60 / 119
第二章 スチュワート編(二年)
第60話 少女達の戦い(中編)
しおりを挟む
『ユゥ~ラリル~ユ~ラリユゥ~♪ ソォラリ、ユゥ~ラリユ~ラリユゥ~♪』
豊穣の儀式が始まった。
静寂に包まれた村に響き渡るアリスの歌声、この天使の歌声を聴くのはいつぶりだろう。
『精霊の歌』と呼ばれているこの歌は、精霊達を呼び寄せ、力を与える聖女達の愛の讃歌だとも言われている。
この歌自体には特別な力はないのだが、何故か精霊達はこの歌を好んでよってくるらしく、昔から儀式を行う度に歌われ続けているんだと、生前のセリカさんが教えてくれた事がある。初代聖女様達がいた世界で、人々から愛されていた歌なんだと。
何も知らない者からすればこの歌は言わば神聖な儀式のための賛美歌なのだろう。ある者は聖女にしか歌う事が許されないだとか、聖女の血を引かない者が歌えば天罰が下るだとか、くだらない噂が流れてはいるが、そんなのは全て嘘っぱち。
精霊はただ歌が好きで、綺麗な歌声に惹かれ集まってくるだけ。
勿論聖女の血やその力によっても、集まってくる精霊の多さに差が出てしまうが、それ以上に重要なのが持って生まれた美声と音感だとも言われている。
「綺麗な歌声……」
「これがアリス様の精霊の歌、なんですね……」
サツキとミズキから思わずといった感じで言葉が漏れる。
「アリスは滅多に人前で歌うって事はないからね。しかも精霊の歌ともなると更に少なくなるわ」
この場にココリナ達がいればアリスの美声にさぞ驚き騒ぎ立てていただろう。
アリスはあの性格からか、人前で歌うという事は滅多にしない。もちろん気分がいい時に鼻歌や自然と口ずさむ事はあるが、アリスの場合そのたかが鼻歌だけで精霊達が漂ってくる。
母様や姉様がなるべく聖女の仕事から離そうとしていたという事もあるが、アリス自身がそこまで精霊の力を求めるという事が少なかったのが大きいだろう。
私が覚えてる限りでは、アリスが今まで精霊の歌を歌ったのはジークの妹であるユミナが大怪我をした時以来だ。
「数える程って……それでこの美声ですか?」
「そうよ。普段のアリスからは想像できないでしょうけど、聖女絡みの事となるとその全てが完璧に近い才能を発揮しちゃうのよ」
なんと言ってもあのセリカさんですら、当時8歳であったアリスの力の才能に危機感を感じていたのだ。成長した今じゃ何をやらかしても不思議ではないだろう。
「才能ですか……これをその一言でまとめて良いのかと疑問には思いますが、確かに他の言葉が見当たりませんね」
「それにしてもアリス様のお力がこれ程までとは……聖女の血を引いていない私ですら、この辺りに精霊達が集まってきている気配を感じますよ」
ミズキ達もこの辺りの気配に何かを感じているのだろう。しきりに空を眺めたり、周りを不思議そうに見渡してる。
私の場合は聖女の血を引いているせいか、多少なりとも精霊の気配を感じることができる。もちろん普段の時はどんなに頑張っても感じることができないのだが、アリスが聖女の力を使う時や、季節の変わり目の風なんかが私に語りかけてきている、そんな気がする時も確かにあるんだ。
「以前アリスがこんな事を言っていたわ。精霊達は人間の感情に敏感なんだと。
『楽しい』って思う時は精霊達も喜び、『悲しい』って思う時は精霊達も一緒に悲しんでくれる。この子達にも確かに心があるんだってね」
「精霊達の心……ですか」
「ですが下級精霊と呼ばれる者達には意思がないとも教わりましたが」
「まぁ、それが一般的な考えね。私も姉様も母様だって、そう教わってきたわ。
