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四章 華都の讃歌
第70話 アリスのモテ期?
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「どうでしょ? 私と一曲踊っていただけませんか?」
「私はクレオメ騎士爵家のアベラルド、ぜひお嬢様のお名前を」
「騎士爵家如きが邪魔をするな、私はモンステラ子爵家の次男……」
「お前こそ次男如きが邪魔をするな!」
「如何でしょう、彼方で私とお話など」etc……
はぁ……………………。
先ほどから一歩進むごとに声を掛けられ、一人断るとまた一人、二人断るとまた二人といった感じで、気づけば抜け出せないほどの人垣の中。いっその事、魔法で全てを吹き飛ばしてやろうかとさえ思えてくる。
「すみません、道を開けてもらえませんか?」
「そうだぞ、どきたまえ、ささ、一緒にダンスを」
「待てよ、抜け駆けは卑怯だぞ」
「そうだ、先に声を掛けたのは俺の方だ」
「君たちは何をしに来ているのだね。アリス様、どうでしょう彼方で商売のお話でも」
「……」
誰ひとりとして私の話を聞いちゃくれない。
私の事を知っている様子の貴族の男性、ナンパかダンスのお誘いかもわからない男どもに、やたらと家名自慢をしてくる自称良家のバカ息子達。これでもローズマリーのオーナーとして、多くの貴族の方々とお話しさせていただいて来たが、それは礼儀をわきまえお互い相手の立場を尊重しあった関係だった。
それなのにいま目の前にいる男どもは、私の気持ちどころか言葉も聞かず、全員が自分の主張ばかりを一方的に投げかけてくるのみ。
もう本気で吹っ飛ばしても誰も文句をいわないわよね? うん、ふっ飛ばそう。
私がまさにそう心に決めた時。
「ダメに決まっているだろうが」
まるで心を読んだかのように『ぽんっ』と頭に手を乗せてくる男性が一人。
「えー、これだけ人がいるんですから、2人や3人ぐらい吹き飛ばしても問題なくありませんか?」
「いや、2・3人どころか軽く30人はいるだろうが」
気配もなく隣に来られた男性、ジーク様がため息まじりに静止を促される。
別に確信があったというわけではないのだが、ジーク様が人ごみの中で私を放って置かれるわけもないとは思っていたので、たぶん気づかないように私の様子を見られているだろうなとは考えていたのだ。
「悪いな、今日の俺はアリスのエスコート役なんでな。道を開けてもらえるだろか?」
ざわざわざわ
さすがジーク様。いや、公爵家の力というべきか、『ちっ、子守付きかよ』『ハルジオン家のジークじゃねぇか、だったら初めから言っとけよな』『やれやれ、これでは話もできそうにありませんね。またの機会としましょう』と、各々好き勝手に言いながら、先ほどまで出来ていた人の壁があっという間に消えていく。
「助かりました。本気でどうしようかと思っていましたので」
私だって貴族の常識ぐらいは心得ている。さすがに魔法で吹っ飛ばすというのは冗談だが、スカートを捲し上げて強行突破ぐらいはしていたかもしれない。
うん、パンツも昔の布切れから可愛いレースのショーツに変わっているからね、スカートの下にはパニエも履いているし、うっかり下着が丸見えなんて失敗はしないだろう。
「いやいや、そこじゃねぇだろ」
「そうですか?」
私のボソっと漏らした独り言に、ツッコミを入れてくださるジーク様。
どうやら助けに来てくださったのはジーク様だけのようなので、ルテアちゃんとアストリア様は、今頃二人の時間を楽しまれているのだろう。
「取りあえず兄さんとやらの近くまで俺が付いて行ってやる」
「いいんですか?」
「気にするな。どうせ親父たちと違ってやる事なんてたいしてないんだ」
先ほどは一人で行くと言った手前、いきなり救援を頼むのも恥ずかしい話だが、このままじゃ当初の目的が果たせないでは意味もない。
それにジーク様は私のエスコート役なのだし、私が問題をおこしてしまっても迷惑をかけるだけ。ならばここはご好意をありがたく頂いておく方が賢明だろう。
「それじゃお言葉に甘えまして」
