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学校の七不思議
桜の木の下には死体が埋まっている
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これは私が高校生の時通っていた雛城高校の七不思議の一つである「桜の木の下には死体が埋まっている」という噂についての話です。
それは高校一年生の終わりの三月末の出来事でした。
もうすぐ二年生に上がる直前の日曜日でしたが、部活動で新年度に向けての準備のためにその日登校していて、その昼休みに同じ学年の友人と一緒に桜の木の下でお弁当を食べていました。
その年の桜は早咲きで、ちょうど満開の盛りの寸前で落ちた花びらが地面にまだあなりなく、薄紅色の花びらが優雅に散る中で過ごした美しい午後の昼下がりでした。そんなときに友だちの彼が急に話しだしました。
「ねえ、そう言えばこんな噂があるの知ってる?桜の木の下に死体が埋まっているっているっていう・・・」
「え・・・なにそれ?」私は突然の死体という言葉に驚いて聞き返しました。
それに対して友達はつづけてこう説明しました。
「この桜の木ってさ、ぱっと見ただけでわかるけど樹齢っていうかめちゃくちゃ古い木でしょ。なんでも学校が出来る前からこの桜の並木はあったんだって。そして江戸時代ね、ちょうどこの校庭が刑場になってたんだって。多摩を管轄する奉行所の首切り場で、罪人がバンバン運ばれてきては処刑される場所だったんだってさ。その首を切り取られた遺体を埋めていた土饅頭がこんもりと連なっていて、そこからいつしか桜の木が生えてきたんだってさ。だからさ・・・・つまりね・・・・この桜の花の色は死体の血を吸っている証なんだよ」
私はあっけに取られてしばらく言葉がでませんでした。そんな恐ろしい話が本当?・・・いや嘘だ・・・・という気持ちがせめぎ合って、私はハシで掴んだご飯を口に運ぶのを忘れたまま、あんぐりと口が開いた状態で帰す言葉を探しました。
友達は感情のない無表情の目を私に向けたまま話を続けました。
「それだけじゃないんだよ。この桜の木の下でお弁当を食べると、濡れ衣を着せられたまま斬首され埋められてしまった、無念の死者たちの怨念によって呪われるんだってよ。とにかくなにか恐ろしいことが起こるんだってさ! だから本当はこの木の下で絶対に食べちゃダメなんだよ」
そこまで聞いているうちに、だんだん彼が私をからかっているのに気づいたのですが、湧いてきた桜の木の下に埋まっている死体のイメージが頭からきえないまま、私の表情は依然として強張っていました。
すると友達は笑って言いました。
「冗談だって!アハハハ そんな簡単に信じちゃダメだってば!よくあるただの都市伝説だよ」
「冗談やめてよぅ!食べてる時にエグすぎだよ・・・・。なんでそんな話するのよ~」といって私は笑いながら怒りました。
「ごめんごめん、確かに食べてる時に悪い冗談だったかな?でもさそんな話がほかにもいろいろあるんだよ。梶井基次郎っていう作家が書いた小説にもあるんだ。桜の木の下には死体が埋まっているっていう短編がさ」と友達は微笑ながらそう言い謝りました。
私はその作家や物語について知りませんでしたし、そう言われてもすんなり納得はできませんでした。
「それでももうやめてよ。こんなきれいに咲いてる桜なのに死者の怨念なんてほんと悪い冗談だって」
友達は首をかしげました。
「確かに今の話は冗談だけどさぁ、桜に死体が関係してるってのは確かだよ。梶井基次郎以外の作家でも、桜の花びらの赤さが血を意味している、つまり死のメタファーとして使われてたりするんだ」
「こんなに綺麗なのにそんなこと言わないでよ。桜は生命や希望の象徴じゃないの?死と結びつけるなんて私は変だとおもうな・・・」私は同意できずにこう言いました。
