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桜花爛漫
第35話 人と精霊の交響曲(2)
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ちっ、さすがにキツいな。
治療のために沙姫が一時離脱、風華の援護射撃があるものの、やはり背中を任せている相棒が抜けるのは、攻守ともに相当な負担がのしかかる。
これが普通の妖魔程度ならいざ知らず、相手は嘗て俺と沙姫とでギリギリ押しのけた程の強敵。以前より幾分条件がこちら側に向いているとはいえ、やはり鬼の力は侮れない。
やれやれ、相変わらず貧乏くじばかり引いちまうな。
「ケケケ、どうした。随分と息が上がっている様じゃねぇか」
「そらぁな、こっちは生身の人間なんだ。疲れもするし、腹も減る。なんだったら少し休憩を入れてくれてもいいんだぜ」
「ケケ、その口車には乗らねぇぜ」
「別に冗談を言っているつもりじゃねぇんだがな」
刀を構え牙ッ鬼との間合いを計りならが出方を伺う。
奴はいま両手に妖気を固め、黒い鉤爪の様なものを作り出して、俺の刀を防いでいる。
如何に妖気の鎧を着込んでいるとはいえ、俺から繰り出される必殺の一撃を警戒しているのだろう。
しかもこちらは妖気の刃を牽制しつつ、どこから繰り出されるかも分からぬ風の刃を迎撃しなければいけない。おかげで常に神経を研ぎ澄ませておかなければならず、体力・霊力ともに消耗が著しく激しい。
せめてもう一人、接近戦のサポートが出来る助っ人がいてくれれば助かるのだが。
「簡単には休ませてやらねぇぜ」
牙ッ鬼が迫る。両手の黒い鉤爪が時間差で襲いかかり、それぞれ刀で弾くように撃墜。
更に大きく開いた牙ッ鬼の胸元に左手に持つ鞘の口を押し当て、溜め込んでいた霊気を一気に放出。
「爆炎!」
しかしこれは分厚い妖気の鎧で完全に防がれてしまう。
「ケケケ、まだそんな余裕があったのか。だが随分威力が落ちて来てるんじゃねぇか?」
無防備のドテッ腹に決まったはずなのに無傷とはね。
やはり俺が扱える放出系の術ではまるで刃が立たないか。
これが沙姫ならば、聖属性の霊力を込めてダメージを与えられるんだろうが、ただの爆裂では妖気の鎧を貫通させるには弱すぎる。
「ホラホラどうした? お前の得意分野はそっちじゃなかっただろ?」
宿敵に言われるまでもない。
俺の真骨頂は鞘から抜き出る神速の居合術。ただ獲物が刀という事から、相手の間合いの中へと入らねばならず、繰り出す居合術も絶妙のタイミングで繰り出さなければ、必殺の一撃には至らない。タイミングを見誤れば、最悪俺の腕は折れるだろう。そのためにはどうしても奴の隙を狙わなければいけないのだ。
「お前の方こそしばらく見ないうちに随分と賢くなったみたいだな。以前はもっと鬼らしく力任せだったと記憶してるんだが」
「ケケケ、俺様もそれなりに成長したんでな。前のように簡単にお前の挑発には乗らないぜ」
この数ヶ月で余計な知識を身につけたみたいだな。
以前戦った時はまだ生まれたてということで、その性格は単純に悪ガキの域を出なかった。そのお陰で俺と沙姫でも対処仕切れたのだ。それがこの数ヶ月で悪知恵を学んだようで、簡単にはこちらの挑発には乗ってこようとはして来ない。
条件的には以前よりかは遥かにこちらに分がある筈なのに、未だに決定打を与えられていないのがその証拠だ。
「仕方ねぇ、やるか」
刀を鞘へと戻し、やや前屈みで腰を落とす。
「おっ、やっと来たか。それでこそワザワザ出向いてやった甲斐があるってもんだ」
俺の構えに牙ッ鬼が両手の鉤爪を構え、迎え撃つ構えを取る。
どうせこのまま動き回ったところで体力を消耗するだけ。ならば一撃必殺にかけて、牙ッ鬼を一時的に行動不能へと落とす方が、この先の希望へも繋げるだろう。
「いくぜ!」
「来な!」
牙ッ鬼に向かって一気に駆ける。途中烈火が炎を纏いながら具現化し、その後を追走するかのように更に加速。
「奥義、紅蓮一閃!」
烈火の炎が牙ッ鬼に接触すると同時に、鞘から抜かれた剣閃が一気に襲う。
ガキィィーーン!!
