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第二章 スチュワート編(二年)
第65話 イリアの受難(前編)
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くしゅん。
「どうしたのアリスちゃん、もしかして風邪?」
「ううん、風邪じゃないんだけれど……くしゅん!」
うぅ、なんだろう、別に風邪を引くような事は何もしてないんだけれどなぁ。もしかしてミリィ達が私の噂でもしてるんじゃないよね?
聖誕祭二日目。
毎年この日はユミナちゃん達をお城に招いて女子会ならぬ、女の子達だけのお茶会を催している。
現在テーブルに着いているのは私とルテアちゃん、その妹であるチェリーティアにジークの妹であるユミナちゃん、そして一番年下でアストリアの妹であるレティシアちゃんの5人だけ。
本当ならここにミリィとリコちゃん、ティアお義姉様にエスニアお姉様がいる筈なんだけれど、今年はそれぞれお仕事やら催しの予定やらで来れなくなったらしい。
「大丈夫ですか、アリスお姉様? 今日は都合よくミリィお姉様もいらっしゃらないので、体調が悪いようでしたら私が一緒に添い寝をしながら看病いたしますよ?」
なんだかすごい事をサラッと言い出すユミナちゃん。
別に女の子同士なので一緒に寝てもいいのだろうが、私はこれでも15歳。ミリィが隣にいないと眠れない、って歳は数週間前に過ぎ、今じゃシロ(ミリィの聖獣)に抱きつきながら眠ることさえ出来るのだ。
決してミリィと一緒じゃないと眠れない、って訳ではないと大いに否定したい。
「ありがとうユミナちゃん、でも大丈夫だよ。今はミリィに置いてけぼりにされたシロがいてくれるし、別に体調が悪いって訳じゃないんだから」
「それならばよろしいのですが……」
なんだかちょっと残念そうな表情を浮かべるユミナちゃん。
「アリスちゃん、シロってもしかして聖獣さまのこと?」
「うん、そうだよ。本当はなんちゃらって言いにくい名前なんだけど、シロって方が言いやすくて可愛いでしょ。えへへ」
最初こそシロも毎回注意はしてきたけれど、ミリィが「アリスに注意しても無駄よ、あの子がこうって決めたら誰にも変えられないんだから。そもそも白蟻とか白金とかじゃないだけマシって思いなさい」って説得されたら、すっごく嫌な顔をしながらわかってくれたらしい。
それにしても失礼しちゃうな、シロはシロだからいいのに、シロアリとかシロキンとかって全然可愛くないじゃない。
「それにしても私たちだけパーティーに参加出来ないって、何だかつまらないですよね。せっかくドレスを新調したって言うのに」
ユミナちゃんが誰に言う訳でもなく、一人口を尖らせながら文句を口にする。
私としてはパーティーは苦手なので、出なくて良いと言われれば喜んで出席はしないんだけれどなぁ……くしゅん!
「アリスちゃんやっぱり風邪だよ、今日はもう休もう」
「そ、そうですね。アリスお姉様、やっぱり私が添い寝しますので今日はお休みください」
三度目のクシャミで再び騒ぎ出すルテアちゃんとユミナちゃん。
「エレノアさん、お医者さんを呼んでください。チェリーティア、レティシア、アリスお姉様をお部屋にお連れするからてつだって」
「もう、だから大丈夫なんだってばぁーー」
ざわざわざわ
「い、今なんて申されたのかしら……もう一度言ってくださいますか……」
「娘が娘なら、母親も母親って申しあげたのですわ。大体夫がいるって言うのに他の男性に鼻の下を延ばすなんて。そもそも貴女のような女性に此方の方は相応しくありませんわ」
「な、なんですって!? 一度ならず二度までも私に無礼な口の利き方をするなんて!」
「お母様、この方ご自身でおっしゃった事をもう忘れていらっしゃるようですわ。もうそろそろお歳なのかしら」
「あら、もう物忘れをされるお歳なのね。そろそろ引退なさっては如何なのかしら。ふふふ」
「キィーーッ!!」
何かしら?