改めてジーク様のお心遣いに感謝し、再びバカ兄探しを再開する。
それにしても思いのほか人の数が多くてびっくりしてしまう。今日の夜会に出席出来るのは、国から爵位を授かっている人や、国の重要な役職に付いておられるエリートの方々。他にも国へ支援をされている商会のオーナーさんや、他国から招かれた外交の方に、私のように特別枠で招待された僅かな人たち。
流石に貴族と言っても分家や親族の方々まで招かれているとは思えないので、人数は随分限られているのかと思っていたのだが、どう見てみレガリアの領地数以上の人たちが出席されている。
「この国ってこんなに沢山の家名があったんですね」
「まぁな。貴族って言っても大半は領地を持たない宮廷貴族だからな。自然と数が増えていくのも当然なんだよ」
「宮廷貴族? それってなんですか?」
「ん? えっとだな……」
ジーク様の話によると、国から重要な役職を得る形で、時々一緒に爵位を同時に授かることがあり、その方が引退されると爵位だけが代々引き継がれていくシステムなのだという。
「他にも武勲や貢献度に対して国から爵位を授かる場合もあって、そっちは名誉貴族と呼ばれているんだ」
「へぇー、全然知りませんでした」
私はてっきり爵位=領地持ちだと思っていたが、思い返せば今まで一度も聞いたことがない家名も耳にしたこともあるので、恐らくそういった方々が今おっしゃっていた領地を持たない貴族の方々なのだろう。
領地はどうしても限りがあるからね、国も爵位をあげるからそれで我慢してねとの配慮なのだろう。
「だから注意しておけよ、これからはさっきのように自称貴族達が群がってくるからな」
「わ、わかりました……」
さっきの現象はそういうことだったのね。
ジーク様に諭され、ようやく今の自分が置かれた立場に気づかされたが、確かに安定した収入源を持つ私は格好の餌食と言えるだろう。今までは私という存在があやふやだったが、今日この夜会で大勢の人たちに顔バレしてしまった。
今までも聞いたことがないような名前で、パーティーの招待状やら茶会のお誘い、時には誰やねんって人から見合い話まで持ちかけられた事があったのだ。
こちらとしてはあくまでお店としてのお付き合いだったが、これからはそういった対策も考えていた方がいいのかもしれない。
「まぁ、母上が事前に脅していそうな気もするがな」
「えっ、何か言いました?」
「いや、何でもない。それよりもあれじゃないか?」
「あっ、いた」
最後に何をおっしゃったのかはよく聞こえなかったが、ジーク様が示す視線の先に、私が探していたアインス兄様とクリス義姉様のお姿が目に映る。
恐らく前にご紹介した王都のお兄様達から、アインス兄様の人相をあてはめられたのだろう。
どうやらこちらにはだま気づかれてはいないようね。
「そのジーク様……」
「わかってるって、口出しするつもりは一切ないから行って来い。近くで見守っててやるさ」
「ありがとうございます」
私が私情ごときで、他人の力を借りたくない性格なのをご存知なのだろう。
ジーク様と初めて出会ってから既に一年以上。別にお付き合いをしているつもりはないのだが、それでも一年も経てば互いの考えを理解できるぐらいの関係は築けているつもりだ。
「では行ってまいります」
「あぁ、頑張ってこい」
「はい」
誰かに見守られているというのは何とも心強いものなのだろう。もし私一人で来ていれば、最後の一歩で足踏みしていたかもしれないというに、今は自分が頼もしくさえ思えてしまうから不思議なものだ。
果たしてバカ兄は今の私をみてどう反応するのか。流石に大声を出して騒ぎ出すような真似はしないと思うが、罵られる程度の事はされるだろう。
あの人は私たち姉妹や実家を出たお兄様達を、どこか見下している所があるから、今の私をみてさぞ激昂されるるに違いない。
そういえばクリス義姉様とお会いするのも久々なのよね。
前の帰省はお父様の葬儀でバタバタしていたし、オーグストが引退してからは警戒して手紙を出す事もなくなってしまったので、随分と長い間お互いの状況すら共有できていない。
どうせならバカ兄を放っておいて、義姉様とゆっくりお話をするのもいいのだろうが、それを許す兄だとも思えない。
