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5.『10年』よりも『1日』

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 ――ハッ。
 次に私の時間が動き始めたのは、ベッドの上に横たわって眠りから覚めたときだった。
 ガバ、と上半身を起こして、ペタペタと自分の身体をさわる。
 別に痛いところや違和感があるわけでもないし、特に変わったところはなさそうだけど……。あれ? 服が変わってる……?
 覚えのある私の服装は、白のブラウスとチェックのスカートだったんだけど、今はシンプルな黒のワンピースになっていた。
 いつ、着替えたんだろう? 寝る前かな? この服、どうしたんだっけ?
 えーっと、確かあのあと秋斗くんに手を引かれて――
 最初は、そう。
 町の中を、ゆっくりと散策したんだ。途中であのときの門番二人に会ってしまって、ひと悶着あったんだよね。まあ、すぐに秋斗くんが片づけてくれたけど。
『彼女はおれの――、大切な友人なんだ』
 『友人』。
 そう、紹介されたんだ。それはそうだよね、うん。
 そのあとにティグローで名物らしい露天風呂がある温泉に行って、それで、えっとえっと。そのあたりの記憶が、完全にブラックアウトしている……私は額に手の甲をあてて、首をふった。
 てか、ここどこ? そんなに広くはない室内にベッドが二つとテーブルにイス、見覚えのない個室だった。
 わからないことだらけで私が?マークを飛ばしていると、不意にひびいてくるガチャという音。「あ」という嬉しそうな声と近づいてくる足音に、私は顔をむけた。
「美結さん、目が覚めてたんだ。おはよう」
「おはよ。って、なんで私と目が合ったとたん、すぐに顔をそらすんですか」
「あ、いや……なんでもない」
 あきらかに、なにかしらありました的なその様子に、私は疑惑の眼差しを強める。
 そんな態度をとられるなら、昨日言われたことをそっくりそのまま返してやるんだから。
「秋斗くんこそ、下手じゃない。嘘つくの。なにかあったんでしょ」
「な、なにかって?」
 しらばっくれる秋斗くんに、私は嘆息した。
「なにかはなにかでしょ」
「ああ……、と。う、うん。昨日の美結さん、いつもと違う一面を見せてくれて、その……すごく可愛かった」
「は、はいぃい!?」
 違う一面? かか、可愛かった!?
 なにが? なにがどうして、そうなったの!?
 てか、普通の幼馴染にもどった相手に、そんなことを普通思う!?
「あんな美結さん、初めてだった。いや……」
 初めて!?
 一気に全身が熱くなってきた私は、秋斗くんの藍色の瞳から逃げるように、ベッドの上でうずくまった。
 思い出せ、思い出すんだ、私。なにがあったのか!
 いや、ある意味思い出さない方がいい気もするけど……
 私が内心で葛藤しまくっていると、秋斗くんのおだやかな声が上からふってきた。
「おれ、食べ物でも持ってくるよ。まだ本調子じゃなさそうだし、美結さんは休んでて」
 本調子じゃない? って、だれが?
「いや、あのですね。バリバリ元気なんですけど、どうしてさらに休む必要が?」
 むくっと起きあがった私に、彼は自分のあごに手をあてながら「フフッ」ともらした。
「お腹もすいたでしょ?」
「そりゃあもう、お腹と背中がくっつきそうなほど! 気分的にはふわふわもちもちなパン系が食べたいなって、そそそうじゃなくて!」
 不本意すぎるけど、またしても食べ物トラップにかかってしまうなんて!
 でも、この町の名物ってちょっと気になっていたのよね。ここに来た時の、サリューと門番との会話。『ふわっともちっと二度食べてもサンドイッチ』が思い出されて、私のお腹が小さく鳴る。
 クスッ、と秋斗くんに笑われて、はじかれたように私は腹部をおさえた。
「やっぱりね。じゃ、なにか買ってくるよ」
「え? ちょ、ちょっと! お腹すいたのは確かだけど、待つのはそっち! まだきみにはききたいことが、て話をきけええ!」
 ああああ、懐かしのこの展開はあああああ!
 私のあわてた制止も、なんのその。秋斗くんは、さっそうと踵をかえして部屋から出て行ってしまう。
 久しぶりに感じるこのデジャブに、私はなすすべもなくベッドにクタッと力なく倒れこんだ。
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