7 / 48
洋館の手記〜前編
しおりを挟む
「ねえ、今から迎えに行ってもいい?」
「え?今?どこに行くの?」
「秘密だよ。すぐいくから着替えておいて」
彼はいつもこうだ。突然、思いつきで誘ってくる。でも彼女はそれが嫌いじゃない。今までも何度か気持ちが躍るようなサプライズがあった。
彼女は急いでシャワーを浴びて、夏に合わせて涼しげなワンピースに着替えた。バッグに財布とスマホを入れて、玄関に向かう。すると外からクラクションの音が聞こえた。
彼女がアパートから外に出ると、もう彼の運転する車が目の前に停まっていた。彼は窓を開けて笑顔で手を振った。
「もう来たの?」
「美咲もしかして寝てた?」
「いや起きてたよ。でもこんな時間にどこに行くのよ?」
「それは乗ってからのお楽しみだよ」
彼は助手席のドアを開けて私を招いた。私は車に乗り込むと、シートベルトを締めた。
「じゃあ、出発しようか」
彼は力強くアクセルを踏むと、ブレーキをあまり踏むこともなく大きな交差点までスムースに進んだ。その信号を右折して国道に出ると、夜の道路は空いていてクルマはスイスイと走った。彼のクルマはダイハツミラという軽乗用車で、彼の父親が仕事用に使っていたものを譲り受けたものだった。
「ねえ、悠くん」
「ん?何?」
「どこに行くの?教えてよ」
「まだ教えないよ」
彼はそう言ってニヤリとした。彼女は不思議に思ったがいつもの事かと黙って彼の運転を見守った。
やがて、クルマは山沿いに入り国道から山道に入った。道はカーブが多くて狭くなり、周りは木々で暗かった。ところどころ落石が点在していてあまり整備がされていない印象だった。彼女は少し怖くなった。
「悠くん、ここ本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ。心配しないで」
悠はそう言ってラジオをつけた。流れてきたのは美咲の好きなバンドの曲だった。
「あ、この曲好き」
その曲のメロディをくちずさむ美咲は、進行方向から現れた案内の看板に目が言った。それはさらに山深い山道に入る分岐点にあった。あちこち凹んだり痛んでいるその看板には『カモシカ温泉』と書かれていた。
悠はその看板の前あたりでクルマを停車させると降車した。
古くて小さくてパワーもない車で、この先の山道を走るのはどうかとすこし不安に思った彼はクルマを一周して足回りを点検してみた。しかし特に異常はなさそうだ。
「この温泉が目的地?」点検している彼に美咲が尋ねた。
「いや違うんだけどさ‥‥でも天然温泉があるならそっちもいってみようか?」
「違うって、どこにいくつもりだったの?」
「まあまあ、とにかく行ってみようよ」
美咲は一瞬「やめた方がいい」と言いかけたが言っても効かないだろうと押し黙った。そして看板の温泉という看板の二文字も気になって本当にあるのかという気持ちもあった。
その後再び発進させたダイハツミラは、その分岐点を右に曲がり小さな林道に入った。
運転する悠は道が狭くてカーブが多くて実は少し緊張していた。それでもその先にあるとされる謎を確かめたい好奇心が勝ってとにかく先を急いだ。
しばらく進みながら「本当にどこに行くの?」と美咲が聞いた。
「実はね‥‥すごいところがあるらしいんだよ」と悠が言った。
「すごいところ?それって一体どんなところ?」
「それはまだ内緒だよ。着いたらわかるから」
「もったいぶるなぁ…」
「うん…でも、ちょっと遠いから時間かかるけど、間違いなくびっくりすると思うよ」
途中に杉木が傾いていたり道は荒れていたが、立ち往生したり走行不能なほどではなく、更に奥へと山道を走り続けた。
どれくらいはしっただろうか、悠は息を止めると唐突にクルマを止めた。
「なに?どうしたの?」と美咲が聞いた。
「あれ、見て。あそこ」と悠が言った。
徐行したクルマは転回しながらハイビームの光は遠くを照らしていた。美咲はその光の照らす先をみた。
そこには森の中にぽつんと建っている大きな建造物があった。それは大正時代の華族を想起すような白い壁に赤い屋根をした大きな建物だった。
その姿は明らかに古くてところどころ朽ち果てていて、どこか不気味が印象を受けた。壁にはひびが入っていたり色が剥げていたりしているし、屋根の瓦は欠けている個所があってそこには苔むしていたりしていた。
窓のガラスは割れてはいないが、そこに見えるカーテンは朽ちているか破れていたりしていた。立派なつくり建造物だがそこには全く灯りはなく人の気配もなかった。長い間放置されている空き家のようだ。
「あれなんだろう?洋館?」と美咲が言った。
「うん!想像以上にすごいね!本当にあると思わなかったよ」と悠が言った。
「ここを探してたの?」
「うん…廃墟マニアの動画で見たんだよ。こんな近くにあるとは知らなかった」
「マジか‥‥また悠の病気が出たんだね」
「うん、でさ、ちょっと中へ行ってみようよ」
「え!?行くの?」
「うん。気になるでしょ?」
「でも、危ないかもしれないよ」
「大丈夫だよ。僕が一緒だから」
悠は美咲を誘って車から降りた。
二人は手をつないで洋館に向かって歩き始めた。近づいていくにつれて、二人はその洋館の不思議な雰囲気に引き込まれていった。現実感が失われていき、時間の感覚もいまではなくまるで過去の時代に入っていくような錯覚にとらわれた。
つづく
「え?今?どこに行くの?」
「秘密だよ。すぐいくから着替えておいて」
彼はいつもこうだ。突然、思いつきで誘ってくる。でも彼女はそれが嫌いじゃない。今までも何度か気持ちが躍るようなサプライズがあった。