すると友達は少し考えてこう言いました。
「桜と死は昔から密接な関係があるんだって、桜は一瞬で散ってしまうから命の儚さや無常を表すこともあるのさ。それに侍は昔から桜を自分たちの生きる意味の象徴として尊んでいたんだ。桜の花びらが散るように、美しく散ることを目指していたんだよ。『武士道は死ぬことと見つけたり』っていうでしょ」
私はそんなこと言われてもやっぱり納得できずこう言いました。
「でもそれって昔の話でしょ。今は違うよ。桜はみんなでお花見とか楽しむものじゃん。笑顔で写真撮ったり、幸せな気持ちになるものじゃない?」
しかし友達のほうも頑固で、やっぱり首を振りました。
「そうかなあ。僕は桜にはもっと深い意味があると思うんだよね。桜は生と死の境界線に咲く花なんだと思う。桜の花びらが毎年春に咲いて散って行くのは、人が死んでは次の世代が生まれる象徴なんだ。生と死を含めた意味こそ桜の美しさなんだと思うよ」
私も意地になってきて友人の言葉に反論しました。
「私は桜を見て死とか闇とかいう感じはしないけどなぁ。桜は寒い冬が終わって暖い季節を運んでくる喜びの花だと思うけど・・・」
すると友達は笑って言いました。
「こんな話もあるんだ。桜の花が満開の下で咲き誇るある森の物語。坂口安吾の『桜の森の満開の下』という題名の小説なんだけど」
「どんな話?」私は尋ねました。
「その森はね、遠目で見ると美しい桜の木々が集まる美しい森なんだけど、近くに寄って樹の下に立ってよく見てみると実はとても怖ろしい場所だと気づくんだ」
友達は目の色を変えて言って輝かせながら話を続けました。
「山賊の住処がその近くにあって、人々を襲っては身ぐるみを剥いでそれを糧にして住んでいたんだ。時には人を殺すこともある無慈悲な山賊なのに、なぜかその桜の森の下を通っているうちに彼は気が変になってしまったんだ」
「ん?気が変になるってどういう意味?」私は尋ねました。
「桜の樹の下を通ると、なぜか山賊は突然恐ろしさに襲われて全身が震えはじめて、まるで怪異のような原因不明の恐ろしさをどうにも出来ずにおもわず泣き出したくなってしまったんだ」
それから彼は少し声のトーンを落として続けました。
「そして山賊は虚しくなって言うんだ。”桜の木は満開なのに足元には無数の花びらが落ちている“って」
「え?どういうこと?美しい桜が落ちてるだけでなにがそんなに恐ろしいと思えるの? それtもやっぱり何かがそこに埋められて隠されているっていうわけ?」
私は首を傾げながら疑問を投げかけました。
「坂口安吾の物語ではね、その桜の森自体が不思議な力を持っているんだ。桜の美しさが人間を圧倒するその不思議な力の象徴なんだけど、それがあまりにも完璧すぎて山賊を惑わせたんだ。山賊でさえもその場所の異様な雰囲気に圧倒されてしまう。つまり美しいモノの裏に、言語化出来ない恐ろしさが潜んでいてその二つが共存してるっていうことさ」
友達はそう言い終わると意味深く息をひとつつきました。
「なるほどね。なんか私もちょっとわかったわかってきたかも。美しさがあまりにも強烈すぎて、それが恐ろしいほど人の心を揺さぶるっていう意味かな・・・?」
私は少しだけ納得して頷きながら続けました。
「坂口安吾は、そういう人間の正反対の感情を描きたかってこと?」
「うん。美しさと恐怖が共存するなんてなんだか矛盾しているように感じるけど、結構それって現実世界でもない?実はウラではめっちゃヤバい事しまくってるのに、表では誰もが知ってる超人気の芸人とかさ」彼は皮肉ぽく笑みを浮かべてそう言いました。
「ああ、なんかそういうスキャンダルもあったね・・・。または、ぱっと見超イケメンとか超可愛いって簡単に言うけど、その美しさがあまりにも圧倒的すぎちゃうと反転して、それは恐れの対象になるのかもね」
