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第一章 ダンジョン脱出編
17、勇者、この世の因果応報を知る。
しおりを挟む「おいおい、まだなのかよ」と悪態をつくように勇者バロムは言った。
勇者バロムは何も見えない。
目には黒い目隠しがしっかりと縛り付けられているからだ。
そして、そのまんまの恰好でバロムは歩かされている。一体どこをどういう風に歩いているのか分からないが、降りたり、登ったり、そういうのがずっと続いていた。
「なぁ、もうこれとってもいいだろう? さすがに目隠しされたまんまじゃ歩きずらいぜ」とバロムが笑えば「黙れ、くそったれ」と低い声で誰かに言われた。
くそったれ、というのはバロムのあだ名である。牢屋の中でずっと牢役人に対しそう言い続けた結果、めでたくそのようなありがたくないあだ名を頂戴したのだ。
「くそったれ、ねぇ、そういうのはあの女を言うのさ」とバロムは歩きながら悪態をつく。「キャロライン=ドンスター、アイツの方が俺よりもよほどくそったれだ。
俺は何も間違っちゃいない。
酒場の皆に聞いてみろよ。俺のパーティーにいた戦士と僧侶にもな。あいつのクソさ加減がよくわかるぜ。
あいつは何一つパーティーに貢献しなかった。金をだすだけ。あとはただのパーティーのお荷物だ。そんなあいつを追放して何が悪い? どこのパーティーでも使えない奴はああいう目にあうのさ。そうだろう?
だから、俺は何も悪くはないのさ。
だからよぉ、なぁ、俺を逃がしてくれないか? 俺を取り囲んでいる連中が何人いるか知らないが、どうせあんたら安月給で働かされているんだろう?
その生活を俺が変えてやるよ。
こう言っちゃあ何だが、俺は結構名の売れた冒険者なんだ。俺についてくれば金銀財宝想いのままだぜ? なぁ一緒に稼ごうぜ兄弟」
「とまれ、くそったれ」と低い声が聞こえたので、バロムは足を止めた。
バロムは一度喉を鳴らす。
まだ何をされるか聞いていない。悪い想像が頭をもたげる。
外の様子が気になった。いつ目隠しをとればいいのだろう? そもそも両腕は手錠がつけられていて、思うように動かせない。
心臓の鼓動が聞こえる。そして、その音に紛れるように足音が近づいてきた。たぶん二人。そして次の瞬間、その声で誰が近づいてきたのかが分かった。
「あとはわたくしたちがやるわ。ここまでありがとう」
――キャロライン!
「はっ、陛下」といい、複数の足音が去っていった。
妖艶な声が耳に入り込む。
「久しぶりねぇバロム」
バロムの口角の片方が吊り上がる。
「ああ、久しぶりだなキャロライン。もっとも、再会を喜ぶためにはこの目隠しをとって抱擁すべきだと思うがな」
「そんなこと駄目よ。だって、もしもそうしたら、あなたはわたくしを殺すでしょう?」
「はっはっはっはっはっは! かもしれないな」
「まぁとりあえず場所を移して本題に入りましょうバロム」とキャロラインが言ったと同時に、背中から誰かが手を触れた。
誰だ? と思う間もなく、めまいに襲われる。
気分が悪くなり、上下左右が分からなくなり、バロムは思わず地面に手をついた。
それは石の感触だった。地面をなぞるように横に手のひらを動かしても、そこにあるのは石ばかりだった。さきほどまで足の裏には草や土の感触を感じていたのだが、どこかに移動したのだろうか?
――移動魔法か?
「魔法に酔いやすい人と酔いにくい人がいるようね」
――酔う?