だが妖気を最大にした牙ッ鬼の鉤爪に刀が止まる。
「ケケケ、俺様の勝ちだ!」
牙ッ鬼の背後から黒い複数の鎌のような物が生え、動きが止まってしまった俺に襲いかかる。
だがまだだ!
「秘奥義、百花繚乱!」
左手に持つ鞘が刀へと変わり、一刀流から二刀流へと瞬時にスタイルを変更。
同時にこの場に留まる烈火の炎が何十もの炎の刃へと変わり、迫り来る妖気の鎌を薙ぎ割くと共に、二刀の刃と無数の剣閃を叩き込む。
奥義から秘奥義へ繋ぐ、俺がいま扱える最大最強のコンボ。初撃の居合で敵の妖気を燃やし、その場に留まる炎が消える前にさらなる剣舞を繰り出す技。
これでとどめはさせないまでも、足止めぐらいはできる筈だ。
「ぐぎゃぁー!!」
はぁ、はぁ、はぁ。息を整えるため一旦牙ッ鬼から離れ距離を取る。
どうやら今の一撃は効いたようで、牙ッ鬼の両の腕は肩口から切り落とされ、体の彼方此方には無数の刃に切り裂かれた傷跡が刻まれている。
本音を言えばこのまま追撃をして、止めを刺したいところだが、今の一撃に全霊力を注いでしまい、さらなる攻撃が難しい状態。
沙姫は未だ治療の真っ最中、妹の方はそんな沙姫を守っているようだし、風華は距離をとりつつ自らの風で牙ッ鬼の妖気を削っている。
できればこのまま沙姫が戦線復帰するまで、この場にとどまって欲しいところだが。
「風華、そのまま牙ッ鬼の妖気を削り続けてくれ」
「わかりました」
風華が操る風は精霊が操る風とは少し違う。詳しくはわからないが、彼女を構成している霊気は沙姫が自ら注いだもの。その関係かどうかは分からないが、風華の風には妖気を絡めて浄化してしまう能力があるんだとか。
聖属性の霊気には遠く及ばないものの、牙ッ鬼の傷が治るのを幾分遅らす事もできる筈だ。
「くっ、お前……、兄であるこの俺様に逆らうのか!」
「私に兄なんていません。だからさっさと滅んじゃってください!」
この二人を兄妹と言っていいのか分からないが、苦しんでいるところを見るとやはり風華の風は効いているのだろう。
こちらは霊力が尽きているとはいえ、沙姫の術で体力も霊力も回復する事ができるが、牙ッ鬼や精霊達は回復という概念がないため、戦場で妖気や霊力を補充するには方法が限られてしまう。
ならばここは風華に頑張ってもらい、沙姫が戦線復帰するタイミングに合わせて反撃に転じるしかないだろう。
しかし俺の希望を無視して、再び一人の迷惑男が立ち上がる。
「この状況、まさしく神が私に与えた絶好の好機!」
またか!
