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 有川が病院から戻ると翌日に、屯所へと戻った有川は古賀に会った瞬間に言う、その声と表情は悔し気なものであった。

「俺は加崎を救えなかった」

 その有川の言葉で古賀はすべてを察する。古賀は何も言わずに、加崎の机をそっと見る。有川も加崎の机をそっと見る。その瞬間に屯所に置かれている端末に通信が入る。有川はその通信に応答する。

『有川特佐。オーティを複数の穢れとともに第三十二区で捕捉。至急、第三十二区に急行せよ』

 有川はそれを聞いて、了解と言うと、装備を整える。その最中に、古賀に向かって言う。

「古賀、頼みがある」
「何です、特佐」

 有川は小声で何かを古賀に伝える。古賀は驚いた顔をすると、有川のほうを見る。そして、尋ねる。

「よろしいので」

 有川はゆっくりと頷く。そして、古賀をまっすぐ見つめて言う。

「責任は俺がすべてとる」
「わかりました」

 古賀はそう言うと、有川に頼まれたことの作業を開始する。有川はすまんな、とつぶやく。

「謝らないで、感謝してください。その方が特佐らしい」

 有川は少し驚いた顔をすると、笑う。

「そうだな、感謝するぜ、古賀」

 有川は装備が入ったバッグを持ち上げ、バイクの鍵を持つと、古賀に向かって言う。

「行ってくる」
「お気をつけて」

 古賀は有川が帰ってこないのでは、と考えていた。オーティのことについて、情報はすべて聞いていた。有川も帰ってこれずに、死ぬのではないか、と考えていた。だけど、止めるという選択肢はなかった。執行局の浄化師の役割は知っていたし、有川の生き方も知っていたからだった。
 そして、有川は黙って何も言わずにエレベーターに乗り込む。古賀はそれを黙って見送るしかなかった。


 その頃、加崎は病院にいた。病院の部屋でただ一人何度も何度も自分を責めていた。だが、突如病室の扉は開き、一人の人物が入ってくる。加崎は上半身を起き上がらせ、それが誰かを確認する。それは時村だった。
「なんで、ここに?」

 加崎は動揺しながら聞く。時村はこの場所を知らないはずだった。それに知っていても来ることがあるとは思えなかった。

「古賀っていう人から連絡が来たの」

 時村はそれだけで言うと、加崎の寝ているベッドに近づき、横にある椅子に座る。加崎は古賀の思惑がまったくわからなかった。時村が何かを言うと思って待っていたが、何も言わない。ただ時村は加崎を見つめていた。

「時村さん、古賀さんから何を言われたの?」

 加崎は尋ねる。時村は加崎のことをまっすぐ見て、答える。

「加崎君が自分を責めてるって。自分のせいで多くの人が傷ついた、と思ってるって」

 加崎はそれを聞いて、下を向いて黙り込む。古賀がなぜそんなことを時村に伝えたのかは知らなかった。それに、知ってほしくなかった。だって、きっと彼女は。

「詳細は、私は知らないし、わからない。でも、本当にあなたのせいなの?」

 時村は穏やかな笑顔で問う。加崎は予想通りだと思った。時村は自分をかばってくれる。あなたのせいじゃない、と言ってくれる。だけど、それは。

「僕のせいだよ、僕のせい以外の何物でもない」

 加崎は声を荒げる。今の加崎にとってはその時村の優しさは不要なものだ。むしろ、覚悟を鈍らせる。だから、加崎は思うのだ。時村にやさしくしてほしくない。
 もうこれ以上、自分に価値があると勘違いしたくない。