「まぁバロムそのままの恰好でもいいわ。聞いてほしいことがあるの……」
冷たい風がバロムの頬を撫でる。そして、そのバロムの耳に凛とした声が入り込む。
「実はね、ずっと迷っていたの。
わたくしをパーティーから追放し、ダンジョンに置き去りにしたあなたちの三人の処分をどうすべきか……、ずっと迷っていたの……。ずっと……」
「……」
「そして、やっとあなたをどうすべきか分かったの。これまでのあなたとわたくしとの関係性を振り返った時に……やっとね」
バロムはもう一度つばを飲み込む。
もうキャロラインは女王だった。この国で一番の存在。その決定は何があったとしても実行されるだろう。
たとえどんなに酷い刑でも……
あの時キャロラインを殺しておくべきだった……、とバロムは強く思った。そして、すぐさま国外逃亡すればよかったのだ。王都の酒場で馬鹿みたいに騒がずに……そうすればあの金貨で死ぬまで酒をかっくらいながら暮らすことができたのに……
――くそったれ。
「わたくしが間違っていたわ。バロム。ごめんなさい」
一瞬、時が止まったように感じた。
よく分からない言葉が耳から入り込んだような気がしたのだ。
「キャロライン?」と思わずバロムの口から言葉が漏れる。
「わたくしが間違っていた、と言っているのよバロム。あなた達との関係性において……わたくしに非がある、と言っているの。
さきほどの話、遠くからかすかに聞こえたわ。
わたくしが、何もしていなかった、という話……
まったくその通りよバロム。ええ、悔しいけどその通りだわ。
わたくしは、何もしなかったばかりか、何かをしようとさえしなかった。
あなたの怒り、今なら共有できるわ。
わたくしは良いパーティーメンバーではなかった。少なくとも良いメンバーになろうとすべきだったと今は反省してるわ。ごめんなさいバロム」
嘘だろう? とバロムは思った。
思わぬ展開に笑いがこみあげてきた。
てっきりジークフリード王子のように平和喪失刑に処されるのかと思い込んでいたからだ。
目隠しをされたことで悪い方に物事を想像してしまっていたのだ。
「まぁ、いいってことよ!」とバロムは取り繕う。
九死に一生を得たような気分だった。やった、と思った。一気に未来が開けた気がした。
だから……目隠しを取りたかった。
早くキャロラインの顔を見て安心したかったのだ。
だから聞いた、目隠しをとってよいか、と。
ええ、もちろんよ、ふふふ、という妖艶なキャロラインの笑い声が聞こえた。そして、手錠は外され、……バロムは外の世界を見た。
そこは、暗く、石だらけだった。床も天井も左右の壁も……すべて石だった……
目の前には王冠をかぶる赤毛の女性――キャロライン――がおり、その手には赤く燃え上がる松明が握りしめられていた。目を凝らすと、その脇に子供が見えた。青い髪の坊ちゃん刈りの男の子だ。
「キャロライン……ここは?」とバロムは聞いた。
「覚えてないかしら? ここはあなたがわたくしを置き去りにした場所よ」
「洞窟(ダンジョン)……だと? なんでだ? なんでダンジョンなんかに……」
「知りたい?」とキャロラインは笑った。
「たしかに、わたくしはパーティーのお荷物だったことは認めるわ。そこは認める。
でもね……、だからといって絶対に死んでしまうような環境にパーティーメンバーを置き去りにしたことと、それは別よ。
でもね……安心してバロム。あなたの財産は奪わないし、土地も奪わない。あなたはこのミッドランドにおいてどんな罪にも問わないでおいてあげるわ。わたくしから全財産を奪い取ったことも水に流してあげる。
ただしバロム……、あなたはあなた自身が作り出した痛みを知るべきだわ。そう、あのときと同じ条件でね」
キャロラインはそう言ってバロムにナイフを投げつけた。バロムはそれを受け取り、眺めた。その刀身にはドンスターの紋章が刻まれていた。
「これで、あなたも、あの時のわたくしと同じ条件」
ドクン、と心臓が大きくなった。
やっとキャロラインの真意に気づいたのだ。
それは駄目だ。絶対に駄目だ。それだけは!
「やめろキャロライン! ここに輝石はないんだぞ!」とバロムは狂ったように叫ぶ。
輝石というのは輝く石のことである。通常帰り道はこの石を頼りに帰るものだが、もちろんここにそんなものなどなかった。
「あら、わたくしの時もそうだったわよ。輝石はあなたたちが拾っていったから、帰る手掛かりなんて無かった」
「無理だ!」
「あら、奇遇ね。わたくしも、あの時、そう思ったの」とキャロラインは笑い「あ、それと」と付け足した。
「あなたはわたくしより大分強いから少し階層を下げたわ。ここは地下150階。これで大体わたくしと同じ難易度かしら」
バロムの顔が青ざめてゆく。
馬鹿な、と思った。そんな馬鹿なことなど。
「では、ごきげんよう」と立ち去ろうとしたキャロラインに向かって、バロムは飛び上がり、ナイフを突き立てようとする。
「朕の友に何をする、人間」と傍らの子供が口をひらきナイフを手のひらで受け止めた。
「どけろガキ!」と叫ぶバロムに青い髪の子供――魔王ザザバエゾ――の瞳が赤く光る。
「朕に命令するのか? この魔王ザザバエゾに命令するつもりか? 人間」
ザザバエゾから放たれた衝撃波がバロムの体を襲う。
次の瞬間バロムの体はふきとび、後方の岩に激突した。その様子をみてザザバエゾは肩をすくめる。
「ふむ。キャロラインの頼みゆえ今は生かしてやろう。それに朕が餌を横取りしたとあれば、他の魔物たちの楽しみを減らすこととなる。それはよくないと父上に言われておったのじゃ」
キャロラインは松明を地面に落とし、こちらを見て唇をつり上げる。
「では、地上でまた逢いましょう。勇者バロムよ」
キャロラインとザザバエゾの体が黒く光りはじめる。
バロムは岩に打ち付けられた体を引きずり二人に向かって走り始める。
それは二人を攻撃するためではない。
追いすがるために走っているのだ。
「待てぇええええええ! 待ってくれぇええええ!! 置き去りは嫌だぁあああ! 頼む置いていかないでくれぇえええ!!」
バロムが飛びつこうとした瞬間、二人の体が消えた。
「うわぁああああああああああああああああああああああああああああああ! いやだぁああああああああああ!!」
バロムの声がダンジョン内にこだまする。
暗く、深い闇の中に、その声は何度もこだまする。
そして、その声はやがて暗闇のなかに消えていった。
これ以後、勇者バロムの姿を見たものはなかったという。
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