念だ。全ての可能性のある未来が実際に起こるという考え方だ。つまりある選択をした時、その選択肢以外の可能性も別の並行世界として存在し続けるというものだ」
ヨウコは、この非日常的な状況に呆然とするが、レイカを助け出すため、老人の話に付き合うしかない。
「もしかして・・・あんた昔どっかで教授とかやってたの?」ヨウコは老人の知識の深さに疑問を抱く。
「いや・・・私はずっとこのビル専属のオーナーだったさ」老人は否定する。
「それはわかってるけど科学とかやたら詳しいし、他にも何かやってたんでしょ?」ヨウコは納得できない様子だ。
「私の昔話など聞いてもあくびが出るだけだよ。まぁいまからする説明はすこし長い話になるが、ひとつ聞いてみなさい」老人は話を切り替える。
「わかった」ヨウコは聞く構えを見せる。
「それじゃ、わかりやすく喩え話で説明しよう。一つの大きな港があって、その港には岸壁から近くに一つ目の防波堤、遠くに二つ目と、二重の防波堤が設置されている。海は波が立たず水面は凪状態だ。その様子を想像してみて欲しい」老人は説明を始める。
「うん」
「二つの防波堤のうち、近くにある方には小さな船が出入り出来るような隙間が二つあり、それはほどよく間隔をあけて作られている。これは二重スリット実験での二つあいたスリットにあたる部分だ。遠くにある外側の防波堤は港全体をコの字型に取り囲んでいて穴は開いていないただの壁だ。イメージはできたかな?」老人は丁寧に説明する。
「なんとなく」ヨウコはおぼろげながらも理解を示す。
「よろしい。ではその港の岸壁の中央に立っていて、なにか非常に大きな重い物体を投げ込んで港に一つの大きな波紋を立てるとしよう。するとその半円の波はまず近くの堤防に当たるだろう。そしてそれに開いた二つの狭い隙間から奥の遠くの防波堤に向かって新たな二つの波が現れる。これは波の回折という現象だ。回折現象によって出来た新たなその二つの波は、奥の防波堤に向かって進んでいく。二つの波はぶつかり合い水面に複雑な波紋を作るだろう。これは波の干渉とよばれる現象だ。干渉した際にぶつかり合った高い波同士は強め合い、高い波と低い波が当たるところは、打ち消し合って凪のような波のない状態になる。ここまではわかるかな?」老人は丁寧に説明を続ける。
「まぁなんとなく」ヨウコは理解が追いつかない様子だ。
「波はいつか収まっていき凪に戻っていくものだが、この場合波の減衰はなく、その波の振幅が衰えることなく続くと考えて欲しい。最終的に遠くにある防波堤の壁に二つの干渉した波がぶつかることになる。そこにはより強め合った波が当たる場所と、打ち消しあった波のない場所とのコントラストができるよね?」老人は説明を続ける。
「うん」ヨウコは頷く。
「ここまでは現実世界で当たり前に起こり得る、何も不思議のない現象だよね?しかしここからちょっと話が変わってくる。量子を一つの小さな小舟としてみよう。量子と言っても実験で使われるのは電子だがね。小舟=電子として考えてくれたまえ。港の岸壁から小舟が発進される。AIが搭載されていて近くの防波堤の二つの隙間のどちらかを通り抜けて、遠くの堤防へと向かって行く。そして最終的に遠くの防波堤の壁にぶつかったら、その場所に留まるようにプログラムされている。この時君は、観測者として岸壁に立って港の様子を見ている」
「・・・それで?」ヨウコは疑問を隠せない。
「それでは次に、君は海に背を向けている状態で岸壁に立っていて、君の目には港の様子が見えない状態で小舟を繰り出す実験をすることにする」老人は話を進める。
「うん」ヨウコは頷く。
「小舟はどうなっていると思う?」老人は問いかける。
「壁にあたって何処かに止まっていると思う」ヨウコは予想を述べる。