いろんな感情を抱きながら私は今、アリス・ローズマリーとして初めてお兄様と対面するのだった。
「私はクレオメ騎士爵家のアベラルド、ぜひお嬢様のお名前を」
「騎士爵家如きが邪魔をするな、私はモンステラ子爵家の次男……」
「お前こそ次男如きが邪魔をするな!」
「如何でしょう、彼方で私とお話など」etc……
はぁ……………………。
先ほどから一歩進むごとに声を掛けられ、一人断るとまた一人、二人断るとまた二人といった感じで、気づけば抜け出せないほどの人垣の中。いっその事、魔法で全てを吹き飛ばしてやろうかとさえ思えてくる。
「すみません、道を開けてもらえませんか?」
「そうだぞ、どきたまえ、ささ、一緒にダンスを」
「待てよ、抜け駆けは卑怯だぞ」
「そうだ、先に声を掛けたのは俺の方だ」
「君たちは何をしに来ているのだね。アリス様、どうでしょう彼方で商売のお話でも」
「……」
誰ひとりとして私の話を聞いちゃくれない。
私の事を知っている様子の貴族の男性、ナンパかダンスのお誘いかもわからない男どもに、やたらと家名自慢をしてくる自称良家のバカ息子達。これでもローズマリーのオーナーとして、多くの貴族の方々とお話しさせていただいて来たが、それは礼儀をわきまえお互い相手の立場を尊重しあった関係だった。
それなのにいま目の前にいる男どもは、私の気持ちどころか言葉も聞かず、全員が自分の主張ばかりを一方的に投げかけてくるのみ。
もう本気で吹っ飛ばしても誰も文句をいわないわよね? うん、ふっ飛ばそう。
私がまさにそう心に決めた時。
「ダメに決まっているだろうが」
まるで心を読んだかのように『ぽんっ』と頭に手を乗せてくる男性が一人。
「えー、これだけ人がいるんですから、2人や3人ぐらい吹き飛ばしても問題なくありませんか?」
「いや、2・3人どころか軽く30人はいるだろうが」
気配もなく隣に来られた男性、ジーク様がため息まじりに静止を促される。
別に確信があったというわけではないのだが、ジーク様が人ごみの中で私を放って置かれるわけもないとは思っていたので、たぶん気づかないように私の様子を見られているだろうなとは考えていたのだ。
「悪いな、今日の俺はアリスのエスコート役なんでな。道を開けてもらえるだろか?」
ざわざわざわ
さすがジーク様。いや、公爵家の力というべきか、『ちっ、子守付きかよ』『ハルジオン家のジークじゃねぇか、だったら初めから言っとけよな』『やれやれ、これでは話もできそうにありませんね。またの機会としましょう』と、各々好き勝手に言いながら、先ほどまで出来ていた人の壁があっという間に消えていく。
「助かりました。本気でどうしようかと思っていましたので」
私だって貴族の常識ぐらいは心得ている。さすがに魔法で吹っ飛ばすというのは冗談だが、スカートを捲し上げて強行突破ぐらいはしていたかもしれない。
うん、パンツも昔の布切れから可愛いレースのショーツに変わっているからね、スカートの下にはパニエも履いているし、うっかり下着が丸見えなんて失敗はしないだろう。
「いやいや、そこじゃねぇだろ」
「そうですか?」
私のボソっと漏らした独り言に、ツッコミを入れてくださるジーク様。
どうやら助けに来てくださったのはジーク様だけのようなので、ルテアちゃんとアストリア様は、今頃二人の時間を楽しまれているのだろう。
「取りあえず兄さんとやらの近くまで俺が付いて行ってやる」
「いいんですか?」
「気にするな。どうせ親父たちと違ってやる事なんてたいしてないんだ」
先ほどは一人で行くと言った手前、いきなり救援を頼むのも恥ずかしい話だが、このままじゃ当初の目的が果たせないでは意味もない。
それにジーク様は私のエスコート役なのだし、私が問題をおこしてしまっても迷惑をかけるだけ。ならばここはご好意をありがたく頂いておく方が賢明だろう。
「それじゃお言葉に甘えまして」
改めてジーク様のお心遣いに感謝し、再びバカ兄探しを再開する。
それにしても思いのほか人の数が多くてびっくりしてしまう。今日の夜会に出席出来るのは、国から爵位を授かっている人や、国の重要な役職に付いておられるエリートの方々。他にも国へ支援をされている商会のオーナーさんや、他国から招かれた外交の方に、私のように特別枠で招待された僅かな人たち。
