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その涙は未来の為に
第43話 悪役聖女ティナ
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「お待たせしました陛下」
「うむ」
大勢の貴族達が見守る中、私は少し遅れて会議室へと入室する。
これは私が遅刻したわけではない。ないったらない。
今や私の立場は国王様とは別の意味で最重要人物となっているので、警備の問題上最後に入室するよう言われているのだ。
アリアンロッド様の葬儀の際ここのいる全員とは顔を合わせてはいるが、私を本当に信頼しているのは恐らく10分の1にも満たないだろう。
いくらパーティーで力の一端を見せたところで、私はまだ17歳の小娘にすぎない。そんな小娘が聖女の役職についてもいいのかと。
この場にいる全員が聖女の秘密を知るわけではないので、何も知らない者からすれば不安に駆られても仕方がないのだろう。唯一の救いは国の上級貴族達のほとんどが私を承認しているという事だが……
「あら、一人だけ随分遅いご登場ね。こちらはかなりの時間待たされたというのに謝罪の言葉はないのかしら?」
上級貴族の一角とはいえ、黒ずくめの襲撃以降今まで会議に一切顔を出さなかったアリアナ・ユースランド侯爵が、私に向かって嫌味を言う。
今回の会議は有力貴族と、国を動かす中枢の者を集めた全体会議。アリアナ様も侯爵の爵位を持つ為、今回の会議には絶対に参加せざるを得ない。今まで騎士団の聴取や上層部の会議にも出てこなかったが、この会議自体は避けられなかったのだろう。
「控えろアリアナ、ティナは今やこの国の聖女となった身。以前のような無礼な振る舞いは許さんぞ」
ざわつきかけた貴族達が陛下の一言で再び口を閉ざす。
「警備の都合上、聖女様が最後に入室されるのは当然の処置、そんな事もわからないとはユースランド家も落ちたものね」
「っ!」
陛下の言葉を補足するよう、アミーテ様が貴族達に言い聞かせるよう冷たく言い放つ。
「この中の者で新たな聖女に不安を抱く者もいるだろう、だが以前力の一端を見たとおりティナの力は前聖女であるアリアンロッドも認めるところ、何一つ心配する事がないと今一度約束しよう」
「「「おぉぉ」」」
陛下が私の心配はいらないと全員に言い聞かせ、場を盛り上げようとするが、再び室内に響くアリアナ様の言葉。
「騙されてはいけませんわ、あんな力など只のハッタリ。現に娘の力を恐れた候補生達があらぬ濡れ衣を着せ、全員で城から追い出したのです。こんな横暴が許されていいとお思いですか!」
ざわざわざわ
アリアナ様の言葉を聞いた貴族達が再びザワめき始める。
「あらぬ濡れ衣とは随分大きくでたわね」
言葉を発せられたのはアミーテ様、本当はその現場におられたお爺様の方がいいのだろうが、私の親族である以上敢えて発言は控えられておられる。
「ルキナが自分の力を示すために付き人を刺し、さらに当時候補生だったティナを襲った事は周知の事実。もし娘の潔白を示したければなぜ自ら騎士団の聴取に応じなかった? なぜ娘は未だ行方をくらませている? 物言いがあるのなら今すぐ連れてきなさい!」
アミーテ様の一括で一気に張り詰めた空気に変わる。
この場にいる全員が分かっているだろう、どちらが正しい事を言い、どちらに非があるのかは明らかに明白だ。
アリアナ様もそれは分かっているだろうが、ここで引き下がっては一生聖女の力を手にする事は出来ず、ルキナさんの未来も閉ざされてしまう為に必死なんだろう。
唯一逆転の機会があるとすればこの場にいる貴族達に不安を与え、同情の感情を芽生えさることが出来れば、私が聖女でいる事に疑問を唱える者が出てくる。そうなれば聖女の座から引き降ろせるのではと考えているのではないだろうか。
「残念だけどルキナの居場所は私も知らないわ、きっと今頃辛い思いをしているでしょうね。
それにもし、潔白を証明する為にこの場へと連れてきたとしても、国の上層部が全員結託しているのなら、何を言ったところ無駄なのは目に見えております。
ルキナはどうも陛下や前聖女から嫌われていたそうで、他の候補生達とは別メニィーの修行をさせられていた言うじゃありませんか、虐めのようにね」
まぁ当然よね。こちらとしてはルキナさんの罪状がハッキリとしているのだから、何を言ったところでここに来た時点で捕縛されるだろう。
別メニューをさせられていたのだって、元を正せばルキナさんは危険だと感じた周りが行った処置なので言い訳も出来ない。その上事件が起こった場所が立ち入りが許されない室内で、目撃者と被害者が陛下側の人間とあらば、疑問を抱く貴族もいるかもしれない。
ふぅ、これじゃラチがあかないわね。
(御影いる?)