「どうして、そう思うの?」

 時村の態度は崩れない。どこまでも、優しい、どうしようもないと加崎が思うほどに。だからこそ、加崎は声を荒げながら突き放すように言う。

「何も知らないくせに、知ったような口調で、知ったような態度で僕にかまうな。迷惑なんだよ、うざいんだよ」

 それを聞いても、時村の態度は先ほどと変わらない。加崎はいら立ちが募っていく。

「いらないんだよ、そんな優しさなんて。僕には必要ない」

 加崎は吐き捨てるように言う。そして、そのまま、時村にあざけるように言う。

「どうせ、僕以外にもそんな態度なんだろ」

 その瞬間、加崎は頬に衝撃を感じる。加崎は驚いた顔をして、時村のほうを見る。時村は涙を浮かべながら告げる。

「加崎君だけよ。今の私は加崎君のことしか見ていない」

 加崎に呆然としながら、時村が話すことを黙って聞く。

「私は加崎君にずっとあこがれていたの。だって、あなたは他人を責めなかったから、どんな状況でも自分自身を責め続けていたから」

 加崎は違うと思った。それは違う、と。だから、そのことを伝える。

「違うよ、だって自分が一番悪かったから。僕が悪かったんだ。他人が悪いことなんてなかった」

 時村は尋ねる。加崎をまっすぐ見つめながら。

「本当に、本当にあなたはそう思うの?自分以外が悪かったことがなかった、と」

 加崎は固まる。その時村の問いの答えが出てこなかった。いや出てきちゃいけないと思った。だって、自分以外が悪いことなんてない。自分だけが悪いんだ。ずっとそうだったんだから。

 ――お前が悪いんだよ。お前が。誰かのせいじゃないお前のせいだ。

 加崎はいつものように頭の中で声が聞こえ始める。加崎は素直にその声の言っていることに賛同しようとした。
 でも、その前に時村が加崎に告げる。加崎が見てこなかったこと、目をそらしてきた事実に。

「あなたはただ怖かっただけ。自分の価値が他人に認められずに否定されたらどうしよう、と」

 加崎の心臓は跳ね上がる。その瞬間、加崎の息は粗くなる。時村の言っていることは自分にとって真実のように感じていた。だって、自分が悪いと思えば、誰かが向ける視線は怖くなかった。親からの、周囲からの視線が。

 でも、少しでも誰かが悪いと思えば、怖くなった。

「違う、僕が悪いんだ」

 加崎はつぶやく。時村は加崎のつぶやきを聞いて、再度尋ねる。

「本当にそう思っているの?自分だけが悪い、と。」

 加崎が考えこもうとすると、頭の中の声が大きくなる。

 ――お前だよ。お前以外が悪いことなんてなかった。

 それを聞いて、加崎は自分に問う。自分は努力してきた。認められように。でも認めてくれなかったのは誰だ。

 ――逃げるなよ、自分から。他人のせいにするつもりか。

 加崎は思う。そうだ、これは逃げだ。自分を見つめずに、他人のせいにするなんて。

「僕は他人のせいにしたくない。それは逃げだから。僕は逃げたくない」

 加崎は自分に言い聞かせるように言う。時村はそう、と言うと自嘲するように言う。

「私は他人のせいにすることもある。そっちのほうが楽だから」

 加崎は何も言えなかった。時村は続ける。

「加崎君、人は完璧じゃない。だから、逃げても私はいいと思う」

 時村はそこで一度言葉を切る。そして、笑って言う。

「それに私はこれ以上あなたに傷ついてほしくない。ねえ知ってた?私って結構わがままなの」

 加崎は時村のほうを見る。そして、加崎は時村に小さな声で問う。

「どうして?僕に傷ついてほしくないの」
「言ったでしょ、私はあこがれてるの、加崎君に、加崎君の在り方に。だから加崎君が傷ついているのは嫌なの」

 加崎は首を振ると、自嘲気味に言う。

「僕なんて、他の人に比べたら」

 加崎はそう言いながら自分の周囲の人を思い浮かべる。

 優秀で社会の役に立っていた両親を。

 ふざけながらもやるべきことはして、自分みたいなやつのことでも精一杯サポートしてくれた有川を。

 真面目に自分の職務を全うしていた古賀を。特別な力がなくても、穢れと戦い続けている守谷を。

 自分のすべきことを把握し、自分にも他人にも厳しい御澤を。

 そして、自分みたいな奴のためでも、向き合ってくれる優しさを持つ時村を。

「加崎君が自分のことをどう思っていても、私はあなたに憧れてるの」

 時村は穏やかに、だがはっきりと言う。そして、続けて言う。

「誰かのようにならなくていいの。あなたはあなたらしくていいの」
「それじゃ、誰も僕を認めてくれない。こんな僕じゃ」

 加崎は自分のことを思って、そう苦し気な表情で言う。自分らしく認めてもらいたい。でもきっとそれじゃ認めてもらえない、と加崎は思っていた。それを聞いて、時村は笑顔で言う。