流石に貴族と言っても分家や親族の方々まで招かれているとは思えないので、人数は随分限られているのかと思っていたのだが、どう見てみレガリアの領地数以上の人たちが出席されている。
「この国ってこんなに沢山の家名があったんですね」
「まぁな。貴族って言っても大半は領地を持たない宮廷貴族だからな。自然と数が増えていくのも当然なんだよ」
「宮廷貴族? それってなんですか?」
「ん? えっとだな……」
ジーク様の話によると、国から重要な役職を得る形で、時々一緒に爵位を同時に授かることがあり、その方が引退されると爵位だけが代々引き継がれていくシステムなのだという。
「他にも武勲や貢献度に対して国から爵位を授かる場合もあって、そっちは名誉貴族と呼ばれているんだ」
「へぇー、全然知りませんでした」
私はてっきり爵位=領地持ちだと思っていたが、思い返せば今まで一度も聞いたことがない家名も耳にしたこともあるので、恐らくそういった方々が今おっしゃっていた領地を持たない貴族の方々なのだろう。
領地はどうしても限りがあるからね、国も爵位をあげるからそれで我慢してねとの配慮なのだろう。
「だから注意しておけよ、これからはさっきのように自称貴族達が群がってくるからな」
「わ、わかりました……」
さっきの現象はそういうことだったのね。
ジーク様に諭され、ようやく今の自分が置かれた立場に気づかされたが、確かに安定した収入源を持つ私は格好の餌食と言えるだろう。今までは私という存在があやふやだったが、今日この夜会で大勢の人たちに顔バレしてしまった。
今までも聞いたことがないような名前で、パーティーの招待状やら茶会のお誘い、時には誰やねんって人から見合い話まで持ちかけられた事があったのだ。
こちらとしてはあくまでお店としてのお付き合いだったが、これからはそういった対策も考えていた方がいいのかもしれない。
「まぁ、母上が事前に脅していそうな気もするがな」
「えっ、何か言いました?」
「いや、何でもない。それよりもあれじゃないか?」
「あっ、いた」
最後に何をおっしゃったのかはよく聞こえなかったが、ジーク様が示す視線の先に、私が探していたアインス兄様とクリス義姉様のお姿が目に映る。
恐らく前にご紹介した王都のお兄様達から、アインス兄様の人相をあてはめられたのだろう。
どうやらこちらにはだま気づかれてはいないようね。
「そのジーク様……」
「わかってるって、口出しするつもりは一切ないから行って来い。近くで見守っててやるさ」
「ありがとうございます」
私が私情ごときで、他人の力を借りたくない性格なのをご存知なのだろう。
ジーク様と初めて出会ってから既に一年以上。別にお付き合いをしているつもりはないのだが、それでも一年も経てば互いの考えを理解できるぐらいの関係は築けているつもりだ。
「では行ってまいります」
「あぁ、頑張ってこい」
「はい」
誰かに見守られているというのは何とも心強いものなのだろう。もし私一人で来ていれば、最後の一歩で足踏みしていたかもしれないというに、今は自分が頼もしくさえ思えてしまうから不思議なものだ。
果たしてバカ兄は今の私をみてどう反応するのか。流石に大声を出して騒ぎ出すような真似はしないと思うが、罵られる程度の事はされるだろう。
あの人は私たち姉妹や実家を出たお兄様達を、どこか見下している所があるから、今の私をみてさぞ激昂されるるに違いない。
そういえばクリス義姉様とお会いするのも久々なのよね。
前の帰省はお父様の葬儀でバタバタしていたし、オーグストが引退してからは警戒して手紙を出す事もなくなってしまったので、随分と長い間お互いの状況すら共有できていない。
どうせならバカ兄を放っておいて、義姉様とゆっくりお話をするのもいいのだろうが、それを許す兄だとも思えない。
いろんな感情を抱きながら私は今、アリス・ローズマリーとして初めてお兄様と対面するのだった。
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