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第一章 スチュワート編(一年)

第28話 天然 vs おバカさん

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「えっ、リーゼちゃんが来るの?」
 学校から帰るなり、ミリィ宛の手紙が届いているという事で読み終わるのを待っていると、開口一番出てきたのが私とミリィの友達でもあるリーゼちゃんの来訪だった。

「あの子も私たちと同じ年でしょ? 丁度いいからアリスと一緒に社交界デビューしたらどうかと、母様達に相談してたのよ。それで手紙を出したら返って来た返事がこれね」
 そう言ってミリィから手紙を受け取り中身にサッと目を通す。
「ホントだ、オリヴィエさんも一緒に来るって書いてある」

 友達であるリーゼちゃんはこの国の人間ではない。
 このレガリアには三つの王国と一つの商業都市、そして広大な海にかこまれており、リーゼちゃんがいるのはレガリアの王都から南西に位置するメルヴェール王国。
 このメルヴェール王国で唯一レガリアに面している領地が、リーゼちゃん達がいるブラン領。昔から国境を越えた貿易が盛んなんだと家庭教師の先生から教わっている。
 なんでもメルヴェール王国と有効な関係を築けているのは、このブラン領があるからと言われており、国からの爵位は伯爵に留まっているが、その発言力と領土の大きさから公爵家に匹敵するとも言われているんだとか。
 レガリアとしては国境沿いに面している関係、メルヴェール王国よりもブラン領との絆が深く、ブラン領もまたレガリアとの関係を重視してくれていると、以前義両親から聞かされた事がある。

「どうする? リーゼが来るんだったらアリスも夜会に出席するでしょ?」
「ん~、いいのかなぁ。私なんかが出席しても」
 王女であるミリィは2年前にすでに社交界デビューしている。なんでも王家と公爵家の人間は12歳の時から聖誕祭のパーティーでデビューするのが決まっているんだとか。詳しくは知らないが、一般の子息子女達が15~16歳でデビューするのが通例で、国の将来を担う王家と公爵家の人間が同じではいけないだろうとの声から、他の人達より一足早くデビューさせるように決まったらしい。
 因みに侯爵家のご令嬢であるリコちゃんはこれには当てはまらず、今度の聖誕祭で社交界デビューする事が決まっている。

「いいに決まってるじゃない。折角ドレスも聖誕祭用に新調したんだし、リコも一緒にデビューするのよ。それにアリスが参加しなきゃ、ワザワザ裏に手を回してリーゼ姉妹を連れ出した苦労が無駄になるじゃない」
「……ん? 裏に手を回して?」
 あれ? 今ミリィから変なセリフが飛び出さなかった?
「アリスが気にすることじゃないわ。ほら、一人だけ留守番とかは嫌でしょ」
「まぁ、それはそうだけど……でも、これってメイドになる為に必要なの?」
 ココリナちゃん達に出会ってから、どうも今まで私が習ってきた事が世間一般からかけ離れている気がして仕方がない。最近こそ「うん、アリスちゃんは何も間違っていないよ」と言ってくれているが、その雰囲気がまるでお義母様やお義姉様から出ているオーラを同じなんだから、疑問に思うのも当然であろう。

「ひ、必要に決まっているでしょ、何疑っているのよ。ね、エレノア、あなたもそう思うでしょ?」
「え!? え、えぇ、そうですね。セリカ様もよくパーティーに連れ出され……コホン、出席されておられましたよ」
 突然ミリィから話を振られ、隣でお茶の準備をしていたエレノアさんが驚いて言葉を口にする。
「お母さんが!?」
 そう言えばお母さんのドレス姿って何度か見た記憶が……
 あの頃は私も幼かったせいで詳しくは覚えていないけど、よくお義母様とドレス姿でお父さん達を困らせていたっけ。
 私の最終目標はお母さんみたいなメイドになる事。ならば同じ道を歩むのは間違いではないだろう。
「うん、それじゃ私もパーティーに出席するね」
(ナイスよエレノア)
(少々焦りましたが、お役に立てて光栄です)
 私の見えないところで何やら二人の会話が成立していたとか。
 こうして私の社交界デビューが決定した。





 私の名前はデイジー・ブルースター、ブルスター子爵家の娘。
 その辺でウロつく名ばかりの貴族とは違い、ブルースター子爵本家の人間。
 ちょっと前まで大した血筋でもないのに、親が再婚したという理由だけで男爵家の娘だと名乗っていたバカがいたが、それも離縁という形で再び名もない貴族へと落ちていった。