「圧倒的美しさっていう言い方もあるけど、本質的な美しさっていうのもあると思うよ。桜の花って満開になったらあっという間に散ってしまうじゃん? その一瞬の輝きであるからこそ、はかなさと死を連想させて、より強く心を打つんじゃないかな」
友達は目を閉じながら自分の心の中で桜の花を思い浮かべているかのようにそう言いました。
「それも分かる気がするよ」
私の中の日本の感性が目覚めたかのように、彼の言葉に深く共鳴して自然とそれに同意していました。
「桜の花は生命の営みと同時に、その終わりの侘びしさや孤独を教えてくれているのさ。坂口安吾の作品には、そうした日本人の美意識が色濃く反映されているんだ」
「なんだかその小説読んでみたくなってきたよ」
私はちょっと身震いしました。
「うん。古くから日本人は桜の美しさと恐ろしさが混在する世界を描いていて、その物語に読む者の桜の花を見る目を変えてしまう力があるんだと思う。梶井基次郎や坂口安吾の作品がまさにそうで、たぶんこの学校の図書館にもあるんじゃないかな?」
その後彼と私はしばらく沈黙したまま上を見上げて、頭上で咲く桜の姿をまじまじと眺めまていました。風に舞う花びらは、まるで別世界からの使者のようにも感じました。生と死と美しさと恐怖のすべてが桜にはたしかに込められているのかもしれない、そんな気がしました。
「あっそう言えば、小泉八雲も桜についての話を書いてるんだった。小泉八雲の『十六桜』っていう短編知ってる?」
彼は新たな話を振って来ました。
「それも初耳。どんな話なの?」
私は尋ねました。
「小泉八雲っていうのは明治時代の外国人作家で、確かイギリスから日本に移住してから日本各地に行っては、その地方で古くから言い伝えられてる怪談話や伝承話を収集してそれを集めた本も残してるんだ。その中の話で『十六桜』っていうのは、伊予の国、今の愛媛県のある古い桜の木を題材した話なんだ。その桜の木は毎年旧暦の1月16日にだけ開花してその日のうちに散ってしまう、という話なんだけどね・・・」
なぜかその時、そういう彼の目になにか曰く有りげな神秘的なものに思えました。
「それって不思議な言い伝えとか昔話なの?でもどうして決まって特別な日にだけ咲いて散るのかな?」
私は素直な疑問を投げかけました。
「その桜にはある一人の侍の魂が宿っているんだ。その木は彼が命より大切に愛した桜だったんだ」
「侍の魂?」
私は聞き返しました。
「そうそう。この侍は若い頃からその桜と共に成長しなによりその存在を尊び愛していたんだ。彼は和歌を詠んではその桜の美しさを称えていた。でも歳をとったある年に、不幸にも子供たちに先立たれてしまって彼は落ち込み憔悴した。しかしいつしかその桜の木が彼の愛情を傾ける対象に変わっていったんだ」
友達はその物語に入り込むように神妙な面持ちで話し続けました。
「それなんか悲しいけど、考え方しだいで好い話じゃないの?」
「いやそれはないよ。残念ながらその桜の木は枯れちゃうんだ」
「え?なんで?枯れちゃうの?」私は尋ねました。
「侍は悲しみに暮れちゃうんだ。それを心配した隣人が、彼のために新しい桜を若木を植えてあげたんだけど、侍の心は変わらず、新しい桜の若木は心の支えにはならなかった。だから彼はついに・・・・自らの命を枯れた桜に捧げることを決意したんだよ」
友達の声のトーンがだんだんと小さくっていました。
「命を捧げるってどういうこと?」
「侍は桜の枯木の下で、武士の作法に従って腹を切ったんだ」
「え!?意味わかんないんだけど・・・」
「死んだ彼の魂は桜の木に入って、その後枯れた桜は再び花を咲かせるようになった。そして、それ以来、毎年1月16日にだけ、白い雪の中で桜が咲くようになったという物語さ」
友達は静かに結びました。
「ちょっと待って! 腹を切るってさぁ死ぬってことでしょ?なんで死ぬ必要があるの?」
私はやっぱり納得がいかなくて少し怒り気味に尋ねていました。
