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7 犬と美少女

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 これはどういう状況だ。
 夕陽を浴びて颯爽と歩く草壁くさかべ先生。
 そして、その後に続く宮坂えりか。
 そしてそのまた後方に、俺。

 何だこの奇妙なパーティは。何処のダンジョンへ行くつもりだ。

 部活で校内に残っている学生たちが、遠目で俺らパーティを見ている。
 すまん訂正。見られているのは、草壁くさかべ先生と宮坂えりかだった。
 俺はなるべく気配を消して、ただ偶然宮坂たちの後ろを歩いている風を装っている。

 校門に差し掛かると、草壁くさかべ先生が身を翻してこちらを向く。
 白衣がはためいて、夕顔の花を逆さまにしたように開く。
 何事かと集まり始めた野次馬には目もくれず、草壁くさかべ先生は校門と同一線上で仁王立ちを決めた。
 あ、なんかやな予感。
 思った時には遅過ぎた。

「さあ高望たかもち、宮坂を、丁重に送って差し上げなさい」

 巨乳ミリオタ教師が、高らかに叫びやがった。

 野球部やらサッカー部やらが、一斉に俺に視線を向ける。その中に何処かで見た顔がある気がしたけど、今はそれどころではない。

 消えたい。
 心からそう思った夕暮れ。

 人目が無ければ、迷わず瞬間移動テレポートしていたところだ。 

「た、高望たかもちくん……」
「仕方ない、か。宮坂さん、少しだけ辛抱してくれ」

 俺は宮坂を促して、その行く方向へ足を向ける。偶然にも俺と同じ方向だ。
 しかしこんな茶番、最初の曲がり角で終わらせてやる。そう思って歩くのだが、その最初の曲がり角が中々に遠い。
 しかも高校のフェンス沿いを歩いている為、学校の外周でロードワークをする陸上部にも、すれ違い様にジロリと見られてしまった。

「宮坂さん、悪い」
「い、いえ。その、悪くはないというか……あの」

 俺と隣り合わせで歩く現状を憂慮してか、どうにも歯切れが悪いようだ。

 まあいい。あと数十メートルで曲がり角だ。
 後ろをチラリと振り返る。草壁くさかべ先生の姿は見えない。
 よし、もういいな。

「宮坂さん、俺こっちだから」

 直角に左へ向いた俺。追随する宮坂……あれ?

「わ、私もこっちなので」
「そ、そうか」
「──はい」

 それからしばらく、二人並んで歩く。会話はもちろん──無い。

 十分ほど真っ直ぐ進み、上り坂を上がると、じいちゃんへ帰る最後の信号へと着いた。
 お、ちょうど目の前の歩行者信号は青だ。

「じゃあな、付き合わせて悪かった」

 気さくに手なんか挙げちゃって、全然颯爽じゃない不恰好な猫背で、横断歩道を渡る。
 さあて、今日は何しよう。
 ゲームかな。ゲームだな。



 いつも登校時にナポリタンドックを仕入れる個人経営のコンビニを通り過ぎつつ、部屋での過ごし方を考える。
 その先、いつも門扉に顔を突っ込んでいる、でっかいけど白くて大人しい犬にスマイルを送り、ひたすら山へ向かって坂を上っていく。

 少し行ったところで、さっきの犬が吠え出した。 
 振り返ると──宮坂がいた。

 宮坂は歩道と車道のギリギリを、でっかい犬から遠ざかるように、恐る恐る歩いていた。
 あれはダメだ。
 あの歩き方では、大人しい犬も警戒してしまうだろう。だって怪しいし。

「堂々と歩けば大丈夫だ!」
「でも……ひにゃっ!?」

 見るに見かねて叫んでしまう。
 てか宮坂って、こんな奴だったっけ。
 学校では品行方正、無感情だの能面だのマキナ姫だの言われてる美少女が、今俺の目の前で犬に吠えられてパニくってる。

 いや、かわいそうなんだけど、何だか可笑しくて。

「な、何を笑っているんですか……んひゅっ」

 宮坂が何かする度に、大型犬は吠える。
 仕方ない。助けるか。
 坂を引き返して、でっかい犬の前に行く。

「ちょ、危ないです……」
「大丈夫。こいつは俺の匂いを知ってるから」
「にお、い?」

 大型犬と目線の高さを合わせて、手の甲を差し出す。
 瞬間、犬の鼻がふんふんと鳴り、大きな舌がれろんと撫でてきた。
 それで犬は大人しくなり、ぱたぱたと尻尾を振り始めた。

「ちょうどいい機会だ、宮坂さんも匂いを覚えてもらうといい」
「わ、私くさくありませんっ」
「そういう意味じゃないよ」

 立ち上がって、インターホンを鳴らす。
 玄関から出てきたのは、ご老人の女性だ。
 実はこの方、ばあちゃんの友達。

「あら、高望たかもちさんとこの」
「すみません、この子の匂いを覚えてもらいたいんですけど」

 飼い主登場にウイリーしながら喜ぶ真っ白な大型犬を撫でつつ、飼い主のお婆さんに告げる。

「あら、吠えられちゃったのね、ごめんなさい。見ない顔だけど、最近引っ越してきたのかしら」
「は、はい。この春に」
「わかったわ。こっちへ来てしゃがんで、手の甲を出してみて」

 おっかなびっくり、宮坂がにじり寄る。

「大丈夫だ。捕まえてるから」

 犬を座らせて、大きな背を抱えて頭を撫でる。

「で、では、失礼して。ワンちゃん、よろしくお願いしますね……」

 宮坂が差し出した白磁のような手の甲を、白い大型犬の鼻が這い回る。

「く、くすぐったいです」
「これで大丈夫よ。撫でてごらんなさい」

 お婆さんの優しい声に、ゆるゆると手を出す宮坂。

「怖がることはないぞ。つか、怖がると犬も怖がる」
「そ、そういうものなのですか」
「そういうものだ、多分」
「多分ですか、ずいぶんと信憑性が落ちました……えっ」

 差し出したままの宮坂の手を、大型犬はぺろぺろと舐め始めた。
 どうやら上手くいったようだ。
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