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 守谷と協力した穢れの浄化作戦から三日後、加崎は第一区にある執行局の本部へと来ていた。浄化師として執行局の部隊に入ることに関して、行われる手続きがあったからである。

 加崎は作戦に参加した後の手続きって何なのだろうと考え、有川に聞いたら、最初の作戦で浄化師として使えないことが判断された場合があるからであるということだった。

 本部にて、加崎は大量の書類にサインをしたり、本部勤めの局員から説明を聞いたりしていた。四時間以上の時間をかけて、ようやく手続きが終了し、加崎は浄化師として完全に執行局側に認められた。

 手続きを担当した局員に頭を下げると加崎は執行局本部の一室から出ると、大きくため息をつく。加崎は大きな疲労感を感じていた。加崎は早く帰ろうと思うと出口のほうへと歩き出す。

 その途中、廊下の角を曲がる瞬間、加崎が疲れていて注意力も散漫になっていたのもあり、誰かにぶつかってしまう。そのぶつかった拍子に、相手が持っていた書類の束が床に落ちてしまう。

「「ごめんなさい」」

 加崎と加崎がぶつかった誰かは両者が反射的に同時に謝る。加崎は、かがんで書類を拾う。そして、それを渡そうと、顔をあげた瞬間、加崎は固まる。

 相手は茶髪のショートで新品に見える執行局の制服を着こなした加崎と同じくらいの年齢の女性であった。この相手を加崎は知っていた。相手も加崎の顔を見た瞬間に、驚きの顔で固まっていた。少しして、加崎は震えた声でつぶやく。

「時村さん」
「加崎君?」

 相手も加崎と同じくらい震えた声で言う。
 この相手は時村優衣ときむらゆいという名前で、加崎の幼なじみであった。加崎は執行局に入ることになってから一度も連絡をとらず、会ってもいなかった。加崎は書類が相手の手に渡った瞬間、背を向けてその場を去ろうとする。だが、その前に時村が加崎に声をかける。

「待って、加崎君だよね?」

 加崎は頷くかを迷う。時村は昔からよく落ち込んでいることが多かった加崎を励ましてくれていて、また、正義感が強く、昔から執行局に入ると言っていた人物であった。

 そんな時村が、加崎が現在浄化師として働くことになっていると聞いたらどう思うのか、と加崎は考えていた。そもそも時村が浄化師について知っているかはわからない。執行局の制服を着ていることから、執行局で働いているのだろう。だが、浄化師の存在は執行局の局員のすべてが知っていることではない。

 そもそも今更会って、何を話せばいいのか、わからなかった。時村はじっと加崎を見つめる。加崎はしばらくして、観念したかのように頷く。違いますと言うこともできた、何も言わずにその場を離れることもできた。

 だが、そのどちらの選択肢も加崎は取れなかった。なぜなら、加崎は今ごまかしたら、時村なら自分について調べると思ったからである。そうなれば、結果として彼女を巻き込むことになるし、執行局の上層部は良い顔をしないと思ったからである。頷いた加崎を見て、時村は泣きそうな顔をする。

「二年前に突然消えて心配したんだから」

 加崎は下を向いて、ごめんと小さく言う。時村は謝らないで、と言うと加崎に尋ねる。加崎にとって尋ねてほしくないことを。

「今まで何してて、今何してるの?」

 加崎は黙り込む。聞かれることだとは思っていた。だが、どう答えるのが正解かがわからなかった。時村は加崎が黙り込んでいても、何も言わない。しばらくすると、加崎の後ろから時村を呼ぶ声がする。加崎はそれを聞いて、口を開く。

「呼ばれてるよ、時村さん」
「わかってる、ねえ私の質問には答えてくれない?」

 加崎はごめん、と小さく言う。加崎は答えられなかった。何を言えばいいのか、結局思いつかなった。時村は答えられないことなんだねと落胆するように小さくつぶやく。そのつぶやきは加崎の胸を締め付けるものであった。そして、加崎に優しい声で言う。

「待ってるから、話してくれることを。いつまでも」

 加崎はそれを聞いて、変わらないな、と思う。時村は昔からずっと優しい人であった。それに加崎は助けられてきたことがある。だけど、今もそうだが、加崎にとってはその優しさはナイフにも感じられるのだ。だって自分みたいな存在にも優しくしてくれる人だけであって、誰にも優しい人物であるからだ。

