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桜花爛漫
第39話 人と精霊の交響曲(6)
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そう、そう言う事だったのね。
私達から少し離れた母屋から姿を現したのは、身軽な和服を着た一人の男性。
その言葉を聞いた瞬間、懐かしさよりも恐怖を感じてしまうのは、どうやら今も昔も変わらないようだ。
「私は北条家当主、北条 正宗。この度の救援要請にお力添えを頂き、誠に感謝する」
その堂々とした立ち居振る舞いと、最低限の礼儀をわきまえている辺り、やはり長年この北条家を支えてきた貫禄が滲み出ている。
だけどその姿はまるで病で休んでいたところを、無理をして出て来たとしか思えない。
(ちょっと、父さんが寝込んでいたなんて聞いてないわよ)
隣にいる沙夜にだけ聞こえるよう、囁きながら文句を告げる。
(仕方がないじゃないですか、説明する時間なんて全然なかったんですから)
(それはまぁ、そうなんだけれど)
こちらとしても正体を隠していた訳だし、ゆっくりと話す前に襲撃があったわけだから、そこを文句を言うのは間違っているだろう。
それにしてもこれで疑問に感じていたことが解決した。
おかしいと思っていたのよね、本来上座に座るのは当主である父さんの筈なのに、なぜかそこには兄が座っていた。
それが動けない父さんに代わって、名代を預かっていたと考えればすべて辻褄があってくる。そして救援として来た私達を毛嫌いしていたのも、兄だけは快く思っていなかったとすれば、これまでの行動も納得ができる。
しかしまさかあの父さんが寝込んでいただなんて、ほんの僅かだが娘として少し複雑な気持ちが沸き上がる。
「こちらこそお初にお目にかかります。この度結城家の指揮を取らせて頂きました、結城蓮也と言います」
「私は副長のシスティーナでございます」
礼儀には礼儀を。在り来たりな挨拶ではあるが、誠意ある父さんの挨拶に応えるよう、蓮也が結城家の代表として名乗りを上げる。
隣から「何で偽名なのよ」と、沙夜が小声で抗議してくるが、そこはこちらの事情を察してと、軽く無言の視線を送っておく。
「蓮也殿にシスティーナ……殿ですか」
若干私の名前だけ妙な反応を示してくるが、流石に一目見ただけでバレるような変装はしていない。
私は特に気にすることなく、システィーナとして父さんの容態を尋ねてみる。
「先ほどのご尽力、大変助かりました。しかしご当主様のそのご様子、お加減は大丈夫なのでしょうか?」
「私の事など気になさるような事ではございません。それに元々は我が北条家に関係する案件、お力添えするのは当然のことでございます」
私は父としての父さんしか知らなかったが、初めてみる当主の顔に純粋に尊敬の念すら抱いてしまう。
しかしその答えは私が望んでいたものではなく、益々心の中で不安が沸き起こる。
「父は最初の討伐に参加して負傷してしまったのです。その際妖気に当てられてしまって……」
「えっ?」
沙夜が詳細を語らぬ父に代わり、一通りの事情を説明してくれる。
そういえば一度妖魔に取り憑かれた茂を捕らえようと、討伐隊が組まれたんだったわね。
結果は散々で、多数の死者を出しながら数名の術者が命からがら逃げ帰れた。
妖気は操る妖魔が強ければ強いほど、呪いのように体を蝕み、やがては衰弱して死んでしまう事もあるほど危険なもの。
本来はそうなる前に穢れを払うのだけれど、相手の妖気が強かったせいでどうすることも出来なかった。
以前の父しか知らなければこんなことは思わなかっただろうが、もしかして父さんはそんな術者達の脱出に身を挺したのではないだろうか。
「ではご当主、お体の具合は?」