ついつい照れ隠しを誤魔化す為にお義兄様を連れて見に来たものの、大勢の人だかりでよく見えない。
話し声からすると一組の親娘と、一人のご婦人が言い争っている様にはとれるが、生憎人だかりの壁でここからでは状況が把握出来ない。
聞こえてくる話の内容からすれば一人の男性に対して、一方は自分の娘に、もう一方は夫がいるのに色目を使って迫っていたところ、どちらともなく言い争いが始まってしまったのだろう。
男性の年齢まではわからないけれど、娘のお相手にと言っているところからまだお若い方なのだろう。そんな男性相手に人妻が夢中になるって言うのもどうかとは思うが、狭い貴族社会で不倫や浮気は別段珍しくもない。
「ん~、ここからじゃ良く分からないね。それにしても聖誕祭のパーティで騒ぐなんて、どこのご婦人なんだろうね」
背伸びして覗いてみる、なんて見っともない真似はされていないが、私より背の高いお義兄様でも見えないのなら諦めた方がいいだろう。
「どうするイリア?」
どうする? の意味は恐らく人垣をかき分けて見に行くか、このままこの場から立ち去るかの問いかけ。
「戻りましょうお義兄様。ご婦人方の言い争いに関わっては、良い事なんて何一つございませんわ」
ここに来た理由はただの照れ隠しの誤魔化しと、もしかしてアリスが騒ぎの原因かと思ったからであって、その二つが解決した今、わざわざ人をかき分けてまで知る必要もない。
第一女性の口論ほど関わるとロクでもない事は世間の常識だ。だから皆んな遠目で見ているだけで、誰も止めようと自ら行動を起こしていないのであろう。
どうやら原因となる男性が近くにいるようだから、ここは事故にでもあったと思って頑張ってもらおう。
……でも何かしら、この声どこかで……
「黙って聞いていれば調子に乗って! 貴女こそ二度も夫から見捨てられたくせに、アストリア様に自分の娘を押し付けるなんて恥を知りなさい!」
ピクッ
お義兄様を連れて回れ右をしたところで出てきた名前に反応する。
もしかして争いの元となった男性ってアストリア様の事?
ふと昔のデイジーのお屋敷での一幕を思い出し、少し淡い恋心が浮かび上がるも、すぐにそんな感情も四散していく。
あの頃の私はただ恋に憧れる年ごろだったのだろう、今思えばただ素敵な男性に出会えたってだけで、恋心とは大きくかけ離れていた。
今ならば言えるが、あの頃はなんて身の程知らずの行動をしていたのかと大いに反省するばかり。
それにしてもアストリア様なんて高貴な方を取り合うなんて……。
アリスに近づいてしまった関係で、今じゃ私もアストリア様とは多少なりとは面識があり、アストリア様とミリアリア様がお互い意識し合っているのは勿論理解はしている。
ミリアリア様は否定していたけれど、リコが呆れ顔をしていたので間違いないだろう。
……はぁ……。
「どうしたんだい? 急にため息なんてついちゃって」
「い、いえ。今更ながらあり得ない友人関係に、私自身が疑問を持たなくなってきたのに呆れているだけですわ」
本来なら話しかけることは勿論、近づく事すら出来なかったであろう私の友人となってしまった豪華な面々。
一国の王女様にレガリアの四代公爵家の方々、侯爵家のリコに関してはお屋敷に呼ばれるほどの仲の上、アリスに至っては未来の聖女と言っても間違いないだろう。そんな彼女に私は喧嘩を売ろうとしていたなんて、昔の自分を叱ってあげたい気分だ。
「ははは、確かにイリアの友達は凄いからね。僕も父さんも後から聞かされて驚かされたよ」
如何に爵位持ちの本家とはいえ、クリスタータ家は最も階級の低い男爵家。どれだけ背伸びをしたところで、侯爵家のご令嬢は勿論、王女様達とお友達になれるなど誰が考えると言うのだろう。
そのおかげで、私がすんなりと男爵家に入れたのだから感謝すべきなのだろうが。