「私が認める。どんなあなたでも私には構わない。これは恩返し」
「恩返し?」

 加崎は時村が言ってくれたことに少し喜びを感じながらも、疑問に思ったことを尋ねる。自分が時村に恩返しされるようなことはなかった。そのはずだ、と加崎は思っていたからであった。
「私は自分に自信がなかった。でもね、あなたは初めて話した時、私のことを笑顔でほめてくれた。それから私は私に自信が持てた。何があってもあなたが私を認めてくれると思えたから」

 加崎にはそんなことがあった記憶はなかった。でも、ずっと加崎は時村が憧れていたのは事実であったし、褒めるようなこともあっただろうと思える。

「でも、それだけで僕を認めるだなんて」

 加崎は消え入りそうな声で言う。時村は首を振る。そして、加崎の右手をつかみ、まっすぐと加崎を見つめて笑顔で言う。

「それだけで十分なの。今の私があるのは、あなたのおかげだから」

 加崎はそれを聞いて、いつのまにか目から涙が流れていた。夢のようだった。自分をこんなに認めてくれる人がいると、思えたのは。その瞬間、加崎の頭の中で声が聞こえる。

 ――お前を本当に認めてくれるかな。

 加崎はつぶやく、黙れ、と。加崎には嘘とは思えなかったし、それに今時村を疑いたくなかった。
 
 ――いいのか、お前はそれで。騙されてるかもしれんぞ。

 加崎は首を振る。そして、自分に言い聞かせるように言う。

「僕は時村さんを信じる。それが、今の僕が自分を認めてくれた時村さんのためにできることだから」
 
 そう言い切った瞬間に、頭の中の声は勝手にしろ、と言って消える。加崎は時村に頭を下げる。

「時村さん、ありがとう」
「気にしないで、私が言いたいこと言っただけだから」

 そして、加崎は自分に問う。今の僕がすべきことは何だ、と。その答えはすぐに出る。

「時村さん、僕はなりたい自分をみつけたい」

 時村は頷くと、笑顔で加崎が言って欲しかったことを言ってくれる。たった一つのことを。

「応援する」

 加崎はありがとう、とつぶやく。そして、そのために今すぐやるべきことがあると、加崎は思う。
 なりたい自分を見つけるなら、僕はもう逃げるべきじゃない。自分に見切りをつけている場合じゃない。
 だからこそ。加崎は、時村に顔を向ける。そして、はっきりとした声で言う。

「僕には今すぐやるべきことがある」
「聞いてもいい?」

 加崎は一瞬考えこみ、答える。

「詳細は言えない。でも戦わなきゃいけない、強大な敵と。でも必ず帰ってくる」
「わかった、待ってるから」
 
 時村は笑顔で言う。時村は察していた。古賀からある程度、オーティに関する情報が時村に伝えられていた。
 時村は加崎がいなくなってしまうのではないかという、恐怖を感じていた。だから、少し体が震えていた。でも、平気であるように見せながら、加崎から手を離す。その瞬間、加崎は時村の肩をつかみ、まっすぐと見つめて言う。

「必ず生きて帰る」

 時村は突如のことにびっくりして、顔を少し赤くしながら頷く。そして、加崎は時村から手を離すと、ベッドから降りる。そして、時村に背を向ける。

「行ってくる」

 そして、加崎は部屋の出口に向かう。その瞬間、時村はすぐさま加崎に声をかける。今伝えておきたいと思ったことを。

「約束だから。生きて帰ってこなかったら絶対許さない」

 加崎は時村のほうに顔を向ける。そして、笑顔で言う。

「絶対に守る」

 そう言うと、加崎は部屋を出て、退院を言うために、医師のとこへと向かう。部屋に残された時村はつぶやく。

「必ず生きて帰ってきてね」

 そして、浄化師の青年は新たな未来を、新たな道を進むために、戦いへと急ぐ…

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