「その意味は、どの場所かはわからないけどどっかには当たって止まっているということだよね?」老人は再確認する。
「うん普通そうでしょ?」ヨウコは当然のように返答する。
「しかし君が振り返っても、何処に実際にあたっているかわからないんだ。どちらの隙間を通ったかもわからないのは当然だが、奥側の防波堤の何処の壁に当たったかも確実に言えない状況であることに気づく。その意味を視覚的なイメージで説明すると、船は一隻だけでなく、何重にも連なっていて、それは実態のない幻のようなホログラムのような感じだ。濃いものと薄いものとほぼ透明で見えない像とを、右から左にグラデーションしていて規則正しく繰り返している。君はその小舟の残像のパターンが、先ほど大きな物を投げ入れて水面に作った波が干渉しあって奥の堤防に作った干渉縞と同じであることに気づく」老人は丁寧に説明を続ける。
「え?どういう意味?」ヨウコは理解できない様子だ。
「つまり、君が見ていない時は、小舟は確かに目的である遠くの防波堤に到達しているが、何処に当たったかは場所は特定できないという意味だ。壁に残った小舟の残像群の濃淡はそこに小舟があるべき存在確率の高低を意味している。つまり右端の方のここに当たったかもしれないし、反対側のこの濃い部分に当たったかもしれないという意味だ」
「ちょっと半分まだ言っている意味がわかんないけど、そんなこと現実にありえないよね?」ヨウコは困惑する。
「そのとおりだ。しかも壁に出来た干渉パターンが意味することは、小舟は手前の防波堤に開いている二つの隙間のどちらか一方を出たのではなく、両方から出て行ったことを意味している。でなくては干渉は起こらないからね」
「一隻の小舟が二箇所から同時に?・・・・え?・・・」ヨウコは言葉を失う。
「まぁ意味がわからなくて当然だよ。あえて小舟に例えた話をしたが、実際には一個の電子を二つのスリット穴のあいた壁に向かって撃ちだす実験で起きる現象だ。総じると、君が観測していない場合は電子の振る舞いは確率の波でしか捉えられないがが、観測していれば確実にどちら一方のスリットをぬけて何処に当たったかを弾丸のように点で確定できるという事になる。観測するかしないかで振る舞いが変わるんだ。そして量子は粒と波の性質を両方同時に持っているとも言える」
「それじゃまるで幽霊みたいな・・・」ヨウコは不思議そうに呟く。
「ああ確かに君だけでなくこの現象についてそう形容する人もいるよ。ただ幽霊話ではなく、これは1961年に実際に科学実験が行われた現実の話だよ。よくミクロとマクロを同じ土俵で考えてはいけないと物理の世界で云われるものだが、私もつい想像してしまうのだよ。幽霊のようにあそこにいたかと思えばあすこにもいる。すべてがうつろいながら存在しているしていないのか・・・奇妙な世界だよねぇ。本来現実の世界での今という時を切り取った時、そこには一つの可能性しか存在できないものだが、量子力学で語られる世界観というのは、一つのオブジェクトがあればそれが幾重にもさざ波を打ちながら複数同時に共存する世界だ」
老人は深い溜息をつく。
「つまり、私たちが普段感じている現実というのは、実はごく限られたほんの一部の可能性にすぎず、観測者として私たちが関与しない部分では、無数の可能性が並行して存在し続けているということだ。ミクロの世界ではそうした不可思議な現象が観察されるのだが、我々が日常的に感じる世界では、そうした重ね合わさった可能性は平均化され、一つの確かな現実としてしか現れてこない」
ヨウコは言葉を失い、しばらく考え込む。
「難しいんだけど、つまりそれがさっき言ってた多世界解釈っていうこと?」