「なんですって! 私は夫に見捨てられたのではなくて、私が夫を見捨ててあげたのよ。それに何か勘違いしているようだけれど、娘だけじゃなくてフリーになった私が誰にアタックしようが貴女に関係ないでしょ」
ブフッ
ご婦人が放った一言で、周りにいた若い男性陣が僅かに後ずさる。
いやいやいや、アストリア様の年齢から考えて娘のいるようなご婦人では到底相手にならないでしょ。
思わず聞こえてきた内容に心の中で素早くツッコミを入れる。
どうやら一人のご婦人だけではなく、娘持ちのご婦人の方もアストリア様狙いらしい。
いくら何でも身の程をわきまえろと注意をしたい気分だが、今の私は男爵家の家名を背負っている身。もし相手が爵位持ちの貴族や、それらに近しい親族なら後々なんらかの問題になりかねない。
ちょっとアストリア様には申し訳ないが、ここは気付かぬフリをして退散させていただこう。
そう思って歩み出そうとした瞬間。
「え、えぇぇ?? お母様もアストリア様狙いなんですかぁ!!??」
ピクッ
言い争いの中心となっている場所から聞こえる耳障りな女性の甲高い声。
「……」
間違いない、今の声はカメリア姉さん……。するとその母親っていうのは……
「イリア、今の声って……」
どうやら今のでお義兄様も気づかれたようだ。
カメリア姉さん、兄であるフェリクスの姉であり、私にとっても血を分けた姉にあたる人物。
どうして今まで気づかなかったのだろう。いや、母や姉は人前では声色をつかって愛想を振舞いているので、普段の声で聞き慣れている私はすぐに反応できなかったのだろう。
すると何? 相手にしているご婦人って……
「あれは……もしかするとブルースター家のご婦人じゃないかな?」
ブフッ
お義兄様も流石に声の主が元義理の母達と言うことで気になられたのだろう。人垣の隙間から騒ぎの中心となった人物をみながらそんなことを言ってきた。
じゃ、お母様達が騒ぎ立てている相手のご婦人てデイジーのお母さん!?
はぁ、逃げたい。今すぐこの場から立ち去りたい。
だけど騒ぎの原因が母達と気づいてしまった今、このまま立ち去ると言うことも出来ないだろう。
遠巻きとはいえ、私とお義兄様が騒ぎに気付いて眺めていたのに気づいている人もいるだろう。そしてこのパーティーに参加しているのは私たちと同じ貴族の人間。お母さんがクリスタータ家に嫁いでいた事も知る人も当然いるだろうし、私がその娘である事も気づかれているかもしれない。
もしここで回れ右をして逃げ出そうものなら、クリスタータ家は元妻と娘が騒いでいたのに見て見ぬフリをしていたと、暇を弄ばすご婦人方のいい標的にされかねない。
それにしても母達と会うのは数ヶ月ぶり。
半ば強制的に私はクリスタータ家へと引き取られた為、その後の二人がどうなったかは詳しく聞かされていない。
噂では私の学費を無断で使い切ってしまった事をお義父様が激怒し、今まで続けてきた生活費の支払いがストップ。仕方なく二人はお母さんの実家に戻ったらしいが、そこでも何かと騒ぎ立てては叔父達とも上手くいっていないらしい。
はぁ……
これも私がアリスに喧嘩を売ってしまった罰なのだろうか。
そういえば昔読んだ本にこんな言葉が書かれていたっけ。
『聖女様を冒涜した者はいずれ天罰が下るだろう』と。
「……」
一度はアリスには謝ったけれどあれでは足りなかってことなのかしら。あの子の事だから『なんで謝るの?』とかボケた事を言ってきそうだけれど、このままじゃ私の身が持たなくなってしまう。
明日、もう一度心の底からアリスに謝ろう。
そう心に強く思いながら騒ぎの中心へと向かうのだった。
「どうしたのアリスちゃん、もしかして風邪?」
「ううん、風邪じゃないんだけれど……くしゅん!」
うぅ、なんだろう、別に風邪を引くような事は何もしてないんだけれどなぁ。もしかしてミリィ達が私の噂でもしてるんじゃないよね?