「小泉八雲は、その桜の木と侍の人生をオーバーラップさせたんだ。彼と桜は一心同体だったってことさ。この話は命の拠り所は何か、人生の美しさの本当の意味は何かを問いかけているんだよ」
その話を聞いて私はしばらく言葉を失って居ました。桜の美しさについて、こんなにたくさんの物語があるなんて知リませんでした。同時に彼の文学の知識に驚きました。でも最後の話、侍の命が犠牲になった死が桜と一直線に結ぶつくイメージが私にはどうも理解できませんでした。
少し気まずくなった雰囲気になってしまい、その後話題を変えた私たちは、花びらの舞う桜の木の下でお弁当を食べ終えました。
その後部活動を終えた私は彼と別れてそのままそれぞれ家に帰りました。そしてその夜、私は夢を見ました。
夢の中でも、私は桜の木の下にいました。
夢の中の大樹の桜も満開で、美しく咲き誇っていました。私と彼はそこでお弁当を食べていたのですが、桜の花びらが一枚一枚舞い落ちるたびに、それが私の体については血の斑点に変わってそれは真紅の雫となり流れ落ちて赤い筋を作りました。頭にも次から次に花びらがまとわりついては頭部から血が細かな川のように私の頭を赤く染めていきました。私の目や耳も真っ赤に染めました。私は何もできずに、声も出せず全身が血に染まる自分の様子を俯瞰して見ているしかありませんでした。
私の横にいた彼もまた、落ちた深紅の花びらに釘付けになり、やはり普段見慣れた桜のピンクとは明らかに異なり、やはり血のような赤さでした。彼はしばらくその花びらを見つめた後、ゆっくりと手を伸ばしそれを拾い上げました。彼の手の震えていて、彼の内面で恐怖と美しさへの好奇心のせめぎ合っていることをその眼が物語っていました。
彼の口から何か小さく吐出されました。しかし何を言っているのかよく聞こえませんでした。彼は花びらを指で軽く撫でて、まるでその質感を確かめるようでした。そして何かに引き寄せられるようにゆっくりとその花びらを口に近づけました。
「やめて!」
私の叫び声が響く中、彼の唇が花びらに触れた瞬間の刹那、彼の表情が一変しました。彼の瞳の瞳孔は異常に拡がり、その中に恐怖と混乱が渦巻いて見えていました。彼は口を開けたまま言葉が出てこず、代わりにそこからは深紅の液体が溢れ出てきました。それはどす黒い洪水のように彼の口から滴り落ちてその濁流は桜の根元へと静かに染み入っていきました。
夢の中で私は彼を追い求めましたが、すでに彼の姿は大量の血と共に桜の木の陰に消えてしまったのkじゃ、どこにもありませんでした。彼が消えた後、桜の木は再び静寂を取り戻し、ただ花びらが舞い落ちる美しい景観を取り戻していました。
私は夢から覚めて自分が大粒の汗をかいてビショビショになって居ることに気づきました。そして変な話自分が生きていることをこれ以上なく実感しました。心底安堵感を覚えながら反面なにか不穏な気配に怯える自分に気づいていました、横になっている内に知らぬ間に再び深い眠りに就いていました。
翌日学校に言ってみると、桜の木のまわりには警察の立ち入り禁止のテープが張られていました。思わず何があったのかそこにいいる誰かに聞こうとしましたが、私は聞く前にもう何が起きたかを悟っていました。
桜の木の下には彼の言うとおり本当に何かが埋まっているのかもしれません。そして桜の花びらが毎年春に咲いては散るのは、新たな命が生まれる象徴だけでなく、見えない死者たちの証かもしれません。生と死を繋ぐ花が桜。その美しさの裏には、忘れてはならない人生の影の側面、見えない地中深くには黒く太い根がはりめぐされていて、その中心には闇に潜む何か恐ろしい存在があるのかもしれません。
その日以来、彼の姿を二度と見ることはありませんでした。学校では彼についての話題がタブーになり、桜の木の下で起こった出来事をたまに誰かが話をしましたが、気まずくなるのでそのうち私も含めた誰もが語ることをやめました。