『なんだ?』
(少しお願いしたいんだけどいいかな?)
『……分かった、少しまて』
私の思考を読み取った御影が、お願いした事を実行しようと離れていく。
「コホン」
全員に聞こえるような咳払いをして、視線を私へと集中させる。
自分でやっておいて言うのも何だが心臓に悪いわね。
「プレデミー伯爵、チーフが落ちたようですが」
ざわざわ
「ん? あぁ、申し訳な……」
私の一言で今度はプレデミー伯爵へと視線が移り、全員が固まった。
「あなたね、こんな時に何を……」
アリアナ様も言葉の途中で周りの反応が気になったのか、プレデミー伯爵に視線を移すと目を丸く見開き、固まる。
「どうされましたか? さぁどうぞプレデミー伯爵」
「あ、あぁ。ありがとうございます」
空中に浮かぶ白いチーフを戸惑いながらも受け取り、伯爵がお礼の言葉を口にする。
何も知らない者からすれば、チーフが勝手に浮いて伯爵の手元に戻ってきたかのように見えたのではないだろうか。種明かしは簡単、御影がコッソリ胸元から抜き去り咥えていただけ。
それを知っている者は、貴族達のポカンとした顔を見て必死で笑いを堪えている。特に王妃様とアミーテ様。
「い、今のはまさか聖女様の力か?」
「チーフが空中に浮いていたよな?」
「いや、でも、まさか……」
貴族達が目にした現象を口にして、お互いの顔を見合い確かめ合う。
「何も不思議な事はないでしょ? この程度の力、聖女なら当たり前のことですから」
視界の端に映る王妃様とアミーテ様は、共に顔を俯きながら必死に笑いを抑えている姿が目に映る。って、二人ともウケすぎ。
「こ、こんな手品で私が騙されると思っているの!」
「騙す、とは心外ですね。私は落とされたチーフをお渡ししただけですよ? 別にこの程度で皆様の信頼を得ようなどとは考えておりません」
さて、ここからが本番だ。
私は一人席を立ち、中庭が見れる窓辺へと移動する。
「ナイジェル農林水産長、ここ最近日照りが続いているようですが、作物の生産量の方はどうでしょうか?」
「この時期は元々雨が少ないのですが、今年は特にきびしいですね。今は地下水をくみ上げて何とか繋いでおりますが、このままでは王都の水不足は深刻な問題になるかと」
ざわざわ
「ならば雨を降らせましょう」
「雨を、ですか?」
ざわざわざわ
会議室から見える空は雲ひとつない晴天だ。これで雨が降ればまさに奇跡だろう。
バンッ!!
「ふざけないで! ここは子供の戯言を言っていい場所ではないのよ、それを雨を降らすですって? そんなの前聖女だって出来なかったわよ!」
アリアナ様が怒るのは最もだろう、この人は私の力を全く信じていない。先ほどの御影のトリックも、ただの手品か何かと信じているのだろう。実際そうだけど。
だが、他の貴族達は有りえない現象を見たばかりで完全に心が動いている。ここで大技で一気に黙らせれば、今後一切私の力に不満を抱かない筈だ。
「みなさん聞きましたか! この小娘は出来もしない事を口走り、この重要な会議を混乱させようとしております。こんな者が新しい聖女として認めても良いのでしょうか!」
「黙りなさい!」
「なっ、小娘が調子に……」
尚も続くアリアナ様の言葉を遮り、ナイジェル農林水産長に問いかける。
「あなたも雨が降らないとお思いですか?」
「え、えぇ、国の気象士の話では、当分の間は雨は降らないだろうを言われていますので」
「分かりました」
私は両腕を胸の前に組み、精霊の歌を歌う。
今の私の力はアリアンロッド様の時とは比べものにならないくらい強くなっている。天候を左右させるのは少々キツイが、まぁ何とかなるだろう。
「大気の精霊、私の呼びかけに応えて……」
胸元で組んでいた両手を前へと大きく広げる。
すると同時に一気に体から力を持って行かれた感覚に襲われるが、その直後に私を支えようと大量の精霊達が集まってくる。
何これ!? もしかしてこれが聖痕の力?
