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第一章 彼女の決断
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「どうかしたのですか? このようなこと、第二騎士隊の隊長はご存知なのですか?」
国が誇る騎士の一人とはいえ、王族とそう簡単に会える権利は与えられていない。本来なら前もってうかがいを立てておき、許可がおりてようやく面会がかなう。急用であったとしても、事前に知らせは入るはずだった。だが、侍女たちも何も言ってはいなかった。
と、いうことは――
リリーシャの問いかけに、思いつめたような表情でカリオスは首を振った。
「いいえ……。これは、僕の独断なんです。突然押しかけてしまい、本当に申し訳ありません。僕も、リリーシャ姫に直接お会いするのは気が咎めたのですが、どうしてもお話したいことがあって」
「私にですか?」
「はい」
真っすぐに見つめてくる緑の瞳に他意はないと判断したリリーシャは、左右を見わたしてだれもいないことを確認してから彼を部屋に招き入れた。
失礼します、と一礼したカリオスは、扉がしまる音と同時に、すぐさま話を切り出してきた。
「リリーシャ姫は、フィルロードをご存じですよね?」
カリオスの口から飛び出したまさかの名前に、リリーシャの鼓動が大きく跳ね上がった。
「え? は、はい。フィルロードが、どうかしたのですか?」
動揺を悟られないようにしながら、リリーシャは話を続ける。
「……リリーシャ姫は、フィルロードと幼い頃から特に親しかったと聞きました。どうかお願いです、あいつを助けてやってください!」
「助ける? どういうことです? フィルロードに、何かあったのですか?」
「とにかく、一緒に来てください!」
「失礼します!」と、困惑するリリーシャの手首をカリオスがつかむ。
クイ、と手首を引かれて、リリーシャは唇をかみしめてから彼のあとを追った。
リリーシャがカリオスに連れられてやってきたのは、騎士団のすべてを取りまとめている騎士団団長の執務室だった。
ノックもそこそこに開け放たれた部屋の中には、執務机に寄りかかりながら両腕を組んだ男と、その前で片膝を折ってかしこまっている男が向かい合っていた。
二人の視線が、入口に立ったリリーシャとカリオスに注がれる。
両腕を組んだ男は切れ長の両目を細めて、もう一人の片膝を折っている男は、驚きに赤い瞳を見開いた。
「姫……!」
「……フィル、ロード」
うめくように、男の名前を口にするリリーシャ。
彼女をとらえていた紅の視線が、すぐさま彼女の横へと鋭く流された。
「カリオス! なぜ、関係のない姫を連れてきたんだ!」
「姫様なら――、おまえのことをよく知っているリリーシャ姫様なら、おまえを救ってくださるかもしれない。そう思ったからだ!」
「な……、おまえには、関係がないだろう!?」
「いいや! 僕は、どうしても納得がいかないんだ! なぜおまえが、よくわからない罪とやらで裁かれないといけない? どうして、厳罰を受けないといけないんだよ!」
「それは……!」
「だって、そうだろう!? つい最近まで、騎士としてこの国のために何が出来るか、何をするべきか語っていたじゃないか。この前の夜だって、そうだ!」
「っ」
息を飲んだフィルロードの瞳が宙をさまよい、返す言葉を失ったまま床へと落とされた。
なおも言いつのろうとするカリオスの前に、スッと手が差し出される。
「――騎士の在り方やリリーシャ姫の件はさておいて、厳罰うんぬんに関しては俺も同意見なんだがな」
フィルロードとカリオスの言い合いを制するように、ひょうひょうとした声が挟まれる。
その声の持ち主に、リリーシャは困惑顔で尋ねた。
「お義兄さま、これはいったい……どういうことですか?」
「どうもこうも、見てのとおりですよ」
両肩をすくめながら、男はあきれ混じりに答える。男の目線にうながされて、リリーシャは再びフィルロードへと目を向けた。
かしこまった態度を崩さないまま、フィルロードは床につけていた拳をグッと握りしめる。
「わたしはただ――、わたしに下されるはずの厳罰を、自ら甘んじて受けにきただけ。それだけです、騎士団団長ジュシルス殿」
静かな声が、その場に響き渡った。
厳罰? おだやかではないその言葉に、リリーシャは整った眉を寄せる。
いったい、どんな罪を犯したというのですか?