桜の木の下には何が埋まっているのか私は知っています。桜の木の下には私たちの心の中に共有するもっとも深く暗い秘密が隠されているのだと。
それは高校一年生の終わりの三月末の出来事でした。
もうすぐ二年生に上がる直前の日曜日でしたが、部活動で新年度に向けての準備のためにその日登校していて、その昼休みに同じ学年の友人と一緒に桜の木の下でお弁当を食べていました。
その年の桜は早咲きで、ちょうど満開の盛りの寸前で落ちた花びらが地面にまだあなりなく、薄紅色の花びらが優雅に散る中で過ごした美しい午後の昼下がりでした。そんなときに友だちの彼が急に話しだしました。
「ねえ、そう言えばこんな噂があるの知ってる?桜の木の下に死体が埋まっているっているっていう・・・」
「え・・・なにそれ?」私は突然の死体という言葉に驚いて聞き返しました。
それに対して友達はつづけてこう説明しました。
「この桜の木ってさ、ぱっと見ただけでわかるけど樹齢っていうかめちゃくちゃ古い木でしょ。なんでも学校が出来る前からこの桜の並木はあったんだって。そして江戸時代ね、ちょうどこの校庭が刑場になってたんだって。多摩を管轄する奉行所の首切り場で、罪人がバンバン運ばれてきては処刑される場所だったんだってさ。その首を切り取られた遺体を埋めていた土饅頭がこんもりと連なっていて、そこからいつしか桜の木が生えてきたんだってさ。だからさ・・・・つまりね・・・・この桜の花の色は死体の血を吸っている証なんだよ」
私はあっけに取られてしばらく言葉がでませんでした。そんな恐ろしい話が本当?・・・いや嘘だ・・・・という気持ちがせめぎ合って、私はハシで掴んだご飯を口に運ぶのを忘れたまま、あんぐりと口が開いた状態で帰す言葉を探しました。
友達は感情のない無表情の目を私に向けたまま話を続けました。
「それだけじゃないんだよ。この桜の木の下でお弁当を食べると、濡れ衣を着せられたまま斬首され埋められてしまった、無念の死者たちの怨念によって呪われるんだってよ。とにかくなにか恐ろしいことが起こるんだってさ! だから本当はこの木の下で絶対に食べちゃダメなんだよ」
そこまで聞いているうちに、だんだん彼が私をからかっているのに気づいたのですが、湧いてきた桜の木の下に埋まっている死体のイメージが頭からきえないまま、私の表情は依然として強張っていました。
すると友達は笑って言いました。
「冗談だって!アハハハ そんな簡単に信じちゃダメだってば!よくあるただの都市伝説だよ」
「冗談やめてよぅ!食べてる時にエグすぎだよ・・・・。なんでそんな話するのよ~」といって私は笑いながら怒りました。
「ごめんごめん、確かに食べてる時に悪い冗談だったかな?でもさそんな話がほかにもいろいろあるんだよ。梶井基次郎っていう作家が書いた小説にもあるんだ。桜の木の下には死体が埋まっているっていう短編がさ」と友達は微笑ながらそう言い謝りました。
私はその作家や物語について知りませんでしたし、そう言われてもすんなり納得はできませんでした。
「それでももうやめてよ。こんなきれいに咲いてる桜なのに死者の怨念なんてほんと悪い冗談だって」
友達は首をかしげました。
「確かに今の話は冗談だけどさぁ、桜に死体が関係してるってのは確かだよ。梶井基次郎以外の作家でも、桜の花びらの赤さが血を意味している、つまり死のメタファーとして使われてたりするんだ」
「こんなに綺麗なのにそんなこと言わないでよ。桜は生命や希望の象徴じゃないの?死と結びつけるなんて私は変だとおもうな・・・」私は同意できずにこう言いました。
すると友達は少し考えてこう言いました。
「桜と死は昔から密接な関係があるんだって、桜は一瞬で散ってしまうから命の儚さや無常を表すこともあるのさ。それに侍は昔から桜を自分たちの生きる意味の象徴として尊んでいたんだ。桜の花びらが散るように、美しく散ることを目指していたんだよ。『武士道は死ぬことと見つけたり』っていうでしょ」