あのセリカさんだって、精霊達の声を直接聞いた事はないと言っていたのよ? だけどアリスの考えは違うのよ。もっともアリスだからこその答え、って事にはなるんでしょうけど、あの子は精霊達には確かな感情があって、心がそこに確かにあるって思ってしまっているのよ」
ただ、セリカさんは精霊達の声は直接聞こえないとは言っていたが、聞いた事が無いとも言っていない。
今の私には聖女の力は使えない。そんな私でも今のこの現状を目にしていたらアリスの言っている事が本当で、世間一般に伝えられている事が間違いなんじゃないかとさえ思ってしまう。
確かに精霊達にも自らの意思というものは存在しているのだろう、だけどそれが感情や心があるかと問われれば、どうしても疑問が残ってしまう。
精霊達の声……か。もし私にも聞こえたらなんて語りかけてくれるんだろう。
姉様だってどんなに頑張っても精霊達の声は聞こえないと言っていた。
100年に一人の逸材と言われている姉様ですら聞こえないのだ。そんな姉様を通り越して私なんかに聞こえる筈がないんだけれど、一度聞いてみたいな。
「来たぞ!」
ビスケスの一言で心が現実に一気に引き戻される。
「隊長、あれがそうなんです?」
「だろうな」
ビスケスにしろ、サツキ達にしろ、邪霊そのものを見るのは初めてなのだろう。
視線の先に顔を向ければ、黒い靄の塊が幾つも漂ってくる様子が見てわかる。
「サツキ、一斑を率いて聖女の護衛を」
「はい!」
「残りと姫さんは俺と一緒に嬢ちゃんの防衛だ。一匹たりとも近寄らせるな!」
ビスケスの指示により、サツキと防衛に当たっていた騎士達の内1/4が姉様がいる祭壇を取り囲む。
姉様の話では祭壇には聖女の力を増幅させる機能と、弱いながらも結界が張られているとも言っていた。
人数的にアリスの護衛を多めにしたのはそう言った意味も含まれているのだろう。
「姫さん、無茶をするなとは言わんが無理な事はするなよ」
「わかってるわ」
言っている事がまるで意味不明ではあるが、言わずにはいられないといったところなのだろう。
今はビスケスの言葉を素直に受け取り、訓練を共に過ごした愛剣を構えた。
アリスの力は私の想像を遥かに超えていた。
『精霊の歌』その歌を教えたのは私自身。
本当ならこれは母親であるセリカさんの役目だったのだろうが、セリカさんはあの日私を庇って毒の短剣で倒れてしまった。
あの時、私を庇わなければ。
あの時、私にもっと力があり、毒と傷の治療を同時にできていれば。
もしかするともっと違う未来が訪れていたのかもしれない。
人は私を100年に一人の逸材と称えるが、そんなのは只の幻。今の私がいるのは生前セリカさんから教わったセリカさんオリジナルの言霊があってのこと。
ミリィは自分の力の無さに嘆いているが、私から言わせれば全てが原石の状態のミリィの方が遥かに聖女に向いているだろう。
聖女の力はその周りに大きく影響を及ぼす。
それが力が強い者ならよりその影響力は計り知れない。
ミリィは幼少の頃からずっとアリスのそばにいる。
食事の時も、レッスンの時も、夜眠る時まで一緒のベットだ。
ミリィは気づいていないようだけど、あの子の力は日に日に成長している。
今はまだ、アリスという大きな蓋が近くにいるせいで聖女の力に目覚めていないが、一度蓋が外れれば眠っていた力が大きく姿を表すだろう。
だから私は、二人の未来を導く光となれればいい。
大切な二人の妹達のために。
「はっ!」
私の剣線が黒い靄を上下に切り裂く。
だが、一時的な足止めにはなるが一定の間の後に構成しなおし、再び私たちに襲いかかってくる。
「くそっ、キリがねぇ」