「そのとおり多世界解釈は物理学会でも提唱されたちゃんとした概念だ。しかし残念ながら科学として仮説以上の評価はされていない。それに本気で世界は幾つもの可能性を保持しながら同時に存在しているなんて言える場所があるなら、それは異世界転生物語フリークの掲示板スレットか、精神的閉鎖病棟の中くらいだろうねぇ・・・フフフフ」老人は軽口を叩く。
「確かに異世界沼にハマってコジらせてそんなこと言う奴もいるかもだけど、あんたもすでに十分それに近いこと言ってる気がする・・・・」ヨウコは皮肉まじりに返す。
「ヨウコくんは手厳しいねぇ。しかし実際にいま君が見ている通り、この世界はその多世界解釈に近い概念で構築されていると考えてよい。または本来は見ることが出来ない多世界をこの杖の力で見せているとも言える。またもっと言えば、別にこの杖がなくとも、君が見ている私が創造した世界を信じるのならば、それだけで確率の波を高めていることと同意だ。つまり見えなくとも、認識できなくとも、現実に存在している世界と変わりなく存在しているということになる」老人は説明を続ける。
「はぁ!?」ヨウコは呆れた表情を浮かべる。
「実際には存在はしていない。しかし多世界解釈の世界に存在しているのだ。そしてその可能性の世界への扉を開ことを可能にするのがこの杖なのだよ」老人は語気を強める。
「・・・・」ヨウコは言葉を失っている。
「レイカくんが堕ちていった世界は、つまりその多世界解釈のうちの一つの並行世界だ。ロシアがウクライナに軍事進行して以来、世界中の大勢の人たちが核戦争の危機を現実のものとして危惧していただろう?つまりそういうことさ」
「そ、そんなバカな話・・・・あるわけ」ヨウコは戸惑いを隠せない。
「まぁ実際に実験を見て説明されたとしても、すぐには理解がついてこないのは当たり前だよ。あのアルベルト・アインシュタインでさえも、そんな世界在り得ない、とずっと否定していたからねぇ。普通に若い女性にこんな話をしても皆ちんぷんかんぷんだとしても当然だよ」
老人は少し苦笑しながら言葉を続ける。
「その力でレイカをあんな目に合わせたということは・・・もしかしてあんたは他にも少女たちを・・・」そういうヨウコの表情に少し歪みが生じていた。
「そんな・・・せっかくの君の美しい顔がだいなしだよ。しかしさすがの君はこの人知を越えた神の如き力の効力をもう理解できてきたようだねぇ。私の目に狂いはなかったようだムフフフ」老人は得意げな表情を浮かべる。
ヨウコは老人の言葉に怒りを感じ始める。しかし、レイカを救う手がかりが見えないまま、会話を続けるしかない。
「じゃあ、レイカを助ける方法はあるの?」ヨウコは必死に聞き出そうとする。
「ああ、もちろんある。この杖の力を使えば、君もレイカくんのいる並行世界へ行くことができるだろう」老人は得意げに答える。
「それじゃあ早く教えてよ!」ヨウコは焦燥感を隠せない。
「しかし、そこにはいくつかの条件がある」老人は言葉を濁す。
「条件?何よ条件!レイカを助けるなら何でも受け入れるわ!」ヨウコは老人の態度に不安を感じる。
「ふふふ、その意気だ。では、それについてお話ししよう」老人は狡猾な笑みを浮かべる。
つづく
「そんなことないよ!レイカは私よりも優しいだけ。でもそれでも、レイカはちゃんと元の世界に帰れたんだよね?」ヨウコは怪訝な表情で老人に尋ねた。
「ああ、地上の・・・つまり東京の街といういみだよね?ちゃんと帰ったさ、確認したいのかな?」老人は穏やかに応える。
「出来るの?」ヨウコは期待を込めて訪ねる。
「ああ出来るさ」老人は自信満々に答えた。
「どうやって?」ヨウコは好奇心いっぱいの眼差しで老人を見つめる。
「フフフ…君は友達思いだからどうしても気になるようだね・・・・それでは証拠を見せてあげよう」 といって老人は杖を軽く振り上げると壁に向かってブンッと振り下げた。すると壁一面に大きな楕円形の24Kはある恐るべき鮮明な画像を浮かび上がらせた。