私はそんなこと言われてもやっぱり納得できずこう言いました。
「でもそれって昔の話でしょ。今は違うよ。桜はみんなでお花見とか楽しむものじゃん。笑顔で写真撮ったり、幸せな気持ちになるものじゃない?」
しかし友達のほうも頑固で、やっぱり首を振りました。
「そうかなあ。僕は桜にはもっと深い意味があると思うんだよね。桜は生と死の境界線に咲く花なんだと思う。桜の花びらが毎年春に咲いて散って行くのは、人が死んでは次の世代が生まれる象徴なんだ。生と死を含めた意味こそ桜の美しさなんだと思うよ」
私も意地になってきて友人の言葉に反論しました。
「私は桜を見て死とか闇とかいう感じはしないけどなぁ。桜は寒い冬が終わって暖い季節を運んでくる喜びの花だと思うけど・・・」
すると友達は笑って言いました。
「こんな話もあるんだ。桜の花が満開の下で咲き誇るある森の物語。坂口安吾の『桜の森の満開の下』という題名の小説なんだけど」
「どんな話?」私は尋ねました。
「その森はね、遠目で見ると美しい桜の木々が集まる美しい森なんだけど、近くに寄って樹の下に立ってよく見てみると実はとても怖ろしい場所だと気づくんだ」
友達は目の色を変えて言って輝かせながら話を続けました。
「山賊の住処がその近くにあって、人々を襲っては身ぐるみを剥いでそれを糧にして住んでいたんだ。時には人を殺すこともある無慈悲な山賊なのに、なぜかその桜の森の下を通っているうちに彼は気が変になってしまったんだ」
「ん?気が変になるってどういう意味?」私は尋ねました。
「桜の樹の下を通ると、なぜか山賊は突然恐ろしさに襲われて全身が震えはじめて、まるで怪異のような原因不明の恐ろしさをどうにも出来ずにおもわず泣き出したくなってしまったんだ」
それから彼は少し声のトーンを落として続けました。
「そして山賊は虚しくなって言うんだ。”桜の木は満開なのに足元には無数の花びらが落ちている“って」
「え?どういうこと?美しい桜が落ちてるだけでなにがそんなに恐ろしいと思えるの? それtもやっぱり何かがそこに埋められて隠されているっていうわけ?」
私は首を傾げながら疑問を投げかけました。
「坂口安吾の物語ではね、その桜の森自体が不思議な力を持っているんだ。桜の美しさが人間を圧倒するその不思議な力の象徴なんだけど、それがあまりにも完璧すぎて山賊を惑わせたんだ。山賊でさえもその場所の異様な雰囲気に圧倒されてしまう。つまり美しいモノの裏に、言語化出来ない恐ろしさが潜んでいてその二つが共存してるっていうことさ」
友達はそう言い終わると意味深く息をひとつつきました。
「なるほどね。なんか私もちょっとわかったわかってきたかも。美しさがあまりにも強烈すぎて、それが恐ろしいほど人の心を揺さぶるっていう意味かな・・・?」
私は少しだけ納得して頷きながら続けました。
「坂口安吾は、そういう人間の正反対の感情を描きたかってこと?」
「うん。美しさと恐怖が共存するなんてなんだか矛盾しているように感じるけど、結構それって現実世界でもない?実はウラではめっちゃヤバい事しまくってるのに、表では誰もが知ってる超人気の芸人とかさ」彼は皮肉ぽく笑みを浮かべてそう言いました。
「ああ、なんかそういうスキャンダルもあったね・・・。または、ぱっと見超イケメンとか超可愛いって簡単に言うけど、その美しさがあまりにも圧倒的すぎちゃうと反転して、それは恐れの対象になるのかもね」
「圧倒的美しさっていう言い方もあるけど、本質的な美しさっていうのもあると思うよ。桜の花って満開になったらあっという間に散ってしまうじゃん? その一瞬の輝きであるからこそ、はかなさと死を連想させて、より強く心を打つんじゃないかな」
友達は目を閉じながら自分の心の中で桜の花を思い浮かべているかのようにそう言いました。