聖誕祭二日目。
毎年この日はユミナちゃん達をお城に招いて女子会ならぬ、女の子達だけのお茶会を催している。
現在テーブルに着いているのは私とルテアちゃん、その妹であるチェリーティアにジークの妹であるユミナちゃん、そして一番年下でアストリアの妹であるレティシアちゃんの5人だけ。
本当ならここにミリィとリコちゃん、ティアお義姉様にエスニアお姉様がいる筈なんだけれど、今年はそれぞれお仕事やら催しの予定やらで来れなくなったらしい。
「大丈夫ですか、アリスお姉様? 今日は都合よくミリィお姉様もいらっしゃらないので、体調が悪いようでしたら私が一緒に添い寝をしながら看病いたしますよ?」
なんだかすごい事をサラッと言い出すユミナちゃん。
別に女の子同士なので一緒に寝てもいいのだろうが、私はこれでも15歳。ミリィが隣にいないと眠れない、って歳は数週間前に過ぎ、今じゃシロ(ミリィの聖獣)に抱きつきながら眠ることさえ出来るのだ。
決してミリィと一緒じゃないと眠れない、って訳ではないと大いに否定したい。
「ありがとうユミナちゃん、でも大丈夫だよ。今はミリィに置いてけぼりにされたシロがいてくれるし、別に体調が悪いって訳じゃないんだから」
「それならばよろしいのですが……」
なんだかちょっと残念そうな表情を浮かべるユミナちゃん。
「アリスちゃん、シロってもしかして聖獣さまのこと?」
「うん、そうだよ。本当はなんちゃらって言いにくい名前なんだけど、シロって方が言いやすくて可愛いでしょ。えへへ」
最初こそシロも毎回注意はしてきたけれど、ミリィが「アリスに注意しても無駄よ、あの子がこうって決めたら誰にも変えられないんだから。そもそも白蟻とか白金とかじゃないだけマシって思いなさい」って説得されたら、すっごく嫌な顔をしながらわかってくれたらしい。
それにしても失礼しちゃうな、シロはシロだからいいのに、シロアリとかシロキンとかって全然可愛くないじゃない。
「それにしても私たちだけパーティーに参加出来ないって、何だかつまらないですよね。せっかくドレスを新調したって言うのに」
ユミナちゃんが誰に言う訳でもなく、一人口を尖らせながら文句を口にする。
私としてはパーティーは苦手なので、出なくて良いと言われれば喜んで出席はしないんだけれどなぁ……くしゅん!
「アリスちゃんやっぱり風邪だよ、今日はもう休もう」
「そ、そうですね。アリスお姉様、やっぱり私が添い寝しますので今日はお休みください」
三度目のクシャミで再び騒ぎ出すルテアちゃんとユミナちゃん。
「エレノアさん、お医者さんを呼んでください。チェリーティア、レティシア、アリスお姉様をお部屋にお連れするからてつだって」
「もう、だから大丈夫なんだってばぁーー」
ざわざわざわ
「い、今なんて申されたのかしら……もう一度言ってくださいますか……」
「娘が娘なら、母親も母親って申しあげたのですわ。大体夫がいるって言うのに他の男性に鼻の下を延ばすなんて。そもそも貴女のような女性に此方の方は相応しくありませんわ」
「な、なんですって!? 一度ならず二度までも私に無礼な口の利き方をするなんて!」
「お母様、この方ご自身でおっしゃった事をもう忘れていらっしゃるようですわ。もうそろそろお歳なのかしら」
「あら、もう物忘れをされるお歳なのね。そろそろ引退なさっては如何なのかしら。ふふふ」
「キィーーッ!!」
何かしら?