「なるほど。何だってその杖で出来るってわけね」ヨウコは感心しつつ、老人の能力に驚きの表情を浮かべる。
「ああそうだ。万物の創造および再構成すらも可能な杖だからね。千里眼のようにどんな映像もいかなる角度からも切り取ることなど造作もないことだ」 老人は自慢げに説明する。
映像は暗がりの屋内を写していた。一人の人影が歩いているのがレイカの姿だった。廃墟ビルの中は砂埃が舞っており、光が入りにくい状況のようだ。階段を下りてきたレイカは咳き込みながら、玄関口へ向かって歩いていく。
外に出たレイカの辺りは廃墟のビル群に囲まれていた。彼女は夢でも見ているかのように立ちすくんでいる。人影も気配もない、まるで人跡離れた荒廃した世界のようだった。
自分が抜け出てきた怪老人の廃墟ビルが、周囲の夥しいほどに破壊され尽くされた一帯の中で、ほとんど唯一残っているかのように立ち並ぶ。その他のビル群は半壊もしくは完全に倒壊し、黒く煤けた残骸のコンクリートブロックの塊となって、ススと砂煙によっていぶされたかのような不気味な佇まいを帯びている。まるで何代も前に打ち捨てられた墓地に立ち並ぶ傾く墓石のようにも見えた。
レイカはもう一度振り返って自分が出てきた廃墟ビルディングを仰ぎみると、元あった単に劣化した外壁の姿ではなく、なにかとてつもない強烈な熱線で焼かれた後に汚い砂をぶちまけられたような黒く煤けた壁面がされられていた。
レイカは言葉もなくその場にへたり込んだ。彼女を取り巻く空には風に吹かれながらまとわりつくように砂埃のような微粒子がそこはかなく舞っていた。彼女は口を手で押さえながら咳き込んでいたが、それが治まると天を仰いだ。
真上には冷たく無情な白銀の雲が覆い、遠くの空には押し寄せ、せめぎ合うように行き場をなくした黒い雲が、周囲一帯を取り囲むように果てしなく広がっていた。遠くから低く唸るような雷鳴の轟きが聞こえ、その遠くの黒い雲から、まるでベールのように地上へと降り注ぐ、ドス黒い雨が見える。
その雨は通常のやわらかな雨とは違い、まるで不遇の死を遂げた者たちの無念の想いが固まったかのような、禍々しい様相を呈している。局所的に各地に降り注ぐその雨は、まるで滝のように激しく降り続けている。
荒廃した街並みを見渡すレイカの視線の先には、半壊し黒煙を上げる建造物が無数に点在する。かつての賑わいを完全に失った、死の匂いが立ち込める地獄の光景が広がっている。
絶望的な状況に呑まれそうになるレイカだが、必死に前を見据え、次なる行動を考えようと、天を仰いでいる。この荒廃の世界から、何か希望の光を見出すことはできるのだろうか。
「これって村山台?なんで?・・・まるでウクライナとかで起きてる戦争でやられたみたいな」ヨウコは驚いたままに大きな声を挙げた。
「ああ、まったく君のいうとおりだ。これは戦火に焼かれた東京の姿だよ」老人は冷静に説明する。
「なに言ってるの?」ヨウコは混乱した表情を浮かべる。
「しかも起きてはいけないはずの戦略核攻撃された後の灰とかした日本の姿だよフフフフッ」老人は嘲笑うように言う。
「なんで?ここに居た短時間でなんで戦争が!?・・・日本が攻撃されたってこと?」ヨウコは不安げに尋ねる。