「それも分かる気がするよ」
私の中の日本の感性が目覚めたかのように、彼の言葉に深く共鳴して自然とそれに同意していました。
「桜の花は生命の営みと同時に、その終わりの侘びしさや孤独を教えてくれているのさ。坂口安吾の作品には、そうした日本人の美意識が色濃く反映されているんだ」
「なんだかその小説読んでみたくなってきたよ」
私はちょっと身震いしました。
「うん。古くから日本人は桜の美しさと恐ろしさが混在する世界を描いていて、その物語に読む者の桜の花を見る目を変えてしまう力があるんだと思う。梶井基次郎や坂口安吾の作品がまさにそうで、たぶんこの学校の図書館にもあるんじゃないかな?」
その後彼と私はしばらく沈黙したまま上を見上げて、頭上で咲く桜の姿をまじまじと眺めまていました。風に舞う花びらは、まるで別世界からの使者のようにも感じました。生と死と美しさと恐怖のすべてが桜にはたしかに込められているのかもしれない、そんな気がしました。
「あっそう言えば、小泉八雲も桜についての話を書いてるんだった。小泉八雲の『十六桜』っていう短編知ってる?」
彼は新たな話を振って来ました。
「それも初耳。どんな話なの?」
私は尋ねました。
「小泉八雲っていうのは明治時代の外国人作家で、確かイギリスから日本に移住してから日本各地に行っては、その地方で古くから言い伝えられてる怪談話や伝承話を収集してそれを集めた本も残してるんだ。その中の話で『十六桜』っていうのは、伊予の国、今の愛媛県のある古い桜の木を題材した話なんだ。その桜の木は毎年旧暦の1月16日にだけ開花してその日のうちに散ってしまう、という話なんだけどね・・・」
なぜかその時、そういう彼の目になにか曰く有りげな神秘的なものに思えました。
「それって不思議な言い伝えとか昔話なの?でもどうして決まって特別な日にだけ咲いて散るのかな?」
私は素直な疑問を投げかけました。
「その桜にはある一人の侍の魂が宿っているんだ。その木は彼が命より大切に愛した桜だったんだ」
「侍の魂?」
私は聞き返しました。
「そうそう。この侍は若い頃からその桜と共に成長しなによりその存在を尊び愛していたんだ。彼は和歌を詠んではその桜の美しさを称えていた。でも歳をとったある年に、不幸にも子供たちに先立たれてしまって彼は落ち込み憔悴した。しかしいつしかその桜の木が彼の愛情を傾ける対象に変わっていったんだ」
友達はその物語に入り込むように神妙な面持ちで話し続けました。
「それなんか悲しいけど、考え方しだいで好い話じゃないの?」
「いやそれはないよ。残念ながらその桜の木は枯れちゃうんだ」
「え?なんで?枯れちゃうの?」私は尋ねました。
「侍は悲しみに暮れちゃうんだ。それを心配した隣人が、彼のために新しい桜を若木を植えてあげたんだけど、侍の心は変わらず、新しい桜の若木は心の支えにはならなかった。だから彼はついに・・・・自らの命を枯れた桜に捧げることを決意したんだよ」
友達の声のトーンがだんだんと小さくっていました。
「命を捧げるってどういうこと?」
「侍は桜の枯木の下で、武士の作法に従って腹を切ったんだ」
「え!?意味わかんないんだけど・・・」
「死んだ彼の魂は桜の木に入って、その後枯れた桜は再び花を咲かせるようになった。そして、それ以来、毎年1月16日にだけ、白い雪の中で桜が咲くようになったという物語さ」
友達は静かに結びました。
「ちょっと待って! 腹を切るってさぁ死ぬってことでしょ?なんで死ぬ必要があるの?」
私はやっぱり納得がいかなくて少し怒り気味に尋ねていました。
「小泉八雲は、その桜の木と侍の人生をオーバーラップさせたんだ。彼と桜は一心同体だったってことさ。この話は命の拠り所は何か、人生の美しさの本当の意味は何かを問いかけているんだよ」