 加崎は一度小さく頷くと、時村の横を黙って通りすぎる。時村は振り向いて、加崎に尋ねる。

「一つだけ聞かせて、今加崎君は幸せなの?」

 加崎は振り向いて、今できるだけの笑顔で返答する。

「幸せだよ、だから大丈夫、心配しないで」

 加崎は心配させるわけにはいかなかった。自分のことなんかを考えずに、時村が進みたい、進むべき道をただただ行ってほしかった。時村はよかった、と笑顔になる。加崎はその笑顔に胸が締め付けられるような感情を覚える。正直、時村に浄化師になってしまった事実について相談したかった。でも、それは許されないと思っていた。

 加崎は背を向けると、出口へと早足で向かう。
 時村は加崎が見えなくなるまで、その場に立っていた。そして、加崎が見えなくなった瞬間に、小さくつぶやく。

「うそつき」

 そのつぶやきは誰にも聞こえることはなかった。二人の二年ぶりの再会は互いを傷つけるものであった。

 加崎は本部を出ると屯所へと向かうために、駅へと向かう。その駅のホームで、一人の人物に出会う。それは守谷だった。守谷は加崎を見つけると、声をかけてくる。

「よお、加崎君じゃないか」
「守谷中佐、お疲れ様です」

 加崎はそう言って、敬礼をする。

「今は仕事中じゃなくてプライベートだから、もっとラフにいこうぜ、加崎君」
「わかりました、守谷さん」

 加崎はそう言いながら、守谷の隣に立って電車が来るのを待つことにする。守谷は加崎に尋ねる。

「本部で何か用でもあったのか?」
「はい、浄化師としての最終手続きを」

 それを聞いて、守谷はああなるほど、と言う。そして、ねぎらう言うように言う。

「お疲れさん、あれ大変だろ」
「そうですね、有川さんから聞いていたんですけど予想以上でした」

 加崎は苦笑交じりに言う。そして、加崎は守谷に尋ねる。

「守谷さんは、ここで何を?」
「本部で提出する書類があったからな」

 なるほど、と加崎が言うと、駅のホームに電車が入ってくる。加崎と有川は電車に乗り込む。電車はすいており、ほとんど人がいなかった。二人は隣りあわせで座席に座る。座った瞬間、守谷は尋ねてくる。

「加崎君、これからの予定は?」
「何もありません、有川さんからは本部での手続き終わったら自由にしろって」

 そうか、と守谷は言うと、端末を取り出す。そして、メールを打ち始める。打ち込んだメールを守谷は送信すると、加崎のほうを見て、先ほどとは打って変わったかのような真剣な声で問う。

「だったら、聞くが。本部で何かあったか?」

 加崎はえっと言って固まる。

「加崎君。俺とゲンは伊達に君より長く生きてない。君の様子のおかしさは一目でわかるぞ」

 それを聞いて、加崎はそうですかね、と震えた声で言う。守谷は黙って頷く。そして、加崎に向かって言う。

「相談には乗ってやるぞ。今日はもう特段用事はないから時間はある」

 加崎は下を向いて、小さな声で言う。

「幼なじみと会ったんです」

 そのまま、加崎は言葉を選ぶようにしながら話しを続ける。

「幼なじみに二年間何してたのかを聞かれました。でも答えられませんでした。というか今更何を言って、何を話すべきかわかりませんでした。そしたら、言えるようになるまで待ってくれる、と言ってくれました。さらに今幸せかどうかを聞かれました。僕は幸せだと答えました。嘘ですけどね。僕はどう答えるのが正解だったんでしょうか?」

 守谷はそうか、と言うと、大きく息を吐いた後に言う。

「君がどう答えるのが正解だったかは、はっきり言おう。わからん」

 加崎はそれを聞いて、目が点になる。加崎は守谷が何か答えを示してくれると思っていた。その期待を裏切られたと加崎は感じていた。

「だってな、加崎君。それを決めるのは君自身だろ?君は正解だったかを俺に聞いた。その時点で君の中では決まってるようなもんではないか?」

 守谷は君の心に聞いてみろ、と付け足す。加崎はそれを聞いて、そのことについて考えようとする。だが、考えるまでもなかった。自分で思う。あの時の自分の返答と態度は間違っていた、と。加崎は守谷に小さな声で尋ねる。

「間違っていたなら、どうすべきでしょうか?」
「相手に訂正するか、訂正しないかの二択だな。決めるのは君だ」

 加崎はそうですよね、と言う。加崎は守谷に問う。

「訂正したくともどう訂正すべきかわからない場合はどうすればいいのでしょうか?」
「相手にそのことを伝えて待ってもらうって言うべきことが決まったら言えばいいだろうなと、俺は思う。まあ君次第だよ」

 加崎は頷くと、どうすべきかを悩む。加崎は訂正するなら早く訂正したほうがいいと思っていた。きっと、時村は自分の言葉をいつまでも待ってくれる。そう加崎は信じていた。だけど、今伝えるべきことだけでも伝えるべきだと感じていた。