「いや違うよ。君たちがやって来た日本ではない。レイカくんがいるのはまた別に分岐した東京の姿だ。ヨーロッパでの戦火が飛び火して結果甚大な核戦争に発展したのんだ。最初に核ミサイルを発射したのが結局どちらか誰かはわからない。敵対していた核保有国の各陣営は、互いの国がお互いに責任のなすり合い罵り合いを続けていて相手が先に核攻撃したと言い続けている。順番はともかくロシアはアメリカに、アメリカからもロシアに対して核ミサイルが数えきれないほど打ち交った。そして西側とされた日本にもロシアから核攻撃をされた。もれなく中国からも北朝鮮からも発射されたが、あまりに甚大な被害のせいでどれが実際に着弾したのかもはやよくわかっていないようだ。極東に限らず、核を保有していたほとんどの国家がすべからく懲罰的に敵対していた国にももれなく核攻撃した。世界の陸地の7割が核で焼かれた。愚かなように見えるが、これも自然界でよくあるチェーン・リアクションだ。限られた世界のリーダーたちは核シェルターに隠れて無事に逃げおおせたが、日本においては99%の一般の民間人は避難する余裕も場所もなかった。核の炎で焼かれずに生き延びた者も、おびただしい量の核の灰を吸ってしまっている。この二週間で誰もが臨界的な被曝をしているだろう。かれらの
「なんでレイカがこんなところにいるの!?元いた世界に帰るって言ったじゃない!」ヨウコは憤りを隠せない表情で老人に詰め寄る。
「ああ言ったさ。日本にちゃんと帰っただろ。ただし別の次元のつまり異世界の日本だよ。つまり彼女は異世界転生したわけだ。フハハハハッ」老人は嘲笑うように笑う。
「ふざけないで!!」ヨウコは怒りを爆発させる。
「ふざけてなんていないさ。私は確かにさっき言ったはずだよ。『レイカくんは地獄の待つ世界に返ってもらう』と。私は約束を守る男だ」老人は冷酷な表情で言い放つ。
「騙したのね!」ヨウコは老人の裏切りに気づき、激しい怒りを露わにする。
老人は満足げに笑みを浮かべ、ゆっくりと自慢の杖を掲げて見せた。
「騙してなんていないさ。彼女自身がどうしてもここには居たくないと駄々をこねて、君を残して帰っていった。地獄のような世界のほうがマシだと言った帰っていったんだ。言動一致という訳さ。彼女の行った世界は、核攻撃されてから二週間後の東京だ。放射能汚染されてはいるが彼女の若さならこれから多少被曝したとしてもそう簡単には死なないよ。それに口でいうよりも、レイカくんには実際の地獄と言うものがどういうものかを体験してもらうほうが良いと思ってね」老人は冷静に説明する。
「あんたって、本当に頭がイカれてんだね」ヨウコは老人の非道さに憤りを露わにする。
「ヨウコくん、そんな汚い言葉を年上の人間に対して言ってはいけないねぇ。それにそもそも君がレイカくんの為に怒る必要もなかろう。レイカくんは君のことを犠牲にして独りで逃げていったに等しい。私は正直者が損をするようなことを許せないタチでねぇ。彼女はそれ相応の応報を受けとってもらおうと思ったのだよ。それに言葉で説明するよりも、一目瞭然に君が私の力を知ることが出来る。多世界を股にかけ支配するこの杖の力に。それを見れしまえば君がもっと興味を持つはずだと思ったのだよ。君は知的好奇心のかたまりだからねぇ」老人は自信満々に語る。
「好奇心とかの問題じゃないし、これってひどすぎるよ・・・レイカが核戦争後の世界にいるなんて」ヨウコは憂慮の表情を浮かべる。
「核戦争後の世界というのは少し刺激が強すぎたかもね。しかしわかっただろう?この杖の力を使えば、あらゆる潜在的な可能性のある経過を経た後のいわゆる並行世界に行くことが出来るのだよ。あくまで確率として担保される世界に限られるのだがね」老人は説明を続ける。
「どういう意味?」ヨウコは疑問を隠せない。
「君は量子力学の二重スリット実験を知っているかな?」老人は問いかける。
「量子力学?高校物理はニュートン力学ぐらいまでで知らないけど、シュレディンガーの猫の話だったら知ってる」ヨウコは物理の知識の範囲を明かす。
「シュレディンガーの猫は有名だね。確かにスリット実験にも少し関係している話だ。量子力学のパラドックスについて問題提起した思考実験だからね」老人は説明を続ける。