聖痕を受け継いでから聖女の力を使うのはこれが初めてだが、ごっそり持って行かれた体力やら精神力やらを、精霊達が自ら集り補ってくる。
(聖女の力って便利ねー、今の私ってもしかして無敵じゃない?)
『はぁ……精霊に好かれているとは思っていたがまさかここまでとは。普通こんな馬鹿げた現象は起きないんだがな』
隣に来た御影がやれやれと重い溜息を吐いた。
「ホラ見なさい、何も起こらないじゃない。皆さんもこれで分かったでしょ、この小娘に聖女の資格は……」
「おい、見ろ!」
「空が急に暗く、あれは雨雲か?」
「まさか!?」
アリアナ様の批判的な言葉の途中、青空がみるみると暗く曇っていき水滴が一つ、また一つとして地上に落ちてくる。
「雨だ、雨が降ってきたぞ!」
誰が放った言葉だったのか、その言葉を皮切りに次第に雨足が強くなってくる。
「これでよろしいでしょうかナイジェル農林水産長」
「えっ、あ、はい。これで水不足は解消するかと……」
ポカンとする者、驚愕する者とその様子は様々だが、それ以降私を不安視する者は誰も居なくなった。一人を除いて。
「アリアナ様、あなたは先ほど私たちがルキナさんの力を恐れて追い出したと言いましたね。誤解があるようなのでハッキリと言わせていただきます。
ルキナさんの力など私にとっては取るに足らない存在、あの程度でよくも大きな口が言えたものだと感心する事はあれ、恐れるような事は決してありません。ですから何時までも逃げ回っていないで私の前に出てきなさいとお伝えください」
「くっ」
この力は如何にアリアナ様でも否定出来ないだろう。
王妃様ではないが、威張り散らしていたアリアナ様の悔しがる姿は気分がスッキリする。
さっきまで散々と悪口を言われたからね、このぐらい心の中で思うぐらいは許されるだろう。気分はまさに悪役聖女! ふははは! 見たか、これが聖女の力だ!
『……全く、これじゃどっちが悪役なんだかわからんぞ』
(ほっといて!)
頭の中で胸を張って悪役になりきっていたら御影に突っ込まれました。
「では会議をはじめよう」
全員が再び席に戻り、落ち着いたところで何故か疲れ切った陛下が会議の再開? を宣言される。
「今回前聖女であるアリアンロッドが暗殺された事は全員耳にしているだろう」
「陛下、それに対してですが、何故暗殺などと発表されたのですか? これでは無意味に国民に不安を仰ぐようなもの、お気持ちは察しますがもう少し穏便んされた方が良かったのではないでしょうか」
陛下の言葉に、一人の貴族が挙手をして発言する。
これは私もずっと疑問に思っていた。少し前なら包み隠さず国民に発表する方がいいと答えていたかも知らないが、今の私は己の心を殺してでも国民に不安の感情を与えない方がよいと考えている。
「今回神殿を襲ったのは他国が抱えている影の部隊だ」
陛下が放った一言で貴族たちが全員驚愕の表情を示す。
私は事前に聞いてたのでそれ程驚きはしないが、貴族達は相当驚いたのではないか。意図的に神殿が襲われた当時の様子は極秘としていた為、この場にいるほとんどの者は誰がアリアンロッド様を殺害したのかが知らされていないのだ。
そもそも今日の会議は、表向きこそ私のお披露目と今後についていう名目で集められたが、誰もが本題は別にあるとは感じていた筈だ。それがまさかあっさりと他国の仕業だと陛下の口から出るとは思っていなかったのだろう。
ヴィクトーリア様やユフィが襲われた時は、結局実行犯には逃げられたり騎士に切られたりして、生きて捕らえる事が出来なかっらしいが、今回は証人とも言える黒ずくめが多数捕らえている。この事は一部の者にしか知らされていないので、ルキナさんと接触出来ていないアリアナ様には恐らく届いていないだろう。
「誠ですか! して何処の国の仕業なんですか?」
「我が国に逆らった事を後悔してやりましょうぞ」
貴族たちは犯人が他国と聞いて各々怒りを表す。
それはそうだろう、国内の者が犯人なら身内の恥を晒すわけには行かず隠そうとするが、他国の仕業となると話は変わる。
一番最悪のシナリオは戦争だが、国の最重要人物を暗殺されては黙ってはいられない。それが国民から最も愛されている聖女となると、返って国民の不満が爆発するだろう。