その話を聞いて私はしばらく言葉を失って居ました。桜の美しさについて、こんなにたくさんの物語があるなんて知リませんでした。同時に彼の文学の知識に驚きました。でも最後の話、侍の命が犠牲になった死が桜と一直線に結ぶつくイメージが私にはどうも理解できませんでした。
少し気まずくなった雰囲気になってしまい、その後話題を変えた私たちは、花びらの舞う桜の木の下でお弁当を食べ終えました。
その後部活動を終えた私は彼と別れてそのままそれぞれ家に帰りました。そしてその夜、私は夢を見ました。
夢の中でも、私は桜の木の下にいました。
夢の中の大樹の桜も満開で、美しく咲き誇っていました。私と彼はそこでお弁当を食べていたのですが、桜の花びらが一枚一枚舞い落ちるたびに、それが私の体については血の斑点に変わってそれは真紅の雫となり流れ落ちて赤い筋を作りました。頭にも次から次に花びらがまとわりついては頭部から血が細かな川のように私の頭を赤く染めていきました。私の目や耳も真っ赤に染めました。私は何もできずに、声も出せず全身が血に染まる自分の様子を俯瞰して見ているしかありませんでした。
私の横にいた彼もまた、落ちた深紅の花びらに釘付けになり、やはり普段見慣れた桜のピンクとは明らかに異なり、やはり血のような赤さでした。彼はしばらくその花びらを見つめた後、ゆっくりと手を伸ばしそれを拾い上げました。彼の手の震えていて、彼の内面で恐怖と美しさへの好奇心のせめぎ合っていることをその眼が物語っていました。
彼の口から何か小さく吐出されました。しかし何を言っているのかよく聞こえませんでした。彼は花びらを指で軽く撫でて、まるでその質感を確かめるようでした。そして何かに引き寄せられるようにゆっくりとその花びらを口に近づけました。
「やめて!」
私の叫び声が響く中、彼の唇が花びらに触れた瞬間の刹那、彼の表情が一変しました。彼の瞳の瞳孔は異常に拡がり、その中に恐怖と混乱が渦巻いて見えていました。彼は口を開けたまま言葉が出てこず、代わりにそこからは深紅の液体が溢れ出てきました。それはどす黒い洪水のように彼の口から滴り落ちてその濁流は桜の根元へと静かに染み入っていきました。
夢の中で私は彼を追い求めましたが、すでに彼の姿は大量の血と共に桜の木の陰に消えてしまったのkじゃ、どこにもありませんでした。彼が消えた後、桜の木は再び静寂を取り戻し、ただ花びらが舞い落ちる美しい景観を取り戻していました。
私は夢から覚めて自分が大粒の汗をかいてビショビショになって居ることに気づきました。そして変な話自分が生きていることをこれ以上なく実感しました。心底安堵感を覚えながら反面なにか不穏な気配に怯える自分に気づいていました、横になっている内に知らぬ間に再び深い眠りに就いていました。
翌日学校に言ってみると、桜の木のまわりには警察の立ち入り禁止のテープが張られていました。思わず何があったのかそこにいいる誰かに聞こうとしましたが、私は聞く前にもう何が起きたかを悟っていました。
桜の木の下には彼の言うとおり本当に何かが埋まっているのかもしれません。そして桜の花びらが毎年春に咲いては散るのは、新たな命が生まれる象徴だけでなく、見えない死者たちの証かもしれません。生と死を繋ぐ花が桜。その美しさの裏には、忘れてはならない人生の影の側面、見えない地中深くには黒く太い根がはりめぐされていて、その中心には闇に潜む何か恐ろしい存在があるのかもしれません。
その日以来、彼の姿を二度と見ることはありませんでした。学校では彼についての話題がタブーになり、桜の木の下で起こった出来事をたまに誰かが話をしましたが、気まずくなるのでそのうち私も含めた誰もが語ることをやめました。
桜の木の下には何が埋まっているのか私は知っています。桜の木の下には私たちの心の中に共有するもっとも深く暗い秘密が隠されているのだと。
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