 加崎はしばらく悩むと、メールを送ることに決める。話すべきことの整理がついたら話すという旨のメールを。だが、今すぐは送れなかった。今持っている端末では時村の連絡先がわからず、また規則的にも連絡が取れなかったからで、今家に置かれている学生時代の端末でないといけなかったからである。
 今後何をすべきかがわかった加崎は守谷に頭を下げる。

「ありがとうございました、守谷さん」
「いいってことよ」

 守谷は加崎の顔が先程に比べて良いものになってると思っていた。駅のホームで会った時は、後悔して傷ついた人の顔であったが、今は覚悟が決まった人の顔をしていた。守谷は加崎に尋ねる。

「幼なじみって女か?」

 加崎は一応そうですけど、となんでそんなことを聞くのだろうと思いながら伝える。すると、守谷はそうかそうか、と言ってにやけた顔をする。

「青春してるねえ」

 加崎は守谷のその言葉とにやけ顔秘められた感情に気づくと、慌てながら言う。

「違いますよ、ただの幼なじみです」
「恥ずがることじゃないぞ、加崎君。応援してるぞ」

 守谷は親指を立てる。加崎は顔を赤くしながら、何度も違いますと言う。守谷はそれを聞きながら笑っていた。

 加崎は守谷と同じ駅で降りて、家の方向が逆だったために、そこで別れることなった。そして、加崎は守谷がいなくなってしばらくすると、大きくため息をつく。

「守谷さん、勘違いしたままだったな」
「ヤスがどうしたって、加崎?」

 加崎は声が聞こえたほうを向く。そこには、有川がいた。

「有川さん、なんでここに?」
「ヤスからメールが来たからな。加崎の様子がおかしいって」

 加崎はそれを聞いて、守谷の気遣いに加崎は申し訳なさを覚える。そして、同時に有川に対しても申し訳なさを覚える。

「すいません、もう大丈夫です」
「まあみりゃわかるさ」

 そう言って有川は加崎の肩をたたく。加崎はそんなに自分ってわかりやすいかなと思う。

「お前、明日は午後からでいいからな」
「いや、朝からで大丈夫ですよ」

 加崎は有川のほうを向いて申し訳ないです、と付け加えながら言う。

「黙ってこっちの優しさは受け取っておけ」

 加崎は有川にそう言われると何も言えなかった。加崎はありがとうございます、と言う。

「じゃ、加崎、頑張れよ。彼女と、うまくいくといいな」

 加崎はそれを聞いて、反射的に違います、と言う。そして、気づく。なんで彼女がどうのっていう話が有川の口から出てきたのか。加崎は有川に問う。守谷が自分との相談が終わって少したってから、電車でメールをもう一度誰かに送っていたことを思い出しながら。

「有川さん、もしかして電車での話の内容、守谷さんから聞きました?」
「まずい、急ぎの用事があったのを思い出した。じゃあな、加崎」

 有川はすっとぼけたように言うと、加崎から背を向け、どこかに走り出す。加崎は待ってください、と言うが、有川はそれを無視して、どこかへと言ってしまう。

「守谷さんに今度、あったら問い詰めるぞ」

 加崎はそうつぶやく。そして、笑う。加崎は二人が自分のことを思ってくれているのだ、と気づく。まあただ楽しんでいる可能性もあるが。そう思うと、加崎の心は暖かくなった。加崎は頑張ろうとつぶやくと、家へと向かう。

 加崎は家につくと、学生時代の端末を机の引き出しから出す。そして、端末を充電する。その間に、文面を考えながら、食事を作ったりする。加崎は食事を食べ終えると、端末を起動する。そして、時村へのメールを打ち込む。何度も打ち込んだものを消したりして、一時間かけてメールを送る。

『今日はごめんなさい。二年間何をしていて、今何をしているかは言うことができません。でも、
ずれ言える日が来ると思います。それまで待っていただけると幸いです。あと、自分は今、周りの人に恵まれているので、そこそこ幸せです』

 時村からのメールの返信は一時間ほどに来た。通知が来るや否や、加崎はそのメールの内容をすぐさま確認する。

『わかりました。待ちます』

 加崎はこのメールを見て、笑う。時村のメールはいつも簡素なものであったのを加崎は思い出し、懐かしさを感じていた。だからこそ、これだけしか書かれてない簡素なメールであったが、加崎にとってはこれだけで十分なものであた。加崎は早く言えるようにしなければと思いながら、端末の電源を切って、机の引き出しにしまう。
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