ビスケスの一閃で数匹の邪霊が切り裂かれるが、結果は私の時と同様。
ミズキはその素早い剣線で幾つもの小さな塊に切り裂くが、やはり結果は同じようだ。
「姫さん、何か手はねぇのか。王家に代々伝わっている邪霊退治とかよ」
「知らないわよ、そんなのがあったらとっくに使ってるわ」
「ったく、しゃぁねぇな。おい、お前ら下手に突っ込むな! こっちは足止めだけできていれば十分だ。嬢ちゃん達を守りきれば勝てるんだからな」
戦いの最中ビスケスが私に向かって愚痴を言ってくるが、これも周りの騎士達を鼓舞する意味合いもあるのだろう。
誰もが未知なる敵に不安を抱く中、対処の方法がわからないとなれば浮足だつのも当然というもの。そんな中でビスケスは隊長らしく余裕を見せ、冗談交じりに私との会話を皆んなに聞かせているんだ。もしかすると本気で私に何かを期待したのかもしれないが、残念な事に邪霊に対してそう都合のよい対処方法は伝わってはいない。
「全くキリがないわね」
邪霊の個々の力はそれほど脅威ではない、私の腕でも十分通用する。
だけど問題はその数の多さ。一体何処にどうやっって身を隠していたのかと問いたいほど、次から次へと集まってくる。
「ミリアリア様、聖女の力で消し去れないのですか?」
「無理よ、アリスじゃあるまいし私に期待しないで」
サツキが近寄り私に尋ねてくるが、返す答えは彼女の希望を砕くもののみ。こんな時、アリスがいれば笑いながらササッと浄化してしまうのだろうが、残念な事にアリスの意識は今頃精霊達と同調している頃だろう。
アリスはアリスの役割を果たしているのだからそれ以上を望むのは大間違い。いや、実際のところアリスの聖気とも言える光で、邪霊の何匹かは勝手に浄化されているので、これ以上期待する訳にもいかないだろう。
そのせいでサツキが私に期待を持ったのだから私としては少々心が痛いが、出来ないものは出来ないんだから仕方がない。
だけど……
「まずいわね」
「あぁ、このままじゃこっちの体力が持たねぇ。儀式がどれぐらいかかるか分からねぇから、騎士達の士気は落ちる一方だ」
私の小さな呟きにビスケスが同じように小声で答えてくる。
これが後どれぐらい頑張れば大丈夫なのかと、先が見えている状態ならば多少なりとも心の持ちようがあるのだろうが、先が見えていない状態では体力と共に気力も萎えるというもの。姉様も臨時の祭壇でどれほど儀式にかかるかは予想出来なかったのだろう。だから自ら日が暮れるまでという希望的な観測で己を鼓舞し、必死に祈りを捧げているのだ。
何か、何か打つ手はないの?
アリスが、姉様達が頑張っているというのに。
「……もう、ミリィはまた聖女の修行をサボって、お義姉様に叱られても知らないんだからね」
「いいのよ、どうせ私には聖女の力なんてないんだから」
「だーかぁーらー、ミリィがそんな考えだから精霊達が応えてくれないんだって。今だってホラ、精霊達が話しかけてきてるじゃない。ミリィだって聖女の血が流れているんだからもっと自信を持ってよ」
……私に流れている聖女の血。
精霊達が私に話しかけてきている? ごめん、全然聞こえてないから、大体姉様ですら精霊との会話なんて出来ないのに、出来損ないの私に聞こえる訳ないでしょ。
考えろ、初代国王、アーリアル様はどうやってレーネス様を守った?
邪霊の数など今とは比べものにはならなかったはず。
それなのにどうやって襲いかかってくる邪霊を退けたの?
こう言う時、物語なんかでは聖なる剣が出てきて勝利に導いたりするのだが、残念な事にそんな都合のいい聖剣なんて存在していない。だったらどうやって守り抜いた?