彼女は急いでシャワーを浴びて、夏に合わせて涼しげなワンピースに着替えた。バッグに財布とスマホを入れて、玄関に向かう。すると外からクラクションの音が聞こえた。
彼女がアパートから外に出ると、もう彼の運転する車が目の前に停まっていた。彼は窓を開けて笑顔で手を振った。
「もう来たの?」
「美咲もしかして寝てた?」
「いや起きてたよ。でもこんな時間にどこに行くのよ?」
「それは乗ってからのお楽しみだよ」
彼は助手席のドアを開けて私を招いた。私は車に乗り込むと、シートベルトを締めた。
「じゃあ、出発しようか」
彼は力強くアクセルを踏むと、ブレーキをあまり踏むこともなく大きな交差点までスムースに進んだ。その信号を右折して国道に出ると、夜の道路は空いていてクルマはスイスイと走った。彼のクルマはダイハツミラという軽乗用車で、彼の父親が仕事用に使っていたものを譲り受けたものだった。
「ねえ、悠くん」
「ん?何?」
「どこに行くの?教えてよ」
「まだ教えないよ」
彼はそう言ってニヤリとした。彼女は不思議に思ったがいつもの事かと黙って彼の運転を見守った。
やがて、クルマは山沿いに入り国道から山道に入った。道はカーブが多くて狭くなり、周りは木々で暗かった。ところどころ落石が点在していてあまり整備がされていない印象だった。彼女は少し怖くなった。
「悠くん、ここ本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ。心配しないで」
悠はそう言ってラジオをつけた。流れてきたのは美咲の好きなバンドの曲だった。
「あ、この曲好き」
その曲のメロディをくちずさむ美咲は、進行方向から現れた案内の看板に目が言った。それはさらに山深い山道に入る分岐点にあった。あちこち凹んだり痛んでいるその看板には『カモシカ温泉』と書かれていた。
悠はその看板の前あたりでクルマを停車させると降車した。
古くて小さくてパワーもない車で、この先の山道を走るのはどうかとすこし不安に思った彼はクルマを一周して足回りを点検してみた。しかし特に異常はなさそうだ。
「この温泉が目的地?」点検している彼に美咲が尋ねた。
「いや違うんだけどさ‥‥でも天然温泉があるならそっちもいってみようか?」
「違うって、どこにいくつもりだったの?」
「まあまあ、とにかく行ってみようよ」
美咲は一瞬「やめた方がいい」と言いかけたが言っても効かないだろうと押し黙った。そして看板の温泉という看板の二文字も気になって本当にあるのかという気持ちもあった。
その後再び発進させたダイハツミラは、その分岐点を右に曲がり小さな林道に入った。
運転する悠は道が狭くてカーブが多くて実は少し緊張していた。それでもその先にあるとされる謎を確かめたい好奇心が勝ってとにかく先を急いだ。
しばらく進みながら「本当にどこに行くの?」と美咲が聞いた。
「実はね‥‥すごいところがあるらしいんだよ」と悠が言った。
「すごいところ?それって一体どんなところ?」
「それはまだ内緒だよ。着いたらわかるから」
「もったいぶるなぁ…」
「うん…でも、ちょっと遠いから時間かかるけど、間違いなくびっくりすると思うよ」
途中に杉木が傾いていたり道は荒れていたが、立ち往生したり走行不能なほどではなく、更に奥へと山道を走り続けた。
どれくらいはしっただろうか、悠は息を止めると唐突にクルマを止めた。
「なに?どうしたの?」と美咲が聞いた。
「あれ、見て。あそこ」と悠が言った。
徐行したクルマは転回しながらハイビームの光は遠くを照らしていた。美咲はその光の照らす先をみた。
そこには森の中にぽつんと建っている大きな建造物があった。それは大正時代の華族を想起すような白い壁に赤い屋根をした大きな建物だった。
その姿は明らかに古くてところどころ朽ち果てていて、どこか不気味が印象を受けた。壁にはひびが入っていたり色が剥げていたりしているし、屋根の瓦は欠けている個所があってそこには苔むしていたりしていた。
窓のガラスは割れてはいないが、そこに見えるカーテンは朽ちているか破れていたりしていた。立派なつくり建造物だがそこには全く灯りはなく人の気配もなかった。長い間放置されている空き家のようだ。
「あれなんだろう?洋館?」と美咲が言った。
「うん!想像以上にすごいね!本当にあると思わなかったよ」と悠が言った。
「ここを探してたの?」
「うん…廃墟マニアの動画で見たんだよ。こんな近くにあるとは知らなかった」
「マジか‥‥また悠の病気が出たんだね」
「うん、でさ、ちょっと中へ行ってみようよ」
「え!?行くの?」
「うん。気になるでしょ?」
「でも、危ないかもしれないよ」
「大丈夫だよ。僕が一緒だから」
悠は美咲を誘って車から降りた。
二人は手をつないで洋館に向かって歩き始めた。近づいていくにつれて、二人はその洋館の不思議な雰囲気に引き込まれていった。現実感が失われていき、時間の感覚もいまではなくまるで過去の時代に入っていくような錯覚にとらわれた。
つづく
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
すべて実話
さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。
友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。
長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる