怪奇短編集

木村 忠司

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劇場版トレイの花子さん2023

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 ある日、花子さんは学校のトイレで小学生たちが自分のことを話しているのを聞いた。

 彼らが言うには、どうやら自分が、つまり『トイレの花子さん』が主役の映画があるらい。

 それをどうにかして見てみたいと思った花子さんは、トイレの水道管をたどり映画館のトイレへとワープした。

 閉館後のシアターの観客席にひとり座った花子さんは、自身の念力で閉じられた幕を開け放ちスクリーンに映し出された映画に目を向けた。

 その映画の『花子さん』は、家で虐待されている子供を怖い大人から守ったり、困りごとを抱えた子供たちにとってのトイレカウンセラーになったりと、陰ひなたに子供の成長を見守るスーパーガールとして描かれている物語だった。

 その物語の主人公は『花子さん』だが、花子さんを越えた物語であって、彼女は今まで見たことのない愛と共感に満ちた人間ドラマに心底感動したのだった。

 その映画を見たことで花子さんは映画女優にあこがれるようになった。

 日増しにその思いは強くなり、ついに花子さんは学校から映画館のトイレに引っ越しすることにした。

 さらに映画女優になるためには大人の姿が必要だと思った花子さんは、自分の力で子供の姿から妖艶な美女に姿を変えた。それはべつに成長したわけでなく、純粋に花子さんが望んだから姿だったからである。



 女優にあこがれて映画館に引っ越してきてから、映画を見るだけでは飽き足らず、気持ちが先走りスクリーンの向こう側に飛び込んでしまうのだった。

 花子さんのこの行動によって、「スクリーンの中に幽霊が入り込んでいる」という噂が立ちはじめ、それはネットでのマニアのつぶやきを呼びバズり始めた。

 その結果このシネコンだけ全国の系列店と比べて、異常に観客動員が増加してしまった結果、花子さんはこのシネコンに貢献しているのだった。

 そんなことはつゆ知らず、映画の世界にどっぷりと浸かりたいと思っていた花子さんは、自分の願望を着実に叶えていった。

 閉館後のシアターを勝手気ままに独り占めして、封切になったばかりの映画を念力でスクリーンに上映させては片っ端から見て、笑ったり泣いたりして過ごした。

 ランダムに右から左に見て行った映画の中で、花子さんは自分にうってつけだと思ったホラー映画を見つけたのだった。

 そのホラー映画の概要は、テレビ番組のスタッフや出演者たちが、劇中の心霊現象を追い求めるドキュメント番組の撮影のために、製作スタッフが巨大廃墟と化したシネコン付き大規模商業施設に潜入するものだった。

 花子さんは「これこそ私が出演するべき作品だ」と思って、自分が幽霊であることを利用して勝手に自分の配役を考えてシナリオに入れ込もうと思った。

 実際にスクリーンの中に飛び込でみたものの、花子さんの想定通りになるはずもなく、映画の役者たちは姿が見えないが何者かの存在をおびえ、最初は物語に違和感しか起こせてなかった。

 観客たちも最初は、役者の変な演技に何事かと怪訝に思ったが、花子さんの意図せず仕掛けた演出がナンセンスホラーという今までなかったジャンヌの映画の様相を呈し、繰り返されるさざ波のようなざわざわ感に徐々にくすぐられるように次第に観客は笑い始めた。

 花子さんはとにかく出演者の後をストーキングした。彼らが廃墟の映画館の中を探検している間、花子さんは照明スタッフの持つライトや、カメラやマイクに触ってみたりしているうちに、上映される映像の中にも彼女の声や姿がチラチラ映るようになった。しかしまだ観客たちははっきりと花子さんの存在に気が付くことはなかった。

 花子さん自身は、自分が被写体としてとらえられていると思い込み、「夢の銀幕デビューを果たした」と花子人生の中で一番の喜びを感じていた。

 花子さんはさらにテンション爆上がりで、ホコリの積もった廃墟映画館の舞台やプロジェクターなどを指でなぞり興味津々な様子でスキップしながら彼らの後に続いた。

 花子さんは彼らに、映画の素晴らしさを伝えようとして感動した映画の話をしたり、自分があらかじめ考えていたシーンを真似したりした。花子さんはもう、自分も助演女優のつもりになって製作スタッフに仲間意識をすら感じ始めていた。

 しかし実際のスタッフや出演者たちは、カメラや音声にノイズが入ったりライトが唐突に点滅したり、機材に不調を生じて撮影が安堵もストップしてしまうことを不気味に思いながら同時にイライラしてしいていただけだった。

 映画監督はホラー作品として更なるスリル感を求めて、次のロケーションを映画館内の地下室に移した。

 そして当然花子さんも彼らの後について行った。

 そこで花子さんの方もより効果的な演技をしようと、スタッフたちに対して直接スキンシップに踏み切って、彼らの耳元で優しく声をかけたり手を握ろうとした。しかし、彼らは突然の声や触れ合いに驚き、パニックに陥いった。

 ようやく映画スタッフたちは演出ではなくどうやらこの地下室では実際に心霊現象が起き始めていると感じ始めた。そして助監督がいったん撮影中止の号令を出して、地下室から地上に戻ろうとした。

 引き上げようと廊下を歩いている途中で、新たなキャラクターが登場する。

 トイレに向かう廊下の曲がり角をから突然現れた殺人鬼(実際のヤバい人ではなく、シナリオに書かれてない迫真の恐怖感を与えるために潜んでいた仕込みの役者)とエンカウントするのだった。

 その男は血まみれの服を着てナイフを持っていて、スタッフや出演者たちはぎょっとして、必死に殺人鬼から逃れようとした。彼らは仕込みではなく完全に殺人鬼だと思い込んでしまったのだ。

 彼らはとにかく血眼になって廊下を走った。しかし、仕込みの殺人鬼も追ってくる。

 彼らはどこか隠れる場所を探した。そこで目に入ったのがトイレのドアで、彼らはトイレに飛び込みドアをバタンと閉めた。

 スタッフと共演者たちが扉を必死に抑えながら、背後を振り返った。


 するとそこには妖艶な美女一人立ってた。美女の姿の花子さんは彼らにニヤリと笑いかけた。

 花子さんは愛をこめて微笑を浮かべていた。トイレの中では花子さんの妖力で強まりはっきりとした姿を発現することが出来るのだった。

 
 とつぜん妖艶な美女の幽霊が目の前に立ち現れて、映画製作スタッフや出演者たちは発狂したように叫び散らした。そしてトイレから猛烈な勢いで飛び出した。

 

 このままトイレに追い込みをかけようか迷っていた殺人鬼は、泣き叫んで逃げていくスタッフたちとすれ違いながら戸惑っていた。


「出た!本物だぁ!」監督が仕込みの殺人鬼に叫んだ。

「お前もさっさと逃げろ!」助監督が続けて逃げて行った。

 殺人鬼は首を傾げ「俺が入る前に逃げるとは聞いてないな」と独り言をいいながらトイレの中を恐る恐る入りこむと、そこには悲しそうな美女の姿があり彼女と目があった。



 美女だがその目のあまりの恐ろしさに、背筋がころりつきそうになった仕込みの殺人鬼はナイフを捨てるやいなや一目散に逃げ出した。

 

 テレビ番組のスタッフや出演者たちの方はとりあえず廃墟の映画館から脱出することに成功していた。

 彼らは息を落ち着かせながら、カメラやマイクで録音された声や映像を確認していると、花子さんの姿や声が入っていることに気づいた。

 映像の中の花子さんは、自分の見た中で好きな映画や俳優について笑顔で語っていた。また自分が出演したかったシーンやセリフも披露していた。

 彼らはその映像を確認しながら顔を見合わせて驚愕した。


「これってもしかしてマジで映っちゃったってこと!?」助監督がいった。

「そうだ!さっきのトイレの女と同じやつだ‥‥でも誰なんですかねぇこいつは?」主役の俳優がそういった。

「これは例の呪いのビデオの一種だ。ついに映画のスクリーンから映画の内容にまで侵入する能力を身に着けた〇子が出てきたんだ」助監督が答えた。

「どちらにせよ、これはもうお蔵入りだな。閲覧注意でも公開不可だ。これを見た人たちも忘れることにしたまえ。この映画を見た後に何が起きても我々は責任はとれない‥‥」


『女優霊2023』

 この文字がタイトルが黒いない系に白文字で画面いっぱいに浮かび上がり、それはドローン映像に切り替わって、ドローンは徐徐に高度を上げていって大規模商業施設の空撮映像が映し出された。施設の屋上駐車場には『トイレの花子さん2023』の文字が書かれていた。そしてさらに画面がフェイドアウトしてエンディングロールが始まった。

 まばらになった観客たちは、もう見れいられないとばかりに退出はじめた。


 花子さんは、閉館後を待ってこの映画を改めて自分の目で見直してみた。頑張って演技しても、女優霊扱いされるのが関の山であることに気づかされた。そして朝になるまで客席にひとり座って考えてみた。

 その結果、花子さんは、自分は女優として活躍することはできないことを悟り、美女からおかっぱ女児の姿へと戻った。

 そして自分の本来の居場所、小学校のトイレに戻ることにしたのだった。

 おわり
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