 もともと男爵家本家の血も引いていないと言うのに、私と肩を並べようとしていたのが気に入らなかったのよ。
 初めて出会った時に身分の違いを思い知らせれば良かったのだけれど、事前にお父様から仲良くするよう言われていたのと、クリスタータ家の長女シャロン様から、新しく妹となったイリアをよろしくと言われていたので、仕方なく友達関係を築いてあげていた。
 それなのに何を勘違いしたのかイリアは馴れ馴れしく私に触れ合い、あまつさえ幼少の頃より親しくしているジーク様にまで話しかける始末。
 だから思い知らせてあげたのよ、男爵家の肩書きがなくなった今、あなたがどれだけ醜く、惨めなのかを。



「そういう事なので、イリアさんを苛めるのでしたら私がお相手します」
 今思い出しても腹立たしい、あのアリスという小娘の存在が。
 何が『苛めるの』ならばだ、この私が何処の馬の骨とも分からないイリアを苛めるですって? 何を見当違いの事を言っているのか。あんな子なんて苛める価値すらない、見下されて当然の人間。この私に話しかけられるだけでも感謝してもらいたいのに、それを非難するなんて。
 しかもジーク様と幼馴染ですって!?

 私とジーク様との出会いは忘れもしない5年と8ヶ月と11日前、お父様が治めるブルースター領に魔獣が現れたという事件がキッカケだ。
 普通の獣程度ならいざ知らず、凶暴と言われる魔獣に訓練が行き届いていない自領の騎士団では対応しきれず、お父様は国に救援を求められた。結果はすぐに駆けつけた黒騎士団により魔獣は退治され、騎士団の活躍を労う祝宴会が自領で開いたのだが、その場にたまたま来られていたのが騎士団長のご子息であったジーク様。
 当時まだ9歳と言うのに騎士団と一緒に我が領地のピンチに駆けつけ(勘違い)、この私を守るために剣を振るってくださった(大いに勘違い)。

 それ以来私(ブルースター家)とジーク様(騎士団)とのお付き合いが始まり、今では誕生のお祝いに(仕方なく)来てくださる中まで進展した。それなのに一体何者なの? あのアリスという小娘は。
 アストリア様の話では幼馴染という話だったから、どうせ無茶な理由をつけてジーク様を困らせているだけであろう。エリクシール様の妹と言われた時には正直焦ったが、血も繋がっていないと言う話だから王家の名をチラつかせ、ジーク様を自分の元へと縛り付けているんだわ。
 なんて女々しい小娘なのかしら、自分に大した魅力がないからって後ろ立てで脅すなんて。

 でもそれもここまで、私は今度行われるお城の夜会で華々しく社交界デビューするの。ドレスで華麗に着飾った私に敵う者なんているはずがないわ。ジーク様だってそんな私に惹かれない筈がないじゃない。
 お父様に無理を言って、私のデビューエスコートをジーク様にお願いすることが出来た。
 学園社交界の時は、どうやら只のピアノ代奏の為だけに参加していたという話だったので、今度の夜会に呼ばれる可能性は考えにくく、如何に王子様から可愛がられていると言っても、所詮は公に発表も出来ない裏の人間。

 少々あの小娘に、私がジーク様にエスコートされながら入場する姿を見せつけられない事は残念だが、その分他のご令嬢達が悔しがる姿を堪能出来るんだから良しとしよう。
 これを機に、奥手であるジーク様との仲を一気に進展させ、学園を卒業と一緒に公爵家に嫁入りする。いえ、学生結婚と言うのもいいわね。二人の仲を学園中に見せつけ、バカなご令嬢達の悔しがる姿を眺めるのもいいかもしれない。
 ふふふ、いいわね。私を見下したエスターニア様だって、公爵夫人となった私を無下にはできない筈。

 残る気になる問題は同じ年のミリアリア王女だが、今までアリスとか言う小娘の名前は聞いた事がないし、王女と何時も一緒にいるルテアやリコリスからも一度も聞かされた事がない。これは私の考えだが、エリクシール様はお優しい性格だと聞いているので、恐らく誰からも相手にされていないアリスを気遣っているだけであろう。
 呑気なルテアはともかく、気の強いリコリスが何処の馬の骨とも知らない小娘を相手にする筈がないわ。

 後はエリクシール様に先日の件を謝罪すればいいだけだが、ジーク様に付き添っていただければ問題はないだろう。なんと言っても私は未来の公爵夫人なんだから。
 あははは、今から夜会が楽しみだわ。
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