「落ち着くがよい、気持ちはわかるが戦争は回避せねばならん」
空気が完全に戦争に向かけている事を気にして、メルクリウス様が発言される。
「しかしアシュタロテ公爵、国の至宝をも言える聖女様を暗殺されたとなると、我らも黙ってはおられません」
「貴公らの心意気は十分に理解しておる、だが戦争になって苦しむのは国民だ」
「ですが……」
「心配せずともよい、この件に関しては我が国は一歩も引くつもりはない」
メルクリウス様と貴族が口論する中、陛下が遮る様に言葉を挟む。
「既にその国には書簡を送った、証人をも言える実行犯の一人と一緒にな」
「実行犯ですと!? まさか生け捕りに出来た者がいるというのですか?」
貴族の一人が放った一言を皮切りに出席者達がざわざわと騒ぎ出す。
そんな様子を私を含め数名の者はある一人の人物の様子を注目していた。すなわちアリアナ様を。
「今回の犯行はどうやら一部の者が独断で行っていた様でな、それらの者の身柄を引き渡す様に通達しておる。そうであろうアリアナ」
陛下の最後の一言で、一斉にアリアナ様に視線が注がれる。
「な、何をおっしゃっているのですか兄上、私がその様な事を知るはずが……」
「ふむ、そうであったな。まぁすぐに答えは分かるだろう。如何にガーランドであろうとも、我が国を相手にして勝てるとは思わぬだろうからな」
先ほどから様子を伺っていたが、実行犯が生け捕りにされていると聞いた辺りから明らかに動揺していた。更にガーランドの名前を聞いて顔が真っ青に変わっていく。
貴族たちももう気づいただろう、陛下が何を言いたいのかを。
アリアナ様のユースランド家はガーランド王国の王家の血を引いている。
以前ユフィから聞いた話だがユースランド家は数代前に、ガーランド王国の王女様が友好の証として嫁いで来られた歴史の浅い家系。当時、幽閉に近い状態だったアリアナ様はガーランド王国の後しもあった事からユースランド家に嫁がれ、お二人の間にルキナさんが生まれた。
その後は夫である侯爵様が亡くなり、アリアナ様がその座についたのだが、ヴィクトーリア様が暗殺された時期が丁度アリアナ様が嫁がれた年と一致している。
陛下や王妃様はこう考えておられるらしい。
幽閉されていた事を恨んだアリアナ様は、ガーランドの一部の者と結託して聖女の力を奪おうとしているのではないかと。アリアナ様も王族であった事から、聖女の力になんらかの秘密があるとは感ずかれていても不思議でないし、お城の隠し通路も知っていてもおかしくはないだろう。
だから次期聖女とされていたヴィクトーリア様を暗殺し、邪魔だったお母さんも手にかけようとした。そうすれば聖女の力は自然とアリアナ様に渡っていただろうと。
そこまで分かっていたが証拠がなかった。しかも相手はガーランドの王族の血を引く侯爵家、証拠もなしに踏み込む事も出来ず、今までずっと手が出せなかったんだ。
それが今回証人とも言える実行犯を捕らえる事が出来た。もしかしてアリアンロッド様が暗殺されたとを敢えて発表したのは、我が国が本気で怒っている事をガーランドに知らしめる為ではないだろうか。
我が国とガーランドでは国力も軍事力でもこちらが有利、その上聖女たる私が戦場に向かえば指揮は上がるし、死なない限りは永遠に騎士の数が減る事はない。
実際聖痕を継承した私の力はほぼ無限大だ。
そんな馬鹿げた国とまともに戦争をしようなどとは普通は考えないだろう。
陛下もこの件には一歩も引かないと仰っていた事から、ガーランドからの返答次第では戦争も視野に入れておられている筈。それが分からないガーランドでもないだろうから、ほぼ確実に犯人を突き止め我が国へ引き渡してくるだろう。そうなればアリアナ様やルキナさんの名前が出る事は間違いない。
つまり陛下はこう言っているんだ、チェックメイトだと。
「うむ」
大勢の貴族達が見守る中、私は少し遅れて会議室へと入室する。
これは私が遅刻したわけではない。ないったらない。
今や私の立場は国王様とは別の意味で最重要人物となっているので、警備の問題上最後に入室するよう言われているのだ。