「体力の衰えで多少おぼつきませんが、体の方は結城家の方々のお蔭でなんとか」
なるほどね。
私の代わりに蓮也が尋ねてくれたのだが、恐らく牙ッ鬼自身が追い詰められたお蔭で、父さんを蝕んでいた妖気も自然と弱くなったという事だろう。
そして動けるようになったところで、私たちのピンチに出くわし七水龍の術を放ってくれた。
たぶん沙夜だけが気づいて、蓮也に下がるように言ってくれたのだろう。
隣でほっとする私に、蓮也が薄く微笑み返してくれる。
まったく私の感情なんてお見通しって訳ね。
実際その通りなんだから言い訳のしようが見当たらない。
「なら良かったです」
「ご心配頂きありがとうございます。つきまして結城家の方々には労いの席を用意したいのですが……」
そう言いながら周りを見渡す父さんだったが。
あー、まぁ、無理……よね。
私の最後の術で中庭には大きな穴が開いているわ、雷の術や蓮也が繰り出していた炎の技で、あっちこっちがマル焦げ状態。おまけに兄の術で中庭だけではなく母屋の一部が水浸しで、とても客人を招き入れる状態には程遠い。
それにどうやら負傷者も随分と出ていたようだから、まずは其方を優先させるべきだろう。
若干私達にも責任があるため、申し訳なさも感じてしまう。
「えっと、お心遣いはありがたいのですが、状況が状況ですので……」
決して私達が原因なのでご遠慮しますとは、口が裂けても言えない。
結局お礼は後日改めてという事になり、その日は一旦紫乃さんが事前に用意してくださっていたホテルへ帰還。
翌日から結城家の術者さん達と共に、牙ッ鬼が残した戦場の穢れを浄化し、私も二日目以降からその作業に尽力した。
流石に翌日は蓮也と共にフカフカのベットのお世話になったわよ。
途中私の様子を心配をした胡桃が駆け付けて来れたのだが、よくよく考えてみれば私は胡桃がいなければ特殊メイクが出来ないので、大変助かったことだけは付け加えておく。
そして四日目、いよいよ明日に東京へと帰ると決まった日、私は妹の沙夜を呼び出した。
私達から少し離れた母屋から姿を現したのは、身軽な和服を着た一人の男性。
その言葉を聞いた瞬間、懐かしさよりも恐怖を感じてしまうのは、どうやら今も昔も変わらないようだ。
「私は北条家当主、北条 正宗。この度の救援要請にお力添えを頂き、誠に感謝する」
その堂々とした立ち居振る舞いと、最低限の礼儀をわきまえている辺り、やはり長年この北条家を支えてきた貫禄が滲み出ている。
だけどその姿はまるで病で休んでいたところを、無理をして出て来たとしか思えない。
(ちょっと、父さんが寝込んでいたなんて聞いてないわよ)
隣にいる沙夜にだけ聞こえるよう、囁きながら文句を告げる。
(仕方がないじゃないですか、説明する時間なんて全然なかったんですから)
(それはまぁ、そうなんだけれど)
こちらとしても正体を隠していた訳だし、ゆっくりと話す前に襲撃があったわけだから、そこを文句を言うのは間違っているだろう。
それにしてもこれで疑問に感じていたことが解決した。
おかしいと思っていたのよね、本来上座に座るのは当主である父さんの筈なのに、なぜかそこには兄が座っていた。
それが動けない父さんに代わって、名代を預かっていたと考えればすべて辻褄があってくる。そして救援として来た私達を毛嫌いしていたのも、兄だけは快く思っていなかったとすれば、これまでの行動も納得ができる。
しかしまさかあの父さんが寝込んでいただなんて、ほんの僅かだが娘として少し複雑な気持ちが沸き上がる。
「こちらこそお初にお目にかかります。この度結城家の指揮を取らせて頂きました、結城蓮也と言います」
「私は副長のシスティーナでございます」
礼儀には礼儀を。在り来たりな挨拶ではあるが、誠意ある父さんの挨拶に応えるよう、蓮也が結城家の代表として名乗りを上げる。