そろそろいい加減しろと本気で怒鳴りたいが、こちらの意向を無視して沙姫の兄が再び牙ッ鬼に向けて術を放つ。
しかし度重なる巨大な術を放ったせいで、霊力の収束が思うようにいかず不発に終わる。
「くそっ、霊力が足りぬか。ならば紬、貴様の力を見せてやれ!」
「はい、主さま」
そう叫ぶと、事もあろうか、自分の精霊を牙ッ鬼に向けて嗾ける。
「バカ、やめろ! 食われるぞ!!」
だが既に遅く、牙ッ鬼から黒い無数の触手が伸びたかと思うと、将樹の精霊である紬を絡め取る。
「早く戻せ!」
「くそっ、姑息な真似を。もどれ紬!」
「あ…あぁ……」
「何をしている戻れ、戻るんだ!」
「あぁ……たす……け……」
「くそっ!」
今ここで牙ッ鬼のパワーアップは最悪のシナリオ以外なにものでもない。
即座に救出するべく動くも、霊力が不足した状態では妖気の触手を切る事ができない。
やがて奮闘空しく将樹の精霊は闇に飲まれ、牙ッ鬼の妖気が一気に溢れる。
「ケケケ、やべぇやべぇ。危うくまた殺られちまうところだったぜ」
「くそっ、最悪だ」
俺たちが契約する中級精霊の中で、特に力を持つものは人型の精霊だと言われている。
そんな精霊を丸ごと食らったのだ、牙ッ鬼を覆っている妖気が桁外れに増加する。
「えぇい! 鬼に喰われるなど役立たずめ!」
お前がだろ。
相棒でもある精霊を失ったというのに、なんと情けのない非道な言葉か。
精霊もこんな男のために尽くしてコレでは、浮かばれなないのではないだろうか。
「ケケケ、よくもやってくれたな。覚悟は出来てるんだろうな」
「ちっ」
依然沙姫は治療の真っ最中、妹の方は気丈に踏ん張ってはいるものの、兄の精霊が食われて動揺はしている事だろう。風華に危険な真似はさせられない、将樹の方は精霊を失い霊力も枯渇していて完全な足手まとい
俺自身も霊力の回復を測らない事にはどうする事もできない状況。
参ったな。打つ手がねぇぜ。
「ケケ、これで終わりにしてやる。精々地獄で誇るんだな、この俺様をここまで追い詰めた事をな!!」
ブワァーーー!!
牙ッ鬼から放たれる闇の風。その風が闇の刃と化して縦横無尽に荒れ狂う。
まずい、こちらは烈火が防いでくれているが、沙姫が完全に無防備だ。
風華も動けないようだし、妹は辛うじて結界を張ったようだが、それもそう長くは持たないだろう。
なんとかこの風を止めない事には、本気でマズイぞ。
苦しそうに倒れる鈴音の姿。全身からは血が滲み、表情にも既に死相が現れ始めている。
「お願い、死なないで! 私を置いていかないでよ、鈴音!!」
鈴音が助からないことは見るからに明らか。私だって術者の端くれ、どの様な傷で人が死に、どの様な状態ならば助けられるかも十分に理解している。
それなのに……
「どきなさい! まだ助かる。いえ、今度こそ助けてみせるわ」
絶望の中であの人の心強い声。
鈴音はもう助からないと頭では理解できているというのに、なぜだろう。あの人の……今の姉さんの言葉だけは無条件で信じられる。
「ケケ、これで終わりにしてやる。精々地獄で誇るんだな、この俺様をここまで追い詰めた事をな!!」
蓮也さんが追い詰めていたのに兄の精霊を取り込まれてしまい、牙ッ鬼の妖気が一気に溢れかえる。
蓮也さんは霊力が枯渇しており、風華さんも取り込まれない様更に距離を取られている。姉さんは依然鈴音の治療中、兄さんはもう当てにはできない。
迫り来る無数の風の刃、私の力じゃ二人を守り続けることは不可能。だけど回避する選択肢は初めからない、まさに絶体絶命の状況。
でもそれが何? 私の限界なんて誰か決めたのよ。
「だから力を貸して、水姫!」
私は相棒でもある水姫を展開させ、迫り来る風の刃を弾き飛ばす。
「踏ん張りなさい! 水姫!!!!」
「きゅいーん」
「くっ」
一秒一秒がやけに長い。
結界に触れる一撃一撃が重すぎる。
展開させている水の結界に綻びが出始め、即座に修復するため霊力を振り絞る。
なんて威力なの、なんて巨大な力なの。ホントに姉さんはこんな強大な敵を倒したというの?
やっぱり凄い人なんだ、心の底から自慢できる姉なんだ。
水姫、貴女はそんな姉さんの名前から名付けた大切な相棒なの。だから私も、ここで諦めるなんて絶対に出来ない!
ピシッ、ピシシッ……
結界を貫通した風の刃が私の体を徐々に切り裂いていく。まだ、まだよ。頑張って水姫!!!