アリアンロッド様の葬儀の際ここのいる全員とは顔を合わせてはいるが、私を本当に信頼しているのは恐らく10分の1にも満たないだろう。
いくらパーティーで力の一端を見せたところで、私はまだ17歳の小娘にすぎない。そんな小娘が聖女の役職についてもいいのかと。
この場にいる全員が聖女の秘密を知るわけではないので、何も知らない者からすれば不安に駆られても仕方がないのだろう。唯一の救いは国の上級貴族達のほとんどが私を承認しているという事だが……
「あら、一人だけ随分遅いご登場ね。こちらはかなりの時間待たされたというのに謝罪の言葉はないのかしら?」
上級貴族の一角とはいえ、黒ずくめの襲撃以降今まで会議に一切顔を出さなかったアリアナ・ユースランド侯爵が、私に向かって嫌味を言う。
今回の会議は有力貴族と、国を動かす中枢の者を集めた全体会議。アリアナ様も侯爵の爵位を持つ為、今回の会議には絶対に参加せざるを得ない。今まで騎士団の聴取や上層部の会議にも出てこなかったが、この会議自体は避けられなかったのだろう。
「控えろアリアナ、ティナは今やこの国の聖女となった身。以前のような無礼な振る舞いは許さんぞ」
ざわつきかけた貴族達が陛下の一言で再び口を閉ざす。
「警備の都合上、聖女様が最後に入室されるのは当然の処置、そんな事もわからないとはユースランド家も落ちたものね」
「っ!」
陛下の言葉を補足するよう、アミーテ様が貴族達に言い聞かせるよう冷たく言い放つ。
「この中の者で新たな聖女に不安を抱く者もいるだろう、だが以前力の一端を見たとおりティナの力は前聖女であるアリアンロッドも認めるところ、何一つ心配する事がないと今一度約束しよう」
「「「おぉぉ」」」
陛下が私の心配はいらないと全員に言い聞かせ、場を盛り上げようとするが、再び室内に響くアリアナ様の言葉。
「騙されてはいけませんわ、あんな力など只のハッタリ。現に娘の力を恐れた候補生達があらぬ濡れ衣を着せ、全員で城から追い出したのです。こんな横暴が許されていいとお思いですか!」
ざわざわざわ
アリアナ様の言葉を聞いた貴族達が再びザワめき始める。
「あらぬ濡れ衣とは随分大きくでたわね」
言葉を発せられたのはアミーテ様、本当はその現場におられたお爺様の方がいいのだろうが、私の親族である以上敢えて発言は控えられておられる。
「ルキナが自分の力を示すために付き人を刺し、さらに当時候補生だったティナを襲った事は周知の事実。もし娘の潔白を示したければなぜ自ら騎士団の聴取に応じなかった? なぜ娘は未だ行方をくらませている? 物言いがあるのなら今すぐ連れてきなさい!」
アミーテ様の一括で一気に張り詰めた空気に変わる。
この場にいる全員が分かっているだろう、どちらが正しい事を言い、どちらに非があるのかは明らかに明白だ。
アリアナ様もそれは分かっているだろうが、ここで引き下がっては一生聖女の力を手にする事は出来ず、ルキナさんの未来も閉ざされてしまう為に必死なんだろう。
唯一逆転の機会があるとすればこの場にいる貴族達に不安を与え、同情の感情を芽生えさることが出来れば、私が聖女でいる事に疑問を唱える者が出てくる。そうなれば聖女の座から引き降ろせるのではと考えているのではないだろうか。
「残念だけどルキナの居場所は私も知らないわ、きっと今頃辛い思いをしているでしょうね。
それにもし、潔白を証明する為にこの場へと連れてきたとしても、国の上層部が全員結託しているのなら、何を言ったところ無駄なのは目に見えております。
ルキナはどうも陛下や前聖女から嫌われていたそうで、他の候補生達とは別メニィーの修行をさせられていた言うじゃありませんか、虐めのようにね」
まぁ当然よね。こちらとしてはルキナさんの罪状がハッキリとしているのだから、何を言ったところでここに来た時点で捕縛されるだろう。
別メニューをさせられていたのだって、元を正せばルキナさんは危険だと感じた周りが行った処置なので言い訳も出来ない。その上事件が起こった場所が立ち入りが許されない室内で、目撃者と被害者が陛下側の人間とあらば、疑問を抱く貴族もいるかもしれない。
ふぅ、これじゃラチがあかないわね。
(御影いる?)