アーリアル様は祈り続けるレーネス様を守り、レーネス様もまた祈りによってアーリアル様を守り抜いた。今の私とアリスの関係のように。
「姫さん!!」
「っ!」
思考に気を取られ、死角からの攻撃に反応が遅れてしまった。
「大丈夫か!?」
「大丈夫、ちょっと掠っただけよ」
痛みを感じ、額に触れた手にヌルリとした感触と共にかなりの血が付いていた。
大丈夫だ、流れ出た血の量に少し驚いたが、痛みはすぐに引いていく。
多分アリスが精霊達を使い傷を癒してくれているんだろう。だけどそのアリスですら体力の回復まではできていない。
癒しの奇跡で治せるのはあくまでも外的な治療と、体を一時的に活性化させるための回復のみ。そこに体を動かした時に生じる体力を回復させる術は不可能だと言われている。
よくよく考えてみてほしい、疲れた体を永遠に癒し続ければどうなるか。疲れは体の負担を教えてくれる言わば信号だ、そんな事を無視し続ければいずれ体は負担に耐えられなくなり、その先に待っているのは死という終着点になる事だろう。
「まだやれるか?」
「心配しないで、王族である私が真っ先に引っ込むわけにはいかないでしょ」
私は言わば守り手の象徴。王女である私の戦う姿こそ、ギリギリで戦っている騎士達に力を与えているのだ。そんな私が真っ先に倒れていいわけがない。
ビスケスもそれがわかっているだけに、無理に下がれとも逃げろとも言わないのだ。
私は気持ちを切り替えるために額から流れる血を強引に左手で拭い払い落とす。
しゅわー……
えっ? 今の何?
私が飛ばした血飛沫に当てられた邪霊が消えて、いや、浄化されていく。
「どうした?」
「えっ、ビスケス、今の……」
いや、この反応からすると今の現象を見ていたのは私だけ。
浄化と聖女の力
もしかするとレーネス様はアーリアル様の剣になんらかの祈りを込めていたのでは? 例えば己に流れる聖なる血、聖女の血で剣を清めていたとか……
「ビスケス、ミズキ、10秒、10秒だけ私に邪霊を近づけないで」
「ん? わかった。ミズキ!」
「はい!」
私の言葉に質問を返さず、すぐに二人が対応して守りを固めてくれる。
大丈夫、私の考えに間違いはない。
すっと心を落ち着かせ、左手を剣の付け根に触れて一気に引き抜いたのだった。
豊穣の儀式が始まった。
静寂に包まれた村に響き渡るアリスの歌声、この天使の歌声を聴くのはいつぶりだろう。
『精霊の歌』と呼ばれているこの歌は、精霊達を呼び寄せ、力を与える聖女達の愛の讃歌だとも言われている。
この歌自体には特別な力はないのだが、何故か精霊達はこの歌を好んでよってくるらしく、昔から儀式を行う度に歌われ続けているんだと、生前のセリカさんが教えてくれた事がある。初代聖女様達がいた世界で、人々から愛されていた歌なんだと。
何も知らない者からすればこの歌は言わば神聖な儀式のための賛美歌なのだろう。ある者は聖女にしか歌う事が許されないだとか、聖女の血を引かない者が歌えば天罰が下るだとか、くだらない噂が流れてはいるが、そんなのは全て嘘っぱち。
精霊はただ歌が好きで、綺麗な歌声に惹かれ集まってくるだけ。
勿論聖女の血やその力によっても、集まってくる精霊の多さに差が出てしまうが、それ以上に重要なのが持って生まれた美声と音感だとも言われている。
「綺麗な歌声……」
「これがアリス様の精霊の歌、なんですね……」
サツキとミズキから思わずといった感じで言葉が漏れる。
「アリスは滅多に人前で歌うって事はないからね。しかも精霊の歌ともなると更に少なくなるわ」
この場にココリナ達がいればアリスの美声にさぞ驚き騒ぎ立てていただろう。
アリスはあの性格からか、人前で歌うという事は滅多にしない。もちろん気分がいい時に鼻歌や自然と口ずさむ事はあるが、アリスの場合そのたかが鼻歌だけで精霊達が漂ってくる。
母様や姉様がなるべく聖女の仕事から離そうとしていたという事もあるが、アリス自身がそこまで精霊の力を求めるという事が少なかったのが大きいだろう。
私が覚えてる限りでは、アリスが今まで精霊の歌を歌ったのはジークの妹であるユミナが大怪我をした時以来だ。
「数える程って……それでこの美声ですか?」