…………だめ……持たない……。
そんな時、ふわっと優しい光に包まれると同時に、誰かが私の肩に触れてくる。
「よく頑張ったわ、後は私に任せなさい」
そこには白銀の光を纏った姉さんの姿があった。
治療のために沙姫が一時離脱、風華の援護射撃があるものの、やはり背中を任せている相棒が抜けるのは、攻守ともに相当な負担がのしかかる。
これが普通の妖魔程度ならいざ知らず、相手は嘗て俺と沙姫とでギリギリ押しのけた程の強敵。以前より幾分条件がこちら側に向いているとはいえ、やはり鬼の力は侮れない。
やれやれ、相変わらず貧乏くじばかり引いちまうな。
「ケケケ、どうした。随分と息が上がっている様じゃねぇか」
「そらぁな、こっちは生身の人間なんだ。疲れもするし、腹も減る。なんだったら少し休憩を入れてくれてもいいんだぜ」
「ケケ、その口車には乗らねぇぜ」
「別に冗談を言っているつもりじゃねぇんだがな」
刀を構え牙ッ鬼との間合いを計りならが出方を伺う。
奴はいま両手に妖気を固め、黒い鉤爪の様なものを作り出して、俺の刀を防いでいる。
如何に妖気の鎧を着込んでいるとはいえ、俺から繰り出される必殺の一撃を警戒しているのだろう。
しかもこちらは妖気の刃を牽制しつつ、どこから繰り出されるかも分からぬ風の刃を迎撃しなければいけない。おかげで常に神経を研ぎ澄ませておかなければならず、体力・霊力ともに消耗が著しく激しい。
せめてもう一人、接近戦のサポートが出来る助っ人がいてくれれば助かるのだが。
「簡単には休ませてやらねぇぜ」
牙ッ鬼が迫る。両手の黒い鉤爪が時間差で襲いかかり、それぞれ刀で弾くように撃墜。
更に大きく開いた牙ッ鬼の胸元に左手に持つ鞘の口を押し当て、溜め込んでいた霊気を一気に放出。
「爆炎!」
しかしこれは分厚い妖気の鎧で完全に防がれてしまう。
「ケケケ、まだそんな余裕があったのか。だが随分威力が落ちて来てるんじゃねぇか?」
無防備のドテッ腹に決まったはずなのに無傷とはね。
やはり俺が扱える放出系の術ではまるで刃が立たないか。
これが沙姫ならば、聖属性の霊力を込めてダメージを与えられるんだろうが、ただの爆裂では妖気の鎧を貫通させるには弱すぎる。
「ホラホラどうした? お前の得意分野はそっちじゃなかっただろ?」
宿敵に言われるまでもない。
俺の真骨頂は鞘から抜き出る神速の居合術。ただ獲物が刀という事から、相手の間合いの中へと入らねばならず、繰り出す居合術も絶妙のタイミングで繰り出さなければ、必殺の一撃には至らない。タイミングを見誤れば、最悪俺の腕は折れるだろう。そのためにはどうしても奴の隙を狙わなければいけないのだ。
「お前の方こそしばらく見ないうちに随分と賢くなったみたいだな。以前はもっと鬼らしく力任せだったと記憶してるんだが」
「ケケケ、俺様もそれなりに成長したんでな。前のように簡単にお前の挑発には乗らないぜ」
この数ヶ月で余計な知識を身につけたみたいだな。
以前戦った時はまだ生まれたてということで、その性格は単純に悪ガキの域を出なかった。そのお陰で俺と沙姫でも対処仕切れたのだ。それがこの数ヶ月で悪知恵を学んだようで、簡単にはこちらの挑発には乗ってこようとはして来ない。
条件的には以前よりかは遥かにこちらに分がある筈なのに、未だに決定打を与えられていないのがその証拠だ。
「仕方ねぇ、やるか」
刀を鞘へと戻し、やや前屈みで腰を落とす。
「おっ、やっと来たか。それでこそワザワザ出向いてやった甲斐があるってもんだ」
俺の構えに牙ッ鬼が両手の鉤爪を構え、迎え撃つ構えを取る。
どうせこのまま動き回ったところで体力を消耗するだけ。ならば一撃必殺にかけて、牙ッ鬼を一時的に行動不能へと落とす方が、この先の希望へも繋げるだろう。
「いくぜ!」
「来な!」
牙ッ鬼に向かって一気に駆ける。途中烈火が炎を纏いながら具現化し、その後を追走するかのように更に加速。
「奥義、紅蓮一閃!」
烈火の炎が牙ッ鬼に接触すると同時に、鞘から抜かれた剣閃が一気に襲う。
ガキィィーーン!!