『なんだ?』
(少しお願いしたいんだけどいいかな?)
『……分かった、少しまて』
私の思考を読み取った御影が、お願いした事を実行しようと離れていく。
「コホン」
全員に聞こえるような咳払いをして、視線を私へと集中させる。
自分でやっておいて言うのも何だが心臓に悪いわね。
「プレデミー伯爵、チーフが落ちたようですが」
ざわざわ
「ん? あぁ、申し訳な……」
私の一言で今度はプレデミー伯爵へと視線が移り、全員が固まった。
「あなたね、こんな時に何を……」
アリアナ様も言葉の途中で周りの反応が気になったのか、プレデミー伯爵に視線を移すと目を丸く見開き、固まる。
「どうされましたか? さぁどうぞプレデミー伯爵」
「あ、あぁ。ありがとうございます」
空中に浮かぶ白いチーフを戸惑いながらも受け取り、伯爵がお礼の言葉を口にする。
何も知らない者からすれば、チーフが勝手に浮いて伯爵の手元に戻ってきたかのように見えたのではないだろうか。種明かしは簡単、御影がコッソリ胸元から抜き去り咥えていただけ。
それを知っている者は、貴族達のポカンとした顔を見て必死で笑いを堪えている。特に王妃様とアミーテ様。
「い、今のはまさか聖女様の力か?」
「チーフが空中に浮いていたよな?」
「いや、でも、まさか……」
貴族達が目にした現象を口にして、お互いの顔を見合い確かめ合う。
「何も不思議な事はないでしょ? この程度の力、聖女なら当たり前のことですから」
視界の端に映る王妃様とアミーテ様は、共に顔を俯きながら必死に笑いを抑えている姿が目に映る。って、二人ともウケすぎ。
「こ、こんな手品で私が騙されると思っているの!」
「騙す、とは心外ですね。私は落とされたチーフをお渡ししただけですよ? 別にこの程度で皆様の信頼を得ようなどとは考えておりません」
さて、ここからが本番だ。
私は一人席を立ち、中庭が見れる窓辺へと移動する。
「ナイジェル農林水産長、ここ最近日照りが続いているようですが、作物の生産量の方はどうでしょうか?」
「この時期は元々雨が少ないのですが、今年は特にきびしいですね。今は地下水をくみ上げて何とか繋いでおりますが、このままでは王都の水不足は深刻な問題になるかと」
ざわざわ
「ならば雨を降らせましょう」
「雨を、ですか?」
ざわざわざわ
会議室から見える空は雲ひとつない晴天だ。これで雨が降ればまさに奇跡だろう。
バンッ!!
「ふざけないで! ここは子供の戯言を言っていい場所ではないのよ、それを雨を降らすですって? そんなの前聖女だって出来なかったわよ!」
アリアナ様が怒るのは最もだろう、この人は私の力を全く信じていない。先ほどの御影のトリックも、ただの手品か何かと信じているのだろう。実際そうだけど。
だが、他の貴族達は有りえない現象を見たばかりで完全に心が動いている。ここで大技で一気に黙らせれば、今後一切私の力に不満を抱かない筈だ。
「みなさん聞きましたか! この小娘は出来もしない事を口走り、この重要な会議を混乱させようとしております。こんな者が新しい聖女として認めても良いのでしょうか!」
「黙りなさい!」
「なっ、小娘が調子に……」
尚も続くアリアナ様の言葉を遮り、ナイジェル農林水産長に問いかける。
「あなたも雨が降らないとお思いですか?」
「え、えぇ、国の気象士の話では、当分の間は雨は降らないだろうを言われていますので」
「分かりました」
私は両腕を胸の前に組み、精霊の歌を歌う。
今の私の力はアリアンロッド様の時とは比べものにならないくらい強くなっている。天候を左右させるのは少々キツイが、まぁ何とかなるだろう。
「大気の精霊、私の呼びかけに応えて……」
胸元で組んでいた両手を前へと大きく広げる。
すると同時に一気に体から力を持って行かれた感覚に襲われるが、その直後に私を支えようと大量の精霊達が集まってくる。
何これ!? もしかしてこれが聖痕の力?
