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終 章 ヴィクトリア編

第101話 小さな戦争

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「おいミリィ、お前それって……」
 決闘と言う名の模擬試合当日。
 選手である私たち3人と、応援組であるアリスとリコとルテアを引き連れ、学園の敷地内にあるホールへとやってきた。
 なぜ勝負が模擬試合という名に変わったかというと、サージェントから『いくら俺でも、転校生が気に入らないから決闘したいのでホールを貸してください。なんて言えるか!』との事だったので、名目上は交流を深めるための模擬試合、という話で学園の方には通っている。
 因みにこの件の話は父様達には話していない。

「あぁ、これ? 大丈夫よ、使う気はないから」
 アストリアに手に持つ剣を見せながらサラリと答える。
 ここで、躊躇う素振りや言葉を詰まらせでもしたなら不審がられもするだろうが、私が軽く答える事で悪意はない事を知ってもらう。
 勿論私だってこの剣を使うつもりなんてないが、昨日の終わりに見せたロベリアの不敵な笑みがどうしても気になり、考えた末護身用にと持ってきたのだ。

「けどなぁ、それ、本物だろう? 放課後までどうやって隠してたんだよ」
 アストリアのいう通り、私が持つこの剣は本物の真剣。多少私が扱いやすいように刀身細かったり剣自体が軽かったり、アリスの趣味で無意味に装飾が施されて可愛くはなっているが、突けば刺さるし振り下ろせば切り裂く事も当然できる。
 つまり見た目は王女である私が保有するに相応しい、煌びやかで美しいだけの実践向きではない飾り剣。
 アストリアのように実践派の人間には『強度が無いうえに使いづらい剣』、と写ったとしても本物の剣であることには違いない。

「大丈夫よ、ただの御守り代わりなだけよ。それに真剣を持ってきちゃダメなんて、昨日の話では約束なんてしていないでしょ?」
 これはあくまでも私の勘だが、あのロベリアは何か奥の手を隠しているんじゃないかと考えている。
 そうでなければあの自意識の塊ともいえるロベリアがあぁも挑発し、更に自ら決闘という形で挑戦してくるとは考えられ無い。もしかするとライナスとシオンの強さを信じきっているのかもしれないが、場合によっては自分も私と戦わなければならないのだ。そんな中だというのにあの時ロベリアは不敵な笑みを浮かべた。

「まぁ、大丈夫でしょ。剣はあくまでも剣。鞘から抜かなければ切れないし、近づかなければ斬ることもできないわ。ほら、どうやら向こうも来たようよ」
 そう言いながらアストリアから視線を外して私が正しかった事を促す。
 私の視線の先にはやや大きめの木剣を手にしたライナスとシオンを従える形で、ロベリアがペタンコの胸を張りながら意気揚々とやってくる姿が見えてくる。
 そしてその手には……
「あぁ、スマン。お前の考えの方が正しいわ」

「待たせたわね」
「別に待ってないわよ」
 相変わらず態度の大きいロベリアだが、その手には私同様……いや、それ以上に派手で豪華な剣が握り締められている。

「あぁ、これの事? 別に真剣を持ってきちゃダメなんて話はしてないでしょ」
 ロベリアは私の視線の意味を勘違いしたのか、つい先ほど私がアストリアに対して放った言葉をそのまま答えてくる。
「えぇ、言ってないわよ。だから私が真剣を持っていても問題ないわよね」
 そう言いながら私は手に持つ剣を前にして見せつける。

「なっ、ちょっとなによそれ! 反則よ!」
 ブッ。ロベリアの余りに酷い反応に、ドゥーベ組の男性陣すら呆れた表情を浮かべてくる。

 まてまて、自分は良いけど他人はダメってどんな我が儘よ。流石にこれは筋が通らないと思ったのか、ライナスとシオンがロベリアを言い聞かせている。



「ふっ、ま、まぁいいわ。百歩下がって認めてあげる!」
「百歩譲ってね」
「……。コ、コホン。ま、まぁいいわ。百歩譲って認めてあげる!」
 あっ、無かった事にしてやり直した。
「どちらにせよ、この私にまで回ってくる事はないけれどね。おほほほほ」
 うん、やっぱこの子バカだ。こういうバカはからかうに限る。

「それってつまりジークが負けるって事よね? するとロベリアはジークが負けるのが嬉しいって事で間違いないわよね?」
「うっ」
 ロベリアとしては自分たちが負けるとは思っていないだろうが、その場合ジークが負ける事が大前提。
 ロベリアの場合ライナスが狙っているアリスと違い、自身の想い人はシオンの対戦相手だ。
 仮にシオンが負けたとすると当然大将戦までもつれ込む訳であって、その場合は自分自身にも順番が回ってくる。つまりどう考えてもロベリアの思い通りにはいかないのだ。
 どうせ彼女の事だからそこまで深く考えて無かったのだろう。今気づきましたという表情で戸惑っているのが見てわかる。