「難しい話よりレイカを戻しやって!」ヨウコは焦りを隠せない。
「そう慌てなさんな。今からする話を聞けば人間の生活圏の常識が通じない世界が存在していることが分かるだろう。そしてなりよりも君たちの大好きな、オカルトに関係のある話だ。そしてまして聡明なヨウコくんならば、多世界解釈の概念も理解してくれるだろう」老人は自信を持って語る。
「多世界解釈?」
「多世界解釈とは、量子力学の概念だ。全ての可能性のある未来が実際に起こるという考え方だ。つまりある選択をした時、その選択肢以外の可能性も別の並行世界として存在し続けるというものだ」
ヨウコは、この非日常的な状況に呆然とするが、レイカを助け出すため、老人の話に付き合うしかない。
「もしかして・・・あんた昔どっかで教授とかやってたの?」ヨウコは老人の知識の深さに疑問を抱く。
「いや・・・私はずっとこのビル専属のオーナーだったさ」老人は否定する。
「それはわかってるけど科学とかやたら詳しいし、他にも何かやってたんでしょ?」ヨウコは納得できない様子だ。
「私の昔話など聞いてもあくびが出るだけだよ。まぁいまからする説明はすこし長い話になるが、ひとつ聞いてみなさい」老人は話を切り替える。
「わかった」ヨウコは聞く構えを見せる。
「それじゃ、わかりやすく喩え話で説明しよう。一つの大きな港があって、その港には岸壁から近くに一つ目の防波堤、遠くに二つ目と、二重の防波堤が設置されている。海は波が立たず水面は凪状態だ。その様子を想像してみて欲しい」老人は説明を始める。
「うん」
「二つの防波堤のうち、近くにある方には小さな船が出入り出来るような隙間が二つあり、それはほどよく間隔をあけて作られている。これは二重スリット実験での二つあいたスリットにあたる部分だ。遠くにある外側の防波堤は港全体をコの字型に取り囲んでいて穴は開いていないただの壁だ。イメージはできたかな?」老人は丁寧に説明する。
「なんとなく」ヨウコはおぼろげながらも理解を示す。
「よろしい。ではその港の岸壁の中央に立っていて、なにか非常に大きな重い物体を投げ込んで港に一つの大きな波紋を立てるとしよう。するとその半円の波はまず近くの堤防に当たるだろう。そしてそれに開いた二つの狭い隙間から奥の遠くの防波堤に向かって新たな二つの波が現れる。これは波の回折という現象だ。回折現象によって出来た新たなその二つの波は、奥の防波堤に向かって進んでいく。二つの波はぶつかり合い水面に複雑な波紋を作るだろう。これは波の干渉とよばれる現象だ。干渉した際にぶつかり合った高い波同士は強め合い、高い波と低い波が当たるところは、打ち消し合って凪のような波のない状態になる。ここまではわかるかな?」老人は丁寧に説明を続ける。
「まぁなんとなく」ヨウコは理解が追いつかない様子だ。
「波はいつか収まっていき凪に戻っていくものだが、この場合波の減衰はなく、その波の振幅が衰えることなく続くと考えて欲しい。最終的に遠くにある防波堤の壁に二つの干渉した波がぶつかることになる。そこにはより強め合った波が当たる場所と、打ち消しあった波のない場所とのコントラストができるよね?」老人は説明を続ける。
「うん」ヨウコは頷く。
「ここまでは現実世界で当たり前に起こり得る、何も不思議のない現象だよね?しかしここからちょっと話が変わってくる。量子を一つの小さな小舟としてみよう。量子と言っても実験で使われるのは電子だがね。小舟=電子として考えてくれたまえ。港の岸壁から小舟が発進される。AIが搭載されていて近くの防波堤の二つの隙間のどちらかを通り抜けて、遠くの堤防へと向かって行く。そして最終的に遠くの防波堤の壁にぶつかったら、その場所に留まるようにプログラムされている。この時君は、観測者として岸壁に立って港の様子を見ている」