「そうよ。普段のアリスからは想像できないでしょうけど、聖女絡みの事となるとその全てが完璧に近い才能を発揮しちゃうのよ」
なんと言ってもあのセリカさんですら、当時8歳であったアリスの力の才能に危機感を感じていたのだ。成長した今じゃ何をやらかしても不思議ではないだろう。
「才能ですか……これをその一言でまとめて良いのかと疑問には思いますが、確かに他の言葉が見当たりませんね」
「それにしてもアリス様のお力がこれ程までとは……聖女の血を引いていない私ですら、この辺りに精霊達が集まってきている気配を感じますよ」
ミズキ達もこの辺りの気配に何かを感じているのだろう。しきりに空を眺めたり、周りを不思議そうに見渡してる。
私の場合は聖女の血を引いているせいか、多少なりとも精霊の気配を感じることができる。もちろん普段の時はどんなに頑張っても感じることができないのだが、アリスが聖女の力を使う時や、季節の変わり目の風なんかが私に語りかけてきている、そんな気がする時も確かにあるんだ。
「以前アリスがこんな事を言っていたわ。精霊達は人間の感情に敏感なんだと。
『楽しい』って思う時は精霊達も喜び、『悲しい』って思う時は精霊達も一緒に悲しんでくれる。この子達にも確かに心があるんだってね」
「精霊達の心……ですか」
「ですが下級精霊と呼ばれる者達には意思がないとも教わりましたが」
「まぁ、それが一般的な考えね。私も姉様も母様だって、そう教わってきたわ。
あのセリカさんだって、精霊達の声を直接聞いた事はないと言っていたのよ? だけどアリスの考えは違うのよ。もっともアリスだからこその答え、って事にはなるんでしょうけど、あの子は精霊達には確かな感情があって、心がそこに確かにあるって思ってしまっているのよ」
ただ、セリカさんは精霊達の声は直接聞こえないとは言っていたが、聞いた事が無いとも言っていない。
今の私には聖女の力は使えない。そんな私でも今のこの現状を目にしていたらアリスの言っている事が本当で、世間一般に伝えられている事が間違いなんじゃないかとさえ思ってしまう。
確かに精霊達にも自らの意思というものは存在しているのだろう、だけどそれが感情や心があるかと問われれば、どうしても疑問が残ってしまう。
精霊達の声……か。もし私にも聞こえたらなんて語りかけてくれるんだろう。
姉様だってどんなに頑張っても精霊達の声は聞こえないと言っていた。
100年に一人の逸材と言われている姉様ですら聞こえないのだ。そんな姉様を通り越して私なんかに聞こえる筈がないんだけれど、一度聞いてみたいな。
「来たぞ!」
ビスケスの一言で心が現実に一気に引き戻される。
「隊長、あれがそうなんです?」
「だろうな」
ビスケスにしろ、サツキ達にしろ、邪霊そのものを見るのは初めてなのだろう。
視線の先に顔を向ければ、黒い靄の塊が幾つも漂ってくる様子が見てわかる。
「サツキ、一斑を率いて聖女の護衛を」
「はい!」
「残りと姫さんは俺と一緒に嬢ちゃんの防衛だ。一匹たりとも近寄らせるな!」
ビスケスの指示により、サツキと防衛に当たっていた騎士達の内1/4が姉様がいる祭壇を取り囲む。
姉様の話では祭壇には聖女の力を増幅させる機能と、弱いながらも結界が張られているとも言っていた。
人数的にアリスの護衛を多めにしたのはそう言った意味も含まれているのだろう。
「姫さん、無茶をするなとは言わんが無理な事はするなよ」
「わかってるわ」
言っている事がまるで意味不明ではあるが、言わずにはいられないといったところなのだろう。
今はビスケスの言葉を素直に受け取り、訓練を共に過ごした愛剣を構えた。
アリスの力は私の想像を遥かに超えていた。
『精霊の歌』その歌を教えたのは私自身。
本当ならこれは母親であるセリカさんの役目だったのだろうが、セリカさんはあの日私を庇って毒の短剣で倒れてしまった。
あの時、私を庇わなければ。
あの時、私にもっと力があり、毒と傷の治療を同時にできていれば。
もしかするともっと違う未来が訪れていたのかもしれない。
人は私を100年に一人の逸材と称えるが、そんなのは只の幻。今の私がいるのは生前セリカさんから教わったセリカさんオリジナルの言霊があってのこと。
ミリィは自分の力の無さに嘆いているが、私から言わせれば全てが原石の状態のミリィの方が遥かに聖女に向いているだろう。
聖女の力はその周りに大きく影響を及ぼす。
それが力が強い者ならよりその影響力は計り知れない。
ミリィは幼少の頃からずっとアリスのそばにいる。
食事の時も、レッスンの時も、夜眠る時まで一緒のベットだ。
ミリィは気づいていないようだけど、あの子の力は日に日に成長している。
今はまだ、アリスという大きな蓋が近くにいるせいで聖女の力に目覚めていないが、一度蓋が外れれば眠っていた力が大きく姿を表すだろう。
だから私は、二人の未来を導く光となれればいい。
大切な二人の妹達のために。
「はっ!」
私の剣線が黒い靄を上下に切り裂く。
だが、一時的な足止めにはなるが一定の間の後に構成しなおし、再び私たちに襲いかかってくる。
「くそっ、キリがねぇ」
ビスケスの一閃で数匹の邪霊が切り裂かれるが、結果は私の時と同様。
ミズキはその素早い剣線で幾つもの小さな塊に切り裂くが、やはり結果は同じようだ。
「姫さん、何か手はねぇのか。王家に代々伝わっている邪霊退治とかよ」
「知らないわよ、そんなのがあったらとっくに使ってるわ」
「ったく、しゃぁねぇな。おい、お前ら下手に突っ込むな! こっちは足止めだけできていれば十分だ。嬢ちゃん達を守りきれば勝てるんだからな」
戦いの最中ビスケスが私に向かって愚痴を言ってくるが、これも周りの騎士達を鼓舞する意味合いもあるのだろう。
誰もが未知なる敵に不安を抱く中、対処の方法がわからないとなれば浮足だつのも当然というもの。そんな中でビスケスは隊長らしく余裕を見せ、冗談交じりに私との会話を皆んなに聞かせているんだ。もしかすると本気で私に何かを期待したのかもしれないが、残念な事に邪霊に対してそう都合のよい対処方法は伝わってはいない。
「全くキリがないわね」
邪霊の個々の力はそれほど脅威ではない、私の腕でも十分通用する。
だけど問題はその数の多さ。一体何処にどうやっって身を隠していたのかと問いたいほど、次から次へと集まってくる。
「ミリアリア様、聖女の力で消し去れないのですか?」
「無理よ、アリスじゃあるまいし私に期待しないで」
サツキが近寄り私に尋ねてくるが、返す答えは彼女の希望を砕くもののみ。こんな時、アリスがいれば笑いながらササッと浄化してしまうのだろうが、残念な事にアリスの意識は今頃精霊達と同調している頃だろう。
アリスはアリスの役割を果たしているのだからそれ以上を望むのは大間違い。いや、実際のところアリスの聖気とも言える光で、邪霊の何匹かは勝手に浄化されているので、これ以上期待する訳にもいかないだろう。
そのせいでサツキが私に期待を持ったのだから私としては少々心が痛いが、出来ないものは出来ないんだから仕方がない。
だけど……
「まずいわね」
「あぁ、このままじゃこっちの体力が持たねぇ。儀式がどれぐらいかかるか分からねぇから、騎士達の士気は落ちる一方だ」
私の小さな呟きにビスケスが同じように小声で答えてくる。
これが後どれぐらい頑張れば大丈夫なのかと、先が見えている状態ならば多少なりとも心の持ちようがあるのだろうが、先が見えていない状態では体力と共に気力も萎えるというもの。姉様も臨時の祭壇でどれほど儀式にかかるかは予想出来なかったのだろう。だから自ら日が暮れるまでという希望的な観測で己を鼓舞し、必死に祈りを捧げているのだ。
何か、何か打つ手はないの?
アリスが、姉様達が頑張っているというのに。
「……もう、ミリィはまた聖女の修行をサボって、お義姉様に叱られても知らないんだからね」
「いいのよ、どうせ私には聖女の力なんてないんだから」
「だーかぁーらー、ミリィがそんな考えだから精霊達が応えてくれないんだって。今だってホラ、精霊達が話しかけてきてるじゃない。ミリィだって聖女の血が流れているんだからもっと自信を持ってよ」
……私に流れている聖女の血。
精霊達が私に話しかけてきている? ごめん、全然聞こえてないから、大体姉様ですら精霊との会話なんて出来ないのに、出来損ないの私に聞こえる訳ないでしょ。
考えろ、初代国王、アーリアル様はどうやってレーネス様を守った?