だが妖気を最大にした牙ッ鬼の鉤爪に刀が止まる。
「ケケケ、俺様の勝ちだ!」
牙ッ鬼の背後から黒い複数の鎌のような物が生え、動きが止まってしまった俺に襲いかかる。
だがまだだ!
「秘奥義、百花繚乱!」
左手に持つ鞘が刀へと変わり、一刀流から二刀流へと瞬時にスタイルを変更。
同時にこの場に留まる烈火の炎が何十もの炎の刃へと変わり、迫り来る妖気の鎌を薙ぎ割くと共に、二刀の刃と無数の剣閃を叩き込む。
奥義から秘奥義へ繋ぐ、俺がいま扱える最大最強のコンボ。初撃の居合で敵の妖気を燃やし、その場に留まる炎が消える前にさらなる剣舞を繰り出す技。
これでとどめはさせないまでも、足止めぐらいはできる筈だ。
「ぐぎゃぁー!!」
はぁ、はぁ、はぁ。息を整えるため一旦牙ッ鬼から離れ距離を取る。
どうやら今の一撃は効いたようで、牙ッ鬼の両の腕は肩口から切り落とされ、体の彼方此方には無数の刃に切り裂かれた傷跡が刻まれている。
本音を言えばこのまま追撃をして、止めを刺したいところだが、今の一撃に全霊力を注いでしまい、さらなる攻撃が難しい状態。
沙姫は未だ治療の真っ最中、妹の方はそんな沙姫を守っているようだし、風華は距離をとりつつ自らの風で牙ッ鬼の妖気を削っている。
できればこのまま沙姫が戦線復帰するまで、この場にとどまって欲しいところだが。
「風華、そのまま牙ッ鬼の妖気を削り続けてくれ」
「わかりました」
風華が操る風は精霊が操る風とは少し違う。詳しくはわからないが、彼女を構成している霊気は沙姫が自ら注いだもの。その関係かどうかは分からないが、風華の風には妖気を絡めて浄化してしまう能力があるんだとか。
聖属性の霊気には遠く及ばないものの、牙ッ鬼の傷が治るのを幾分遅らす事もできる筈だ。
「くっ、お前……、兄であるこの俺様に逆らうのか!」
「私に兄なんていません。だからさっさと滅んじゃってください!」
この二人を兄妹と言っていいのか分からないが、苦しんでいるところを見るとやはり風華の風は効いているのだろう。
こちらは霊力が尽きているとはいえ、沙姫の術で体力も霊力も回復する事ができるが、牙ッ鬼や精霊達は回復という概念がないため、戦場で妖気や霊力を補充するには方法が限られてしまう。
ならばここは風華に頑張ってもらい、沙姫が戦線復帰するタイミングに合わせて反撃に転じるしかないだろう。
しかし俺の希望を無視して、再び一人の迷惑男が立ち上がる。
「この状況、まさしく神が私に与えた絶好の好機!」
またか!
そろそろいい加減しろと本気で怒鳴りたいが、こちらの意向を無視して沙姫の兄が再び牙ッ鬼に向けて術を放つ。
しかし度重なる巨大な術を放ったせいで、霊力の収束が思うようにいかず不発に終わる。
「くそっ、霊力が足りぬか。ならば紬、貴様の力を見せてやれ!」
「はい、主さま」
そう叫ぶと、事もあろうか、自分の精霊を牙ッ鬼に向けて嗾ける。
「バカ、やめろ! 食われるぞ!!」
だが既に遅く、牙ッ鬼から黒い無数の触手が伸びたかと思うと、将樹の精霊である紬を絡め取る。
「早く戻せ!」
「くそっ、姑息な真似を。もどれ紬!」
「あ…あぁ……」
「何をしている戻れ、戻るんだ!」
「あぁ……たす……け……」
「くそっ!」
今ここで牙ッ鬼のパワーアップは最悪のシナリオ以外なにものでもない。
即座に救出するべく動くも、霊力が不足した状態では妖気の触手を切る事ができない。
やがて奮闘空しく将樹の精霊は闇に飲まれ、牙ッ鬼の妖気が一気に溢れる。
「ケケケ、やべぇやべぇ。危うくまた殺られちまうところだったぜ」
「くそっ、最悪だ」
俺たちが契約する中級精霊の中で、特に力を持つものは人型の精霊だと言われている。
そんな精霊を丸ごと食らったのだ、牙ッ鬼を覆っている妖気が桁外れに増加する。
「えぇい! 鬼に喰われるなど役立たずめ!」
お前がだろ。
相棒でもある精霊を失ったというのに、なんと情けのない非道な言葉か。
精霊もこんな男のために尽くしてコレでは、浮かばれなないのではないだろうか。
「ケケケ、よくもやってくれたな。覚悟は出来てるんだろうな」
「ちっ」
依然沙姫は治療の真っ最中、妹の方は気丈に踏ん張ってはいるものの、兄の精霊が食われて動揺はしている事だろう。風華に危険な真似はさせられない、将樹の方は精霊を失い霊力も枯渇していて完全な足手まとい
俺自身も霊力の回復を測らない事にはどうする事もできない状況。
参ったな。打つ手がねぇぜ。
「ケケ、これで終わりにしてやる。精々地獄で誇るんだな、この俺様をここまで追い詰めた事をな!!」
ブワァーーー!!
牙ッ鬼から放たれる闇の風。その風が闇の刃と化して縦横無尽に荒れ狂う。
まずい、こちらは烈火が防いでくれているが、沙姫が完全に無防備だ。
風華も動けないようだし、妹は辛うじて結界を張ったようだが、それもそう長くは持たないだろう。
なんとかこの風を止めない事には、本気でマズイぞ。
苦しそうに倒れる鈴音の姿。全身からは血が滲み、表情にも既に死相が現れ始めている。
「お願い、死なないで! 私を置いていかないでよ、鈴音!!」
鈴音が助からないことは見るからに明らか。私だって術者の端くれ、どの様な傷で人が死に、どの様な状態ならば助けられるかも十分に理解している。
それなのに……
「どきなさい! まだ助かる。いえ、今度こそ助けてみせるわ」
絶望の中であの人の心強い声。
鈴音はもう助からないと頭では理解できているというのに、なぜだろう。あの人の……今の姉さんの言葉だけは無条件で信じられる。
「ケケ、これで終わりにしてやる。精々地獄で誇るんだな、この俺様をここまで追い詰めた事をな!!」
蓮也さんが追い詰めていたのに兄の精霊を取り込まれてしまい、牙ッ鬼の妖気が一気に溢れかえる。
蓮也さんは霊力が枯渇しており、風華さんも取り込まれない様更に距離を取られている。姉さんは依然鈴音の治療中、兄さんはもう当てにはできない。
迫り来る無数の風の刃、私の力じゃ二人を守り続けることは不可能。だけど回避する選択肢は初めからない、まさに絶体絶命の状況。
でもそれが何? 私の限界なんて誰か決めたのよ。
「だから力を貸して、水姫!」
私は相棒でもある水姫を展開させ、迫り来る風の刃を弾き飛ばす。
「踏ん張りなさい! 水姫!!!!」
「きゅいーん」
「くっ」
一秒一秒がやけに長い。
結界に触れる一撃一撃が重すぎる。
展開させている水の結界に綻びが出始め、即座に修復するため霊力を振り絞る。
なんて威力なの、なんて巨大な力なの。ホントに姉さんはこんな強大な敵を倒したというの?
やっぱり凄い人なんだ、心の底から自慢できる姉なんだ。
水姫、貴女はそんな姉さんの名前から名付けた大切な相棒なの。だから私も、ここで諦めるなんて絶対に出来ない!
ピシッ、ピシシッ……
結界を貫通した風の刃が私の体を徐々に切り裂いていく。まだ、まだよ。頑張って水姫!!!
…………だめ……持たない……。
そんな時、ふわっと優しい光に包まれると同時に、誰かが私の肩に触れてくる。
「よく頑張ったわ、後は私に任せなさい」
そこには白銀の光を纏った姉さんの姿があった。
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