「だそうよ、ジーク。ロベリアが貴方に負けて欲しいって」
「い、言ってないわよ!」
 もう一度言うが、バカはからかうと面白い。
 慌てふためくロベリアにジークが近寄り。

「負けるつもりはないから別にいいがな」
「ほぉ、奇遇だな。俺も負けるつもりは毛頭ねぇ」
 すっと前へと出るジークに対し、ロベリアの隣からシオンが前へと出る。

「たくっ、俺が来る前にはじめてんじゃねぇ」
 二人の間に火花が飛び散るその時、サージェントが遅れて登場。
 一瞬私とロベリアが持つ剣に視線を送るが、深くは追求してこなかった。

「それじゃ始める前にもう一度ルールの確認だ。勝負は三対三の団体戦。先に二勝した方が勝利。武器は木製の物のみ、中に鉄を仕込んでたりしてたら速攻反則の上、俺の権限で退学だ。勝敗は先に降参するか気絶、もしくは俺が勝負ありと判断した場合のみ。異存はねぇな?」
 サージェントがあえて木製の武器と告げたのは私たちが持つ真剣を見ての言葉だろう。
 こちらとしてもあくまで護身用であって、練習用の木剣も持参している。

「えぇ、構わないわ。貴方たちも問題ないわよね?」
「あぁ、木製の武器ってのが気にくわねぇがそれでいいぜ」
 ライナスたちからすれば純粋に木剣での打ち合いは物足りないのだろう。アストリアとジークも似たような事を言っていたので、恐らく同じ感覚だと想像出来る。

「それじゃ問題がなければ……」
「ちょっと待ってもらえる?」
 お互いルールを納得し、いざ試合を始めようとした時。声を上げたのはやはりとも言えるロベリア。

「何よ、今のルールの何処に問題があるっていうのよ」
「誰もそんなことは言っておりませんわ。私が言いたいのは勝ったチームへの褒賞ですわ」
「褒賞?」
 ロベリアから出た言葉に私たちレガリア組が僅かに反応する。
 別に褒賞の件を考えていなかったわけではないが、おバカなロベリアを変に刺激するととんでもない条件をだされるんじゃないかと思い、全員一致でこの話題には触れないでおこうとしていた。
 正直こちらとしても負ける気もなければ勝利条件に今後二度と騒ぎを起こすな、と約束もさせられるんだろうが、流石に国に帰れとも言えないのでメリットらしいメリットがない。口だけでアリスとジークを諦めろと言ってもいいが、人の感情など当てにもできないので、結局『憂さ晴らしに叩き伏せる!』でまとまっていたのだ。
 それだと言うのにこのおバカときたら……。

「えぇ、簡単なものよ。私たちが勝てば……」
「却下よ。こんな試合の勝敗でアリスもジークもあげないわよ」
「なっ!? 貴女私の心を読めるんですの!? そ、そういえば貴女も聖女の血を引くのだったわね」ブツブツ
 何やら壮大に勘違いしているようだが、わざわざ訂正してあげるどうりもないので敢えてそのままにしておく。
 そういえば聖女の力で思い出したが……

(白銀、いるわよね?)
『あぁ、主人の言う通りアリスの側に張り付いておる』
 白銀には事前にアリスの護衛をお願いしている。
 人の目に見えない白銀には護衛は最適だし、主人契約をしていなければ例え聖女であろうとも聖痕がなければ気がつくことはない、そうだ。
 因みにアリスの場合は精霊が教えてくれるだけで本人の力ではないらしい。

(本当にロベリアの側には貴方と同じ聖獣はいないのよね?)
『心配するな、この者の近くにはもちろん、あの国にはすでに聖獣は居座っておらん』
(そう、なら安心ね)
 ロベリアの近くに聖獣がいれば危険かと思ったが、どうやらその心配はいらないようだ。

「何よ急に黙り込んじゃって」
「ん? あぁ、悪いわね。とりあえず只の模擬試合に商品なんて出さないわよ。こちらとしても欲しい物はないんだから賭けは成立しないわ。それとも何かしら、自分に魅力が無いからって、試合の勝ち負けで他人の心を縛ろうというのかしら?」
「ななな、何を言ってるのかしら、そそそそ、そんなこと考えてもいませんわ」
 どうやら図星だったようで、盛大にテンパるロベリア。

「もういいか? そろそろ始めたいんだが」
 周りからジト目で見つめられ額から冷たい汗が流れ落ちる。
 これも全てロベリアが悪い!

「それじゃ始めようか」
「あぁ、いいぜ。実力の違いってヤツを見せつけてやる」
 そう言いながらジークとシオンが前へと出る。

 こうしてレガリア対ドゥーベの小さな戦争の火蓋が切っておとされるのだった。
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