ついつい照れ隠しを誤魔化す為にお義兄様を連れて見に来たものの、大勢の人だかりでよく見えない。
話し声からすると一組の親娘と、一人のご婦人が言い争っている様にはとれるが、生憎人だかりの壁でここからでは状況が把握出来ない。
聞こえてくる話の内容からすれば一人の男性に対して、一方は自分の娘に、もう一方は夫がいるのに色目を使って迫っていたところ、どちらともなく言い争いが始まってしまったのだろう。
男性の年齢まではわからないけれど、娘のお相手にと言っているところからまだお若い方なのだろう。そんな男性相手に人妻が夢中になるって言うのもどうかとは思うが、狭い貴族社会で不倫や浮気は別段珍しくもない。
「ん~、ここからじゃ良く分からないね。それにしても聖誕祭のパーティで騒ぐなんて、どこのご婦人なんだろうね」
背伸びして覗いてみる、なんて見っともない真似はされていないが、私より背の高いお義兄様でも見えないのなら諦めた方がいいだろう。
「どうするイリア?」
どうする? の意味は恐らく人垣をかき分けて見に行くか、このままこの場から立ち去るかの問いかけ。
「戻りましょうお義兄様。ご婦人方の言い争いに関わっては、良い事なんて何一つございませんわ」
ここに来た理由はただの照れ隠しの誤魔化しと、もしかしてアリスが騒ぎの原因かと思ったからであって、その二つが解決した今、わざわざ人をかき分けてまで知る必要もない。
第一女性の口論ほど関わるとロクでもない事は世間の常識だ。だから皆んな遠目で見ているだけで、誰も止めようと自ら行動を起こしていないのであろう。
どうやら原因となる男性が近くにいるようだから、ここは事故にでもあったと思って頑張ってもらおう。
……でも何かしら、この声どこかで……
「黙って聞いていれば調子に乗って! 貴女こそ二度も夫から見捨てられたくせに、アストリア様に自分の娘を押し付けるなんて恥を知りなさい!」
ピクッ
お義兄様を連れて回れ右をしたところで出てきた名前に反応する。
もしかして争いの元となった男性ってアストリア様の事?
ふと昔のデイジーのお屋敷での一幕を思い出し、少し淡い恋心が浮かび上がるも、すぐにそんな感情も四散していく。
あの頃の私はただ恋に憧れる年ごろだったのだろう、今思えばただ素敵な男性に出会えたってだけで、恋心とは大きくかけ離れていた。
今ならば言えるが、あの頃はなんて身の程知らずの行動をしていたのかと大いに反省するばかり。
それにしてもアストリア様なんて高貴な方を取り合うなんて……。
アリスに近づいてしまった関係で、今じゃ私もアストリア様とは多少なりとは面識があり、アストリア様とミリアリア様がお互い意識し合っているのは勿論理解はしている。
ミリアリア様は否定していたけれど、リコが呆れ顔をしていたので間違いないだろう。
……はぁ……。
「どうしたんだい? 急にため息なんてついちゃって」
「い、いえ。今更ながらあり得ない友人関係に、私自身が疑問を持たなくなってきたのに呆れているだけですわ」
本来なら話しかけることは勿論、近づく事すら出来なかったであろう私の友人となってしまった豪華な面々。
一国の王女様にレガリアの四代公爵家の方々、侯爵家のリコに関してはお屋敷に呼ばれるほどの仲の上、アリスに至っては未来の聖女と言っても間違いないだろう。そんな彼女に私は喧嘩を売ろうとしていたなんて、昔の自分を叱ってあげたい気分だ。
「ははは、確かにイリアの友達は凄いからね。僕も父さんも後から聞かされて驚かされたよ」
如何に爵位持ちの本家とはいえ、クリスタータ家は最も階級の低い男爵家。どれだけ背伸びをしたところで、侯爵家のご令嬢は勿論、王女様達とお友達になれるなど誰が考えると言うのだろう。