「・・・それで?」ヨウコは疑問を隠せない。
「それでは次に、君は海に背を向けている状態で岸壁に立っていて、君の目には港の様子が見えない状態で小舟を繰り出す実験をすることにする」老人は話を進める。
「うん」ヨウコは頷く。
「小舟はどうなっていると思う?」老人は問いかける。
「壁にあたって何処かに止まっていると思う」ヨウコは予想を述べる。
「その意味は、どの場所かはわからないけどどっかには当たって止まっているということだよね?」老人は再確認する。
「うん普通そうでしょ?」ヨウコは当然のように返答する。
「しかし君が振り返っても、何処に実際にあたっているかわからないんだ。どちらの隙間を通ったかもわからないのは当然だが、奥側の防波堤の何処の壁に当たったかも確実に言えない状況であることに気づく。その意味を視覚的なイメージで説明すると、船は一隻だけでなく、何重にも連なっていて、それは実態のない幻のようなホログラムのような感じだ。濃いものと薄いものとほぼ透明で見えない像とを、右から左にグラデーションしていて規則正しく繰り返している。君はその小舟の残像のパターンが、先ほど大きな物を投げ入れて水面に作った波が干渉しあって奥の堤防に作った干渉縞と同じであることに気づく」老人は丁寧に説明を続ける。
「え?どういう意味?」ヨウコは理解できない様子だ。
「つまり、君が見ていない時は、小舟は確かに目的である遠くの防波堤に到達しているが、何処に当たったかは場所は特定できないという意味だ。壁に残った小舟の残像群の濃淡はそこに小舟があるべき存在確率の高低を意味している。つまり右端の方のここに当たったかもしれないし、反対側のこの濃い部分に当たったかもしれないという意味だ」
「ちょっと半分まだ言っている意味がわかんないけど、そんなこと現実にありえないよね?」ヨウコは困惑する。
「そのとおりだ。しかも壁に出来た干渉パターンが意味することは、小舟は手前の防波堤に開いている二つの隙間のどちらか一方を出たのではなく、両方から出て行ったことを意味している。でなくては干渉は起こらないからね」
「一隻の小舟が二箇所から同時に?・・・・え?・・・」ヨウコは言葉を失う。
「まぁ意味がわからなくて当然だよ。あえて小舟に例えた話をしたが、実際には一個の電子を二つのスリット穴のあいた壁に向かって撃ちだす実験で起きる現象だ。総じると、君が観測していない場合は電子の振る舞いは確率の波でしか捉えられないがが、観測していれば確実にどちら一方のスリットをぬけて何処に当たったかを弾丸のように点で確定できるという事になる。観測するかしないかで振る舞いが変わるんだ。そして量子は粒と波の性質を両方同時に持っているとも言える」
「それじゃまるで幽霊みたいな・・・」ヨウコは不思議そうに呟く。
「ああ確かに君だけでなくこの現象についてそう形容する人もいるよ。ただ幽霊話ではなく、これは1961年に実際に科学実験が行われた現実の話だよ。よくミクロとマクロを同じ土俵で考えてはいけないと物理の世界で云われるものだが、私もつい想像してしまうのだよ。幽霊のようにあそこにいたかと思えばあすこにもいる。すべてがうつろいながら存在しているしていないのか・・・奇妙な世界だよねぇ。本来現実の世界での今という時を切り取った時、そこには一つの可能性しか存在できないものだが、量子力学で語られる世界観というのは、一つのオブジェクトがあればそれが幾重にもさざ波を打ちながら複数同時に共存する世界だ」
老人は深い溜息をつく。