聖痕を受け継いでから聖女の力を使うのはこれが初めてだが、ごっそり持って行かれた体力やら精神力やらを、精霊達が自ら集り補ってくる。
(聖女の力って便利ねー、今の私ってもしかして無敵じゃない?)
『はぁ……精霊に好かれているとは思っていたがまさかここまでとは。普通こんな馬鹿げた現象は起きないんだがな』
隣に来た御影がやれやれと重い溜息を吐いた。
「ホラ見なさい、何も起こらないじゃない。皆さんもこれで分かったでしょ、この小娘に聖女の資格は……」
「おい、見ろ!」
「空が急に暗く、あれは雨雲か?」
「まさか!?」
アリアナ様の批判的な言葉の途中、青空がみるみると暗く曇っていき水滴が一つ、また一つとして地上に落ちてくる。
「雨だ、雨が降ってきたぞ!」
誰が放った言葉だったのか、その言葉を皮切りに次第に雨足が強くなってくる。
「これでよろしいでしょうかナイジェル農林水産長」
「えっ、あ、はい。これで水不足は解消するかと……」
ポカンとする者、驚愕する者とその様子は様々だが、それ以降私を不安視する者は誰も居なくなった。一人を除いて。
「アリアナ様、あなたは先ほど私たちがルキナさんの力を恐れて追い出したと言いましたね。誤解があるようなのでハッキリと言わせていただきます。
ルキナさんの力など私にとっては取るに足らない存在、あの程度でよくも大きな口が言えたものだと感心する事はあれ、恐れるような事は決してありません。ですから何時までも逃げ回っていないで私の前に出てきなさいとお伝えください」
「くっ」
この力は如何にアリアナ様でも否定出来ないだろう。
王妃様ではないが、威張り散らしていたアリアナ様の悔しがる姿は気分がスッキリする。
さっきまで散々と悪口を言われたからね、このぐらい心の中で思うぐらいは許されるだろう。気分はまさに悪役聖女! ふははは! 見たか、これが聖女の力だ!
『……全く、これじゃどっちが悪役なんだかわからんぞ』
(ほっといて!)
頭の中で胸を張って悪役になりきっていたら御影に突っ込まれました。
「では会議をはじめよう」
全員が再び席に戻り、落ち着いたところで何故か疲れ切った陛下が会議の再開? を宣言される。
「今回前聖女であるアリアンロッドが暗殺された事は全員耳にしているだろう」
「陛下、それに対してですが、何故暗殺などと発表されたのですか? これでは無意味に国民に不安を仰ぐようなもの、お気持ちは察しますがもう少し穏便んされた方が良かったのではないでしょうか」
陛下の言葉に、一人の貴族が挙手をして発言する。
これは私もずっと疑問に思っていた。少し前なら包み隠さず国民に発表する方がいいと答えていたかも知らないが、今の私は己の心を殺してでも国民に不安の感情を与えない方がよいと考えている。
「今回神殿を襲ったのは他国が抱えている影の部隊だ」
陛下が放った一言で貴族たちが全員驚愕の表情を示す。
私は事前に聞いてたのでそれ程驚きはしないが、貴族達は相当驚いたのではないか。意図的に神殿が襲われた当時の様子は極秘としていた為、この場にいるほとんどの者は誰がアリアンロッド様を殺害したのかが知らされていないのだ。
そもそも今日の会議は、表向きこそ私のお披露目と今後についていう名目で集められたが、誰もが本題は別にあるとは感じていた筈だ。それがまさかあっさりと他国の仕業だと陛下の口から出るとは思っていなかったのだろう。
ヴィクトーリア様やユフィが襲われた時は、結局実行犯には逃げられたり騎士に切られたりして、生きて捕らえる事が出来なかっらしいが、今回は証人とも言える黒ずくめが多数捕らえている。この事は一部の者にしか知らされていないので、ルキナさんと接触出来ていないアリアナ様には恐らく届いていないだろう。
「誠ですか! して何処の国の仕業なんですか?」
「我が国に逆らった事を後悔してやりましょうぞ」
貴族たちは犯人が他国と聞いて各々怒りを表す。
それはそうだろう、国内の者が犯人なら身内の恥を晒すわけには行かず隠そうとするが、他国の仕業となると話は変わる。