そのおかげで、私がすんなりと男爵家に入れたのだから感謝すべきなのだろうが。
「なんですって! 私は夫に見捨てられたのではなくて、私が夫を見捨ててあげたのよ。それに何か勘違いしているようだけれど、娘だけじゃなくてフリーになった私が誰にアタックしようが貴女に関係ないでしょ」
ブフッ
ご婦人が放った一言で、周りにいた若い男性陣が僅かに後ずさる。
いやいやいや、アストリア様の年齢から考えて娘のいるようなご婦人では到底相手にならないでしょ。
思わず聞こえてきた内容に心の中で素早くツッコミを入れる。
どうやら一人のご婦人だけではなく、娘持ちのご婦人の方もアストリア様狙いらしい。
いくら何でも身の程をわきまえろと注意をしたい気分だが、今の私は男爵家の家名を背負っている身。もし相手が爵位持ちの貴族や、それらに近しい親族なら後々なんらかの問題になりかねない。
ちょっとアストリア様には申し訳ないが、ここは気付かぬフリをして退散させていただこう。
そう思って歩み出そうとした瞬間。
「え、えぇぇ?? お母様もアストリア様狙いなんですかぁ!!??」
ピクッ
言い争いの中心となっている場所から聞こえる耳障りな女性の甲高い声。
「……」
間違いない、今の声はカメリア姉さん……。するとその母親っていうのは……
「イリア、今の声って……」
どうやら今のでお義兄様も気づかれたようだ。
カメリア姉さん、兄であるフェリクスの姉であり、私にとっても血を分けた姉にあたる人物。
どうして今まで気づかなかったのだろう。いや、母や姉は人前では声色をつかって愛想を振舞いているので、普段の声で聞き慣れている私はすぐに反応できなかったのだろう。
すると何? 相手にしているご婦人って……
「あれは……もしかするとブルースター家のご婦人じゃないかな?」
ブフッ
お義兄様も流石に声の主が元義理の母達と言うことで気になられたのだろう。人垣の隙間から騒ぎの中心となった人物をみながらそんなことを言ってきた。
じゃ、お母様達が騒ぎ立てている相手のご婦人てデイジーのお母さん!?
はぁ、逃げたい。今すぐこの場から立ち去りたい。
だけど騒ぎの原因が母達と気づいてしまった今、このまま立ち去ると言うことも出来ないだろう。
遠巻きとはいえ、私とお義兄様が騒ぎに気付いて眺めていたのに気づいている人もいるだろう。そしてこのパーティーに参加しているのは私たちと同じ貴族の人間。お母さんがクリスタータ家に嫁いでいた事も知る人も当然いるだろうし、私がその娘である事も気づかれているかもしれない。
もしここで回れ右をして逃げ出そうものなら、クリスタータ家は元妻と娘が騒いでいたのに見て見ぬフリをしていたと、暇を弄ばすご婦人方のいい標的にされかねない。
それにしても母達と会うのは数ヶ月ぶり。
半ば強制的に私はクリスタータ家へと引き取られた為、その後の二人がどうなったかは詳しく聞かされていない。
噂では私の学費を無断で使い切ってしまった事をお義父様が激怒し、今まで続けてきた生活費の支払いがストップ。仕方なく二人はお母さんの実家に戻ったらしいが、そこでも何かと騒ぎ立てては叔父達とも上手くいっていないらしい。
はぁ……
これも私がアリスに喧嘩を売ってしまった罰なのだろうか。
そういえば昔読んだ本にこんな言葉が書かれていたっけ。
『聖女様を冒涜した者はいずれ天罰が下るだろう』と。
「……」
一度はアリスには謝ったけれどあれでは足りなかってことなのかしら。あの子の事だから『なんで謝るの?』とかボケた事を言ってきそうだけれど、このままじゃ私の身が持たなくなってしまう。
明日、もう一度心の底からアリスに謝ろう。
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