「つまり、私たちが普段感じている現実というのは、実はごく限られたほんの一部の可能性にすぎず、観測者として私たちが関与しない部分では、無数の可能性が並行して存在し続けているということだ。ミクロの世界ではそうした不可思議な現象が観察されるのだが、我々が日常的に感じる世界では、そうした重ね合わさった可能性は平均化され、一つの確かな現実としてしか現れてこない」
ヨウコは言葉を失い、しばらく考え込む。
「難しいんだけど、つまりそれがさっき言ってた多世界解釈っていうこと?」
「そのとおり多世界解釈は物理学会でも提唱されたちゃんとした概念だ。しかし残念ながら科学として仮説以上の評価はされていない。それに本気で世界は幾つもの可能性を保持しながら同時に存在しているなんて言える場所があるなら、それは異世界転生物語フリークの掲示板スレットか、精神的閉鎖病棟の中くらいだろうねぇ・・・フフフフ」老人は軽口を叩く。
「確かに異世界沼にハマってコジらせてそんなこと言う奴もいるかもだけど、あんたもすでに十分それに近いこと言ってる気がする・・・・」ヨウコは皮肉まじりに返す。
「ヨウコくんは手厳しいねぇ。しかし実際にいま君が見ている通り、この世界はその多世界解釈に近い概念で構築されていると考えてよい。または本来は見ることが出来ない多世界をこの杖の力で見せているとも言える。またもっと言えば、別にこの杖がなくとも、君が見ている私が創造した世界を信じるのならば、それだけで確率の波を高めていることと同意だ。つまり見えなくとも、認識できなくとも、現実に存在している世界と変わりなく存在しているということになる」老人は説明を続ける。
「はぁ!?」ヨウコは呆れた表情を浮かべる。
「実際には存在はしていない。しかし多世界解釈の世界に存在しているのだ。そしてその可能性の世界への扉を開ことを可能にするのがこの杖なのだよ」老人は語気を強める。
「・・・・」ヨウコは言葉を失っている。
「レイカくんが堕ちていった世界は、つまりその多世界解釈のうちの一つの並行世界だ。ロシアがウクライナに軍事進行して以来、世界中の大勢の人たちが核戦争の危機を現実のものとして危惧していただろう?つまりそういうことさ」
「そ、そんなバカな話・・・・あるわけ」ヨウコは戸惑いを隠せない。
「まぁ実際に実験を見て説明されたとしても、すぐには理解がついてこないのは当たり前だよ。あのアルベルト・アインシュタインでさえも、そんな世界在り得ない、とずっと否定していたからねぇ。普通に若い女性にこんな話をしても皆ちんぷんかんぷんだとしても当然だよ」
老人は少し苦笑しながら言葉を続ける。
「その力でレイカをあんな目に合わせたということは・・・もしかしてあんたは他にも少女たちを・・・」そういうヨウコの表情に少し歪みが生じていた。
「そんな・・・せっかくの君の美しい顔がだいなしだよ。しかしさすがの君はこの人知を越えた神の如き力の効力をもう理解できてきたようだねぇ。私の目に狂いはなかったようだムフフフ」老人は得意げな表情を浮かべる。
ヨウコは老人の言葉に怒りを感じ始める。しかし、レイカを救う手がかりが見えないまま、会話を続けるしかない。
「じゃあ、レイカを助ける方法はあるの?」ヨウコは必死に聞き出そうとする。
「ああ、もちろんある。この杖の力を使えば、君もレイカくんのいる並行世界へ行くことができるだろう」老人は得意げに答える。
「それじゃあ早く教えてよ!」ヨウコは焦燥感を隠せない。
「しかし、そこにはいくつかの条件がある」老人は言葉を濁す。
「条件?何よ条件!レイカを助けるなら何でも受け入れるわ!」ヨウコは老人の態度に不安を感じる。
「ふふふ、その意気だ。では、それについてお話ししよう」老人は狡猾な笑みを浮かべる。
つづく
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