隣から「何で偽名なのよ」と、沙夜が小声で抗議してくるが、そこはこちらの事情を察してと、軽く無言の視線を送っておく。
「蓮也殿にシスティーナ……殿ですか」
若干私の名前だけ妙な反応を示してくるが、流石に一目見ただけでバレるような変装はしていない。
私は特に気にすることなく、システィーナとして父さんの容態を尋ねてみる。
「先ほどのご尽力、大変助かりました。しかしご当主様のそのご様子、お加減は大丈夫なのでしょうか?」
「私の事など気になさるような事ではございません。それに元々は我が北条家に関係する案件、お力添えするのは当然のことでございます」
私は父としての父さんしか知らなかったが、初めてみる当主の顔に純粋に尊敬の念すら抱いてしまう。
しかしその答えは私が望んでいたものではなく、益々心の中で不安が沸き起こる。
「父は最初の討伐に参加して負傷してしまったのです。その際妖気に当てられてしまって……」
「えっ?」
沙夜が詳細を語らぬ父に代わり、一通りの事情を説明してくれる。
そういえば一度妖魔に取り憑かれた茂を捕らえようと、討伐隊が組まれたんだったわね。
結果は散々で、多数の死者を出しながら数名の術者が命からがら逃げ帰れた。
妖気は操る妖魔が強ければ強いほど、呪いのように体を蝕み、やがては衰弱して死んでしまう事もあるほど危険なもの。
本来はそうなる前に穢れを払うのだけれど、相手の妖気が強かったせいでどうすることも出来なかった。
以前の父しか知らなければこんなことは思わなかっただろうが、もしかして父さんはそんな術者達の脱出に身を挺したのではないだろうか。
「ではご当主、お体の具合は?」
「体力の衰えで多少おぼつきませんが、体の方は結城家の方々のお蔭でなんとか」
なるほどね。
私の代わりに蓮也が尋ねてくれたのだが、恐らく牙ッ鬼自身が追い詰められたお蔭で、父さんを蝕んでいた妖気も自然と弱くなったという事だろう。
そして動けるようになったところで、私たちのピンチに出くわし七水龍の術を放ってくれた。
たぶん沙夜だけが気づいて、蓮也に下がるように言ってくれたのだろう。
隣でほっとする私に、蓮也が薄く微笑み返してくれる。
まったく私の感情なんてお見通しって訳ね。
実際その通りなんだから言い訳のしようが見当たらない。
「なら良かったです」
「ご心配頂きありがとうございます。つきまして結城家の方々には労いの席を用意したいのですが……」
そう言いながら周りを見渡す父さんだったが。
あー、まぁ、無理……よね。
私の最後の術で中庭には大きな穴が開いているわ、雷の術や蓮也が繰り出していた炎の技で、あっちこっちがマル焦げ状態。おまけに兄の術で中庭だけではなく母屋の一部が水浸しで、とても客人を招き入れる状態には程遠い。
それにどうやら負傷者も随分と出ていたようだから、まずは其方を優先させるべきだろう。
若干私達にも責任があるため、申し訳なさも感じてしまう。
「えっと、お心遣いはありがたいのですが、状況が状況ですので……」
決して私達が原因なのでご遠慮しますとは、口が裂けても言えない。
結局お礼は後日改めてという事になり、その日は一旦紫乃さんが事前に用意してくださっていたホテルへ帰還。
翌日から結城家の術者さん達と共に、牙ッ鬼が残した戦場の穢れを浄化し、私も二日目以降からその作業に尽力した。
流石に翌日は蓮也と共にフカフカのベットのお世話になったわよ。
途中私の様子を心配をした胡桃が駆け付けて来れたのだが、よくよく考えてみれば私は胡桃がいなければ特殊メイクが出来ないので、大変助かったことだけは付け加えておく。
そして四日目、いよいよ明日に東京へと帰ると決まった日、私は妹の沙夜を呼び出した。
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