この国に忠実で、清廉潔白な騎士のあなたが――
次にその場に落とされたのは、大きな嘆息だった。
「――先刻から罰やら、厳罰やらと口にしてはいるが。おまえは、なんの罪を犯した? 騎士にあるまじき行為をしたのか? 国の誇りを傷つけるような真似をしたのか? あるいは、人道にも劣るようなことでも?」
「……申せません」
「なぜだ? 口止めでもされているのか?」
「……申せません」
同じ言葉を繰り返すフィルロードに埒があかない、とばかりに質問を並べていたジュシルスは、もう一度肩をすくめる。
「――とまあ、このような状態が続いているのですよ。こちらも、どう対処したものかと途方に暮れている状態でしてね」
「そう、なんですね」
一瞥を投げてくるジュシルスに、リリーシャはうつむいた。
国が誇る騎士の一人とはいえ、王族とそう簡単に会える権利は与えられていない。本来なら前もってうかがいを立てておき、許可がおりてようやく面会がかなう。急用であったとしても、事前に知らせは入るはずだった。だが、侍女たちも何も言ってはいなかった。
と、いうことは――
リリーシャの問いかけに、思いつめたような表情でカリオスは首を振った。
「いいえ……。これは、僕の独断なんです。突然押しかけてしまい、本当に申し訳ありません。僕も、リリーシャ姫に直接お会いするのは気が咎めたのですが、どうしてもお話したいことがあって」
「私にですか?」
「はい」
真っすぐに見つめてくる緑の瞳に他意はないと判断したリリーシャは、左右を見わたしてだれもいないことを確認してから彼を部屋に招き入れた。
失礼します、と一礼したカリオスは、扉がしまる音と同時に、すぐさま話を切り出してきた。
「リリーシャ姫は、フィルロードをご存じですよね?」
カリオスの口から飛び出したまさかの名前に、リリーシャの鼓動が大きく跳ね上がった。
「え? は、はい。フィルロードが、どうかしたのですか?」
動揺を悟られないようにしながら、リリーシャは話を続ける。
「……リリーシャ姫は、フィルロードと幼い頃から特に親しかったと聞きました。どうかお願いです、あいつを助けてやってください!」
「助ける? どういうことです? フィルロードに、何かあったのですか?」
「とにかく、一緒に来てください!」
「失礼します!」と、困惑するリリーシャの手首をカリオスがつかむ。
クイ、と手首を引かれて、リリーシャは唇をかみしめてから彼のあとを追った。
リリーシャがカリオスに連れられてやってきたのは、騎士団のすべてを取りまとめている騎士団団長の執務室だった。
ノックもそこそこに開け放たれた部屋の中には、執務机に寄りかかりながら両腕を組んだ男と、その前で片膝を折ってかしこまっている男が向かい合っていた。
二人の視線が、入口に立ったリリーシャとカリオスに注がれる。
両腕を組んだ男は切れ長の両目を細めて、もう一人の片膝を折っている男は、驚きに赤い瞳を見開いた。
「姫……!」
「……フィル、ロード」
うめくように、男の名前を口にするリリーシャ。
彼女をとらえていた紅の視線が、すぐさま彼女の横へと鋭く流された。
「カリオス! なぜ、関係のない姫を連れてきたんだ!」
「姫様なら――、おまえのことをよく知っているリリーシャ姫様なら、おまえを救ってくださるかもしれない。そう思ったからだ!」
「な……、おまえには、関係がないだろう!?」
「いいや! 僕は、どうしても納得がいかないんだ! なぜおまえが、よくわからない罪とやらで裁かれないといけない? どうして、厳罰を受けないといけないんだよ!」
「それは……!」
「だって、そうだろう!? つい最近まで、騎士としてこの国のために何が出来るか、何をするべきか語っていたじゃないか。この前の夜だって、そうだ!」
「っ」
息を飲んだフィルロードの瞳が宙をさまよい、返す言葉を失ったまま床へと落とされた。
なおも言いつのろうとするカリオスの前に、スッと手が差し出される。
「――騎士の在り方やリリーシャ姫の件はさておいて、厳罰うんぬんに関しては俺も同意見なんだがな」
フィルロードとカリオスの言い合いを制するように、ひょうひょうとした声が挟まれる。
その声の持ち主に、リリーシャは困惑顔で尋ねた。
「お義兄さま、これはいったい……どういうことですか?」
「どうもこうも、見てのとおりですよ」
両肩をすくめながら、男はあきれ混じりに答える。男の目線にうながされて、リリーシャは再びフィルロードへと目を向けた。
かしこまった態度を崩さないまま、フィルロードは床につけていた拳をグッと握りしめる。
「わたしはただ――、わたしに下されるはずの厳罰を、自ら甘んじて受けにきただけ。それだけです、騎士団団長ジュシルス殿」
静かな声が、その場に響き渡った。
厳罰? おだやかではないその言葉に、リリーシャは整った眉を寄せる。
いったい、どんな罪を犯したというのですか?
この国に忠実で、清廉潔白な騎士のあなたが――
次にその場に落とされたのは、大きな嘆息だった。
「――先刻から罰やら、厳罰やらと口にしてはいるが。おまえは、なんの罪を犯した? 騎士にあるまじき行為をしたのか? 国の誇りを傷つけるような真似をしたのか? あるいは、人道にも劣るようなことでも?」
「……申せません」
「なぜだ? 口止めでもされているのか?」
「……申せません」
同じ言葉を繰り返すフィルロードに埒があかない、とばかりに質問を並べていたジュシルスは、もう一度肩をすくめる。
「――とまあ、このような状態が続いているのですよ。こちらも、どう対処したものかと途方に暮れている状態でしてね」
「そう、なんですね」
一瞥を投げてくるジュシルスに、リリーシャはうつむいた。
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