邪霊の数など今とは比べものにはならなかったはず。
それなのにどうやって襲いかかってくる邪霊を退けたの?
こう言う時、物語なんかでは聖なる剣が出てきて勝利に導いたりするのだが、残念な事にそんな都合のいい聖剣なんて存在していない。だったらどうやって守り抜いた?
アーリアル様は祈り続けるレーネス様を守り、レーネス様もまた祈りによってアーリアル様を守り抜いた。今の私とアリスの関係のように。
「姫さん!!」
「っ!」
思考に気を取られ、死角からの攻撃に反応が遅れてしまった。
「大丈夫か!?」
「大丈夫、ちょっと掠っただけよ」
痛みを感じ、額に触れた手にヌルリとした感触と共にかなりの血が付いていた。
大丈夫だ、流れ出た血の量に少し驚いたが、痛みはすぐに引いていく。
多分アリスが精霊達を使い傷を癒してくれているんだろう。だけどそのアリスですら体力の回復まではできていない。
癒しの奇跡で治せるのはあくまでも外的な治療と、体を一時的に活性化させるための回復のみ。そこに体を動かした時に生じる体力を回復させる術は不可能だと言われている。
よくよく考えてみてほしい、疲れた体を永遠に癒し続ければどうなるか。疲れは体の負担を教えてくれる言わば信号だ、そんな事を無視し続ければいずれ体は負担に耐えられなくなり、その先に待っているのは死という終着点になる事だろう。
「まだやれるか?」
「心配しないで、王族である私が真っ先に引っ込むわけにはいかないでしょ」
私は言わば守り手の象徴。王女である私の戦う姿こそ、ギリギリで戦っている騎士達に力を与えているのだ。そんな私が真っ先に倒れていいわけがない。
ビスケスもそれがわかっているだけに、無理に下がれとも逃げろとも言わないのだ。
私は気持ちを切り替えるために額から流れる血を強引に左手で拭い払い落とす。
しゅわー……
えっ? 今の何?
私が飛ばした血飛沫に当てられた邪霊が消えて、いや、浄化されていく。
「どうした?」
「えっ、ビスケス、今の……」
いや、この反応からすると今の現象を見ていたのは私だけ。
浄化と聖女の力
もしかするとレーネス様はアーリアル様の剣になんらかの祈りを込めていたのでは? 例えば己に流れる聖なる血、聖女の血で剣を清めていたとか……
「ビスケス、ミズキ、10秒、10秒だけ私に邪霊を近づけないで」
「ん? わかった。ミズキ!」
「はい!」
私の言葉に質問を返さず、すぐに二人が対応して守りを固めてくれる。
大丈夫、私の考えに間違いはない。
すっと心を落ち着かせ、左手を剣の付け根に触れて一気に引き抜いたのだった。
0
お気に入りに追加
841
あなたにおすすめの小説
バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話
紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界――
田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。
暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。
仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン>
「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。
最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。
しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。
ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと――
――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。
しかもその姿は、
血まみれ。
右手には討伐したモンスターの首。
左手にはモンスターのドロップアイテム。
そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。
「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」
ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。
タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。
――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――
聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!
さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ
祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き!
も……もう嫌だぁ!
半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける!
時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ!
大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。
色んなキャラ出しまくりぃ!
カクヨムでも掲載チュッ
⚠︎この物語は全てフィクションです。
⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
公爵家次男はちょっと変わりモノ? ~ここは乙女ゲームの世界だから、デブなら婚約破棄されると思っていました~
松原 透
ファンタジー
異世界に転生した俺は、婚約破棄をされるため誰も成し得なかったデブに進化する。
なぜそんな事になったのか……目が覚めると、ローバン公爵家次男のアレスという少年の姿に変わっていた。
生まれ変わったことで、異世界を満喫していた俺は冒険者に憧れる。訓練中に、魔獣に襲われていたミーアを助けることになったが……。
しかし俺は、失敗をしてしまう。責任を取らされる形で、ミーアを婚約者として迎え入れることになった。その婚約者に奇妙な違和感を感じていた。
二人である場所へと行ったことで、この異世界が乙女ゲームだったことを理解した。
婚約破棄されるためのデブとなり、陰ながらミーアを守るため奮闘する日々が始まる……はずだった。
カクヨム様 小説家になろう様でも掲載してます。
【完結】人々に魔女と呼ばれていた私が実は聖女でした。聖女様治療して下さい?誰がんな事すっかバーカ!