一番最悪のシナリオは戦争だが、国の最重要人物を暗殺されては黙ってはいられない。それが国民から最も愛されている聖女となると、返って国民の不満が爆発するだろう。
「落ち着くがよい、気持ちはわかるが戦争は回避せねばならん」
空気が完全に戦争に向かけている事を気にして、メルクリウス様が発言される。
「しかしアシュタロテ公爵、国の至宝をも言える聖女様を暗殺されたとなると、我らも黙ってはおられません」
「貴公らの心意気は十分に理解しておる、だが戦争になって苦しむのは国民だ」
「ですが……」
「心配せずともよい、この件に関しては我が国は一歩も引くつもりはない」
メルクリウス様と貴族が口論する中、陛下が遮る様に言葉を挟む。
「既にその国には書簡を送った、証人をも言える実行犯の一人と一緒にな」
「実行犯ですと!? まさか生け捕りに出来た者がいるというのですか?」
貴族の一人が放った一言を皮切りに出席者達がざわざわと騒ぎ出す。
そんな様子を私を含め数名の者はある一人の人物の様子を注目していた。すなわちアリアナ様を。
「今回の犯行はどうやら一部の者が独断で行っていた様でな、それらの者の身柄を引き渡す様に通達しておる。そうであろうアリアナ」
陛下の最後の一言で、一斉にアリアナ様に視線が注がれる。
「な、何をおっしゃっているのですか兄上、私がその様な事を知るはずが……」
「ふむ、そうであったな。まぁすぐに答えは分かるだろう。如何にガーランドであろうとも、我が国を相手にして勝てるとは思わぬだろうからな」
先ほどから様子を伺っていたが、実行犯が生け捕りにされていると聞いた辺りから明らかに動揺していた。更にガーランドの名前を聞いて顔が真っ青に変わっていく。
貴族たちももう気づいただろう、陛下が何を言いたいのかを。
アリアナ様のユースランド家はガーランド王国の王家の血を引いている。
以前ユフィから聞いた話だがユースランド家は数代前に、ガーランド王国の王女様が友好の証として嫁いで来られた歴史の浅い家系。当時、幽閉に近い状態だったアリアナ様はガーランド王国の後しもあった事からユースランド家に嫁がれ、お二人の間にルキナさんが生まれた。
その後は夫である侯爵様が亡くなり、アリアナ様がその座についたのだが、ヴィクトーリア様が暗殺された時期が丁度アリアナ様が嫁がれた年と一致している。
陛下や王妃様はこう考えておられるらしい。
幽閉されていた事を恨んだアリアナ様は、ガーランドの一部の者と結託して聖女の力を奪おうとしているのではないかと。アリアナ様も王族であった事から、聖女の力になんらかの秘密があるとは感ずかれていても不思議でないし、お城の隠し通路も知っていてもおかしくはないだろう。
だから次期聖女とされていたヴィクトーリア様を暗殺し、邪魔だったお母さんも手にかけようとした。そうすれば聖女の力は自然とアリアナ様に渡っていただろうと。
そこまで分かっていたが証拠がなかった。しかも相手はガーランドの王族の血を引く侯爵家、証拠もなしに踏み込む事も出来ず、今までずっと手が出せなかったんだ。
それが今回証人とも言える実行犯を捕らえる事が出来た。もしかしてアリアンロッド様が暗殺されたとを敢えて発表したのは、我が国が本気で怒っている事をガーランドに知らしめる為ではないだろうか。
我が国とガーランドでは国力も軍事力でもこちらが有利、その上聖女たる私が戦場に向かえば指揮は上がるし、死なない限りは永遠に騎士の数が減る事はない。
実際聖痕を継承した私の力はほぼ無限大だ。
そんな馬鹿げた国とまともに戦争をしようなどとは普通は考えないだろう。
陛下もこの件には一歩も引かないと仰っていた事から、ガーランドからの返答次第では戦争も視野に入れておられている筈。それが分からないガーランドでもないだろうから、ほぼ確実に犯人を突き止め我が国へ引き渡してくるだろう。そうなればアリアナ様やルキナさんの名前が出る事は間違いない。
つまり陛下はこう言っているんだ、チェックメイトだと。
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