隣のカキ
ファンタジー
私は魔法が使える。そのせいで故郷の村では魔女と迫害され、悲しい思いをたくさんした。でも、村を出てからは聖女となり活躍しています。私の唯一の味方であったお母さん。またすぐに会いに行きますからね。あと村人、テメぇらはブッ叩く。
※三章からバトル多めです。
通称偽聖女は便利屋を始めました ~ただし国家存亡の危機は謹んでお断りします~
フルーツパフェ
ファンタジー
エレスト神聖国の聖女、ミカディラが没した。
前聖女の転生者としてセシル=エレスティーノがその任を引き継ぐも、政治家達の陰謀により、偽聖女の濡れ衣を着せられて生前でありながら聖女の座を剥奪されてしまう。
死罪を免れたセシルは辺境の村で便利屋を開業することに。
先代より受け継がれた魔力と叡智を使って、治療から未来予知、技術指導まで何でこなす第二の人生が始まった。
弱い立場の人々を救いながらも、彼女は言う。
――基本は何でもしますが、国家存亡の危機だけはお断りします。それは後任(本物の聖女)に任せますから
黒猫と異世界転移を楽しもう!
かめきち
ファンタジー
青年(転移前はおっさん)と黒猫の異世界転移物です。通勤中に黒猫を助けようとして異世界転移に巻き込まれたおっさんと、転移した黒猫の話です。冒険者になりのんびり異世界を楽しんでいければいいと思ってます。チートもありますが、どのような話になるかは進んでみないと分からないような状況ですが、よろしくお願いいたします。
更新は3日に1回程度は行なっていきたいと思います。
(諸事情により一時期更新が止まっておりました、出来るだけ続けていきたいと思っておりますので、よろしくおねがいいたします。)
小説を書く事が全くの初めてなので誤字脱字、読みにくい点、矛盾等があると思いますので、暖かくご指導いただければありがたいです。
変人奇人喜んで!!貴族転生〜面倒な貴族にはなりたくない!〜
赤井水
ファンタジー
クロス伯爵家に生まれたケビン・クロス。
神に会った記憶も無く、前世で何故死んだのかもよく分からないが転生した事はわかっていた。
洗礼式で初めて神と話よく分からないが転生させて貰ったのは理解することに。
彼は喜んだ。
この世界で魔法を扱える事に。
同い歳の腹違いの兄を持ち、必死に嫡男から逃れ貴族にならない為なら努力を惜しまない。
理由は簡単だ、魔法が研究出来ないから。
その為には彼は変人と言われようが奇人と言われようが構わない。
ケビンは優秀というレッテルや女性という地雷を踏まぬ様に必死に生活して行くのであった。
ダンス?腹芸?んなもん勉強する位なら魔法を勉強するわ!!と。
「絶対に貴族にはならない!うぉぉぉぉ」
今日も魔法を使います。
※作者嬉し泣きの情報
3/21 11:00
ファンタジー・SFでランキング5位(24hptランキング)
有名作品のすぐ下に自分の作品の名前があるのは不思議な感覚です。
3/21
HOT男性向けランキングで2位に入れました。
TOP10入り!!
4/7
お気に入り登録者様の人数が3000人行きました。
応援ありがとうございます。
皆様のおかげです。
これからも上がる様に頑張ります。
※お気に入り登録者数減り続けてる……がむばるOrz
〜第15回ファンタジー大賞〜
67位でした!!
皆様のおかげですこう言った結果になりました。
5万Ptも貰えたことに感謝します!
改稿中……( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )☁︎︎⋆。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる